「貴方はそこに座って私の質問に答え続けなさい」
飛鳥の言葉により、ガルドは勢いよく着席する。椅子が鈍い音を立ててひび割れた。
彼は完全にパニックに陥っているようだった。
その様子を見る限り、言霊による行動の制御は箱庭で暮らす彼の知識にはないか、とても珍しいものであると薬研は推察した。
「お客さま!当店で揉め事はご遠慮ください!」
空気の不穏さを感じ取った先程の店員が現れ、慌てて仲裁に現れる。
「丁度いいわ。猫の店員さんも第三者として聞いていって欲しいの。多分、面白い事が聞ける筈よ」
彼女は不愉快そうな顔で鼻をならした。
「貴方はこの地域のコミュニティに勝負を挑み、そして勝利したと言った……ジン君。名と旗印をチップにゲームをすることは、よくある事なの?」
自分に水を向けられるとは思っていなかったジンは、あわてて唇を湿らせる。
「そ、その、名と旗印を賭けるということはコミュニティの存続を賭けることを意味するので、やむを得ない状況なら稀に…といった程度です。」
彼の言葉に、聞いていた猫耳の店員も同意を示す。
「そうよね。訪れたばかりの私でさえ、それぐらい分かるわ。だからこそ、主催者権限を持つ者は魔王として恐れられている筈。
…その特権を持たない貴方が、どうしてコミュニティを賭けあう様な大勝負を続ける事が出来るのかしら。」
もはやこの異様な光景を引き起こしているのが飛鳥である事には皆が気付いていた。
ガルドのみならずジンと店員の様子を見る限り、箱庭でもこの事態ははやり異例らしい。彼らは飛鳥とガルド両方に視線を向けていた。
薬研はこれが審神者による言霊とは少し異なった力であると感じたが、御神刀でもなければ、特に怪異に関する逸話もない自身には分かり得ないことだった。
「ああ、これが嬢ちゃんのぎふと、ってわけか」
「…そうね。詰まらない力よ。さぁガルドさん、教えてくださる?」
話をサラリと流し、スッと瞳を細める飛鳥にガルドは表情をこわばらせる。
だが彼はその力に抵抗するすべもなく犯行をつらつらと語るしかない。
「相手のコミュニティの女子供を攫って、脅迫した。これに動じない相手は後回しにして、徐々に他のコミュニティを取り込んだ後ゲームに乗らざるを得ない状況に追い詰めた」
「まあ、そんな所でしょう。貴方の様な小者らしい堅実な手です。けれど、そんな違法に吸収した組織が、貴方の下で従順に働いてくれるのかしら?」
「各コミュニティから、数人ずつ子供を人質にとってある」
店員とジン、耀から悲痛な声が漏れる。
言葉には出さないものの、飛鳥は不快そうに眉根をひそめた。
「そう……それで、その子供達は何処に?」
「もう殺した」
その場の空気が凍りつくのを薬研は感じた。
しかし彼の証言は命令無しに止まることはない。場の雰囲気を置き去りに、よどみなく語り続けるしかないのだ。彼の額には脂汗が流れていた。
「初めて餓鬼どもを連れてきた日、泣き声が頭にきて、思わず殺した。それ以降は自重しようと思っていたが、父が恋しい母が愛しいと泣くので、苛ついて殺した。それ以降、連れてきた餓鬼は全てその日のうちに殺すことにした。死体が見つかって組織に亀裂が入るのはマズいので、証拠が残らない様に部下に食わ」
「黙って!」
耐え切れず飛鳥は叫んだ。ガルドは口を勢いよく閉じ、歯と歯がガチンと音を立ててぶつかった。
「素晴らしいわ。ここまで絵に描いたような外道には早々出会えなくてよ?エセ紳士さん」
飛鳥は相変わらず皮肉めいた口調だったが、その声音は震えていた。
瞳を閉じゆっくりと息を吐き、冷静さを取り繕いジンへ問う。
「……ねぇ、今の証言で箱庭の法が、この外道を裁く事は出来るかしら?」
「吸収したコミュニティから人質を捕ったり、同じコミュニティの仲間を殺すのはもちろん違法ですが……裁かれるまでに彼が箱庭の外に逃げ出してしまえば、それまでです」
「そう。なら仕方がないわ」
飛鳥はそれを聞くと指をパチンと鳴らした。
それが彼女の力を解除する方法だったようで、ガルドを縛り付けていた力が霧散する。
「この、小娘がァアアアァアアア!!」
膨張する体によって服が弾け飛び、変わりに長い体毛が覆う。
爪は鋭利なものに、牙が伸びマズルが虎のものへと変貌した。
「テメェ…俺の上に誰が居るか、分かってんだろうなぁ!?箱庭第666外門を守る魔王が、俺の後ーー」
ガルドがテーブルを叩き割り飛鳥に襲いかかろうとした次の瞬間には、耀が彼を床に抑えつけていた。
薬研は耀が動物じみた動作でガルドへと飛び乗ったのをしっかりと目で追うことができたが、自分の練度が低いうちならどうだっただろうかと考える。
彼女の動きはそれだけ人外じみていた。
「喧嘩は、だめ。」
強い力での抵抗が行われているはずだが、耀は平坦にいさめる。
その様子に、飛鳥が楽しそうに笑った。
「さて、ガルドさん。私は貴方の上に誰が居ようと気にしません。それはきっとジン君も同じでしょう。だって、彼の最終目標は、コミュニティを潰した『打倒魔王』だもの…そうよね?」
その言葉にジンは大きく息を呑んだ。試すような眼差しと魔王というワードに負けそうになるも、しっかりと肯定する。
「……はい。僕達の最終目標は、魔王を倒して僕らの仲間達を取り戻す事。今さら、そんな脅しには屈しません」
「そういう事。つまりあなたがすべきなのは、ここにいる全員を殺すか、法の手が届かないところまで逃げ延びるかの2つ。無様に押さえつけられている今、殺すのはきっと無理ね?」
「く……くそ……!」
組み伏せられたままのガルドは、飛鳥を睨みつけた。
薬研はそっと刀にかけていた手を離す。自分が出るまでもなく彼らに対処可能だと判断したからだ。
「では2つ目、法の手の届かないところに逃げ延びる?それも、この地域の支配に腐心していたあなたにとってはさぞかし苦痛を伴うものでしょう。つまりね、貴方には破滅以外の道は残されていないの。
だけど私はそれだけじゃ満足できないわ。そこでみんなに提案なのだけれど」
飛鳥は周囲を、コミュニティのメンバーとなる一同を見回す。一同は目でもって続きを促した。
「私は貴方のような外道が私の周囲でのさばり続けるのもコミュニティ瓦解程度でも納得できない。貴方のような外道はズタボロになって己を悔いながら罰せられるべき―――だからね?」
飛鳥は身動きの取れないガルドの顎を白魚のような指先で掴み、持ち上げた。
「貴方の『フォレス・ガロ』の存続と『ノーネーム』の誇りと魂を賭けて『ギフトゲーム』をしましょう」
彼らの初舞台が今、幕を上げた。