剣崎一真が艦これの世界にいく話   作:しょちょー

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The inside of me where there is a lot of love is...

 暗闇の中をもがくようにさまよっていたのは、体感にして五分くらいだろうか。どんなに腕を振るおうと手応えはなく、力の限り叫んだはずの声もかき消されるような黒一色の世界。自分は死んだのかと考え始めた矢先、剣崎はある匂いに気づいた。潮風の匂いだ。海は好きだった。家族を喪って以来、あまり周囲と馴染めなかった幼い頃の自分にとって、海は心が安らぐ場所だった。両手一杯に広がる水平線、どこまでも続く青空との境界、今日を惜しむように眩しく橙色に照り返す水面。様々な顔を見せる海は、自分の孤独な時間を優しく奪ってくれた。耳朶に響くのは潮騒。間違いなく、そばに海がある。剣崎はがむしゃらに暴れまわった。どうにかしてこの影を振り払いたい一心で、一度深く息を吐いて剣崎は呟く。

 

「変、身……。」

 

 懐かしい感覚が四肢にみなぎる。次いで、広げた手の平に眩い光をイメージした。絶望の戦いをともに戦い抜いた愛剣の重みが剣崎の手に伝わる。見えずとも確かに構えた大剣を、上段から渾身の力で振り下ろす。黄金色の軌跡が影を切り裂き、眩い光が視界に飛び込んでくる。直後、剣崎の身体は水面に叩きつけられた。装甲を身にまとったまま、海面に顔を出した剣崎が見たのは、四方に広がる島ひとつない大海。ここがどこかはともかく、海の上に落ちたのは間違いないようだ。

 

「どう、なってるんだ。」

 

 見上げた視線の先、空は今にも降り出しそうな曇天に覆われていた。灰色の空に、小さな黒い点が煌いたような気がした。気のせいとは思えず、意識を集中させる。常人を遙かに上回る剣崎の視界が捉えたのは、幅数十センチの無数の飛翔体。生物のようでもあり、趣味の悪いおもちゃのようでもあるが、高速で空を飛んでいることは間違いない。

 

 頭上に意識を取られていたところ、数百メートル先で突如巨大な爆発が起こった。柱のように海水が噴き上がり、全身に衝撃が伝わる。武装した船舶による戦闘が行われているのだろうか。感覚を確かめるようにゆっくりと自らの身体にかかる重力を制御して、水中から浮き上がる。海面すれすれを飛行して爆発のあった場所へと近づくことにした。火薬特有の鼻腔がひりつくような臭いが立ち込めていて、空気そのものが熱されているのがわかる。爆発の中心部であろう辺りに視線をやると、海面に浮かぶ人影が見えた。海面を波立たせながら一気に加速した剣崎は、間近で見る人影に低く呻いた。

 

「……おい、大丈夫か。」

 

 それは全身いたるところに大小の傷を負い、傷から流れ出た血にまみれた若い女だった。弓道で使う袴のような服を身につけて、長い黒髪を海面に広げさせている。すぐそばまで近づいて声をかけても反応はない。両腕ともに肘の骨が折れているらしく、あらぬ方向を向いた腕を慎重に取って脈を確かめる。どうにか生きているようだが、脈そのものが弱い。悠長にしている時間はなかった。間近で見るとなおのこと彼女がまだ若いことがわかる。精々十代の後半といったところか。どこか安全な場所に運ぶべく、両腕で繊細に抱き上げようとすると、ずたずたに破れていた袴がずり落ちるように脱げてしまった。素肌が晒されたことで、彼女の傷の程度があらためてよくわかった。最も出血が激しい右腿は、足の付根から引き千切られそうなほどに肉が抉れている。動脈にまで及んでいるのは間違いない。止め処なく溢れる血液を止めるべく、破れた彼女の衣服を裂いて、大腿の付根を強く縛った。

 

 空を飛んで彼女をどこか病院につれていきたいところだが、例の飛翔体の存在が気になる。正体が掴めないものへの接近は避けたかった。海面1メートル程度に浮かんで、かつ彼女に負担をかけぬように最大限加速して飛ぼうとした瞬間、海面に潜む巨大な影に気づいた。全速力で真後ろに飛び退いたまさにその場所に、鯨よりもなお巨大な真っ黒い生物が飛びかかっていた。

 

 白く濁った瞳が剣崎に向けられる。ぞわりと背筋が冷える感覚は、その視線に明確な殺意が宿っているから。ゆっくりと開いた黒い生物の口の奥には、筒らしきものが見えた。何かを射出してくると直感で理解して、射線から身をかわしたとほぼ同時に、目では追えないほどに異常な速度の何かが、その着弾目標を捉えきれずに遙か遠方へと飛翔する。思わず奥歯を噛み締めた。今の自分にとってすら、この生物は強敵であると悟ったから。しかも、片腕には一刻を争う容態の少女を抱えてである。

 

 剣崎はゆっくりと息を吐いて意識を研ぎ澄ませる。負けるわけにはいかない。この手で届く範囲のすべてのものを守りたい。自己満足と言われればそれまでかもしれない。それでも、剣崎を突き動かす感情は人々への愛に他ならなかった。

 

 黒い雷光じみた速さで突撃してきた生物を、空中へと逃れる要領で紙一重でかわす。しかし、ぐにゃりと生物の皮膚が波打ったかと思えば、口腔内に見えたはずの砲口が生物の背中に移動した。直後、赤黒い爆炎をともなって放たれる砲弾。とっさに横へと加速して砲弾そのものは避けられたが、生じた衝撃だけで姿勢を乱された剣崎は海面に叩きつけられる。片腕で庇った少女に衝撃を与えぬように身体を反らして着水したが、それでも腕の中で何度か咳き込んだ彼女は、咳をするたびに夥しい血を吐いていた。

 

「くそっ……こんな奴を相手にしている時間はっ!」

 

 苦々しげに呟いた剣崎は、一度彼女の身体を水面に横たわらせた。次に、手の平を向けて意識を向けると、青色の淡い光が彼女の身体を包み込んだ。急ごしらえのバリアだが、多少の衝撃と水中に沈むことくらいは防げるだろう。後は、剣崎のやることは決まっている。あの生物を一刻も早く倒すことだ。

 

「こっちだ!」

 

 海面の際を滑るように飛行して、生物の注意を引きつける。剣崎の狙い通り、生物の濁った瞳は彼女ではなく剣崎を追いはじめた。彼女から離れる方向へと引きつけて、突進してくるその巨体を大剣で受け止める。あらゆるものを容易に切り裂くはずの剣が軋みを上げた。その外皮がいかに剣崎の想像を超える硬度であるかは、嫌でも理解せざるを得ない。このまま正面から受け止め続ければ、剣が折れてしまう。片腕で突進を受け止める剣を保持しつつ、渾身の力をこめた拳でその両目の間を殴りつける。鼓膜が破れそうなほどの絶叫を上げて、生物の巨体が吹き飛ぶ。

 

「なんて、奴だ。」

 

 たった一度殴打しただけで感覚を失った拳を見る。剣崎の膂力と、それ以上に生物の硬さに負けて、指を覆う装甲がばらばらと音を立てて砕け散った。次に、彼女の方へと視線を向ける。まだバリアは健在のようだ。一安心したのも束の間、再び生物の咆哮が聞こえたのは背後からだった。油断したと思う間もなく、剣崎の身体はその巨体の突進を受けて、圧し潰されるように海面に叩きつけられる。

 全身の骨が滅茶苦茶にひねり潰される音が身体の中で響く。それでも、この身体が死ぬことはない。しかし、再生には相応の時間を要する。黄金色の装甲は錆びた鉄屑のように砕け散り、それ以上に手足も身体も文字通り擦り潰されている。剣崎の予想では、再生までに五分は必要だった。それでは彼女の命がもたないかもしれない。潰れた頭、砕け散った頭蓋骨の破片や脳の一部が口の中にある気持ち悪さに耐えながら、心の底から叫ぶ。叫ぶ器官が肉片と化していようが関係ない。全身を潰されたなら、取り急ぎ外側を覆ってどうにかすればいいのだと。

 

 どす黒い霧に包まれた剣崎は、自身の本来の姿に強引に変身した。両腕についた刃で生物の皮膚を突き刺す。密着した状況ですら、むしろ剣崎の腕がへし折れそうな硬さに驚愕しながら、どうにか突きたてた刃を根元まで押し込み、抉るように捻る。再び聞こえた生物の絶叫に、今度こそ耳が、それどころかすでに滅茶苦茶になっている脳がさらに破壊されたのを理解した。剣崎の上から飛び退いた生物は、まずは距離を置くべく離脱し、水柱を立てて飛び上がるとくるりと空中で反転した。再びあの突進が来る。剣崎はゆっくりと息を吐く。口から吐いてくる砲撃をすんでのところでかわしつつ、タイミングを計る。

 

 生物の身体が宙に浮いた瞬間、剣崎は両腕を振るった。腕から放たれた刃は、黒い軌跡を残して生物の両目に突き刺さる。身体を仰け反らせるように姿勢を崩す生物の姿に、その好機を逃すまいと剣崎は全速力で突っ込んだ。刃を投げてしまった以上、この姿でまともに攻撃できる武器はない。なら、再度あの姿に戻ればいい。ライダーシステムの成れの果て。アンデッドと完全な融合を果たす、人としての剣崎一真が持っていた全力の一撃にかけることにした。

 

「変身っ!!」

 

 一度は完全に砕け散った、眩いばかりの黄金色の装甲が再度全身を覆う。両腕で構えた大剣を力の限り生物の眉間に叩きつける。光が影を切り裂くように、切っ先が深々と生物の肉を絶つ。それでも、まだこの生物を絶命させるには浅い。割いた外皮の内側を完全に破壊すべく切り上げた刃は、しかし外皮以上に硬い内部組織に阻まれた。全身全霊で放った刺突の勢いを殺ぎきれず、大剣は天高く弾かれる。咄嗟に振り下ろすような回し蹴りで生物を海面に叩きつけたが、当然倒しきれたわけではない。

 

「くそっ……俺じゃあ奴に勝てないのか。」

 

 海面でのたうちまわっていた生物は、あまりにも速やかに姿勢を取り戻した。思っていた以上に、先ほどの一撃はまともなダメージとならなかったようだ。際限なく昂ぶった殺意の視線が剣崎に向けられる。彼女に残された時間はどれほどか。焦りで鼓動が早鐘を打つ。あの生物に勝てる方法はないかと、軋むほどに奥歯を噛み締める。一方の生物が次の突進の為に、身を縮めて力を溜め始めたとき、目の錯覚かと思うほどに速い一陣の風が、空高く吹き上がるのが剣崎には見えたような気がした。直後、稲妻が落ちるかのような速度で空から何かが落ちてきた。それも、生物の真上にである。不意の事態に様子を伺う剣崎の目の前で、真っ黒い生物が中心からゆっくりと、そんな仕組みのおもちゃであるかのように、真っ二つに裂けていく。翡翠色の血液らしきものを間欠泉かのように噴出させながら、怨嗟の絶叫とともに二つの肉片となった生物は動かなくなった。

 

 絶命した生物の代わりにそこにいたのは、小柄な人影。身長は精々160センチほど、中性的で人形のように整った顔立ちと、華奢な身体から少年かとも思ったが、制服のようなブレザーの下にはスカートを穿いていた。目を引くのは、彼女が背負う無骨な鉄の塊と、その右手に握る剣崎の大剣。

 

「良い剣だな。とても強い力を感じる。」

 

 少女が発した声は、剣崎に向けられているようだった。互いの距離は10メートルほど。声を張り上げているようには見えないのに、穏やかで透き通った声は確かに剣崎の耳に届いた。

 

「君は……。」

 

 剣崎が言葉に詰まっていると、少女は大剣を素早く縦横に振るい、生物の血を払ってから投げてよこした。空中に弾き飛ばされた剣崎の剣を彼女が跳躍して掴み、そのままあの生物に切りつけたということなのか。投げられた剣を受け止めた次の瞬間、少女は音もなく眼前にまで詰め寄っていた。背中に身につけた機械から伸びる、砲身らしきものを剣崎に向けて。

 

「若葉と言う。お前は何者だ。」

 

 どこか無感情さを映す大きな瞳が、油断無く剣崎を見つめていた。

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