ワンフィニット・モフラトス   作:我武者羅

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雨が降る

 小高い山の中腹の森に、その廃墟はあった。風雨にさらされた壁は剥がれ落ち、むき出しになったセメント地を苔と蔦が覆う。角にほんの少ししゃれっけが見える、角張った堅めな作り。

 洋館といえるだろう。

 その玄関に、二人の男がいた。

 一人、帽子を深く被る男は、玄関前の階段に座り文庫らしき本を読む。

 もう一人、坊主頭の男は、その脇の切り株に腰掛ける。こちらは気だるそうに携帯をいじっている。

 時折何やら話しながら、時を過ごす。

 辺りの森の開けた道を見て、坊主が話した。

 

「しかし、あいつら遅いねー」

「何か寄り道でもしてんじゃないか?」

「いや、案外田中とかはその辺り真面目で」

 

 と、そこで言葉が途切れた。

 

「ん?」

 

 坊主が、ふっ、と上を向いた。手をかざしながら、空を見ている。

 突然の行動に、帽子の男が聞いた。

 

「どうした?」

「いや、なんかポツリと来た気がして」

 

 坊主頭の言葉につられ、帽子の男も空に手をかざした。

 

「雨だって言うのか?」

「そんな気がしたんだ」

「それはないだろ、予報は日本全国晴れだ」

「だが予報に過ぎないよ。天気雨なんてこともある」

「狐の嫁入りだってか」 

 

 そう言って、二人はたって空を眺める。見渡す空は、雲ひとつ無い。快晴だ。

 空を見たまま、坊主はぼやいた。

 

「やっぱり気のせいかなぁ」

 

 返答もなく寂しいが、家に干してある布団のことを考え、濡れずに良かったと安堵する。

 帽子の男の方からドサリ、と物音がした。見てみれば、男が一人倒れている。帽子の男当人だ。 

 

「おい、小林どうっ……」

 

 トンッ、と首に何か当たった気がした。

 どうした、と口に出しきること無く、坊主も倒れた。

 

 

 ポツリ、ポツリと地に染みができ、やがて一面が濡れる。穏やかな春の日射しの中、突如として山に雨が振りだした。光を受け白く輝く雨は、霧のように廃墟を包む。

 草花や木々は突然の恵みに歓喜し、動物は雨を避け身を隠し、山は静まる。

 山の中の廃墟も、また同じ。

 その玄関階段に、うつむき座る二人の男がいた。

 雨宿りなのだろうか、俯き、じっとしている。

 だが、二人に雨に濡れた様子は無く、寝ているのか動く気配はない。降る前からそこに居たかのようだ。

 その廃墟の奥から二人を見る者がいる。暗がりから爛々と光る瞳に、大きな体駆の影は、さらに奥に目を向ける。足音も無く、奥へと進んで行った。

 後にのこるのは、帽子と坊主の二人だけ。

 ざあざあと雨が降る。

 

 

「雨、か」

 

 廃墟の廊下を、二人の少年が走る。弾、そして人に戻った一夏だ。

 人に戻ったのは単純な理由だ。この廃墟、なかなかの奥行きで広いが、廊下や扉などは狭いところが多い。人の手の方が作業もしやすい。

 弾の言葉に一夏が窓から外を見れば、景色は真っ白に染まっていた。

 

「おいおい、外もまともに見えないじゃないか」

「こりゃあすごいな。雨というか、霧だな、これは」

 

 突然の雨に驚き、立ち止まる。強くない細かい雨、それほどの雨量でも無いが、光を弾き、周りの森も見えない。

 

「どっか行ってる入り口の奴ら、この天気雨じゃずぶ濡れだろう。大変だな」

「いや、中にいるんじゃないのか」

「やっぱりわからん……」

「いつの間にか見張りが玄関から消えていたから、通っただけだからな」

「完全に素通り出来たもんな」

「どこ行ったんだろうな、あいつら」

 

 そう言ったところで、弾は一夏の様子がおかしいことに気づいた。焦りが見え、爪でも噛むように落ち着かない。外の様子を見ては、せわしなく視線が動く。

 

「まずいな」

「……料理人の前で不味いと言うとは珍しいな、一夏。何かあったか」

「……いや、シーツが干しっぱなしだと思い出しただけだ」

「……それだけ?」

「それだけとは何だ。重大だ。せっかくのシーツが再び濡れては台無しだよ、洗濯が無駄になる。一日快晴だって話なのにな」

「この辺だけかも知れないぜ、山の天気は変わりやすいって言うだろ」

「……ああ、そうだな。早く帰ってシーツを仕舞わなくちゃな」

 

 そう決意を胸に、一夏は走り出した。

 

「早くケリをつけるぞ、弾!」

「おうよ!」

 

 

 バン、と扉が開く。同時に、巻きあがった埃が漏れ、一夏たちに吹きかかる。

 

「ゴフォッ、バカ、丁寧に開けろよ」

「す、すまっ、ゲフッ、ガフォ!」

 

 せき込む二人は口元を押さえながら、部屋の中をのぞき込む。中に見えるのは、散乱した椅子や机、ロッカーが二三あるだけ。埃があふれることから期待はしていないが、落胆は避けれない。

 

「よし、次だ」

 

 扉を閉め、次の扉へと向かい開ける。

 こちらもハズレ、ゴミと大きな木材が積み重なるだけ。

 次の扉を開ける。

 

「あ」

 

 部屋の中、バンダナ男と目が合う。突然の客に腰を浮かせて固まる男に、犬に変わった一夏が体当たりを仕掛けた。

 吹き飛ばされ気絶した男を、拾ったタオルとワイヤーで拘束する。タオルはなにやらパッケージされていたものだから、埃はついてない。

 男を部屋に置き、次の扉を開ける。

 埃もゴミも無くきれいだが、荒らされたように物が散乱している。

 めぼしいものは無い。

「ええい、次だつぎぃ!」

 

 しかし、この廃墟は何なのだろうか

 古ぼけた外見にしては、玄関や広間、廊下など、目に付くところはよく掃除が行き届いている。

 だが、先ほどの部屋のように掃除されていない部屋がかなりある。積もった埃の具合からして、相当の年月がたっているようだ

 

「ここは何なんだろうな、ホント」

「学校、会館。いや、違うか?」

「ビルというか?」

 

 二人は廊下を駆け回りながら話し合う。

 扉を開けても、埃かゴミばかり。人も不良か浮浪者くらい。ただのたまり場にしか思えない。

 ただ、外観以上に広い。

 一夏は言う。後から掃除したなら、いい腕をしている、と。

 壁も床もきれいだし、敷物もよく干したのか、埃も立たない。

 

「二階も見たがなあ」

「目に付く部屋は見たから、見落としは無いはずだ」

 

 どういうことだ、と首を傾げる。

 あの不良の言葉が嘘とも思えない。実際に、彼はここだと言っていた。

 証言は、一夏と弾が中学の仲間との経験をつぎ込んで引き出したのだ。あの恐慌で、あれほどの嘘をつけるならすばらしい役者だろう。

 一夏も匂いから、この廃墟の辺りでで食べたと確信しているのだ。だが、『どこ』で食べたのかがさっぱりだ。

 この中に広がり散ってしまったのか、具体的な場所はわからない。

 広間や、きれいな部屋も漁ってみた物の、手がかりもない。

 本当にここなのか、疑念すら抱いてしまう。手詰まりの様相を呈してきた。

 

「悪いな、弾。全く持ってダメだ」

「……いや、いいさ。元々無理言ったようなもんだ。ここまで付き合ってもらえただけでもありがたい」

「そうか」

 

 弾がそれを言い出したのは、また新たな部屋の調査をしようと、扉の取っ手に手をかけたときだった。

 

「なあ、一夏」

「なんだ」

 

 弾が一夏を見る。いつになく神妙で、真剣な眼差し。この目を見るのはいつぶりだろうか。

 自然と、身構える。

 

「トイレ、どこかな」

「右奥の階段上がった二階、行き止まり近く」

「すまねぇ!」

「おい! 紙あるのか?」

 

 弾は飛び出すように走り出した。一夏は慌てて追いかけようとするも、あっさりと視界から消えてしまう。一夏の疑問も聞こえないのか、振り向かずに走っていった。

 

「しょうがねぇな……」

 

 一夏はため息をつきつつ、扉を開ける。追いかけるよりも、この部屋で待つ方を選んだ。トイレの場所はわかっているし、この部屋の調査もまだしていないのだ。むやみに連れションをしたってしょうがない。

 突然の弾の行動に、一夏はあきれ、笑うしかなかった。思い返せば、先のコンビニの時もおにぎりと水を買うだけだった。

 行き詰まったところにようやく手に入った手がかりに、舞い上がったのか焦ったのか、尿意を忘れていたのだろう。

 まあ行き当たりばったりな所もあるので、単純に機会を逃しただけかも知れないが。

 数瞬ぼんやりとしたのを振り払い、部屋を見渡す。調査を始める。

その部屋は、パーティ会場にでも使ったのだろう大部屋だった。

 かなり贅を尽くしたと見られ、絨毯の敷き詰められた床と豪勢な木の壁を、それらを照らしたであろうシャンデリアが天井に下がる。

 壁には、いくつも絵が掛けられている。

 絵画には疎いので、価値は検討もつかない。まあ埃まみれで絵が見えなかったり、枠が崩れ中の絵がボロボロで、かなり痛んでいるのだが。

 二階が吹き抜けになってはいるが、そこに繋がっていたであろう大階段は崩落して瓦礫となり、見る影もない。根元から崩れていて、瓦礫の山から跳び移ることも無理だろう。他にこの部屋に階段は見当たらない よく見れば二階は、どこかにつながる口があるのが見える。しかし、他の階段から二階に上がっても、この吹き抜けに行った覚えがない。

 次はそこか、とひとまずの検討をつける。見落としただけかもしれないが、見ておく必要はある。ISを使えばすぐに上れる。

 その二階の調査は弾を待ってからにすると決めた。

 また頼むぞ、と腕輪をさする。ISの待機形態であるが、ISは声をかけた方がよく動いてくれるとは以前から言われている事である。意志を持つという噂があるISは、文字通り答えてくれた、といった話が当初から聞かれる。眉唾ものと一笑されることもよくあるが。

 腕輪を見ていた一夏は、その視界の端に、床に広がった埃を見つけた。今日だけで嫌と言うほど見てきてうんざりしたが、おや、と疑問を持った。

 足下のきれいに見える絨毯を蹴りつけると、ボウッ、と埃が舞い上がる。やはり、と確信を持った。

 この廃墟は廊下や広間など、表からつながる場所は必ず綺麗に掃除されていた。対して一部の部屋をのぞき、閉ざされた小部屋は掃除されず、埃が積もっていた。

 しかしここはどうだ。見た目を繕っただけでおざなりな掃除しかされてない。

 奇妙としか言いようがない。

 掃除の費用をケチったのだろうか?

 

「なにかあるぞ、これは」

 

 むくむくと、探求心が沸き上がる。己の五感が磨がれていくのを、一夏は感じていた。

 

 

 

 ジャー、と勢いよく便器の水が流れる。汚いトイレの割に汚物もなく、水もしっかり流れる。

 ただただ汚いぐ激流である。だが。だが、弾にとって、幾多の苦しみから解放された今なら、それすらも自然溢れる山奥の秘境を流れる水ののせせらぎにすら思えた。あまりの心地よさに恍惚の笑みも浮かべる。

 天に上るかのごとく受かれた様子で、洗面台で手を洗うが、ここで気づいた。

 

「しっかり水が流れるんだな」

 

 廃墟なのに意外だ、と関心していた。だが、地に引き戻された感覚が、何かを訴えていた。

 なぜ水を使えるのだろう。

 水道料金を払っているのかと始めに考えたが、誰が払っているのか、という問題に行き着く。不良たちというのは無いだろう。この廃墟を甘受し、秘密基地か何かと見ているようだ。その状況でわざわざ彼らが払うことはない。

 雨水を溜め込むタンクでもあるのかとも考えた。雨水を溜め込み自前の水道として利用する仕組みを聞いたことがある。

 貯水槽のタンクがあるなら屋上だろう。

 そういえば屋上にはまだ行っていない。しかし屋上へ行けるであろう手段は見つからない。外にはしごは無かったし、階段は、一階二階間のものしか見つかっていない。

 

「この建物、誰が使ってるんだ……?」

 

 弾は首をかしげる。

 そうしてトイレを出たところで、それに気づいた。

 

「ん?」

 

 やはり会館のようなものだったのか、弾の利用したトイレは、男女がドアからしっかりと分かれていた。

 しかし、今弾の前では、三つの口が開いている。

 弾が今出てきた男子トイレ、その右にある、閉められた女子トイレ。その先にもう一つ、なにやら開いている。

 かなり焦っていたが、トイレに入ったときには無かったはずだ。多目的トイレかとも考えたが、それならもっと目立っているだろう。見逃すはずがない。

 そっと覗いてみれば、まともな明かりも無い中に、下りの階段があった。

 薄暗く終わりが見えないが、明らかに一階より下に行くものだ。

 そんなものが突然現れた。怪しい、と警戒せざるをえない。

 

「おうい、一夏ぁ!」

 

 ひとまず一夏を呼んでみるも、やってくる様子は無い。声が届いていないのかもしれない。

 

「行ってみるか……?」

 

 かなり怪しいこの階段、一人で行くのは恐ろしく腰も引ける。しかし、一夏を呼ぶ間にこの階段が残っている保証は無い。いきなり現れた階段だ。いきなり消えないこともあるだろう。

 これはチャンスだ。弾はそう考えて、己を奮い立たせる。

 震える足を、一歩前に進めた。

 

 

「ん……!」

 

 それを見つけたのは、階段の瓦礫の脇に積もった埃を見たときだった。

 その埃は、雪のように積もっていたが、その上に点々と、足跡が残っていた。

 

「間違いない、犬の足跡!」

 

 一つの小山を覆うように並ぶ四つの丸。

 見間違いようがない。最近になってよく見るようになったのだ。

 同時に、あることに気づいた。

 

「……これ、いつついたものだ」

 

 足跡は、やけにくっきりとついていた。つけられた時に蹴飛ばされた埃が、塊のまま埃の上に転がっている

 さほど時間がたっていないだろう。

 

「おいおい、ゴロツキだけじゃないのかよ」

 たらり、と汗が流れる。

 影が彼を突如覆う。

 

────ッ!

 

 突然の気配に一夏は振り向いた。

 

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