剣崎一真が艦これの世界にいく話   作:しょちょー

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No one can look after him any more.

 その日は季節はずれに暖かい一日だった。正午を過ぎて降り始めた雨は、宵の帳が落ち始めるにつれて雷をともなう豪雨になる。深夜の山奥――。周囲に人の気配はない。聞こえるのは大粒の雨が大地に降り注ぐ音と、木々を揺るがす轟音ばかり。

 

 そんな中で、繰り返し交差する二つの影があった。互いの声すらかき消されそうな雷雨の中で、時に肉薄し、時に距離を空けて、それでも繰り返し拳を叩きつけ合う。二つの影の姿は、いずれも通常の人間とはかけ離れている。一人は夜の闇にもほのかに輝く、黄金色の装甲に全身を覆われた戦士。もう一方は黒光りする外皮に鋭い手足を備えた、道化師染みた意匠を施された昆虫のような怪物。足裏同士でぶつかり合うように放たれた互いの蹴りが双方の身体を吹き飛ばし、それぞれが大木に叩きつけられる。それでも勢いは殺しきれず、大木をへし折ってなお地面に転がり、呻き声を上げながらに双方がゆっくりと立ち上がる。

 

「剣崎……、何故だ。何故俺たちが戦わなければならない! 俺は……。」

 

 極めて残酷そうな外見の怪物は、しかしそれとは裏腹に懊悩を隠し切れない声で叫ぶ。自分の運命は決まっていたはずだ。決意も同様に。それを何故今更、よりにもよって彼がその邪魔をするのかと、怒りすらも滲ませた声。

 

「始――。全力で俺と戦え!」

 

 怪物に剣崎と呼ばれた装甲の戦士は、ふらつく膝に手を添えてから、拳を握り締めて構えを取り直す。その声に迷いはなく、装甲に覆われた赤い瞳はまっすぐに怪物――始――に向けられる。剣崎が大地を踏み込むと、雨に濡れて重くなった土が爆ぜるように高く飛び散った。その直後、残像すら描くほどの速度で始の懐に飛び込み、その腹に拳をねじ込む。推進剤でも吹かしたかのような勢いで跳ね飛ばされる始の身体。叩きつけられた先の朽ちた山小屋は、爆発でも起こったかのように粉々に瓦解した。始を殴りつけた姿勢のまま、彼が吹き飛んだ方向を見つめる剣崎。ほんの少しもしないうちに、始は山小屋の成れの果てである瓦礫を蹴散らしながら、緩慢に剣崎の正面へと立ちはだかる。

 

「剣崎っ!」

 

 高々と大地を蹴って跳び上がった始は、不意に黒い霧に包まれる。次の瞬間、霧を破って姿をあらわしたのは、端整な顔立ちの青年だった。跳躍の勢いを乗せた彼の拳が、剣崎の頬を強かに殴り飛ばす。人間の姿からは想像も出来ないほどの膂力でもって殴られた身体は軽々と叩き伏せられた。それでも瞬時に立ち上がった剣崎の顔に、さらに鋭い蹴りが突き刺さる。蹴り上げられながらも勢いのままに後方に跳び、両手を軸に後転して立ち上がる剣崎の視線の先には、自分と同種の鈍色の装甲に身を包んだ始の姿があった。

 

「それで、良いんだ。」

 

 剣崎は小さく呟いた。装甲の奥で浮かべたのは、微かな後悔を滲ませた笑顔。一つ呼気を漏らしてから、渾身の力で始へと突進する。顔を殴りつけて、捻った腰を戻しながらに肘で顎を打つ。始も姿勢を崩しながら、剣崎の腕を取って背負い投げの要領で地面に叩きつけた。

 

「剣崎、何故だっ!」

 

 咆哮のように響き渡る声で始は問うた。この戦いの結末は、自分の狙い通りでなければならない。すなわち、始が敗北し、消滅しなければならないのだ。愛した人たちのために、そして彼らが愛するすべての人々のために。相川始――ジョーカー――は剣崎一真――ブレイド――に殺されねばならない。長い戦いの果てに理解しあえた友である剣崎も、始と同じように考えているのだと思っていた。しかし、彼は戦うことを望んだ。万が一にでも始が彼を倒してしまったら、人類の世界が終わってしまうと言うのに。裏切られたような気分で、始は剣崎の胸に一対の小剣を突き立てる。戦いの衝動が抑えきれなくなりはじめていた。世界の終焉を呼ぶ破壊者としての本能が、確かに戦いを欲している。

 

「始っ!」

 

 始の小剣が心臓に届くあと一歩のところで、剣崎はそれぞれを両手で掴み食い止める。装甲の下は、濃密な血の臭いが漂っている。随分と血を吐いたように思う。失血で視界を覆い始める歪みを振り払うように頭を振ると、始を上回る力で突き刺さる剣を引き抜き、彼の顔を殴りつけた。よろめく始へとすぐさま踏み込み、広げた掌に集まる光が形を成した巨大な剣で、彼の身体を袈裟懸けに切り払う。剣先と始の装甲の間に眩い火花が散り、次いで夥しい緑の血液が迸る。振り下ろした切っ先を鋭く切り返す要領で、力強い踏み込みと同時に始の胴をさらに打ち据えた。

 

「ぐっ……剣、崎ぃぃっ!」

 

 確かな手応えと同時に、真一文字に切り裂かれた始の腹部からさらに噴き出る血液。しかし、始は胴を切られながらも、両手に握るそれぞれの小剣を振り上げ、交差させてXの字を描くように剣崎の肩口から脇腹にかけてを切り裂いた。鈍い衝撃とともにやすやすと切り裂かれた黄金色の装甲。筋どころか骨まで切断されたことで、指先から握力が失われ、両手で握っていた大剣は硬質な音を立てて雨に濡れた地面に落ちた。両腕が完全に断たれなかったのは幸いだったが、心臓がどうのと言っていられる傷ではなさそうだった。致命傷であるのは間違いなく、意識はもってあと数秒といったところだろう。

 

 だが、そうはならなかった。剣崎の狙いが奏功したのだ。両胸から噴き出た血液は、始と同じ緑色をしていた。剣崎と始、互いに血にまみれた装甲を身にまとったまま、地面に膝をつく。

 

「どういう、ことだ。」

「こういうことだよ。始。」

 

 同時に光に包まれた二人は、それぞれ人の姿を取り戻す。しかし、いずれも腹部にどこか機械的なベルトのようなものが着いていた。驚愕に目を見開く始。

 

「これで戦いの勝者は生まれない。お前は、人の中で生きるんだ。」

「待て、剣崎。」

 

 皮一枚で繋がったかのように垂れ下がっていた両腕は、見ている間に皮下組織から再生されはじめている。自分自身の変化にわずかに眉を顰めながらも、剣崎は全身の感覚を確かめるようにゆっくりと立ち上がった。そんな剣崎の姿を、始は呆然と見つめている。

 

「お前は、最初から……。」

「お前も人を愛しているんだろ。だから、こうすることにした。」

「……行くのか。」

「あぁ。もう、二度と会うことはない。だけど、それで良いんだ。」

 

 そう言って表情を緩ませた剣崎は、始に背を向けて歩きだす。雨はいつの間にか止んでいたらしい。既に東の空には太陽が昇り始めている。淡く青みを帯び始めた空を見上げて、剣崎は目を細めた。始にも、そして友たちにも、もう会うことはできない。それでも、この空は繋がっている。人を愛する仲間たちが、どこかで同じ気持ちでいてくれると信じられるのなら、己を待ち受ける未来のどこに孤独があるのだろうか。確かな足取りで剣崎は歩き始めた。

 

 

 

 

 乾いた夜風が羽織ったローブをなびかせる。地上に強い光がないからだろう、夜空には無数の星々が輝いていた。朽ち果てた家屋が並んだ、荒涼とした小さな町を剣崎は歩く。通り過ぎたビルを横目に見れば、基礎の部分がえぐられたことで建屋自体が大きく傾いていて、その壁には無数の小さな穴が空いていた。生々しい戦闘の痕跡。剣崎は眉間に浅く皺を寄せて、歩みを速める。

 

 視線の先には、辺りで一際豪奢な建物が見える。恐らく、辺りの有力者が棲む邸宅だったのだろう。今は、そのところどころに爆発物によるものと見られる損傷があり、見る影も無い。重厚な造りがためにどうにか形を留めている門の前には、古い形の戦車が一台停まっていて、小銃で武装した男たちが巡回をしている。服装からして、彼らはこの国の兵士たちではない。西アジアの某国――宗教対立から始まった戦いは、ウイルスが伝播するかのように争いの火種を撒き散らし、多くの利権と立場の相違をも背景に社会を疲弊させ、銃を持つことでしか生きられない人々をも生んだ。彼らも確かに戦乱の被害者ではある。善悪で論じられる類のものでもなく、そもそも今の剣崎にそれを判断する権利はないと思っている。しかし、最も辛い目に遭うのが誰かということだけはわかりきっていた。剣崎はそのためにここにいるのだ。

 

 物陰に身を隠して、ローブを脱ぎ捨てる。長袖のシャツと着古したジーンズだけでは、この地方の冬には耐えられないのが普通であるが、もはや剣崎の温度に対する感覚は希薄になっていた。

覗き込むように男たちの動きを確かめる。彼らの注意が逸れた瞬間、剣崎は人の目には捉えられぬ速度で駆けて門を通り抜けた。敷地内の物陰に身を潜めた剣崎の姿は、いつか始が見せた姿と瓜二つの、異形の怪物。あらゆるものを断ち切る刃のような手を見つめて、呼気を漏らすように小さく笑う。今の自分にとっては、この姿こそが本性なのだ。人間、剣崎一真の姿は、もはや人の目を欺く偽物でしかない。”偽物”の姿に戻った剣崎は、建屋内に忍び込んだ。

 

「男も女も、子どもは高く売れる。使い道が多いからだ。……吐き気がするが。」

 

 邸宅の地下室。コンクリート壁に囲まれた狭い部屋で、一人の男が小銃を片手に二人の子どもを見張りながらに零した言葉。男はすでに初老の域に達しており、顔に刻まれた深い皺は彼の数十年に及ぶ人生の苦悩と怒りを表しているようだった。二人の子どもはいずれもが薄汚れた服を着た十歳程度の男の子と女の子で、恵まれた状況で育ったのでないことは間違いない。子どもたちが向ける怯えた視線から、男はやりきれないように目を逸らす。明け方には二人を引き取りに売人がやってくる。一人あたりの単価は、先進国の人々がレストランで使う金額よりも少し高い程度だ。男は何度目かの溜息をつこうとしたとき、ゆっくりと近づいてくる足音に振り返った。仲間の一人であることは間違いないだろうが、それでも銃口を向ける用心は怠らない。しかし、姿をあらわしたのは男にとっては見慣れぬ東洋人――剣崎だった。

 

「お前が売人か。随分と早いが……。」

「いや、違う。その子たちを解放して貰いに来た。」

 

 違う、と剣崎が答えた瞬間に引き金を引かなかったのは、続く質問をするためだった。男は銃口を剣崎に向けたまま、じわりと後退りする。

 

「外の奴らはどうした。金でも握らせたのか。」

「それも違う。一部は倒した。殺してはいない……。」

 

 出任せの嘘や狂人の妄言にしては、あまりに淀みなく淡々とした剣崎の言葉。男は苦虫を噛み潰したような顔で、銃の握りを掴む手に力を込める。一方の剣崎は、男との距離を空けたまま、一旦そこで足を止める。剣崎と子どもたちの間に男がいて、それぞれの距離は3メートルにも満たない。できれば銃を撃たせずに、そしてこちらから攻撃することもなく、彼を説得したかった。

 

「金なら持っている。多分、一千ドルはあるはずだ。それで二人を俺に売って欲しい。」

 

 床を滑らせるようにして、片手にあらかじめ持っていた財布を男に投げてよこす。剣崎の財布を拾い上げた男は、銃を向けたまま中身を確かめた。確かに、剣崎の言葉に嘘はない。しかし、そんな都合の良い話を信じられるほど、男は恵まれた人生を歩んできてはいなかった。

 

「断る。この金はいただくが、こいつらは渡せない。代わりに、このまま出て行くなら命までは取らない。」

「どうしても、か。」

「どうしてもだ。」

 

 剣崎は一歩、男に向って足を踏み出した。その直後、男はためらいなく引き金を引く。耳をつんざくような轟音が地下室に反響し、子どもたちは身体を震わせながら両手で耳を押さえた。十数発程度に弾を撃ち終えた。男の常識においては、立ったまま絶命した剣崎は、その一瞬後には倒れるはずであった。だが、剣崎はただ平然と一歩を踏み出した。すべての弾丸は押し潰されたようにひしゃげて、コンクリートの床に落ちて乾いた音を立てる。

 

「ち、近づくな! 子どもたちを殺すぞ!」

 

 防弾チョッキだとしても、あまりにも落ち着いている剣崎の姿に冷静さを欠いた男は、銃口を背後の子どもたちに向けようとする。しかし、銃口の先には黒い外皮に覆われた怪物が立っていた。恐慌状態に陥り、闇雲に引き金を引き続ける男。異形の姿となった剣崎はただ立ち尽くして銃弾を受け止めながら、壁に弾かれて子どもたちに向いた弾を指先で弾き続けた。

 

「何なんだ……お前は。」

「この子たちを助けたいだけだ。」

 

 装填された弾をすべて撃ちきってもなお、引き金を引き続ける男から視線を外して、背後の子どもたちを見下ろす。一人はあまりに近過ぎる銃声に失神しているようだったが、もう一人は怯えた瞳で剣崎を見上げていた。それは、もう見慣れた視線だった。こんな姿の怪物を恐れない人はいないだろう。

 

「もう大丈夫。怖い怪物もすぐにいなくなるよ。少しだけ我慢してね。」

 

 二人を抱きかかえようと歩み寄る。しかし、子どもは火がついたように泣き出した。慣れてはいるが、胸にわずかな痛みを感じてしまうのはどうしようもない。異形の姿のまま寂しげに笑った剣崎の足元に、不意に黒一色の影が広がった。影は泥のように剣崎の足を取り、引きずり込もうとしてくる。剣崎の脚力をもってしても、影を払い除けることができない。この世界に残るアンデッドはもはや自分と始の二人だけのはず。ならばこれは何なのか。影を殴りつけ、切りつけるものの、身体はどんどん沈んでいく。そこで漸く思い出した。この背筋が冷やされるような嫌な感覚は、アンデッドたちの戦いを統制していたという、あの黒い石版から感じるものに似ていた。

 

「この子たちを、頼む……。」

 

 剣崎はその身体の半分以上を影に包まれながらも、事態を理解しきれずに立ち尽くす男の瞳をまっすぐに見つめて告げた。やがて、剣崎の身体は完全に影に飲み込まれ、影そのものも急速に縮小してそのまま消えてしまう。

 

「一体、何が……。」

 

 男は銃を取り落として、呆然と呟いた。自分の声の頼りなさに多少は平静を取り戻した男は、いまさらになって子どもが泣いていることに気づいた。もう一人は倒れてしまっているが、怪我はなさそうだ。一連の出来事は最初から妄想だったのかもしれない。妄想に捕らわれて、あさっての方向に銃を撃ったと考えれば理解はできる。数時間前に久々に強い酒を呷ったのだから、それが原因と見てもいいだろう。だが、怪物の残した最後の言葉が気にかかった。己に残った良識だとでも言うのだろうか。

 

「馬鹿馬鹿しい。」

 

 否定するように呟いた。だが、何もあんなに安値でこの子どもたちを売ることもないかもしれない。仲間たちも子どもを売るのに乗り気でなかった。捨てられていた子どもとはいえ、恩を売れば役に立つだろうと、矢継ぎ早に男は考える。そう考えているのだと自分に言い聞かせることにした。懐に入っていた、それなりにまとまった金が入った財布も妄想との偶然の一致と見るしかない。たとえあれが事実であったとしても、男にはもはや彼に何も返すことができないのだから。

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