剣崎一真が艦これの世界にいく話   作:しょちょー

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Before the dawn of everything related to them all.

 水平線から顔を出し始めた太陽が辺りを橙色に染める中、剣崎は一人浜辺を訪れていた。時刻は5時を回ったところ。黒潮の影響を受ける強い波が寄せては返す波打ち際で、剣崎は右手を上向きに開いた。指先に集まる光の粒が、即座に鋭い剣の形をなす。もはや手指の一部と言えるほどに馴染んだ剣を構え、朝日に輝く刀身をわずかな乱れもなく頭上に掲げる。心中に去来するのは、昨日の出来事。アンデッドとの戦いが終わってここまで、あれほどまでに劣勢に立たされたことはなかった。若葉たち艦娘も、深海棲艦も、今の剣崎より強いと見て間違いない。いつの間にか、自分の力は時代遅れのものとなっていたのだろうか。考えてどうにかなるものでもない。しかし、今も力無い人々を守りたいのであれば、剣崎は彼女たち艦娘に追いつくしかなかった。

 

 刃のように意識を研ぎ澄ませて、剣を振り下ろす。切っ先から放たれた不可視の力は、白波立てる海面を遥か遠くまで切り裂いていく。幼いころに見た古い映画のワンシーン並とまではいかないが、まだ夢の中であろう艦娘たちを起こさぬように配慮した上でこれならば悪くはない。少なくとも、当時に比べて腕が落ちているというわけではなさそうだった。

 

「随分と早起きなんですね。」

 

 不意に背後から聞こえた声に振り返ると、ジャージにウィンドブレーカーを羽織った明石が後ろ手に手を組みながら、のんびりとした足取りで歩いてくるところだった。

 

「おはよう、明石。」

「おはようございます。ゆうべはよく眠れましたか?」

「あぁ、おかげさまで。明石……は、ちょっと疲れてそうだな。」

 

 剣崎が砂浜に突き刺した剣は、朝日に溶けるようにその姿を消す。小さく感嘆の声を上げる明石であったが、その目元には色濃く隈が残っている。さらに、剣崎にもわかるくらいに肌が荒れているようにも見えた。恐らく、昨夜から眠っていないのだろう。剣崎の指摘に対して、明石は後頭部を掻きながら視線を逸らす。

 

「いやぁ、剣崎さんの血液や細胞片を調べてたら、いつの間にか朝になっていまして。眠気覚ましにお散歩でも、と。」

「興味を持って貰えるのはありがたいけど、程々にしてくれよ。」

「以後、気をつけます。あぁでも、一つわかったことがあるんです。アンデッドと艦娘……つまり剣崎さんと私たちには、何か関係性があるのかもしれません。」

「関係性?」

 

 額に人差し指を添えて、得意気に片目を閉じる明石。昨夜、食事の後に聞いた話によれば、明石もまた赤城と同様に防衛大卒であるらしい。正確には、彼女の場合は防衛医科大学校卒ということになる。ただし、卒業前に艦娘の力が発現した彼女は、艦娘としての着任を条件として早期卒業と医師免許の交付が認められたという。奇しくも、明石は彼女自身が自称するところの艦娘を治す艦娘という極めて珍しい存在であったことも、そういった特例が認められた背景にある。剣崎もBOARDの元職員として、一定水準の生物学の素養は持っているつもりだった。それだけに、彼女の言葉は純粋に興味を惹いた。

 

「剣崎さんの細胞と、私の細胞を一つの培地の中で増殖させてみたんです。」

「そんなことをしたら、相互汚染されてまともな結果が得られないんじゃないか?」

「えぇ、おっしゃるとおりです。基礎的な分析が完了した後の、出来心だと思っていただければ。」

「その気持、わからなくはないよ。ちなみに、結果はどうなった?」

「予想通り、相互汚染が確認されました。でも、その瞬間に私たちの細胞はものすごい勢いで増殖をはじめました。肉眼でもわかるくらいの早さで、培地すらも取り込んで、ね。」

「それは……。」

「さすがに少し、びっくりしました。」

 

 昨夜の光景を思い出した明石は、無意識に両腕を抱いて瞳を伏せた。検体は即座に焼却したが、あのまま放っておいたなら、どんな状況になっていたのか想像もできない。ましてや、そんな現象を起こした要因の一端が、自らの細胞にあるのだから、薄ら寒さを感じるのも無理はない。

 

「コンタミネーションと同時に爆発的に増殖、か。原因があるとすると……。」

「はい。最初に言ったように、剣崎さんと《私たち》の類似点に何か関係があるのだと思っています。」

 

 明石は剣崎の瞳をまっすぐに見つめて、抑揚を効かせた声色で、私たち、の部分を強調して告げる。そこで合点がいったとばかり、剣崎は頷いた。

 

「君たち……この島の艦娘、ということか。」

「はい。私たちの身体は、幹細胞に限らず、すべての細胞においてヘイフリック限界の制限を受けないことがわかっています。ちょうど、剣崎さん……アンデッドと同様に、です。普通の、一度の死も経験していない艦娘では、そのようなことはありませんから。」

 

 そこまで告げると、明石はわずかに視線を伏せて、緩慢に広げた自分の手のひらを見つめた。昨夜、剣崎からアンデッドの話を聞いたときは、興奮に足が震えそうになったことを覚えている。通常の動物では生じ得ない特性を有する存在が、自分たち以外にいることがわかったのだから。

 

「俺たちの類似点……。橘さんなら、君の力になれるんだろうけど。」

「昨日おっしゃっていた橘博士、ですね。私もぜひお会いしたいところです。」

「あぁ、連絡がついたら、君たちのことも伝えておくよ。ところで、このことを他のみんなには?」

「赤城司令にだけは、後ほど報告しておこうかと思います。外部には出さないつもりです。」

「それがいいと思う。」

 

 詳しく話を聞いたわけではないし、聞くつもりもない。しかし、一度沈んで蘇った艦娘だけをこの島に集めているというのは、ただ周囲が彼女たちを気味悪がるからという心情的なものだけではないはずだ。おそらく、この島の艦娘たちはわかっているのだ。彼女たちの配置は、特異な状況にある艦娘たちの実験という意味も兼ねているのであろうことを。だからこそ、明石の判断は適切だろうと剣崎は頷いた。

 

「なんだか、話しちゃったらすっきりしました。」

「そうか、ならよかったよ。このまま一眠りしてきたらどうだ?」

「それも良いんですけど……。剣崎さん、まだトレーニングを続けるおつもりですか?」

「ん? あぁ、そうだな。もう少しだけ。」

 

 両手を頭上で組んで大きく伸びをした明石は、一歩分距離を詰めると、前かがみ気味に剣崎の瞳を覗くように見上げた。

 

「だったら、お付き合いさせてください。軽く手合わせをしたいなぁ、と思っていたんです。」

「お、それは面白そうだな。是非頼むよ。」

「では、準備をしてきます。少しだけお待ちくださいね。」

「あぁ、ゆっくりで構わない。」

 

 踵を返して建屋がある方向へと走り出した明石は、五分もしないうちに戻ってきた。彼女の右手には長い棒のようなものが握られている。長さは2メートルほどはありそうだったが、明石は特に取り回しに苦労した風もなく、慣れた様子で浜辺を駆けてきた。

 

「お待たせしました。いつでも始められますよ。」

 

 得意げに口端を釣り上げて、明石が身構える。どうやら棒ではなく、薙刀の一種のようだ。柄の刃先に近い部分を右手で握り、背中側に構えて、その細くしなやかな左足をすらりと持ち上げた。応じる剣崎は、両手で握った剣を体の中心に構える。

 

「もうわかっていると思うけど、俺には手加減無用だ。できれば、殺すつもりで打ち込んで欲しい。」

「はい。承知しています。穴だらけにしても、まっぷたつにしても大丈夫なんですよね? 責任、取れませんよ?」

「もちろん。あぁ、かなりグロテスクなのと、返り血さえ問題なければ、だけどな。」

「それこそ、慣れてますよ。ところで、良いんですか? 変身しなくても……。」

「あぁ、このままでいい。といっても、明石を侮っているわけじゃないぞ。この身体は、色々と無理が効かない。実戦より厳しい状況に追い込むって意味では、ちょうど良いんだ。」

「なるほど、では、遠慮なく……。」

 

 涼やかな明石の声色が剣呑な響きを含んだ瞬間、彼女の姿は視界から消えた。昨日の若葉と同様だ。剣崎の知覚神経をもってしても、彼女たちの動きは捉えきれない。しかし、剣崎は迷うことなく頭上を真横に切り払った。確かな手応えの直後、2メートルほどの高さから薙刀を振り下ろす明石の姿が現れる。音もなく跳躍し、剣崎の身体を縦に断ち切るつもりだったのだろう。両者の刃がぶつかりあう重々しい金属音を聞きながら、剣崎は力強く右足を踏み込んで剣を振り抜いた。弾き飛ばされながらも、明石は空中で背後側に一回転して着地する。

 

 剣崎は彼女の動きを読んでいたわけではない。若葉たちの動きを一度見ていたからこその、勘に近い直感でその攻撃を凌いだに過ぎなかった。少しでもタイミングがずれていれば、あるいは剣崎の勘が鈍かったなら、それまでだっただろう。相応に死闘を潜り抜けて来た自負はあったが、それでも彼女たち艦娘は自分より格上の相手だと、剣崎は改めて確信する。

 

「さすがだ。昨日の俺なら、今ので一度死んでたよ。」

「あちゃー、取ったと確信していたのですが……。一筋縄ではいきませんね。」

 

 余裕を含んだ笑顔で返した明石は、しかし薙刀の柄から離した右手を数回振ってから握り直した。右手の感覚が鈍く感じる。先程の剣崎が見せた打ち込みがいかに烈しいものだったかを理解するには、それだけで十分だった。イ級相手に苦戦していたという若葉たちの言葉から、剣崎の能力を見積もっていたつもりだが、認識が甘かったかもしれない。一度地球を守り抜いた剣崎は、言わば艦娘の先輩と言ってもいい筈だ。明石はあらためて気持ちを切り替える。最初から手加減はしていなかったけれど、今度こそは彼の言葉通り、深海棲艦と戦うつもりで打ち込んでやろう。今の彼は、どう見ても生身の人間であり、昨日の装甲すら身に着けていない。しかし、不思議と抵抗は感じなかった。落ち着き払って自分を殺すつもりで来いと言ってのける彼の雰囲気がそうさせるのか。あるいは、科学の徒としてアンデッドの能力を直に体感したいという欲望が、本能的な倫理観を抑えているのかもしれない。恐らくは、その両方だ。だからこそ、次は積極的に彼を殺害するつもりで打ち込もうと明石は心に決めた。

 

「次は、こっちからいかせて貰おうか。」

「受けて立ちます。この明石の間合いに入ってこれるものなら、ですが。」

 

 剣崎は剣を器用にくるりと一回転させてから、切っ先が砂浜に触れるくらいの下段に構え直す。明石をまっすぐに見据えて、呼吸を整えながらにゆっくりと一歩を踏み出した。対する明石は、薙刀を地面に対して水平にして、剣崎に切っ先を向ける。互いの距離は5メートル程度。薙刀の長さを踏まえれば、あと数歩で彼女の間合いに入るはずだった。しかし、剣崎は不意をつくように砂浜を渾身の力で踏み抜き、真横に飛び退いた。視界から剣崎を見失った明石であったが、その視線は冷静に剣崎がいるであろう方向を追従する。直後、明石の真横あたりで砂浜が爆ぜた。剣崎の狙いを理解した明石の唇は、緩やかに弧を描く。

 

「残念ですが、見え見えですっ!」

 

 即座に薙刀を砂浜に突き刺して、上半身をひねりながら持ち上げた右足を真後ろに振り抜く。明石が反応した直後、背後の砂が小さく爆ぜた。回り込むように跳躍した剣崎が着地したのだろう。しかし、もう遅い。艦娘の筋力に加えて、鞭がしなるように強烈な遠心力が乗じた足先は、剣を構える間すらも与えず、剣崎の頭部を砕くだろう。しかし――。

 

「嘘……?」

 

 確かな手応えをともなって、右足が捉えたのは剣崎自身ではなく彼の剣だけだった。その威力を見せつけるように、空中で粉々に分解する剣を呆然と見つめていたのは、瞬きにも満たない一瞬。直後、心臓が握りつぶされたかのように、明石の背筋を冷たいものが駆け上がる。ならば、剣崎はどこにいるのか、と。次の瞬間、剣崎がふわりと着地した。つい先程まで明石にとって正面であった方向に、である。全力で飛び退くことで一時的に明石の視線から逃れた剣崎は、その剣だけを彼女の背後に放り投げることで、背後に回り込もうとしていると思わせることを狙った。それとほぼ同時に、剣崎自身は明石の正面側に降り立ったのだ。あまりにも単純な策であるが、見事なまでに弄されてしまった。片足は振り上げたままで、姿勢を整える余裕なんてない。流れるように無駄のない踏み込みとともに、剣崎の拳がまっすぐに打ち込まれる。苦々しげに奥歯を噛み締めながら、明石は無理矢理に左肘を突き出す。一晩程度は片腕が使い物にならなくなるのは覚悟のうえであったが、剣崎の拳は明石に触れる直前にぴたりと止まった。

 

「くっ……。」

 

 突きの余波が長い髪をかき乱す。砂浜は明石を中心角とした扇形に爆ぜて、さらに背後の海面までもが激しく水柱を立てた。よろめくように一歩、明石は後ずさる。

 

 剣崎が彼女の裏をかけたのは、ひとえに運によるものといってもいい。そのうえ、仮に明石に当てるつもりで拳を振り抜いていたとして、彼女の肘打ちに競り勝てたかどうかも、正直なところ自信がなかった。少なくともあの回し蹴りには、剣崎の剣をいともたやすく粉砕する威力があったのだから。

 

「引き分け、かな。」

「いいえ、私の負けです。剣崎さんが寸止めをしなかったら、今頃片腕を持って行かれてましたよ。」

「明石、それは違う。実を言うと、君の蹴りの鋭さに怯えちゃってさ。寸止めせざるを得なかったと言うか……。それに、コンディションにおいては徹夜明けの君が圧倒的に不利だろ?」

 

 剣崎が拳を下ろしたのを見て、明石は胸のあたりに手を添えて深い吐息を吐いた。ウィンドブレイカーの下で、下着代わりのノースリーブがいやな汗を吸って肌に張り付いているのがわかる。身体を動かしたことによる発汗というよりは、緊張からの冷や汗によるものだろう。

 

「そう言っていただけるなら光栄です。歴戦の戦士の戦い方、参考になりました。」

「とんでもない。俺の方こそ、艦娘と手合わせが叶うなんて、良い勉強になったよ。ありがとう。」

 

 一歩後退した明石は、居住まいを正してから剣崎に深く頭を下げた。応じる剣崎もまた、明石とほぼ同時に一礼する。

 

「もう少し続けたいところですけど、怒られちゃいそうですね。」

「そうだな。」

 

 剣崎は少し前からこちらへと近づく気配に気づいていた。どうやら、明石も既に感づいていたらしい。二人同時に気配がする方向、つまり基地の方へと視線を向けると、制服姿の若葉がまっすぐこちらへ歩いてくるところだった。二人の視線に気づいたらしい若葉は、高々と砂浜を蹴って跳躍する。残像すら残さないほどの速さで二人の前に降り立った彼女は、落ち着いた表情ではあったが、心なしか不服そうに見えた。

 

「明石も一真も、酷いぞ。稽古をするなら、なぜ私を起こさなかった。」

「ごめんごめん。その場の流れで一勝負、って感じだったから。」

「あ、あぁ。そうなんだ。別に若葉を仲間外れにしたわけじゃない。」

「わかっている。本当なら今すぐ三人で始めたい。でも、今日は私が朝食当番だ。みんなも起きてくる。さぁ、戻るぞ。」

 

 どうにも不満そうに、ほんの少しだけ唇を尖らせて告げた若葉は、一人踵を返して基地の方へと歩きだす。明石は少々慌てて砂浜に刺さったままの薙刀を引き抜いて、若葉の後に続く。肩越しに振り返って、軽く頭を下げる明石に気にするなとばかりに首を振ってから、剣崎も彼女たちの後に続いた。

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