「今日のゲームは、通常ギフトゲームが行われる舞台区画ではなく、居住区画で…と指定されたのですが…」
困惑する様子の黒ウサギ。
居住区画として案内されたそこは、ツタに覆われた森のようだった。
赤黒く変色し、脈動する木々が不気味な雰囲気を醸し出している。
「…ジャングル?」
「虎の住むコミュニティだし、おかしかねぇだろ」
飛鳥が門に貼られたギアスロールを見付けて彼らを手招きする。
薬研も他の問題児たちと同様に近寄り、目を通す。
クリア条件が本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐となっていて、分かりやすくて良いと思ったのだが…話はそう簡単でもないようだ。
領域内にある指定武具での討伐、という文言を見た黒ウサギが声をあげた。
「指定武具での討伐!?これはマズいです!このルールではギフトを使って彼を傷つけることができません!」
なるほど、そして敗北条件を見る限り、武器が壊れてしまった場合もこちらの負けになる、と。
飛鳥はギフトに頼るしか戦闘方法は無いし、薬研も物理攻撃しかできない。耀はやりようによっては上手く戦えるだろうか。
「…魂賭けて勝負を五分にするたぁ、アイツも中々見所があらぁ」
「僕の落ち度です…最初に決めておくべきでした」
「問題ないわ、あの外道を負かすにはこれくらいのハンデで丁度良いもの」
耀も黙って頷く。責めるでもなく強気な彼らに、ジンはほっとした様子になるが、チラりと十六夜と目を合わせて唇を噛み締める。
そして4人は門をくぐった。
ぐぐり終えるとすぐ、太い蔦が門に絡まって退路が塞がれてしまう。
勝敗が決まるまでは出られない、という訳だ。
すぐに耀が鼻をひくつかせて周囲の生き物を探るが、思わしくないようだ。
薬研はずいと前方を指差す。
「とりあえずまっすぐ進んでみようぜ」
「吉光くん、それは短慮というものよ」
「…確認してくるから、この辺りを見てて。」
そう言って耀が動物的な動きで樹に飛び上がり、周囲を見に行ってしまった。
「あの嬢ちゃんは口数少ない割に行動的だよなぁ」
「そうね…一人で大丈夫かしら…」
「まぁ、彼女のギフトなら、逃げるだけなら大丈夫だと思います…しかし、指定武具のヒントはどこにあるのでしょう…」
耀はすぐに樹から跳び下りてきた。彼女はツタによって舗装の崩れた薄暗い道の先を指差す。
「見つけた。この先の一番大きい館の窓に動く影が見えた」
「そう。居場所も分かった事だし、さっそく行ってみましょうか」
「はい。指定武具のヒントも見当たらない以上、ガルド本人が持ってるかもしれません」
薬研はそれこそ短慮なのではと思ったが、黙っていることにした。
耀に先導されて案内されたのは、ツタに覆われた大きな洋館だった。
ツタに突き破られ、鍵がもはや意味を成さなくなっている大きな扉を押すと、ギィ、と音を立てて開く。
「この森は奇襲のためかと思っていたけれど…そういう訳じゃなかったのね」
「うん、虎だから森なら襲い易いはず…でも、来なかった」
一応それを理解した上で耀は一人になっていたらしい。
「でも、そうするとどうして居住区を破壊したのでしょう?ガルドの性格からいって、意味もなく壊すとは思えないのですが…」
「まぁ、行って見りゃあ分かるさ」
薬研は二階への階段を指差した。
楽観的な彼の様子に飛鳥はため息をはくと、ジンに向かって告げる。
「ジンくんはここで待っていて。」
「ど、どうしてですか!? 僕だってギフトを持っています。足手まといには」
「そうじゃないの。上で何が起きるか分からない以上、貴方には退路を守って欲しいの」
まぁ本音は子供を危険な目にあわせたくないということだろう。
ジンにしぶしぶ了承させると、3人は上へと向かった。
大きな扉を開けると、巨大な白虎が咆哮でもって彼らを迎えた。
階下のジンにも聞こえたであろう大きな音に、彼ら、特に耳の鋭い耀は顔をしかめる。
「止まりなさい!」
襲い掛かる白虎に、飛鳥がとっさにいつのもように力を使った。
が、止まらない。
薬研はとっさに飛鳥を抱えて転がり回避した。
振り返れば、耀が巨大化した虎の攻撃を受け止めていた。
拮抗しているようにみえるが、いつ均衡が崩れるかは分からない。
「嬢ちゃんの力が効かねえってことは恐らくコイツがガルドだ!」
「ということは武器がどこかに…あ、あれよきっと!」
飛鳥は壁に突き刺さった十字剣を指差した。
「嬢ちゃん、抑える役を代わるから剣を頼む!俺じゃ届かん!」
薬研は鞘のままの短刀を構えて叫ぶ。
視界を狭めない程度に軽く頷く耀と、2撃目が来るタイミングで交代した。
重い一撃が薬研を襲う。ギリギリと摑む手によって鞘越しに刀が食い込むが、虎に傷がつくことはない。
自分の刃が効果がないと分かっていたのであえて鞘のまま受けたのだが、服に亀裂が入った。
服が破れるだけで彼本体へのダメージは多少軽減されたが、格好がつかない。
また、彼の刀は短いため、いくら鞘で抑えていても彼の腕に爪が当たってしまう。じりじりと爪が食い込んでいた。
「腹にくるねぇ、最高じゃねえか」
耀は軽い身のこなしで壁の剣を抜き取るが、直後、鞭のようにしなった尾に襲われ、床に叩き付けられる。
「春日部さん!!」
耀は剣を支えによろよろと立ち上がり、近付こうとする飛鳥を手で制した。
彼女はすぐに獲物をしとめる動物のように気配を殺し、虎に切り掛かる。
血しぶきが舞い、濃厚な鉄の匂いをまき散らした。
白虎は再び雄叫びをあげ、後ろ足を振り上げてむちゃくちゃに暴れた。
耀は攻撃を受けてしまい、宙に舞った。
「ツタよ!『彼女を守りなさい!』」
壁に叩き付けられる寸前、飛鳥の言葉により屋敷を覆うツタの一部が彼女を庇う。
わずかながら軽減されたようだったが、建物内に侵蝕しているツタの量が少ないために耀に加わったダメージは計り知れない。
執念なのか、剣は摑んだままだ。
薬研はどうにかこちらに攻撃を引きつけ陽動し、飛鳥が耀を扉付近まで連れていくのを援護した。
「み、みなさん大丈夫ですか!!」
そんな時だった、ジンが顔をのぞかせたのは。
「何で来たの!」
「えっと、凄まじい咆哮が聞こえたので…心配になって…」
「まぁ丁度良いわ、春日部さんを守って逃げて!」
「え、いや、でも、あ」
暴れる白虎、短刀での受け流しを続けて腕に痛ましい爪痕が多く残る上、服も所々破れた薬研、倒れている耀、そして鋭い剣幕の飛鳥を見比べておどおどするばかりのジンに、彼女はしびれを切らした。
「良いから『逃げなさい!』」
次の瞬間、ジンの目から光が消える。
飛鳥を片手で担ぎ上げ、もう片方の手で耀を担ぎ上げた。
勿論、剣も一緒だ。
「おいおいその剣がなきゃ倒せねぇんだろ!?」
薬研は隙をみて建物から飛び降りた。
飛鳥たちはすぐに見付かった。
「ごめんなさい吉光くん、一人にしてしまって…というか、大丈夫?」
「良いってことよ。ちょっと服が破れてるだけだから気に病まなくて良いぜ。」
と、薬研は攻撃を受け止めていない方の腕をまくって見せた。
割れた窓ガラスから飛び降りた際に更に服が破れてしまったが、些細なことだろうと彼は思った。
「それより、作戦の一つでも立てたのかい?」
「ああ、そのことなんだけど…」
「ガルドは人化の術を覚えた虎が、魔王によって得た霊格で悪魔化していたのですが…。それを、吸血鬼によって鬼種に変えられたようです。」
「だからこそこの銀の十字剣ってワケ。」
飛鳥はそういって直刀を地面に突き刺した。
だからも何も薬研には吸血鬼が何か分からないのだが、それは重要ではないと思い先を促す。
「それから、このあたりの植物にも鬼の力が宿ってるらしくて…さっき操った時、ただのツタにしては強いと思ったのよね」
「ああ、嬢ちゃんを守ったときか…確かに普通の植物にしちゃあ、しっかり守ってくれたな」
飛鳥があの短時間で、耀の安否を叫ぶだけでなくツタを操ってみせたのは目覚ましい進歩だった。
ヒトの子はこれだから面白いのだ。
「ええ、だからツタを使って戦おうと思うの。」
「でも、どうやって奴さんをあそこから…ああ、焼き討ちか」
「そういうこと。ジンくんはここで春日部さんを見てて。私達で倒してくるわ」
薬研と飛鳥は手分けしてオイルランプや酒樽、そしてマッチを探し、屋敷にまいて火を付けた。
「さぁて、これで奴さんも慌てて飛び出てくるかねぇ」
「じゃあ、後はお願いね」
そう言って先んじて走り去る、剣を持った飛鳥。
彼女はモノの力を引き出せる、のだそうだ。
薬研としては自分に彼女の力が加わればどうなるのか少し興味深かった。
薬研はしばし待ってから、燃え盛る屋敷の中へと足を踏み入れた。火は十分に燃え広がり、この屋敷はまもなく焼け落ちることだろう。
自分は何度か焼き討ちの行われた城にいた記録がある。天守から投げ落とされたり、敵方に持ち出された記録もあれば、共に焼けた記録もあった。
少し苦い思いだった。
「よぅ虎の旦那ァ!!出てこいや!!!」
彼が言葉を理解しているのかは最早不明だったが、薬研の大きな声に白虎が現れた。
火傷は無いものの煤にまみれ、後ろ足を中心として赤黒く染まっている為、元の白さは殆ど残っていない。
「俺としちゃあこの役目は不本意なんだがな。鬼さんこちら、手の鳴る方へってな!」
愉快そうに手を叩いてから、薬研は飛鳥との合流地点に向かって走り出した。
「『拘束なさい!』」
突如声が響くと、白虎の後ろ足はツタに絡めとられていた。
虎は急に動きを止められてつんのめり、そしてもがく。
薬研は待ち構えていた飛鳥の後ろに下がり、最期を見届けようと振り返った。
飛鳥は白銀の剣を上段に構える。
「『剣よ…力を!』」
飛鳥の言葉に呼応して、剣が光を放つ。
彼女は鋭い切っ先を白虎に向けたまま踏み込み、深々と彼に突き刺した。
すると、彼の体は灰のようにボロボロと崩れ落ちて行く。
木々も元の姿へと次第に戻っていき、空も明るくなっていった。
「勝ったぜ、大将」
「大将?」
「…いや、何でもない」
耀をコミュニティまで黒ウサギが送り届け、ジンがガルドに虐げられていたコミュニティに旗印を変換する…そんな、戦闘後の風景をぼんやりと眺めながら、薬研は壁に寄りかかって自分が薄れていく感覚に身を任せていた。
「なぁテメェ、俺の目に間違いが無きゃ消えかかってるように見えるんだが?」
薬研はまだ相手に聞こえているのか分からないと思いながらも口にする。
「間違っちゃいねぇよ?」
「は?ふざけんなよまだ戦ってねぇだろ俺と!」
どうやらまだ聞こえていたらしく、珍しく十六夜が動揺しながら詰め寄って来た。
その声に飛鳥も反応して、近寄って来る。
「はは、旦那のそういう身勝手なとこ俺は嫌いじゃないぜ」
「え、どういうことなの吉光くん、説明して」
「まぁそうカリカリすんなや」
「誤摩化すんじゃねぇ…で、どういうことだ」
十六夜が彼が消えることを止めるかのように壁に手を叩き付ける。薬研は少し面食らったようだった。
「まぁ、なんだ。短い間だが楽しかったぜ。げぇむおーばーだ。」