コツリ、コツリと足音が響く。
弾は、階段を下っていた。
一歩、また一歩と、ゆっくり踏み出す。
トイレの横に突如として現れた、謎の階段。
薄く照らされたそこへ飛び込んだはいいが、数歩も進まないうちに、扉が閉まってしまった。
さらには明かりも消えてしまった。先も見えない中を、弾は手探りで進む。
「結構降りたとおもうんだがな。どこまであるんだ、この階段」
先にも明かりはなく、終わりはまだ見えない。
そこまで急では無いが、足下も見えないというのは恐ろしい。
だからといって、一歩一歩確かめるように降りるのはじれったい
苛立ちから、次第に降りる足は早まってきた。
案外大丈夫じゃないか、と調子に乗っていると足を踏み外した。
「おおっと!」
バランスを崩し、前へ倒れる体をどうにか戻そうとする。この階段に手すりはなく、手を広げても微妙に広くつっかえもしない。
「ぬおっと!」
壁に体当たりするように体を寄せ、擦ることでどうにか留まった。
「危ねぇ危ねぇ……」
さすがに弾は冷や汗をかいた。少し階段を落ちるだけでもずいぶんと痛い。いつ終わるかわからないこの階段ならなおさらだ。
「こんな山奥で人知れずボロ雑巾になりたくは無いなぁ……」
もう少し気をつけよう、と嘆息し、壁にもたれかかる。
頬をつける程に密着した壁は、滑らかで、ひどく冷たい。あの洋館とは不釣り合いな金属調だ。
撫でてみた所、目立つ傷やゆがみは無い。
うずくまって階段にも触れてみた。こちらも金属のように思える。至って普通の階段だ。まるで新品のよう。
「ライトでも持ってくりゃよかったなぁ、そうすりゃ調査も楽だったろうに」
暗闇の中、弾は階段を下りていく。
「どこまで続くんだ……」
終わりは、まだ見えない。
一夏は目の前に飛び込んで、その場から動く。埃の山に頭をつっこむ形になったが、些細なことだった。
転がる最中にも、埃が襲いかかってくることから、あの影がまき散らしたものとわかる。
背後に迫ったものはあまりよく見れていない。何かの影としかわからなかった。
起きあがって元いた場所を見れば、そこには何もいない。
「どこに……!」
辺りを見渡し、影を見つけるまでは一瞬にも満たなかった。こちらを覆う影。
飛びかかってきた。
今度は弾かれるように、その場を離れる。
体勢を戻す一瞬の間に、再び影は姿をくらました。
「また消えた!」
とにかくまた離れなくては、と走りだそうとした時には、その体は宙に浮いていた。影の一撃をうけ、吹き飛ばされていた。
速すぎないか……!?
宙を舞う中、一夏はその影を見た。
犬だ。人を有に越す大きな体躯に力強く踏みしめる脚、白と茶の混じった毛並みが、その体を柔らかく包み込む。なかなかにつぶらな瞳が愛くるしい。
この大犬には見覚えはない。
だが、非常に見覚えのある、馴染み深い特徴だ。
「ISってんじゃあないだろうな!」
IS犬の特徴とよく似ている。
ならば、この異常とも言える身体能力にもある程度の説明はつく。
周りを置き去りにする瞬発力。
人一人をたやすく吹き飛ばす筋力。
艶やかな、空気そのもののように柔らかな毛並み。
普通の犬なら、これほどまでのスペックを持つ犬はそういない。
だがなぜこんな山奥の廃墟にいる?
そう気軽に会えるものではない。
絶対数からして、芸能人のようにそこらにいる訳はない。
こんな物が出てくる時に関わっているのは、何か隠している軍か、後ろ暗いことをしている研究機関か、前向きに世の理全てに喧嘩を売る秘密結社と相場が決まっている。
ISとは、そのくらいトンデモで貴重でめったに会えないのだ。
そんなものが出てくるとは、厳さんはいったい何に巻き込まれたのだ?
とにかく────
「邪魔をするな!」
声と共に、一夏の体は光に包まれた。ISを起動。
グングンと体は大きくなり、骨格を変えていく。
盛り上がる引き締まった筋肉。そのラインをなだらかにする毛並みは新雪のように白く、柔らかだ。
一夏は犬に変わった。
ISの準展開状態だ。装甲に身を包み込む、全展開状態にはしない。
全展開は、同体格の犬には過剰である。圧倒して倒すことが目的ではない。
その上、ISの機能をフルに使用してしまう。ハイパーセンサーやら絶対防御やら色々あるが、その一つ、コアネットワークが問題だ。
無線でありながら距離や環境を考えない、超光速の通信かできるというIS独自の通信網。
全展開にすることで、ハイパーセンサーと連動しフルに使用できるが、同時にある種の位置、起動情報を発信してしまう。
当然ISならわかってしまうし、全展開ならレーダーなどにも映ってしまうという。ISの町中での全展開起動がバレてしまうと、非常にマズい。厳重注意、補習、反省文にとどまらず、外出許可の没収すら有り得る。
だからと言ってこの機能を止めるのは難しい。コアネットワークへのアクセスは、ISにはいたって普通のこと。起動さえしていなくても、微細な通信はしていて、修正、アップデート、バックアップを独自にしているという。
止めるのは設定ではなく、説得になるという。当然だが難しい。
「話を止めろ、皆と不幸になりたいのか!」みたいなことを言って、いくら耳障りが良くても受け入れてはくれない。
『好きにしている』のではなく、『するもの』なのだ。IS三大欲求を止めるのは、難しい。
食うな、寝るな、ヤるなといっても止められないのだ。
一夏は体を馴染ませるように身震いし、吠える。
相手を見据えた。あの犬はいささか驚いている様子だが、油断ならない。
これほどのが相手だと、そうも手加減できない。
気を引き締める。じっと二匹はにらみ合っていた。
相手の犬は、動く様子がない。
どうにも、ISを展開したことに驚いたようである。
男がISを展開して見せたのだから、当然だろう
……話せば、わかるだろうか。
〈おい! オレはここに人を捜しに来た。何か知らないか、教えてくれないか!〉
ひとまず呼びかけた。IS犬同士なら、会話は成立する。
一夏はじっと、返答を待った。
大犬は、動かない。答えを考える、と言うよりは何か反応を見ているようだ。
そして、唐突に答えは返ってきた。
〈────〉
〈──ッ!〉
急接近からの一撃。一夏は反応できず、顔にもろに食らった
はじめからいきなり攻撃してきたことから、まともな答えを期待はしていなかった。だが、まさかこうなろうとは!
一夏には、あの大犬の声が、何も聞こえなかった。
何も言わなかったのではない。何か叫んだのでもない。
ただ、唸り、吼えた。それだけだ。それ以外は、何も無かった。
それは、つまり────
〈本当にただの犬だってのかよ!〉
相手が本物の犬であると言うことだ。
ISは実際の所、本当の犬との会話は、今はほぼ不可能らしいという話だ。
らしい、というのは会話を成立させた例がいくらか有るから、というのをIS学園での授業で聞いた。
その数少ない一人が言うに、原因のほとんどは言語が違うことに過ぎない、だそうだ。
だがほとんど、というのがやっかいで、感覚、概念、文法とか何か色々異なっていて、翻訳はそう簡単にはいかないらしい。
しかも、これはあくまでIS犬と犬との間の問題なので、翻訳の需要が少なく研究はあまりされていないそうだ。人との犬の会話にも応用できそうだが、かの有名翻訳機なら大まかなニュアンスが伝わるので十分だし精度も高まっていると、こちらも細々としか研究されてないらしい。
大犬が押さえ込みからの噛みつきを仕掛けてきたので、一夏は振り払って逃れ、そのまま逃げに徹した。
随分と情けないようだが、少しでも考える時間がほしかった。このままではただの餌になってしまう。
犬は鼻息荒く一夏を追いかけ、そのまま広間を駆け回る。かなり攻撃的だ。
さすがに訳が分からなかった。あれが犬だとは、冗談のようだ。
あの動きはまるでIS犬のそれだ。俊敏に動き回り、その体躯と力を活かして食らいつく。幾度と無く学園の訓練で味わった。
実際、それくらいよくできた犬だと、一夏は思い知らされた。
(いい躾をしている!)
はじめに入った扉から部屋を出ようにも、犬は追い抜いて立ちはだかる。いくらかフェイントをかけても、気にするそぶりも無く動かない。
しかし他の扉に向かえば、飛ぶように動き、扉に脚すらかけさせない。
あれは本当にただの犬なのだろうか? そう疑いたくもなる。
やはりこの大犬をどうにかしなければ、この部屋から動けそうにない。
二匹はほこりを巻き上げ広間を駆け巡る。つかず、離れず、大犬は一夏を追いかける。
(宙は……無理だな!)
空には上がらないことにした。いくら広間とはいえ、屋内はISが飛ぶには狭すぎる。飛び上がろうとした瞬間が隙となり、すぐに地面に引きずり込んでしまうだろう。
扉への攻防の後に行われる追いかけっこ。ある時、一夏は壁に向かった。勢いのままに壁を蹴り、地と平行に走る。さすがに驚いたのだろう、追いかけながら、大犬が吼えたてた。このくらい、ISなら簡単である。
そのまま走り、壁際の台に飾られた壷を引っかけた。落ちるよりも先に砕け、大きな音をたてた。まき散らされた破片も浴びてしまい、大犬がひるんだ。
その一瞬の隙に、壁を蹴り付けて跳ね、襲いかかる。
〈これなら、どうだ!〉
だが、身を跳ねてあっさりとかわされ、逆に体当たりをくらった。
一瞬の隙を突いたつもりだったが、あまりにも遅かったようだ。
耐えられる程度の攻撃だったが、あえて勢いのままに転がった。
また離れて、逃げるように駆け出した。
次は、たやすく追いつかれる。噛みつくように飛びかかってきたが、どうにか逃げきった。
そのまま壁にぶつかるように走り、蹴り付けた。
今度は壁を登る。壁を踏みつけて、天から襲いかかった。
「グガゥ!」
〈当たった、このまま一息にッ!〉
今度は当たった。踏みつけて押さえ込む形となる。そのまま噛みつけば、先とは逆となる。だが、大犬も暴れて噛みつきまではうまくいかない。
あっと言う間に、はじきとばされてしまった。
大犬はその動きで起きあがり、襲いかかってくる。
もみくちゃにされながらも、何とか抜け出し、逃げるように走る。
(まいった……)
爪と牙に裂かれ、体を赤に染めて、一夏は走る。
体は痛みボロボロで、白い毛並みは乾いた血の上からまた血が塗られる有様だ。
あれはもはやプロ、達人だと、一夏は認識した。
IS犬のような、あつらえた野性とは違う。本物の、磨かれた野性だ。
実戦は訓練とは違うとは理解していたが、こうも肌で感じたのは初めてだった。
あのアリーナでの獣人型無人機ISとの戦闘とも違うものだ。なにも感じない機械に襲われ、なにも出来ずに殺される恐怖を味わった。
今度は、意志あるものに狙われ、狩られる恐怖というのを味わっていた。
無人機の時は、箒が、鈴が、学園アリーナのみんなが狙われた。
今は周りには誰もいない。己一人だ。
鈴に、セシリアに、山田先生に。みんなに助けられた。
今は周りに誰もいない。助けを期待できない。
……そういえば、弾はどこまで行ったのだろう。気のせいだろうか、ハイパーセンサーにも引っかからない。
大犬はいまだに一夏を狙う。この状況をいかに打開するか、一夏は一心に考える。
〈何か、何か……ッ!〉
あたりを見渡しながら、走り続ける。
相変わらず、手入れのされてない汚い広間が見えるだけ。
散らばった壷を飛び越し、その着地を狙った大犬の攻撃を横転がりに何とかかわしたときだった。
〈あれは────〉
「グウォォッ!」
〈────ちィガグゥッ!〉
噛みつかれるも、振り払う。鼻先から血をほとばしらせながら、一夏は走る。
〈あれなら────ッ!〉
階段の残骸へと走る。
〈────────!〉
〈相変わらずタフだな!〉
変わらず、大犬は追いかける。少しくらい疲れを見せてもいいだろうに、大犬の動きに全くぶれがない。引き離すだけでも精一杯な、めでたい紅白模様に染まった一夏とは対照的だ。
一夏は、階段の残骸を登る。乱暴に叩き壊されたかのような階段の瓦礫は、二階にも届かない小さな丘だ。
頂上まで一瞬。
その一瞬を大犬はたやすく詰めた。
(まだ速くなるってのか!)
まだ力を隠していたのか、それとも一夏が油断していただけか、予期せぬ加速に一夏は目を丸くする。
大犬はあっと言う間に迫り、その牙を一夏に突き立てんとして、
突如現れた、新たな大犬の体当たりによって、突き飛ばされた。
〈え……?〉
思わず一夏は呆然としてしまう。
突然現れた新たな大犬は、大犬を突き飛ばして転倒させ、消え去った。まさしく一瞬の出来事。ハイパーセンサーにもまともに映らなかったその風のごとき速さは、本当に犬なのか怪しいほどだ。
いきなりのことに一夏は呆けたが、すぐに起きあがった大犬を見て動く。
一気に飛び上がった。
突然の衝撃に大犬は戸惑っていた。今の攻撃は何者なのか、そいつはどこに行ったのかわからずに辺りを見渡す。そして、一夏を見失ったことにも気づいた。
直前にいた階段の瓦礫を見ても、その頂上に一夏はいない。
〈────?〉
一夏も、乱入者も、その姿はどこにもない。あの変身する犬は、影どころか音すら無く消えることはできないと、大犬は認識していた。だが無粋な乱入者ならばできるだろう。いったいどこへ隠れたのか。
大犬が耳を立てると、天井から音がした。
上か!
見上げれば、姿があった。シャンデリアのそばに立ち、その木枠に力強く噛みついている。
〈────!?〉
なぜあいつは空に浮かんでいるのだろうか。
大犬は動けなかった。何事か理解できず、固まってしまった。
狩りにおいて、一瞬が命取りとなる。
大犬を、影が覆った。
見れば、空の一夏が首を目一杯使い、何かを振りかぶっている。
その何かは明らかだろうに、大犬の目には無かった。
一夏の眼とあった。一心。何も逃さない、狩る者の眼だ。
動けない。
すくんだのか、圧倒されたのか、わからない。
だが、動けなかった。
影が覆い隠すまで、大犬は一夏の眼を離さなかった。
そして、大犬に巨大シャンデリアが叩きつけられた。
〈これ、で、どうだ……ッ!〉
一夏は荒くなる息を押さえながら、シャンデリアを見る。
突然地に落ちた巨大シャンデリアによって、埃が巻き上げられ、宙に待っている。
柱に備えられた明かりに照らされた、シャンデリアと埃が光を反射してとても幻想的だが、所詮埃だ。
鼻に刺さるようで、非常につらい。
ISをといて人に戻れば幾分ましかもしれないが、まだ危険がある。そうも言ってられない。
まだ、警戒しなければいけないのだ。
さすがに、やられてしまったとは思う。あれだけの重量、命もないかもしれない。だが、まるでIS犬のような犬なのだ。まだ生きているのかも知れない。
しばし脚をとめたが、一夏は二階に向けて飛んだ。
厳さんを探さなくてはいけない。それに、居なくなった弾もだ。
そう言えば、乱入してきたあの犬はどこに行ったのだろうか。吹き抜けとなる二階から部屋がよく見える。だがよく見渡してもその姿はない。
礼くらいは言いたかったのだけれど……。
嘆息して、扉へ向かう。二階に一つだけ見えたあの扉。あの犬も何度か通ったのだろう。扉と階段をつなぐ足跡の線がいくつもあった。 堅く閉ざされた扉にその脚をかけようとしたときだった。
〈……ん?〉
犬の耳が、何かをとらえた。人に戻っていれば聞こえなかったであろう、かすかな音。
音源は、地に墜ちた巨大シャンデリア。
〈……気のせいか?〉
眺めている間に、音は大きくなる。
こするような音が、叩くような、もがくような音に。
なにやら唸り声らしきものも聞こえてくる。
〈……無事に生きててよかった〉
安心したように言うが、そちらはいっさい見ず、扉を向いている。扉をあけようとするが、建て付けでも悪いようにガタガタ鳴るばかり。蝶番の向きからして押せば良いはずだが、体当たりしてもビクともしない。
しびれを切らして、人に戻ってあちこちを触る。
そうこうしている間にも、背後の音は大きくなっていく。
すぐに見つけた。床との切れ目を探っているときだ。
〈この鍵だぁ!〉
床すれすれに、目立たないように鍵があった。こちらにあるのはつまみだ。おそらく、向こう側にかぎ口があるのだろう。
眼の前のつまみをひねる。ガチャリ、と扉から音がした。
「開いた──ッ!」
同時に、背後のシャンデリアがはじけた。
実際には、少しばかり浮いてからまた地面を叩いただけなのに、それほどの衝撃があった。
「おおっと……まさか!」
一夏は意外と重い扉を必死にあけた。調整されているらしく、一息には開かない。
一夏は振り返らない。振り返る余裕もない。
「ウォォーゥ!」
吠える犬の声が広間に響いた。
横目に、一夏のほうへ走る大犬の姿が見えた。
一夏は開いた隙間から向こう側へ体を滑らせる。そこにあったのは、先の見えない、長い廊下。再びISを起動し、犬に変わって走った。
背後からドン、とにぶい音が響く。あの大犬がドアにぶつかった。
ハイパーセンサーで背後を見れば、ドアを押し開ける大犬の姿が見えた。
長い廊下を、一夏は走る。
〈あれが効いてないってのかよ!〉
延びる廊下は窓もなく、電灯に照らされた床の絨毯は埃がない。あの扉が締め切られていた割には空気も悪くない。どこかに空調でもあるのだろう。
壁ばかりが続く。後ろから追いかけてくる犬は、たいした疲れも見えない。さっきの一撃など無かったかのようにピンピンしている。
廊下は、すぐに行き止まりが見えてきた。この廊下に巡り会えなかったことに納得いったが、そんなことで未だ追われるこの状況は変わらない。
明らかに頑丈そうな壁だ。なぜ、こんなところに壁があるのか。一本道の廊下があるのか。
〈そういうことかッ!〉
壁の目の前で一夏は急反転。大犬を待ちかまえる。勢いよく迫る大犬に一夏は引かない。後ろも、左右も壁。動けないのだ。
そこへ大犬が飛びかかった。一夏はもろにくらい、そのまま勢いのまま後ろに転がった。
壁にぶつかろうというとき、突如壁が開いた。空気が抜けるような音を立て、スムーズな動きだ。
〈ようし、当たりだ!〉
一夏はハイパーセンサーのおかげで、この壁には仕掛けがある、ということがわかっていた。なにやら複雑な電子機器と、天井のセンサー、開きそうな継ぎ目が見えた。だが、開け方はさすがにわからない。そこで、あの大犬を使った。
〈やっぱり、いつも通っているんだな〉
階段跡と廊下入り口をつなぐ足跡は、あの大犬で間違いなかった。よく通っているようだ。
この扉も、あの大犬が、電子機器を叩くなりして認証か何かを通すようにも思えなかったが、正解だったようだ。
センサーは、一夏には全く反応を示さなかった。大犬が下を通るとすぐ反応したあたり、あの大犬の生体反応か何かを感知しているらしい。
〈道は開いた! ここから打開を──〉
ハイパーセンサーがみたのは壁のすぐ裏までで、その奥は全く見えていなかった。一夏が見なかった不注意というよりかは、奥を写さない建材のおかしさだろう。
ISが世に出て十数年。ISの機能を妨害する素材の研究も、着々と進んでいる。
だがそんな代物がこの廃館にあるのがおかしい。
だから、一夏は気づかなかった。
〈────がは痛ッ!?〉
開いた壁のすぐ奥が、また壁になっていたことに。
〈な、なんだ……?〉
大犬をどうにか押さえた一夏が痛みにもだえながら周りを見れば、そこは狭い小部屋のようになっていた。
少し奥に長い長方形の床は、絨毯の廊下とはまた異なり大理石のようなフローリングとなっている。
壁も同じような大理石調で、中程になにやら長方形の、基盤らしきものがあった。そこには、四角形のものが均等に配置されている。わずかに浮いたそれは、角の一つだけ点灯していた。
見れば入り口となる開いた扉の脇にも、壁に沿って縦長に似たようなものが配置されている。
一夏はそれが何か、すぐに思い至った。よく見覚えのあるものだ。
〈まじかよ……ここ、エレベーター! 何で!?〉
エレベーターのボタンだ。見間違えようがない。
飛び出した一夏は、静かに閉じた扉に額をぶつけた。