織斑一夏のIS学園入学試験(完)
爆竹が破裂したような音と、花火の後みたいなやけに焦げくさい臭いがする。
迫ってくるのはいくつもの鉄の弾。
弾が壁に当たって弾ける音が背後から聞こえた。
突如現れた嵐をかわせたのは奇跡かと、織斑一夏はどこか遠いことのように思った。
織斑一夏は今、マシンガンの銃撃にさらされている。
だが、危険な事件に巻き込まれたわけでもないし、命を狙われたわけでもない。
飛んでくる銃弾は模擬弾であり、彼も鎧に守られている。
鎧の銘は『打鉄』 その鎧こそが、インフィニット・ストラトス。
最強の名を様々な意味でものにするパワードスーツである。
その特徴は、女性しか使えないことと、装着すると柔らかで艶やかな毛並み、強靭でしなやかな体を持つ犬になること。
ISは纏うことにより犬に変化することで顕れる体毛は、衝撃をも吸収し、寡黙で屈強、強面な精鋭軍人が吸い寄せられるほどに柔らか。
その毛が生み出すモフモフは、老若男女の注目の的であり、国防の要でもある。
地球上に500弱ほどしかISが存在しないこともあって、ISに乗りたい、ISを使えるのが羨ましいという声は今も止まない。
そんな欲望渦巻く中で男でありながらISを起動、操作してみせるという、歴史に名を刻む偉業をやらかしたのが織斑一夏。
彼はやがて、陰謀やら逆怨みやらで命や生活を脅かされるだろうが、モフモフならば堕ちた心も癒してしまうだろう。
モフモフが人を、世界を救うのだ。
さて、ISに乗ってしまって犬になってしまい、IS学園実技試験を勝手に受けることに意図せずなった織斑一夏。
銃撃を避けられたのは犬の本能のおかげかもしれない。そんなことをぼんやりと考えていた。
中学以前までは剣道をやっていたが、諸事情で中学の間はほぼさぼっていた。
錆び付いた勘が機能できたとは全く思えなかった。
(ちょっと変えます。ついてきてください!)
相手である試験官が威勢よく叫ぶ。
どうやら先程の銃撃は度胸試しに過ぎなかったらしい。素人目にも判るほど変化した銃弾の軌跡は、恐ろしいものだった。
銃撃はこちらの首にリードでも括りつけたように追従する。
(このっ、しつこいっ!)
素人の足掻きでフェイントをかけて避けようにも、先読みされて出鼻を挫かれる。
ならば近づこうと前に踏み出せばその爪先を狙い撃ち、だからといって跳べば鼻先を掠めるように銃弾が飛ぶ。
まるでこちらを嘲笑うかのような正確な銃撃。どこにも逃げ道は見当たらない、天から降り注ぐ雨粒を避けるような無駄とすら思えてしまう。
体力や
だが、一夏の精神は縮むどころか耐え、熱く燃えはじれていた。
一体オレが何をした。やられっぱなしでいられるものか。
(何か、どうやりゃいいんだ? ――――そんなのがあるのか! …………?)
今のは何が応じたのだろう。不思議に思う暇は無かった。
豪雨に足掻こうと懸命な思いを聞いたのかISは、体の各部に光を現した。
光はすぐに二つの塊となり、一つは背部の浮遊物に、もう一つは脇腹に纏わりつく。
浮遊物には身を隠すのに存分に役目を果たしてくれるであろう幅広な盾が、脇腹にはハードポイントに接続された、槍のように長大な銃が表れた。
それと同時に視界に銃の解説が表示される。たが一夏は少しばかり眼でなぞるだけで見るのを止めた。
口径やら弾種やらと見てもてんでわからない。
『イメージが大切』などと大雑把に書かれたワンポイントなる備考もまた別枠で現れた。
それにならい、一夏は相手に向け引き金を引きしぼるイメージを行った。その冷たい金属筒の中身をぶちまけるように。そう、部屋の中を我が物顔で歩き回る黒塊に殺虫剤をぶち負けるように―――!
(これでぇぇぇっ!?)
ところで、織斑一夏はつい先程まで至って普通な高校生である。
幼少から特殊な才能を発揮したりして変わった環境に身を置く、物語のような境遇にあった覚えは無い。
平穏な日常を日本で暮らす平凡な中学生に、実銃を撃った経験はそうそう無い。
発砲の衝撃によるブレはISがある程度補正するが、狙いが甘い。
ひらり、とかわされてしまう。
素人が闇雲に撃ってもそのような弾が当たる訳がなかった。
むしろ足を止めたためにめった撃ちにされてしまう。
(他に何かないのか!?)
大楯に身を隠して、ISにもはや祈るように一夏は叫ぶ。今さっきの威勢のいい吹っ切れた姿とは大違いである。
ISはまたそんな嘆きを聞き入れたらしく、先程と同じ光が口内に溢れ、すぐに何やら大きな球が現れた。
もう少し大きければ、顎を開きすぎて動かすこともままならなかったであろう大きさのそれからは、時計の針を刻むような音がする。
危険を感じて、体や首で大きくふりかぶって試験官にその球を投げつけたた。
試験官は後ろへステップで下がりながらもマシンガンで球を打ち砕く。
途端に猛烈な爆発と衝撃が辺りに撒き散らされた。
(グレネードってやつかぁ!?)
衝撃と光を、体を縮こませつつも踏ん張ることで耐える。撒き散らされた破片は、所構わず降り注ぎ、こちらにもダメージを与える。
試験官の方にまた光が瞬き、マシンガンが爆発した。盾代わりにしたが破片の当たり所が悪かった。
試験官はマシンガンを捨て、爆煙を振り払う。
煙が消える間もなく、彼女の体の表面にも淡い光が現れた。だがその光は体の末端――脚や口元――を中心に集まり、その身を膨らませる。
光を破り、試験官が叫んだ。
(さぁ次! 行きます!)
足先に靴下のようなアーマーを追加し、猛然とこちらへ駆け出す。笑うように食い縛る顎には、地面と平行に鉄の牙が装着されている。
試験官の方から近寄ってきた。格闘戦になるようだ。ちょうどいい。
銃を撃っても当たらなかったのだ。
マシンガンは装甲と毛が守ってくれるとはいえ、銃弾の雨を越えてまで格闘を挑む勇気はまだ無かった。
(こんな目にあってんだ、その首を噛んでやる! )
そもそもは自分の不注意なのにこの台詞である。
こっちからも行ってやると、身を低くして試験官の首めがけて突っ込み―――顎への衝撃によって空に浮かされた。
(な、んだ!?)
試験官を見ていたはずか、いつの間にか天井を見ている。
試験官を見直すと、その背中の脇に浮遊物が戻っていくのが見える。
今、殴ってきたのはあの浮遊物だ。
天井に顔を向けたまま地に立つ試験官を見ることが出来るのを不思議に思いつつも、一夏はうめく。
(これ……そう動けるのぉ?!)
ISの格闘戦は主に犬の強靭な顎、ISでさらに強化された体と各部の装備を用いた肉弾戦。そして主にISの背部にある浮遊物、『非固定浮遊部位』による殴打である。
武装のジョイントやスラスター、特殊装備など多機能・多目的である非固定浮遊部位は、基本的に頑強な装甲に包まれている。
PICによって浮遊しているため、軌道の調節によってもう一つの腕としても機能し、まるで拳のようにしなやかで捻りのあるパンチを繰り出すことが出来るのだ。
非固定浮遊部位の質量と強度による打撃は、IS犬の柔軟な毛を貫通してダメージを与えられる。
予想外の攻撃で思惑を崩された一夏。
早く地に降りて体勢を戻そうとしたが、急いでもがいたのがいけなかったのか、ふわり、と重力が感じなくなり、宙に浮いたまま姿勢を戻してしまった。
(あれ!? ちょっと、早いって!)
今までいい具合に一夏をサポートしてきたISだが、ここにきて齟齬が出た。
地を転がることになってでも、床に脚を着けたかった。ISは空を自在に動けることは知っていても、どんな感覚かはさっぱりわからない。なので無理に飛ぶことは避けたかったのだが、その願いは無駄に終わった。
(やばい……!)
やはり、すぐに空を飛べる訳ではなかった。動くことは出来ても、ほとんど移動は出来ていない。降りるというよりも、落ちるようだった。
宙に溺れているようだった。そのような明らかな隙を容易く見逃してくれるほど、試験官は甘くない。
滑るように一夏の懐に潜り込む。
(やられる……!)
鉄の牙が腹にぶちこまれる――――かに思われたその時だった。
(――っ!?)
(がはっ!?)
一夏は、胸への衝撃を受けて吹き飛ばされた。衝撃の位置が違うのは自分の見当違いなのかと考えたが、試験官を見て考えを改めた。
(―――――――っ!)
様子がおかしい。何をおもったのかとてつもないスピードでかっ飛んでいる。見ることが奇跡と言うほどに速く。
ああ、もう壁は、目の前――――ぶつかった。
どこかの店先に車でも突っ込んだかのような、ひどく耳障りな音が鳴り響く。
試験官は傷だらけの壁にまたいっそう大きなへこみを作り、重力に抵抗せず地に落ちて身をすくませる豪音をまた響かせる。
動く気配は、無い。突然現れた脅威であった試験官のあっけない最期だった。
試験官が壁に突然突っ込むなどわけがわからず、放心してしまったその時だった。
(ん、な、なん―――)
人に戻りそのまま宙空に放られる。
急な感覚の変化に驚き、着地を失敗して尻餅をつき、後ろに転んでしまった。
手足を見て、自分の体が人間なのを叩いて確認し、手櫛ですいた髪が普段より柔らかくモフモフなのを不思議に思い、見える世界がいつも通りと確信して安堵し、息をはく。
「……戻ったぁぁっ――――!」
「おい」
唐突にかけられた、氷土を思わせるほどの冷たい声。
安堵し緩みきった一夏も背筋が凍るようだったが、彼の内心は恐怖ではなく、驚愕がほとんどを占めていた。
普段から慣れ親しんでいる、だかここでは聴くことなど無いはずの声だった。
「なぜここにいるんだ、一夏」
「千冬姉ぇ!?」
試験会場の一角、ガラスの壁であった所は試験を見るためのものらしい。
ガラス越しに姿を見せたのは織斑千冬、一夏の姉である。
IS世界大会モンドグロッソ総合優勝、世界最強最モフモフの称号「フェンリル」を持つ女性である。
「なんで千冬姉がここにいるんだ!?」
「そんなことよりお前、藍越を受けるとか言ってなかったか? ここはIS学園の試験会場だぞ、藍越の試験はどうした?」
「………………あ」
「おい」
忘れていたらしい。
腕時計で時間を見て、顔色を変えた。
「ああっ!?試験始まっているじゃねえか!!」
控え室に置いてきた荷物を取ろうと駆け出した一夏の側に、動く姿も見せずに千冬が現れる。
犬に着けた首輪でも扱うように一夏の襟を掴んで止めた。
「まあ待て、一夏」
「離してくれ、千冬姉!まだ、まだ間に合う……!」
姉の手を振りほどこうと一夏はもがくが、びくともしない。
「大丈夫だ。お前はIS学園への入学がほぼ確実となった。喜べ、難関の超有名校に進学決定だ」
「いや、俺が行くのは藍越……」
「学費は安い、IS学園は寮制だから通学距離は気にしなくていい。卒業後も官民問わず引く手あまたと就職よし。違いは学校の名前位だ。問題ないだろう?」
「お、大有りだよ!」
「違う学校の試験を受けたお前が悪い。そんなことして良い学校に進学できるだけ幸運に思え」
一夏は反論しようもなく、うなだれるしかなかった。
準備室に預けた荷物を引き取りにとぼとぼ歩く一夏を千冬が眺めつつも、他の教師の介抱を受けている試験官の元へ向かう。
「山田先生の様子は?」
「ああ、織斑先生、いやその……」
介抱を受けているのは、山田真耶。千冬と同じIS学園の教師で、今回の試験官だ。
見れば、ISを停止・変身解除すらせず犬の姿のまま、頭を抱え縮こまり妙なうめきをあげている。データ収集を行う他の教師に撫でられるがままだ。
あがりやすいところがあるが、動かず、話もしないほどになることは有っただろうか。
「……む?」
その口元に近づき、耳をすます。
何やらぶつふつと呟いているようだ。
(あぁっ……あれが男の人の…………っ!)
「……あぁ、なるほど。見たか」
ISの装甲は、基本的に動きを阻害しないように配置される。そのため、肘、膝などの関節や首から胸、腹、股間といった胴体下部は薄くなったり、全く無いことすらある
今回試験に使用した日本製IS『打鉄』は、武士鎧や騎馬を参考にした、動きと触れやすい毛の露出に配慮した重装甲が売りであるが、胴体下部の装甲は胸、腹のみであり股間は覆うものは無い。
ISは女性が乗るものだったから、もう一人の自分が主張するようなことは考えたことは無いだろう。
今回山田先生は、そうして不幸にも開けっ広げになったもう一人の一夏を見てしまったのだろう。
ふと、どんなものだったのかと幼い頃の一夏を思い出そうとして、慌てて脳裏から消し去る。
「いかんな」
混乱している。とにかく、壊れたCDのように同じ言葉を繰り返すばかりの彼女を戻さねば。
うずくまる彼女のの目の前に陣取る。
前肢の装甲や頭の装備はぼろぼろと剥がれ、露になった毛は埃に負けず照明に照らされ目映く輝いている。
黒真珠のような眼は、前肢に隠され、見ることは叶わない。
そうしてうずくまっている彼女の前に両手を合わせるように出す。
柏手を打った。パン、と辺りに乾いた音が響く。
「ワゥ!」
驚いて、跳ねるように起きた。
キュロリと辺りを見渡して、首をかしげる。
「ワゥ、ワゥウ!?」
「起きましたか、山田先生」
ISを装着したままだと気付き、解除をする。形はそのままに体は光となる。最初に装備が収納され、次に犬の体に変化が起きる。
腿や上腕等、膨れていた筋や尾、長くなった鼻や耳が縮み、骨格が変わる。頸から背と手足が合うようになり、人の姿を表す。
すらりとした手足、しかりと角度をもったくびれ、小柄な体にしては同性すら目を見張る豊かな胸。
身を包んでいた光が溶けるように消え、人が現れた。これが、山田真耶本来の姿である。
「あわわっ、すみません、千冬さん」
「山田先生」
「ああっ、はい、織斑先生」
「体は大丈夫ですか?」
ぐっ、と腕を振り上げて答える。
「それはよかった。休んでほしかったのですがちょうどいい。もう一働きしてもらうことになります」
「はい、わかってます」
真耶のISの戦闘記録を収集していた先輩教師が、真耶に訊く
「じゃあ山田先生、直接やりあった試験官としてデータまとめて出してください。あの少年のISのデータと合わせて、レポートにしますので。ついでに試験の採点も」
「レポートはいいですけど、採点だすんですか?」
「世界で騒いで国は手一杯になるに決まってるから、中立・独立な学園に押しつけられるだろうけど、他の所に横からかっさらわれるかも知れない。きちんと試験は受けたってことにしたりと打てる手は打ったほうがいいわ。織斑先生には貸しすら作れる。それに……」
顔を近づけて、耳元で囁いた。
「あっ、それは……」
「ね、いいでしょ? ほら、皆も同じ。確実に入学させようと動いてる」
その言葉通り、教師達は迅速に行動した。
すぐに天変地異と言わんばかりの衝撃が世界に広がるが、教師たちには知ったことじゃない。
戸惑い、興奮、憤り。教師たちの様々な想いあれど、一つであった。
あの獣の姿を思う。潰れることなく柔らかく、光を受け輝く灰混じりのような銀の毛並み。盛り上がった肉体のなめらかな体つき。
抱いて、撫でて、もみくちゃにしてやる。
それぐらいやってもいいだろう。
気づいたら前話から半年も経っていた。