剣崎一真が艦これの世界にいく話 作:しょちょー
若葉と名乗った少女の左手には、曇天にも鈍く輝く鋼の砲身。わずかに震えることもなく、ぴたりと剣崎の顎に向けられたそれに息を呑む。問いの言葉も、威圧感や警戒感は感じさせない。しかし、その小さな身体に一切の隙はなく、下手な動きを見せればためらいなく撃ってくるであろうことも剣崎には理解できた。左手で受け取ったばかりの剣は、剣崎の意思に従い光の粒となって海風に消える。剣崎は両手を上げた。敵意がないことを示すように。
「剣崎……剣崎一真だ。」
「剣崎一真か、良い名前だ。では一真、お前は何をしていた。」
若葉の表情に変化はない。ちらりと視線を反らす。海面にほのかに光る淡い青色は、怪我をしている彼女にかけたバリアがまだ健在であることを伝えていた。予想外の事態ではあるが、若葉は十分に理知的であると伺えた。状況がわずかに好転したことは間違いない。
「俺にも、わからない。ただ、あの子を助けたいんだ。力を貸して欲しい。」
剣崎は若葉からゆっくりと視線を外して、いまだ身じろぎ一つしない彼女の方を見やる。応じる若葉は剣崎の方を向いたままに頷いた。
「いや、むしろこちらがお前の力を借りていたところだ。すまない、試すような真似をした。」
若葉はわずかに視線を伏せると同時に、剣崎に向けていた砲身を外した。若葉の左腕が落とされると同時に、砲身は重い駆動音を立てて背中の機械に収まっていく。
「どういうことだ?」
「彼女は私たちの仲間なんだ。礼を言う。」
「そういうことか。でも、結局俺は何もできなかった。奴を倒したのも君だろ?」
結局のところ、剣崎はあの生物に対して苦戦を強いられていた。こちらが不死である分、時間さえかければどうにかなったかもしれない。しかし、それでは彼女を救うことはできなかったはずだ。あの戦いを切り抜けたうぬぼれがあったわけではないにしても、まだまだ精進が足りないということかと、剣崎は装甲の奥で苦い表情を浮かべる。
「だとしても、一真がいなければ彼女は奴に食われてた。感謝する。」
若葉は口の端を少しだけ吊り上げると、剣崎の肩に軽く拳を当てた。踵を返して、彼女の元へと向おうとする若葉。しかし、不意に海面が不自然に揺れはじめる。気づいた剣崎が声を上げようとした直後、海中から何者かが飛び出してきた。
「おい、若葉っ!!」
剣崎は思わず叫んでいた。影は二つ、そのいずれもが黒い服を身につけた女に見える。幽鬼のように青白い左右の二の腕から伸びるのは、手ではなく大砲。まるで本来の手を切り落として無理やり縫合したかのような不自然さのそれを、二人の女が高々と飛び上がってこちらに向けていた。蠱惑的な程に赤黒く蠢動する砲身の内側には、まとわりつくような殺意を秘めた力がわだかまっているのがわかる。女たちは今にもその力を解き放つだろう。剣崎が全速力で切りかかったところで間に合わないのは明らかだった。手の平に呼び出した剣の柄をがむしゃらに握り込む。せめて若葉の盾になろうと、背筋に力をこめた瞬間、女たちの身体がそれぞれ腰を中心に左右にずれた。さらに縦、横、斜めに分割されて、やがてはごく小さい肉片となっていく。女たちのかけらは、夥しい翡翠色の液体と一緒に海面へと降り注いだ。剣崎に辛うじて見えたのは、瞬きよりも速く、眩い軌跡が女たちの身体に走り、それからしばらくしてその身体が両断されたことだけ。
「ちぇっ、若葉の奴、さすがに良い勘してやがる。ま、でも阿武隈より俺の方が切りつけた回数は多かったよな。」
「天龍の馬鹿。あたしが先に気づいてたのに……。」
「海風にスカート捲られるくらいでうろたえるお前が悪ぃんだよ。」
女たちの残骸が降り注ぐ向こう側に、二人の少女が立っていた。向かい合って言い争っているようにも見えるが、剣崎からは声までは聞こえない。
「あの二人も私たちの仲間だ。ところで、その剣は出し入れ自在か。悪くない反応だった。」
若葉が肩越しに剣崎を振り返って言う。口元を少しだけ綻ばせている若葉の両手にはいつのまにか砲身が握られていて、砲口は赤熱されていた。剣崎も応戦するべく剣を出しはしたが、構えたときにはすべてが終っていたらしい。砲身をあらためて収めた若葉は、向こう側の二人に向けて浅く頷いてから、海上に倒れこんだままの彼女へと駆け寄る。今更ではあるが、三人の少女たちは全員が海面に立っていることに剣崎は目を見張った。若葉の足元を見れば、水面が極めて複雑な流れを描いていて、まるで意味を持った紋章のようにも見える。剣崎は水面を滑空する要領で若葉の後に続いて彼女のそばへと近寄った。
「……酷い怪我だが、大丈夫だ。」
「本当か?」
「あぁ、彼女は……赤城はこの程度では死なない。」
赤城と呼んだ彼女のそばにしゃがみこんで、若葉は両手で軽々とその身体を抱き上げた。皮一枚といった状態でぶら下がる右腿が痛々しいが、若葉の言葉に嘘はなさそうだった。そうこうしているうちに、若葉が仲間だと言った二人の少女たちが近寄ってくる。
「どうよ若葉、俺の剣捌きは。タ級なんざ、死んだことにすら気づいてないぜ。って……何者だ、その鎧野郎は。」
「天龍の馬鹿。気づくの遅いって。若葉、制空権も取り戻したからもう大丈夫だよ。後は、天龍に同じ疑問。」
剣崎は二人の少女たちに視線を向ける。二人とも十代の半ばくらいの年齢だろうか。それぞれが意匠の異なる制服らしきものを身につけている。釦を全開にした紺色のカーディガンを羽織った少女の右手には、刃文にあたる部分が赤く彩られた抜き身の刀が。一方、黒いブレザーをきっちりと着込んだ少女は、両手それぞれに一対となる短刀を構えている。
「待て。彼は赤城を助けてくれたんだ。」
「本当かよ? うさんくせぇな。」
「天龍の馬鹿。若葉が言ってるんだし、それに……深海棲艦のセンスじゃこんな金ぴかは無理に決まってるじゃない。」
「まぁ……なぁ。っつうか、お前さっきから何回俺のこと馬鹿っつったよ。」
「天龍と阿武隈だ。二人はとても仲が良い。」
「あ……あぁ。天龍と阿武隈、か。」
言い争いを始める二人の少女―天龍と阿武隈と、それを淡々と見つめながら剣崎に紹介した若葉。剣崎は頷いたものの、赤城のことが気になって仕方がない。対照的に、三人は随分と落ち着いているように見えた。
「その……赤城は大丈夫なのか。」
「あぁ、もちろん。しかし、傷の治療が必要だから、私たちは基地に戻る。よければ一真もついてきてくれ。」
若葉は剣崎の方を振り返り、ゆっくりと頷いた。
「基地……?」
「ここから南へ……そうだな。50キロメートルといったところだ。私たちの足なら5分で着く。」
「ま、ソイツの話は後で聞けば良いか。おい剣崎っつったか。お前、遅れんじゃねーぞ。」
「赤城姉ぇの恩人なのに態度でっかい! えっと、一真……さん? あたしたち、結構飛ばします。ゆっくり着いてきてください。見失っても、まっすぐ南でオーケーですから。」
腕を組んで不敵な笑みを浮かべて見せる天龍と、対照的にふわりとステップを踏んで剣崎に歩み寄ると、緩やかな笑顔を見せる阿武隈。少々二人に気圧されつつも、50キロメートルを5分で走破するという若葉の発言に微かな驚愕を覚える。確かに、全速力で飛行すれば剣崎にも不可能ではなかろうが、一見すれば普通の少女たちに見える三人のどこにそんな力があるというのか、と。
「行こう。」
若葉が告げると、少女たち三人は水面を軽やかに蹴った。弾丸もかくやという加速で遠ざかる三人の影に、剣崎は全力で追い縋る。阿武隈だけは時々肩越しに振り返り、剣崎の方を気にしていたようではあるが、それでも剣崎にとっては彼女たちの後に続くのが精一杯であった。
やがて剣崎の視線の先に島影が映る。島の周囲は精々10キロメートル程度。若葉が言うところの基地なのだろう。とは言っても、砂浜の近くに一般的な港のような施設があるだけで、他は見渡す限り森林ばかりの島である。先行する三人の少女たちは最高速のまま港の桟橋へと接近して、衝突しそうなタイミングで高々と跳躍した。数十メートルの高さにも及ぶ放物線を描き、桟橋へと着地する若葉たち。剣崎もまた、そこから少し遅れて桟橋へと辿り着く。
「お疲れ。そしてようこそ、私たちの基地へ。」
「あぁ。お邪魔します。」
赤城を抱きかかえたままに剣崎の方を向く若葉。いかに若葉が心配ないと言おうと、やはり剣崎には赤城の容態が気にかかった。応急処置としての止血はしているが、それでも大腿の傷口からはいまだに血液が溢れ、赤城の肌色は蒼白としている。傷口に大量に入り込んだであろう海水による壊死が起こりはじめてもおかしくない傷だった。
「はいはーい。司令官が怪我したって? この明石にお任せを。おや、あなたが……。」
「一真、紹介する。彼女は明石。私たちの仲間だ。彼女が赤城を治療する。」
「俺は……。」
「剣崎一真さん、ですね。若葉ちゃんから事前に通信で聞いていました。なるほど、見たことのない装備ですね。パワードスーツの類……にしては駆動装置が見当たりません。これはなかなか……。」
剣崎が赤城に視線を向けたのとほぼ同時、桟橋の近くにあった倉庫のような建屋から一人の少女が姿を現した。彼女も若葉たちとおなじく、制服のようにも見える服を身につけていて、その上から膝辺りまで届く白衣を羽織っている。明石と名乗った彼女は、まず若葉の腕に抱えられた赤城を一瞥して、なにやら頷いた後、剣崎に一歩歩み寄った。どうして良いかわからず、剣崎は一歩後退する。
「明石、赤城を……。」
「そうですね。興味は尽きませんが、まずは司令官を治療します。では後ほど。おっと、みんなは艤装を外しておいてね。ちゃちゃっと整備しとくから。」
若葉が窘めるように言うと、明石はくるりと踵を返して若葉から託されるがままに赤城の身体を抱いて、建物の中へと消えていった。
「これで赤城は大丈夫だ。」
「……。」
若葉たちや明石を疑うわけではない。しかし、普通の人間で考えれば相当に厳しい容態であることは間違いなかった。どこか不安そうに明石たちが消えた方に視線を向けた剣崎の背中を、天龍が平手で軽く叩く。
「大丈夫っつってんだろ? あの程度でくたばってたら、艦娘なんてやってらんねぇよ。」
「天龍の言う通りです。少し、休憩しませんか? みんなでお茶でも飲みましょう。」
天龍の言葉は、剣崎の不安を解そうとしてのものだろう。艦娘という聞きなれない言葉が気にはなったが、続く阿武隈の言葉に剣崎はひとまず頷いた。
「一真……その鎧は脱げるのだろう?」
「あぁ、大丈夫。」
若葉の言葉に応じながら、剣崎は若干意識を引き締める。何も考えずにあるべき状態に戻ろうとすれば、自分はあの姿になる。つまり、ジョーカーアンデッドとしての異形の姿だ。黄金色の装甲から、さらに人間――剣崎一真――の姿に変身するプロセスを踏む必要があった。特に難しいことではないが、一つ呼気を吐いて肩の力を抜く。剣崎の全身は淡い緑の光に包まれて、人の姿を取り戻した。
「わぁっ、イケメンっ!! あたし、声で確信してたもん。絶対に一真さんは美形だって。」
「お前、ホントこの手の二枚目の兄ちゃん好きだよな。格好良さなら俺の方が上だろ?」
「あたしそーいう趣味ないし。怖っ、一緒にお風呂入るのもうやめとこ。」
「ざけんな、俺もねぇよ。」
年頃の少女らしく、騒ぎ合う天龍と阿武隈に剣崎は困ったように笑う。若葉だけは、剣崎の姿を興味深そうに顎に指を添えつつ見つめていた。
「よく鍛えているようだな。だが、疑問だ。深海棲艦と渡りあえる男がいるなんて、これまで聞いたことがない。」
「若葉、そのシンカイセイカン……っていうのは何だ?」
「あ? 何言ってんだ。深海棲艦を知らない奴なんざ、この地球にいるのかよ。」
剣崎の問いに若葉は怪訝そうに眉間に皺を寄せて、天龍は剣崎が呆けているとでも思ったかのように応じた。BOARDが機能していた頃も、そんな存在について聞かされた覚えはない。腕を組みながら眉を潜めて、逡巡する剣崎。
「とりあえず、お茶にしましょうよ。ね?」
「そうだな。一真と私たちの間で、多少情報交換が必要かもしれない。」
「あぁ、そうしてもらえると助かる。」
そんな剣崎を見兼ねてか、阿武隈が声をかすかに張り上げた。若葉も彼女の意見に賛同するように頷く。当然、剣崎も異論は無かった。剣崎の反応を確かめた若葉たち三人は、その場でそれぞれが身につけていた金属の装備品を外しはじめる。
「君たちの装備……随分変わっているな。見たことがないよ。」
「それはお互い様だと思うが……。いずれにせよ、休憩がてら情報交換といこう。」
アスファルトの地面に並ぶ重厚な装備品。よく見ると、それぞれが艦船の意匠を取り入れているようにも思える。問いかけた剣崎の視線を受け止めて、若葉は静かに答えた。若葉は半ば確信に至っていた。この剣崎という青年は、何らかの事情で現在の世界を取り巻く情勢を何ら知らないのだということに。装備を外し終えた若葉と天龍は足早に、そして阿武隈は剣崎の背中を両手で押すようにして、それぞれ明石が入っていった建屋と隣り合う建屋へと足を踏み入れた。
外から見ると港の倉庫にしか見えなかったが、分厚い鉄扉の先は随分と趣が異なっていた。部屋の広さは十メートル四方ほど、木目調の床には毛の短い紺色のカーペットが敷かれていて、部屋の中央には十人程度が着けそうな円卓と椅子が設置されている。部屋のさらに奥には二階に続く階段と、”お台所”と整った毛筆で書かれた板が張られた扉が見えた。総じて、学生寮のロビーといったところだろうか。BOARDの職員として採用される以前、寮を使っていた学生時代のことを剣崎は不意に思い出してしまった。
「一真さん、聞いて。天龍ってば、あれでコーヒーオタクなんです。結構おいしいコーヒー淹れてくれるんですよ。」
「そっか。それは楽しみだ。」
「しゃあねぇな。んじゃあ、そこらのコーヒーが泥水に思えるくらいうめぇコーヒーを飲ませてやるよ。」
「天龍。あの豆使って。あの、なんだっけ……この間本州から取り寄せた。」
「コナのピーベリー、ダークローストといったか。あれは確かにいい匂いでおいしかった。悪くない。」
「ざけんな。あれグラムいくらするか知ってんのか。つーか、若葉もいちいち覚えてんじゃねぇよ。モールのコーヒー屋で買ったブレンドで十分だろ。」
「あれを使って。あたしのエッグタルトにはあのコーヒーが合うの。」
こうして会話をしているのを見ると、剣崎の知るこれくらいの年代の少女たちと大差はない。ただ、あの強さだけは本物だった。恐らく、今の自分では若葉たちには手も足もでないことだろう。知らず難しい顔をしていた剣崎を上目気味に見上げていた若葉が、円卓の椅子を指先で示した。
「座ってくれ。天龍のコーヒーも、阿武隈の焼き菓子も絶品なんだ。あぁ、甘いものは大丈夫か?」
「あ、あぁ。好き嫌いはないよ。」
「そうか。なら、用意は二人に任せよう。私はどうも繊細な作業のセンスに欠けている。」
相変わらず仲の良さを伺わせる遠慮のない言い争いをしながら、それでも揃えた足並みで台所へと消えた天龍と阿武隈を視線で追う。
「若葉、この基地……には、君たち以外は?」
「いや、赤城と明石を含めて、今は私たち五人だけだ。あと一人、今は本州に出ている者がいる。もちろん、その他に資材や物資の搬出入を担う職員が来ることはあるが。」
「本州……ということは、ここは日本で間違いないんだな。」
「そうだ。ここは南鳥島という。」
南鳥島といえば、日本の最も東に位置する島であったはず。アンデッド被害の調査で現地に赴いたことさえある。ここが剣崎の知る南鳥島であるかぎり、ここは日本なのだろう。あの戦いからすぐにアメリカに渡り、その後剣崎は世界の紛争地域を転々とした。その間に、日本で何らかの変化があったということなのだろうか。若葉たちのような強い力を持つ少女たちと、深海棲艦という存在が戦うに至る出来事があったのだとすると、当時の仲間たち――橘や睦月、そして始もまた戦っているのだろうか。
「また難しい顔をしているな。まぁ、落ち着くといい。」
「あぁ……。すまない。」
若葉が少しだけ表情を綻ばせて言う。剣崎は項のあたりをかきながら、ばつの悪そうな表情を見せた。そのとき、台所の扉が開かれた。薄緑のレースのエプロンを身に着けた阿武隈はいかにも慣れた所作で片手にトレイを持って、円卓のそばに歩み寄るとそれぞれの前に綺麗に切り分けたエッグタルトが載った皿を置く。一方彼女に続いてビールメーカーのロゴが描かれたエプロンを着けた天龍はと言えば、盛大に溜息をつきながらもそれぞれにソーサーに載ったコーヒーカップを供した。
「……ったく。それ一杯の豆だけで100円以上の価値あんだからな。店じゃ800円くらい取れるぜ。クソ……。」
「文句言わないの。赤城姉ぇの命の恩人で、お客様なんだからね。」
「二枚目の野郎にだけは甘いんだよな。この前だって政府の役人がちょぉっと男前だからって……」
「それ以上言ったらぶつから。」
「……ったくよぉ。」
見るからに不服そうな天龍と阿武隈のやりとりはいつものことなのか、全員がテーブルに座ったところで、若葉が浅く頷く。
「では、いただこう。」
「おいしそうだ。いただきます。」
若葉が持ち上げたコーヒーカップに唇を添えたのを見て、剣崎もコーヒーを口にした。思えば、随分と喉が渇いていたように思う。この身体は極論すれば食事も水分も必要としないが、それでも空腹や渇きは覚える。久方振りの水分は、豊かな香りと程よい苦味をともなって喉を潤した。仕事の後、よく橘にコーヒーをご馳走してもらっていたことを思い出した。どこか、そのときの味に似ている気がする。
「一真さん、あたしのエッグタルトもどうぞ。お口に合えば良いですけど……。」
「あぁ、いただくよ。」
フォークで一口分に切り分けたエッグタルトを口に運ぶ。コーヒーで潤された舌の上で、ほろほろ生地が崩れるにつれて優しい甘みが広がる。アンデッドとなって以降、剣崎の味覚は失われつつあった。視覚や聴覚と異なり、戦いにおいての必要性が乏しいからなのだろう。その筈なのに、彼女たちが作ったコーヒーもエッグタルトも、その繊細な味を十分に楽しめている。二口目は思わず大きく切り分けて口に運んでしまった。
「うん、うまいよ。本当に。」
両手を胸の前で合わせて、不安そうにしていた阿武隈の表情がぱっと華やいだ。若葉は口に放り込んだエッグタルトを飲み込んだ後、それぞれの顔を順番に見たあと、浅く頷いた。
「一真、食べながらでいい。話をしよう。」
「あぁ……。俺もみんなと話がしたかったんだ。」
「単刀直入に聞きたい。一真、お前はどこから来た? あの鎧は何だ?」
「悪い。少し、話が長くなるかもしれないんだ。」
「構わねぇよ。ただし、嘘をついても俺の目は誤魔化せねぇからな。そんときは、その首がぶっ飛ぶぜ。」
冗談混じりのそれとわかる言葉を投げた天龍が、両手を頭の後ろに組んだ。剣崎は天龍に向って頷いてから、話を始める。家族を思う一人の男の愛がために甦ったアンデッド、人類の繁栄に繋がる戦いの歴史、すべてを手に入れようとした男の結末、そして戦いを統べる統制者に抗った二人の男の記憶。