「コミュニティとは文字通り、複数名で作られる組織のことを指す総称で、種族・規模によって組織とも国とも、群れとも言い換えられるものですが…
活動していく上で箱庭に『名』と『旗印』を申告しなければなりません。特に旗印は領土の誇示の為に使う重要なものです。勿論この店にもありますよ」
ガルドはおさらいのようにコミュニティの意味を示してから、カフェテラスに掲げられた六本の傷跡の絵が描かれた大きな旗を指した。
「この店のコミュニティは『六本傷』…つまり六本傷という『名』とあの絵を『旗印』として申告したコミュニティの傘下にある、という訳です。」
全員が意識をガルドに向け直したのを確認して、彼は続ける。
「そして例えば、もし自分のコミュニティを大きくしたいと望むのであれば、名と旗印をかけて他のコミュニティに『ギフトゲーム』を仕掛ければいいのです。実際、私のコミュニティはそうやって大きくしましたから」
彼は自慢げに自身のタキシードの胸元を指した。
そこには虎をモチーフにした紋様ーーつまりは旗印が刺繍されている。
「その紋様が縄張りを示すというのなら…この近辺はほぼ貴方達のコミュニティが支配していると考えていいのかしら?」
飛鳥はここに来るまでに街の至る所にその旗印があったのを覚えていたらしい。
「えぇ。この2105380外門付近で活動可能な中流コミュニティは全て私の支配下です。残すはこの店のように本拠が他区か上層区にあるか…
奪うに値しない名も無き弱小コミュニティぐらいですよ」
ジンは依然として俯いたままではあったが、明らかに自分に矛先が向いた嫌味にローブの端をグっと握り締める。
「さてここからが貴方がたのコミュニティの問題です。実は貴女たちの所属するコミュニティは、数年前まではこの東区画最大手のコミュニティだったんですよ。」
「あら、それは意外」
飛鳥の良くも悪くも正直な感想に、ガルドは気を良くしたようだった。
「しかもギフトゲームにおける戦績は人類最高の記録を持っていたとか。リーダーはジン君とは比べ物にならない優秀な人物だったようですね。
彼は東西南北に分かれたこの箱庭で、東の他に南北の主軸コミュニティとも親交が深かった。南区画の幻獣王格や北区画の悪鬼羅刹が認め、箱庭上層に食い込むコミュニティだったというのは嫉妬を通り越して尊敬してものです―――まぁ、先代は、ですが」
箱庭の全体図というものを彼らはまだ知らなかったが、ジンのコミュニティを敵視している彼が褒める程度には驚嘆すべきことなのは理解できた。
「まさに快挙とも言える数々の栄華を築いたコミュニティはしかし!……たった一夜にして滅ぼされました。
ギフトゲームが支配するこの箱庭世界の唯一にして最悪の天災によって、ね」
「天災?」
それほどまでに巨大で強力な組織がただの自然災害程度によって滅んだとは思えない。
きな臭くなってきたことに薬研が感じたのは安堵だった。
「ええ、箱庭世界で唯一にして最大の天災―――俗に言う『魔王』と呼ばれる者たちが、コミュニティを壊滅まで追いやりました」
「魔王、か…」
深く考え込む薬研の脳裏には、第六天魔王がいた。
「えぇ、魔王ですよ、ジェントルマン。よく外界で取り上げられる者とは少し異なりますがね。」
外界で取り上げられる魔王、が自分の考えるものと同じものをさすのかはわからないが、今言及すべきはそこではないと彼は思った。
「ではどういったものなのかしら」
「『魔王』とは『
「
「主催者権限とは読んで字のごとく『ギフトゲーム』を開催できる権限です。
…ただし、挑まれれば強制的に参加させられます」
「つまりジンくんのいるコミュニティは、強制参加させられて壊滅状態になった、と。」
「ええ、彼らは名も旗も…そして多くの仲間も失いました。残ったのは膨大な居住区と役足たずな子供だけ。今は名誉も誇りも失墜した名もない弱小コミュニティの1つでしかありません。新たなコミュニティを結成すればまだ希望はあったものを。
…以上が、彼のコミュニティが衰退した経緯です。」
そう締めくくったガルドは運ばれてきたカップに口をつけ笑みを浮かべると、大仰に肩をすくめてみせた。
ガルドが言っていることを一つも否定することなく黙し続けるジンにしびれを切らしたのか、飛鳥は向き直って尋ねる。
「ガルドさんの言っている事が正しいなら、どうして新しくコミュニティを作らなかったのかしら」
「…その…新しく作ってしまえばそれば別のコミュニティになってしまいますから」
震える弱い声で返答したジンは、怒りか悲しみかはたまた羞恥か、顔を赤くしたまま俯いてしまった。
「はは、とんだお笑い草だ!出来もしない夢を掲げて過去の栄華に縋りつき…黒ウサギにコミュニティを支えてもらうだけの寄生虫!
私は本当に黒ウサギの彼女が不憫でなりません。ウサギと言えば『箱庭の貴族』と呼ばれるほど強力なギフトの数々を持ち、どこのコミュニティでも破格の待遇で愛でられるはずです。それなのに彼女は貧乏にあえぎクソガキの世話に追われる毎日を送っている!」
薬研は黒ウサギが十六夜を追いかける時に緋色に変化したのを思い出した。あれもギフトの一つという訳だ。
「ジンくん、大丈夫?」
耀は黙っているジンに声をかけてから、少し責めるような眼差しをガルドに向けた。
「リーダーというのは責任を伴うのですよレディ。彼はその殆どを放棄している。」
「……そう。事情のおおよそは分かったわ。それでガルドさんは私たちにそんな話をどうして懇切丁寧に話してくれたのかしら?」
ガルドはニヤリと口角をつり上げて笑う。
「単刀直入に言います。よろしければ黒ウサギ共々、私のコミュニティ…フォレス・ガロに来ませんか?」
「何を言い出すんです、ガルド=ガスパー!?」
そのガルドの言葉にジンが真っ先に反応した。彼は怒りのあまりテーブルを叩きつけ立ち上がったが、ガルドの鋭い瞳に再びたじろぐ。
「黙れジン=ラッセル。そもそもテメェが名と旗印を改めていれば最低限の人材はコミュニティに残っていたはずだ。
それを貴様の我がままでコミュニティを追い込んでおきながら、どのツラ下げて異世界から人材を呼び出した」
「そ、それは……」
「何も知らない相手になら騙し通せるとでも思ったのか?その結果、黒ウサギと同じ苦労を背負わせるってんなら……こっちも箱庭の住人として通さなきゃならねぇ仁義があるぜ?」
ガルドはジンにそうすごむと、薬研たちに向き直る。
「……で、どうですか?返事はすぐにとは言いません。コミュニティに属さずとも貴女達には箱庭での30日間の自由が約束されています。
一度、自分達を呼び出したコミュニティと私たち“フォレス・ガロ”のコミュニティを視察し、十分に検討してから―――」
「私は結構よ。ジン君のコミュニティで間に合っているもの」
ジンとガルドは信じられないものを見るように飛鳥の顔を二度見した。
薬研はいがみあっていた両者の行動が被ることには一抹のおかしさを覚えたが、ここで笑うと面倒なことになるだろうと無表情を貫く。
彼女はティーカップの紅茶を飲み干すと、2人に向かって尋ねた。
「2人はどうするの?」
「どっちでもいい。私は友達を作りに来ただけだから」
「あら、じゃあ私が友達1号に立候補してもいいかしら。私達って正反対だけど、意外に仲良くやっていけそうな気がするの」
飛鳥は自身の髪をいじりながら目を逸らし、気恥かしそうに言った。
耀はそれらの言葉に目を2、3回瞬かせ、飛鳥の顔を見つめ………小さく笑って頷いた。
「…うん。飛鳥は私の知ってる女の子とはちょっと違うし、大丈夫かも」
「吉光くんは?」
「はは、じゃあ俺っちは2号ってところかね」
人の子と刀剣男士が友とは、それこそお笑い草だ。
「吉光くんも、お兄さんみたいだから、大丈夫な気がする」
「にゃにゃあなーお」
三毛猫が感極まって涙を流す。
耀という人間と会話を続けていたから、感情も人間らしくなっているのだろうかとふと薬研は思った。
「で、では、ジェントルマン、あなたはいかがです?論理的に考えていただきたいものですが」
「そりゃまぁ普通に考えたら、旦那の方が旨みが多いが…大きな組織ってのにはちぃと懲りててな、それに友達2号としての務めを果たさなきゃならん」
薬研はいたずらっぽく笑いながら断った。
「お二人の事情は聞きました…では、あなたがこちらを選ばない理由を伺っても?」
ガルドは努めて声を荒げないようにしているのが聞いてわかるような…つまりは震えた声音で飛鳥に尋ねる。
「私、久遠飛鳥は―――裕福だった家も約束された将来も、おおよそ人が望みうる人生の全てを支払ってこの箱庭に来たのよ。
今更、恵まれた環境に入れてやると言われて、魅力的に感じると思う?」
飛鳥は冷ややかに言い切った。
「それにね、私一つ気になってることがあるの。」
「奇遇だな、嬢ちゃん。俺っちも聞きたいことがあったんだ。何も知らん奴になら騙し通せる、ってのは自分の話なんじゃあねぇのか?」
興が乗った。薬研は不敵な笑みを浮かべる。
ガルドの動揺は手に取るように分かった。とんだ三文役者だ。
「な、何の話で」
「黙りなさい」
ガチン!とガルドの口は不自然な形で勢いよく閉じてしまった。
本人は混乱した様に口を開こうともがいているが、全く声が出ない。
「さぁ、キリキリ吐いてもらおうか。」
では、人間と会話を続けた無機物は。