本編クリアした人間には設定ガン無視の世界観なんでオススメ出来ません。
「なぁ泉理。耳かきどこにあるか知らないか?」
キッチンでうきや結衣と一緒に晩御飯を調理している泉理に声をかける。普段しまってある戸棚の中に耳かきがなかったからだ。
「耳かき?いつもの所にない?」
どうやら泉理も耳かきの位置を把握していないらしい。
「ないから聞いてるんじゃないか。最後に使ったの誰だよ」
「私じゃないよ」
「僕も違うよ」
「えと、あの…わかりません」
結衣、結人、うきがそれぞれ答える。泉理も知らなくて三人でもないとするとこの青葉寮の住人は残り一人しかいない。
「あ、あぁ耳かきな。確か診察室で使ったっきりだったな。まだ置きっぱなしだった気がするな」
「もう、父さん。使ったら戻してっていつも言っているでしょ」
キッチンから泉理がリビングで寛いでいた父さんを睨みつける。さすが女帝、すごい迫力だ。これは説教に巻き込まれる前にさっさと逃げ出した方がいいだろう。さっきから耳が痒くて仕方がないんだ、ここで足止めを食らうわけにはいかない。
「ま、まぁいいじゃねぇか。拓留、耳痒いんだろ?泉理に耳かきしてもらえよ」
「は、はぁ?いいよ、別に。自分でできるよそれくらい」
父さんが話題を逸らそうとしたのかとんでも無いことを言い出した。泉理に耳かきしてもらえだって?そんな恥ずかしいことできるわけないだろ!
「あら、私は別にいいわよ。耳かきしてあげても」
何言ってんだコイツ!泉理が少し照れたような顔でそんなことを言い出す。
「で、でできるわけないだろ、そんな恥ずかしいこと。だいたい、泉理は今、晩御飯作ってる最中じゃないか」
「晩御飯なら別に私とうきだけでも大丈夫だよ」
「はい、後はお鍋の火加減を見ているだけなので」
結衣とうきが逃げ道を塞ぐ。
「い、いやでも―」
「拓留」
「泉理、やっぱり一人で」
「拓留?」
「はひぃ」
唐突に女帝モードになるなよ!というか今怒らせる要素あったか?
「結衣、うき、後はよろしく頼むわね。ほら拓留、行くわよ」
泉理に手を引かれて部屋を出る。どうしても僕の耳かきをするつもりらしい。
仕方がない。みんなの目の前で耳かきされるという恥ずかしい事態は免れたわけだし大人しく耳かきされよう。恐いし。
「あったあった。さ、拓留。ここに頭乗っけて」
耳かきは父さんの言うとおり診察室に有った。机の上のペン立てにボールペンなんかと一緒に刺さっていた。梵天の付いたスタンダードな竹製耳かきだ。
泉理はそれを抜き取ると診察室のベッドに腰掛けて自らの膝をポンポンと叩く。
こ、これは、いわゆる膝枕というものか!?ベッドに横になって膝に頭を乗っけろということか!?
「拓留?どうしたの、早くなさい」
「あ、あぁ。うん」
泉理に急かされ仕方なく頭を泉理の膝に乗せる。なんだこれ!柔らかい!
「じゃあ始めるからあんまり動かないでね。危ないから」
耳かきが僕の左耳にそっとあてがわれる。いきなり耳穴に入ってくることはなく、耳介をそっと掻き始めた。
「ちょっと拓留?あなた最後に耳かきしたのいつ?かなり汚いわよ」
「どうだったかな…。確か三ヶ月はしてないと思う」
「不潔すぎ。一ヶ月に一回はしなさい。」
だいたいあなたはいつも身嗜みを気にしなさ過ぎなのよ、と泉理が完全に説教モードになってしまった。
説教しながらも耳かきはカリカリと耳介を掻き続けている。どうやら僕の耳は本当にかなり汚れているようでさっきから耳かきが僕の耳とベッドの枕の上に広げたティッシュの上を行ったり来たりしている。
「拓留、聞いてるの?」
「あぁ、聞いてるよ。それよりいい加減、中も掻いてくれないか?外側ばっか掻いてるせいで痒いんだ」
「そうして欲しいなら普段から綺麗にしてなさい。外側なんてお風呂の時にでも自分で綺麗にできるでしょう?」
「わかった、今度から気をつけてるよ。だから頼むよ」
「仕方ないわね、まったく」
ようやく耳かきが耳穴の中に侵入してくる。待ちに待った感触に期待を抱かざるをえない。
しかし、僕の期待を裏切り耳かきの先端は穴の入口付近で停止した。
「泉理?痒いのはもっと奥の方なんだけど…」
「我慢なさい。手前から耳垢を取っていかないと奥に押し込んじゃうでしょう?」
耳かきは入口付近をちょこちょこと掻いていく。耳かきが耳垢をこそぎ落としていく度に穴の奥の痒みが増していく。
実際、泉理の言っていることは正しいんだろう。泉理が耳かきを動かす度に耳に伝わる耳かきの感触は確かな物に変わっていく。耳垢が剥がれ直接外耳道に耳かきが触れ始めたせいだろう。
しかし、その確かな感覚がむしろ僕の掻痒感を刺激する。今すぐ泉理から耳かきを引ったくって思う存分ガリガリと掻きたい欲求に駆られる。
「せ、泉理、頼む。もう限界だ」
「はいはい、わかってるわよ。奥の方やるからじっとしててね。本当に危ないから」
手前の耳垢を掻き終えた耳かきが奥へと進んでくる。
遂に待ち望んでいた感触がやってくる。ずっと痒いと感じてた場所を確かな堅さの竹匙が優しくカリカリと掻いていく。
最高だ…。天国にいるみたいだ。
「あら、張り付いちゃってるわね」
ガリッ、という音と共に耳かきがある部分で止まる。
か、痒い!
「泉理、そこ。そこが一番痒い」
「大きいのが張り付いてるわよ。自分で耳かきした時に押し込んだんでしょう」
確かに心当たりが無いわけでもない。普段自分で耳かきする時には当然耳の中が見えないから手探りでするわけだけど自分でする時はこんなに耳垢が出たことがない。多分いつも押し込んでしまっていたんだろう。
「自分じゃ耳の中なんて見えないんだから。それこそ丁寧に手前からやらなきゃダメよ。どうせいきなり奥の方まで突っ込んじゃったんでしょう?」
「ぐっ…」
実際その通りだから反論できない。でもしょうがないじゃないか。痒いんだから。
「仕方ない。今度からは耳が痒くなったら私に言いなさい。私が耳かきしてあげるわ」
「はぁ?いいよ別に自分でやるから」
「自分でできていないからやってあげるって言ってるんでしょう?下手に耳垢を押し込んで耳垢栓塞にでもなったらどうするの?」
本当の事を言われてぐぅの音も出ない。
「だからこれから拓留の耳は私が耳かきします。わかったわね?」
「わかったよ、好きにすればいいだろ」
「よろしい。はい、取れた。拓留、反対の耳やるわよ」
ボゴッ、というくぐもった音が僕の左耳にだけ響く。どうやら痒みの原因となっていた耳垢は取り除かれたらしい。本来なら爽快感でも感じるところだが、これから耳かきの度にこんな恥ずかしい思いをするのかと思うととてもそんな気分にはなれなかった。
「拓留?早く反対の耳を向けてくれない?」
そんなことを考えていると頭上から泉理に声を掛けられる。どうやら物思いにふけってしまっていたらしい。
僕はこんなに悩んでいるのになぜコイツはこんなにも平然としているのだろう。なんだかムカついてきたぞ。
「いや、まだだ。まだ梵天をしていない」
なんとかして泉理を困らせたい。そんな衝動に駆られた僕は自然とそんな言葉を口にしていた。
梵天。耳かきの匙の反対側についてる毛玉の塊みたいなアレ。確か水鳥の羽根か何かで作られていたはずだ。
本来は耳かきの仕上げにアレを耳の中に突っ込んで細かい汚れを掃き取るための物だが僕は面倒くさいのもあって普段は使っていない。ただ、泉理の言葉に逆らおうとして出てきたのがそれだった。
「梵天?あなた確か梵天は『衛生面の観点からみて梵天は雑菌だらけだから耳の穴なんて繊細な場所に入れるべきじゃない』とか言ってなかった?」
言った。確かに言った。以前、結人が結衣に耳かきされている時に言った記憶がある。
「い、今は梵天をしたい気分なんだよ」
いくらなんでも適当な言い訳すぎるかと思ったが泉理はたいして気にしていない様子だった。
「そう、まぁいいわ」
とだけ言って梵天を耳穴に差し込んでくる。ガサ、と耳に入ってきたかと思うとすぐに耳の外に出てしまう。そしてすぐにまた耳の中に入ってくる。泉理の梵天の使い方はまるで箒でチリを掃くかのようだ。
ガサ、シュポ、ガサ、シュポ、ガサ、シュポ、と何度も梵天が出たり入ったりする。
そのうち、耳の中を掃き終えたのか最後に耳介を梵天で軽く撫でた。
「はい、今度こそこっちの耳は終わり。ほら拓留、右耳を上に向けて」
「ああ」
言われるがままに僕は右耳を上に向ける。また何か言ってやろうかと思ったが言葉が出てこなかった。ずっと横になっていたせいか眠くなってきたのだ。
「拓留?寝ちゃダメよ危ないから。…もう仕方ないわね」
最初は僕を起こそうとしていた泉理だが、すぐに諦めたらしい。そのまま耳かきを再開したようだ。
その耳かきの感覚と枕にしている泉理の膝の感触がなんだか心地よくて、気が付くと僕はそのまま眠りについてしまった。
書き終えてから思ったけどこれ乃々でいいよね。