今回はタクと有村の話。
「あっ!宮代先輩~!待ってました~!」
僕が新聞部の扉を開くなりそんな声を上げながら有村が飛びついてくる。
「有村、いつも言ってるけどなんで文芸部のお前が新聞部にいるんだ」
「そんなの部長の彼女なんですから当然ですよ。それとも宮代先輩はわざわざ部室にまで会いに来てくれた健気な年下彼女を無碍に追い払うんですか!?」
芝居がかったしぐさで有村が僕を責め立てる。
「先輩…鬼畜、かも…」
香月がとんでもない事を言い出す。
「な、何を人聞きの悪い事を言うんだ!僕はそこまで酷い人間じゃない!」
「だったら宮代先輩、デートしましょう」
何がだったら、なのかわからんが多分最初からデートに誘う為の小芝居だったんだろう。
「わかったよ。いいよ、デート。いつにする?」
幸い部室には有村と香月だけみたいだしさっさと約束を取り付けてこの話は終わらそう。来栖や伊藤にでも聞かれるとデートの事を根掘り葉掘り聞いてきて面倒なことになる。
「え、いいんですか?本当に?」
「あぁ、いいよ。有村なら嘘かどうか分かるだろ?」
僕と有村は『能力者』だ。有村の能力は人の言葉の真偽を見極めることができる。
「でも先輩、本当にいいんですか?その…迷惑だとか思っていません?」
「思ってないよ。有村と一緒にいるのは僕もその、楽しいし」
有村は過去にその能力のせいで色々あったらしい。そのこともあり僕はできるだけ有村に嘘を付かないようにしている。
「で、では、その今度の日曜日に…」
「お、おう…」
くそっ!なんだこの気恥ずかしさは!付き合いたてのカップルか!いや、実際そうなのだが。
「なんだかタクと雛ちゃん、初々しいカップルみたいだねぇ」
と、ふと香月と談笑している幼馴染の姿が目に移った。しかも話題は僕たちのことだ。
「わ、せり!」
「お、尾上!いつから居たんだ」
う?などと言って世莉架がこちらを見る。まるでずっとそこにいたかのように自然に部室のPCの横に立っていた。
「ついさっきだよぉ、二人とも私が入ってきても気付かないだもん。ねぇ華ちゃん?」
「…ん」
香月がうなづく。いったいいつから見ていたんだ!?いや、どこから見られていたとしても気恥ずかしさは変わらないか。それより今は二次災害を防がなければならない。世莉架が伊藤や来栖にでも言いふらしたら大変なことになる。
「そうだったのか。すまん、尾上。あと、この事は来栖や伊藤には黙っておいてくれないか?」
今のうちに世莉架に口止めをしておけば何とかなるかも。そう思いつい口にしてしまったその言葉を。
「あら?何を黙っていて欲しいのかしら?」
ちょうど部室に入ってきた来栖にバッチリ聞かれてしまった。
「なんだ、ただデートするだけなのね?てっきりまた拓留が何か企んでるのかと思ったわ」
あれから。僕が発した『来栖には黙っていてくれないか?』という言葉を曲解した来栖に女帝モードで迫られたが有村と世莉架のフォローもあり事なきを得た。
「それで?どこに出掛けるの?日時は?」
「ちょっと落ち着けよ来栖。今度の日曜日に出掛けようって事しかまだ決まってないよ」
これがあるから来栖には知られたくなかったんだ。過保護過ぎるんだ、来栖は。このままだと『お姉ちゃんもついて行こうか?』とか言い出しかねない。
「拓留、男の子なんだからあなたがきちんとエスコートしないとダメよ?服もちゃんとした格好で行くのよ?」
「わかった、わかったから。皆見てるだろ恥ずかしい」
そもそも彼女をエスコートしろとか彼女の前で言うことじゃないだろ!
「と、ともかくこれは僕と有村の問題なんだから放っておいてくれ。ほら有村、行こう」
「え、ちょっと先輩!?」
詰め寄ってくる来栖を交わし有村の手を取って部室を飛び出す。どこに行くとかは考えてない。来栖に詰め寄られて息苦しさを感じる部室から逃げ出したかっただけだ。
「先輩!宮代先輩!ちょっと待ってください!」
部室を飛び出して少しして、昇降口に向かっていた僕を有村が引っ張って止めた。
「な、なんだよ有村」
「なんだよじゃありませんよ!このまま帰るつもりですか?私カバン新聞部に置きっぱなしなんですけど」
「あ…」
そういえば僕も部室に置きっぱなしだった。くそっ、これじゃあ結局部室に逆戻りじゃないか。
「今部室に戻るのは嫌だ。どこか別の場所で時間を潰してから戻ろう」
部室を飛び出した手前、すぐに戻るのはなんだか嫌だ。
「じゃあ飲み物でも買って屋上に行きましょう。放課後はあんまり人いないと思いますし。あ、もちろん飲み物代は宮代先輩の奢りですよ?」
「はいはい、いいよ別に」
元々無理やり連れ出したのは僕だ。飲み物代程度で済むなら安いものだ。
「ふー、やっと一息つける」
屋上のベンチに並んで座り、途中の自販機で購入したマウンテンビューを煽る。
よく考えたら部室に着くなりバタバタしていたからようやく腰を落ち着かせる事ができた。
「宮代先輩ほんとそれ好きですよね」
隣に座る有村がお茶を飲みながら笑う。自販機で有村の分もマウンテンビューを買おうとしたら断られた。
「それでこの後どうします?」
飲みかけのお茶のペットボトルの蓋をしめて有村がこちらを向く。このニヤリとした顔は何か企んでいる時の顔だ。
「どうするって…適当に時間潰して部室に戻ろうって」
「だから~その時間の潰し方ですよ~。ただここでぼんやり並んで座っているだけでも別にいいですけどつまんないじゃないですか」
そういいながら含みのある笑みのまま顔を近付けてくる。ちょ、近いって!
「じゃ、じゃあどうするんだよ。しりとりでもするか?」
「先輩それ本気で言ってます?そうじゃなくて…もっとイイことしましょ?」
ちょ、ちょっと待て!イイことって何だ!?何する気だ!もしかしてわざわざ人のいない屋上に来たのはそういうことか!?屋外でそんな、そんなの変態すぎるだろ!?
「ま、待て有村そういうのはもっと分かり合ってから」
「いいからほら横になってください。宮代先輩」
ぐいと手を引かれ有村の太ももに頭を押し付けられる。いや、まずいでしょ!これは。外だぞ!?まだ日も落ちてないぞ!?
「じゃあ始めますね」
「ひゃ、ひゃい」
本当にするのか!?ここで?しかし一体どんなプレイをするんだ?太ももに頭を押し付けられてこれじゃあまるで膝枕だ。
ん?膝枕?
すっ、と有村の細い指が僕の髪の毛をかき上げる。
「じゃあ、先輩。耳かき入れるんで動かないでくださいね」
ん?耳かき?
「有村、耳かきをするのか?」
「え、はい。何だと思ったんですか?」
耳かきの態勢になっていて有村の顔を見れないが今絶対ニヤニヤしている。間違いない。
「な、なんで耳かきなんだ?僕は別に耳痒くもないんだけど」
「こないだ華に耳かきしてあげたんですよ。痒いって言うから。でも別に綺麗だったんですよね~。だからなんだか掻き心地のある耳かきがしたくて」
香月はいつもヘッドホンしてるから耳の中が蒸れて痒かっただけだろう。それに耳垢は外から入り込んでくる埃やチリが主な汚れだと聞くし、ヘッドホンが汚れを防いでいたのかもしれない。
「その点、宮代先輩の耳は合格ですね。かなり汚いですよ?先輩の耳」
「褒められているのか馬鹿にされているのか…」
少なくとも身体の一部を汚いと言われるのは褒め言葉ではないだろう。
「やだなぁ。褒めてるんですよ。耳かきする側にしたらやっぱりやりがいがある方がいいですからね」
「そんなもんか。まぁ、せっかくだし頼もうかな。いい時間潰しにもなるし」
それに彼女に膝枕してもらうのって何だかリア充っぽいし。
「やった。それじゃあ改めて始めますね。動くと危ないんでじっとしててくださいね」
そういいながら上に向けている右耳にそっと耳かきが入ってくる。
「それにしても耳かきなんてどっから出したんだ?カバンは部室に置きっぱなしだろ?」
そもそも耳かきなんて持ち歩くものだろうか。
「やだなぁ先輩。女の子は常に肌身離さず化粧ポーチを持ち歩いているものですよ。私はそこに耳かきと綿棒も入れてるんです。いつでも身だしなみを整えるのは女の子の常識です」
「へぇ」
そうなのか。あんまり女子の私物というのを見たことがないからよく分からないが確かに教室で化粧品を弄っている女子は見かけたことがある。
「それに綿棒は化粧にも使いますし持ってて損はないです」
その時、耳の中でガッという音が響いた。どうやら耳かきの先端が耳垢か何かに引っかかったようだ。
「おっと先輩、大人しくしててください。獲物がかかりましたぜ」
いつになく真剣な声で有村が囁く。女の子特有の高い声が僕の鼓膜を刺激する。その刺激のせいかそれとも耳の中に耳垢がある事を認識してしまったからか右耳が凄く痒くなってきた。
「有村、なんか耳が痒くなってきた」
「え~?大丈夫ですか?どの辺りです?」
「いや、分からないけど多分今引っ掛けた耳垢辺りだと思う」
「この辺りですか?」
そう言ってカリカリと耳垢辺りを匙で掻く。
「あぁ、多分その辺り」
「では、とりあえず耳垢を取っちゃいましょう」
先程よりも若干強めにカリカリと掻かれる。耳垢は耳壁に張り付いているようで耳かきは何度も同じ箇所を往復している。
ペリ、と耳の中で異音がした。耳垢の一部分が剥がれかけているようだ。快感と掻痒感の入り混じった感覚が僕を襲う。
「お、取れそうですよ先輩」
心なしか興奮気味な声が降ってくる。耳を掻く手にも力が掛かっているように感じる。
ボコッ、と水を溜めた湯船の栓を抜くような音が耳の中に響き渡る。
「取れました~!中々の大物ですよ!」
わざわざ有村が耳の中から取り出した耳かきの先端を僕の目前まで持ってくる。
耳かきの先端には有村の言うとおり中々の大物が付いていた。
化粧ポーチに仕舞ってある物だからなのか普通の耳かきよりもやや小型である耳かきとはいえその耳かきの匙からはみ出る大きさの耳垢は大物と言って差し支えないだろう。
「さぁ、次の獲物に取りかかりますよ~!」
「まだあるのか?」
「こんなもん序の口ですよ。奥にまだ結構ありますね」
指で耳かきを弾く。先端に付いていた耳垢がポロッと地面に落下する。
カサッ、という音と共に再び僕の耳の中に耳かきが挿入される。
「ほら、ここにも」
先程の耳垢よりも少しだけ奥。そこを耳かきが掻くとポロポロと耳垢が取れた。どうやら今度は張り付いていないようだ。
「もしかして、僕の耳ってかなり汚いのか?」
思った事をつい口にしてしまう。
「そっすね。ここまで汚いのは珍しいんじゃないですかねぇ」
即答かよ。しかし、それだけ汚れているという事か。
「どうせ先輩のことだから『耳かきは本来する必要のない行為なんだ』とか言ってサボってたんでしょう?」
「ぐっ…」
その通りだ。耳垢は耳の中を守る殺菌作用があるため必要以上に取るべきではない。という話を聞いたことがある。
実際のところ、本当か嘘かは分からないがそれを免罪符に耳かきを怠っていたのは事実だ。
「しょうがないですねぇ、宮代先輩は。これは今度から定期的に私が耳かきをしてあげなくちゃいけないみたいですね」
「それ有村が耳かきしたいだけじゃないのか?」
「あっ、バレちゃいましたか」
他愛のない会話をしているうちに気がつけば耳かきはかなり奥の方まで入り込んでいた。
ガサ…ガサ…、耳かきが少し動くだけでも耳の中では大きな音で反響を繰り返す。
自分で耳かきする時はこんなに奥まで入れたことはない。
「ずいぶん奥までやるんだな。耳垢は奥の方にはないって聞いたことがあるけど」
「うーん、自分で耳かきする時に押し込んじゃったんじゃないですかね。結構ありますよ?耳垢」
有村がそう言うのとほぼ同時に耳の中で一際大きな音が響いた。どうやら奥に押し込んでしまった耳垢が剥がれた音のようだ。
慎重に耳かきが耳穴から抜かれる。耳かきの先には先程、張り付いていた耳垢の二倍はあろうかという大きさの耳垢が付着していた。
「それ本当に僕の耳から出てきたのか?」
「事実です。現実を受け入れましょう」
もはやちょっとした塊になっている耳垢はとても人体から出てきた物とは信じがたい物だった。
「今まで押し込んできた耳垢が固まった物ですかね?やっぱり今度からも私が先輩の耳かきをしないとですね。自分でやるとまた押し込んじゃいますよ」
「そうだな…また頼むよ」
はい!任せてください!と元気な声で返事をした有村が耳かきから綿棒に持ち替える。綿棒の先になにやら小瓶に入った液体をまぶしている。
「それは?」
「化粧水ですよ~。さっき張り付いてた所、赤くなってるから」
そういって綿棒が僕の耳の中に入ってくる。先程までの硬質な耳かきの感触と違い、濡れた綿棒の柔らかでヒンヤリとした感触が気持ちいい。
「はい、こっちの耳はおしまいです。次、反対の耳やりますね」
「あぁ」
有村の膝の上で転がるように頭の向きを変える。左耳が上を向くようにする。
「あ」
何も考えずに向きを変えてしまったがコレはまずい!制服ごしの有村のお腹が目の前ある。しかも、女の子特有の甘い匂いが鼻孔を刺激する。
「わ、悪い有村。体勢を変えていいか?」
慌てて身体の位置を変えようとした僕の頭部を有村が両手で押さえ込んだ。
「おやおや~。どうしたんですか宮代先輩?動かれると耳かきできないじゃないですか~」
こいつ絶対今ニヤニヤしてる!わざとか!?わざとやってるのか!?
「さ、先輩。続きやっていきますよ~」
無理やりにでも起き上がろうかと考えていたところに耳かきが挿入される。これでは下手に動くと怪我をするおそれがある。
こうなると詰みだ。羞恥心に耐えながら耳かきをされる以外、道はない。
「ん~こっちは右耳ほど汚れてませんね。奥に押し込んでいる様子もないですし」
「左耳はやりにくいから手前だけ適当に掻いて終わりにする事が多いからかもな」
利き手ではない左手で耳を掻くと力の細かい調整がしにくくガリッと引っ掻いてしまう事がある。かといって右手で左耳を掻こうとすると下手な力が掛かってしまいまたガリッとやってしまう。
どうしても左耳はやりにくいんだ。なら下手に弄らずに放置した方が被害は少ないはずだ。実際、頻繁に耳かきしていた右耳の方が汚れていたみたいだし。
「ま、右耳よりマシってだけで左耳も汚いといえば汚いですけどね」
有村が耳かきを動かす度に耳の中でサリサリという音がする。
「こっちは耳壁に張り付いてるというより耳の中の産毛に付着してるって感じですかねぇ。耳かきだと取りにくいです」
そういうと早々に耳かきを切り上げ綿棒を取り出した。どうやら綿棒で毛に付着した細かい耳垢を取るようだ。
乾いた綿の球が耳壁と擦れる音が耳の中で鳴り続ける。
「おーおー、綺麗に取れましたよ先輩。一応こっちも仕上げに化粧水付き綿棒を使いますか」
先程まで耳に突っ込んでいた綿棒の反対側に化粧水を付ける。
やっぱり濡れた綿棒の方がヒンヤリしてて気持ちいいな…。
「はい、おしまい。宮代先輩?終わりましたよ~」
ついに左耳からも濡れ綿棒が抜かれる。もう終わってしまったのか。何だか物足りなく感じる。
「なあ有村。もうしばらくこのままでいいかな?」
「え~?まぁいいですけど、結構重いんですよ?先輩の頭」
もう足が痺れちゃいましたよ~、なんておどけてはいるが嫌がってはいないようだ。…多分。
その証拠に今も左手で僕の頭を優しく撫でてくれている。
その左手がとても心地よく、僕の意識は暗転していった。
「おい!宮代ぉ!デートってどういう事だよ!」
心地よい眠りから目覚め、いい加減戻るか、と部室の扉を開くなりこれである。
どうやら有村とデートする事が伊藤にも伝わったらしい。
「許さねぇぞ宮代!この裏切り者!」
だから伊藤にも来栖にも言いたくなかったんだ。言ってる事は正反対な二人だがどちらもやかましいことに変わりはない。ちなみに戻ってきたら来栖はいなかった。多分委員会の仕事だろう。
「あぁもう、わかったわかった。その話はまた今度な」
「わかってねぇ!そもそも今も二人で飛び出して何してたんだよ!」
興奮冷めやらぬ、といった調子で突っかかってくる伊藤を投げやりに対処しつつカバンを手に取る。元々、部室にはカバンを取りに戻ってきただけだ。伊藤は適当にあしらってさっさと帰るに限る。
「そういえばタクと雛ちゃん、屋上で何してたの?」
「は?」
「え、せり見てたの!?」
嫌な予感がする。頼むから余計な事は言わないでくれ、と世莉架に直接言う訳にもいかず心の内で祈っていたがどうも神様というのは存在しないのだろうか。
「うん。タクが雛ちゃんの足に顔を近づけてるの見ちゃった。見ちゃいけないかな~と思ってすぐ引き返したけど」
何故そのタイミングで引き返した!あと少しでただの膝枕だってわかっただろ!それだと僕が有村に変態行為を働いたみたいしゃないか!そもそも有村が僕の頭を掴んで無理やり太ももに押し付けてきたんだろ!
頭の中で言いたいことがぐるぐる巡って結局何も声に出せなかった。
「おい!宮代ォ!どういう事だよ!」
「い、いや誤解だ!話を聞けよ伊藤!」
伊藤が胸ぐらを掴んでくる。目には怒気が含まれていてとても冷静には見えない。
「あら?何が誤解なのかしら?是非、私にも説明して欲しいわね」
前門の虎、後門の竜とは今のような状況を言うのだろうか。気が付けば部室の扉の前に来栖が立っていた…。
その後、怒れる伊藤が縮こまるくらいの迫力の女帝に絞られたのは言うまでもない。