見るに堪えない殺戮が見える。
聞くに堪えない雑音が聞こえる。
王の言は正しかった。人間は醜く、そして、脆い。人の世を観察してきた我らは自ずと、そのことをよく理解させられた。人間は存在してはならない。
私は目を細めて遠くの小さな人影を見る。
矮小な人間が空間の接地面から現れた。風に吹かれれば飛んでしまうほどに小さな小さな人間だ。
悪魔の名を冠する錨であり柱である存在である私は薄く嗤った。
魔神柱。
そう呼ばれる存在が私だ。王が存在する限り、存在し続ける存在。一種の不死身の体を持つ肉の柱。
人に絶望を与える存在である私の前に立つのは一人の人間だ。特筆すべき点は全くない。魔術の才も、強靭な肉体も、何も持ち合わせていない人間だ。
遠くからやってきた人間はこれ以上ないというほどに震えていた。
それもそうだろう。そもそも、我々は何千、何万もの人間を集めても相手取ることはできない。それこそ、英霊を召喚し、サーヴァントとして運用することで何とか倒せるという所だ。七つの特異点を超えてやってきた目の前の少年はその事実を十二分に理解している。
少年は王と対立するカルデアのマスターと呼ばれる存在だ。王の邪魔をし、とうとう我々の本拠地である神殿まで乗り込んできた愚か者だ。王に空間ごと呼ばれたからと言って、土足で我らの地に踏み入ることは万死に値する。
私は目を光らせ、少年を見下ろす。少年は相も変わらず震えている様子だ。
その様子は人間よりも小さな小動物を思わせる仕草だった。存在としての位階が下位の者がする仕草だ。
だが、少年は身を震わせながら顔を上げる。彼は目を爛々と光らせて、こう言った。
「素材を……」
ん?
「石を……」
んん?
「QPを……」
んんん?
「……寄こせぇえええ!」
んんんんんん!?
何なのだ? こやつは何と言ったのだ?
素材? 石? QP?
我々の強大な力に中てられて混乱したというのか? そうでなくては説明がつかない。つくハズがない。最終決戦だ。
少年にとって、我々、魔神柱は絶望の象徴だったハズだ。
少年にとって、我々は倒しても倒しても倒すことができない絶望の権化であるハズだ。だというのに、なぜ、奴はあんなにも活き活きしているというのか? 今までの震えは何だったというのか? 我らを前にして武者震いなどできるハズがない!
サーヴァントたちに指示を出し、的確に我々を倒していくカルデアのマスター。それこそ1分にも満たない時間だ。聞き及んだことであるが、あるライダーやとあるキャスターが好きなゲーム。そのゲームの表現で言う所の1ターンで我々を倒していくマスターに、ほんの少しであるが恐怖を覚える。
だが、すぐに大したことはないと頭を振った。新生し、形を捨てさせられたお陰で頭と呼べる部分はないので、言葉の綾という奴であるが。
私は冷静にカルデアのマスターを観察する。
奴が使役するサーヴァントは6体。内、一体はどういう原理なのか分からないが奴、本人とは直接、縁を結んでいないサーヴァントらしい。恐れることはない。所詮はサーヴァント。我ら魔神柱に勝てる道理はない。
が、どこからともなく多数のサーヴァントが現れた。ジャンヌ・ダルク、ネロ帝、ドレイク、モードレッド、ナイチンゲール、ハサン、イシュタル。特異点でカルデアのマスターと共に主人の計画に盾突いた愚か者どもだ。
カルデアのマスターから注意を逸らす訳にはいかないので、サーヴァントたちが何を言っているかは聞き取れないが、絶望に抗う旨を懇々と説いているのだろう。実に愚かなことだ。
ただのサーヴァントと王の霊基には絶大な差がある。どう足掻こうとも、それはひっくり返すことのできない差だ。
とはいえ、少し厄介なことになった。王ならば兎も角、我々、魔神柱ではサーヴァント如きと侮れない。特異点では、カルデアのマスターが率いるサーヴァントたちにやられた者もいた。
油断は滅びを招く。それは、これまでの特異点で我々が倒されたことが証明している。
だが、我々は王が存在することで存在をし続けることができる存在だ。つまり、ここでいくら倒されようが、倒されたと同時に再誕する。
その事実を突き付けられた少年がどのような顔をしているかと思い見遣ると、少年の顔は奇妙に歪んでいた。喜色だ。
なぜ、嗤うことができるのだ?
「おら、出せよ!
そう言いながら、矢継ぎ早に自らのサーヴァントたちへと指示を下すカルデアのマスター。そして、彼との縁を触媒にして自ら主人の神殿へと現れ出たサーヴァントたちも、それぞれの近くにいる魔神柱へと向かって行く。
同胞を狩っていくカルデアのマスター。
そして、彼は私にも牙を剥いた。
「全員スキルを使ってイリヤにバフ乗っけて! イリヤの宝具でフォイアァアアア!」
「筋系、神経系、血管系、リンパ系……疑似魔術回路変換完了!」
「これが私の全て!
眩い光に包まれながら、私は死んだ。
+++
それがどうした?
私は何度でも蘇る。王がいる限り、何度でも、だ。
カルデアのマスターの前に再び顕現し、奴を絶望に叩き込もうとした。だが、奴の口は大きく横に広がった。なぜ、貴様は嗤っていられるというのだ? 私だぞ。貴様ら人類に対する絶対の存在ともいえる魔神柱だぞ。
気が触れたか?
いや、それにしては、奴のサーヴァントに対する指示は的確。1ターンで私を沈めることができるほど的確だった。
そう思考していると、またもや、眩い光に包まれた。イリヤスフィールめ。第三魔法で創られた人形を基にした存在でしかないというのに、この小娘が。
そして、私は死んだ。
+++
再び顕現すると、更に頭の痛くなる──魔神柱となって以降、頭はないのであるが──光景があった。
何だ、何なのだ、アレは?
信じられないことに、私の前に立つ少年と同じ顔の者がどこからともなく現れていた。そして、少年とよく似た雰囲気を纏う少女も同時に現れていた。
おお、王よ。
なぜ、あなたは我々に教えなかったというのだ?
これほどに……これほどまでに敵が現れるということを? いや、まさかとは思うが、王の全てを見通す目でも視ることができなかったのではないか?
この神殿を埋め尽くさんばかりに現れたマスターと呼ばれる者ども。おそらくは私を倒したカルデアのマスター──藤丸立香とか言ったか──と同じ存在であるのだろう。平行世界から現れたるは我らの敵。1000、2000ほどの数では済まないほどの敵だ。
「歯車……爪……羽……おいしいです」
「折れるんじゃねェ! まだ剝ぎ取ってないんだよ!」
「復活キター!」
何が起こっているのか理解できなかった。いや、理解したら何かが壊れてしまう。そう感じた。と、王より魔力が回されたことを感じた。これで奴らを……。
「
そして、私は死んだ。
+++
「
そして、私は死んだ。
+++
「五行山・釈迦如来掌!」
そして、私は死んだ。
+++
「■■■―!」
そして、私は死んだ。
+++
なぜ、この人間たちは恐れを知らない? 我々は悪魔だというのに。
なぜ、この人間たちは再誕した我々を見て喜ぶ? 我々は敵だというのに。
常軌を逸した人間たちの行いに、どちらが悪魔なのか分からなくなってくる。
バルバトスがフラウロスがフォルネウスがサブナックがハルファスがアモンが。悪魔である我々が花を摘むように手折られていく。
死の痛みの中、私は自分の精神が磨り減っていくことを感じていた。王から送られた魔力で今にも崩れ落ちそうな精神が安定したこともあったが、それももう限界だ。
もし、このまま200万回ほど殺されれば、私は復活できなくなってしまうという確信があった。肉体は滅びずとも、精神が滅んでしまう。そうなると、王の守護を続けることができなくなってしまうに違いない。それは、私の敗北と同義だ。
時間はもうない。
ああ、カルデアのマスターよ。いや、平行世界の全てを含めるとカルデアのマスターたちよと言うべきか。
我らの屍を乗り越え、王へと迫ると言うのならば、せめて、我らにしたような悪魔的な所業は止めて頂きたい。例えば、片手で王の喉を締め上げた上で余裕の表情で手強かったというような所業は止めて頂きたい。情けがあるというのならば、我々が持っている素材とスキル石とQPを差し上げますので、王の尊厳だけはどうかよろしくお願いします。
「■■■―!」
そして、私は消滅した。