48人目の適性者
「…大丈夫ですか藤丸先輩」
「…もしかして、寝てた?」
「はい。眠っていたかどうかで言えば、どことなくレム睡眠だった…ような。ともあれ、所長の平手打ちで完全に覚醒したようで何よりです」
俺は曖昧に笑って肩をすくめてみせる。ようやく、頭がはっきりした。此処までの事は曖昧にしか覚えていないが、多分、大丈夫だろう。…多分。
「藤丸先輩はファーストミッションから外されたので、いまお部屋に案内していたところなんです」
「そっか、ありがとう」
なんだか、何か忘れているような、何か違和感があるような、そんな心地がある。それが何なのかを言語化する事は出来ないのだが。何故だろう、何だか、おかしい、ような。
カルデアの無機質な廊下を歩いていく。会話が、弾まない。…いや、俺の方から話題を振るべきなのだろうか、此処は。
「そういえば、俺は自室待機になるんだろうけど、マシュは?」
「わたしですか?ええと、わたしは藤丸先輩を案内したらファーストミッションの方に向かいます。これでもAチームですので、すぐ戻らないと」
そう返した後、マシュはちらっと扉を見てから言う。
「それはそれとして、です。実はもう目的地についています。こちらが藤丸先輩用の個室となります」
「そうか、ここまでありがとう」
「なんの。藤丸先輩の頼みごとなら
そう言って軽く会釈をしてマシュは来た道を戻っていった。俺も大人しく自室に入っている事にしよう。
特にやる事もないので、頭の整理もかねて、現在の自分の状況をまとめてみよう。
俺の名前は藤丸立香。18歳。日本の平凡な一般人…だったんだけど、駅前のキャッチにホイホイついてきた結果、このカルデアに来ることになった。実のところ、此処が何をするところで、自分が何をするのかもよく理解していない。
いや。
正確に言うと、全く知らない訳ではない。
俺には、所謂前世の記憶というものがある。どこの中二病だって話ではあるが、事実だ。ちなみに前世も分類すれば一般人に振り分けられるような人間だった。そして非リア充だった。
いやいや、前世の俺がどんな人間だったのかこの際どうでもいいんだ。問題はそこじゃない。問題は、前世でやっていたゲームと、今この状況が酷似していることである。
フェイト・グランドオーダー。所謂ソーシャルゲームの一種で、原作というべき作品が他に在る、派生ゲームの一つである。内容は、世界を守るために仲間たちと共に戦うというRPGではありがちなものだ。
いや、まあ、現実に自分の身に降りかかるのならありがちとか言っていられないのだが。
しかも、FGOにおける世界の危機はガチだ。カルデアの外は滅んでいる状態になるのだから。細かいところまでは覚えていないが、確か、今日遭遇したレフ教授がテロってカルデア自体も大変な事になる筈だ。まあそれはこれから起こることになるのだろうが。
「・・・」
鏡を覗き込む。この世界に生まれてからずっと見慣れている俺の顔は、改めてよく思い出してみれば、やはりFGOの主人公…男性を選んだ時のものによく似ている。いや、恐らくそのものの筈だ。あのゲーム主人公の立ち絵とかストーリー中はほぼ出てこないので記憶は曖昧だが。
それに、確かアニメ化するとかで、付けられた
つまり、ソシャゲの主人公になったらしいのだ、俺は。喜ぶべきなのか嘆くべきなのかさっぱり分からない。いや、コンティニューも死に戻りも死に覚えもノーセンキューなリアルでソシャゲ(しかもバトルもの)をやらなければいけないのだから、やはり嘆くべきなのかもしれない。
利点があるとすれば、ざっくり言うと主人公はモテるということだろうか。
…いや、命の危険と引き換えにモテモテになってもなあ…。
とはいえ、もうカルデアに来てしまっている以上是非もない。賽は投げられた、という奴だ。少なくとも俺は、誰に強制される事もなく、自分で決めてカルデアに来た。キャッチを無視するという選択肢もあった筈なのだ。その場合、人理焼却で何も分からない内に消滅していただろうとはいっても。
閑話休題。
FGOの主人公は世界最後のマスターとして多数のサーヴァントを率いて敵のサーヴァントとか訳のわからないものとかと戦う、とそういう話だった筈だ、確か。ちなみに俺の推しキャラは上乳上である。おっぱいは、いいよね…!いや、上乳上のいい所はおっぱい以外にもあるけども。
それはともかく。
まあ、そういうわけで。この世界がそのゲームの世界だとして。
色々と、俺はネタバレに相当する事を知っている事になる訳だ。といっても、知っているのは本編で言えば六つ目の特異点まで…七つある内の最後の特異点とそこをどうにかした後の第一部のラスボスとの戦いがどうなるのかは知らないのだが。イベント特異点も、俺は初期からやってる訳ではないから全部は知らないし。更に言えばキャラクエとかも、課金していたとはいえ手に入らなかったサーヴァントのは知らない。エンジョイ勢だから細かい情報とかはそもそもあんまり知らないし。書籍のマテリアルとか手に入れてないし。
つまり、知識としては割と元々中途半端な上に、今世というブランクによりうろ覚えみたいなもんである。強くてニューゲームになると思った?一般人には不適用だよ!
…いや、一応、高校で陸上部だったので体力にはそれなりに自信があるけど、でもやっぱり一般人レベルだから高が知れてるわけで。特に代表選手とかになれたわけでもないし。
…。駄目だ。ネガティブな事を考えていると鬱になる。なんか、明るい事を考えよう。希望的なことを。そう、例えば、上――
「――」
突然目の前が真っ暗になった。いや、明かりが消えたのだ。
「なんだ?灯りが…」
何か大きな音がした。
『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、及び中央制御室で火災が発生しました。中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避してください。繰り返します。中央発電所、及び中央――』
なにか、大変な事が起こっている。
否。俺は知っている。これは、レフ教授のテロだ。管制室…いや、中央制御室?なんでもいいや、とにかく、レイシフトを行う部屋が爆破されたのだ。
ここで、俺はどうするべきか。そう考えて、マシュの顔が浮かんだ。
そうだ、俺はマシュのところに行かなきゃならない。あの子を、助けないとならない。
俺がやらなきゃならない。
部屋から廊下に出ると、丁度見知らぬ男性とはち合わせた。
「キミは…いや、細かい話は後だ。キミは放送の通りきちんと避難するんだ。避難経路はあっち!いいね!」
「俺も助けにいきます!」
「一刻を争う状況なんだ、わかってるかい!?」
「――無駄口は後です、ドクター。管制室にいく必要があるんでしょう。藤丸君も、やる気があるなら使えばいいんです」
見知らぬ、否。見覚えのある橙色の髪の女の子がそう言って男性を小突く。何処かで会った…いや、今日会った…?
「ああもう、確かに言い争っている時間も惜しい。キミたちは隔壁が閉鎖する前に戻るんだぞ!」
「フォウ!」
女の子の肩に乗った謎生物が叱りつけるように吼えた。
管制室には瓦礫が散乱し、ところどころ火が燃えていた。男性…ドクター・ロマンは地下発電所に行く、と言って走っていった。俺たちには急いできた道を戻って避難するように言いつけて。
何処か機械的な音声が、何かアナウンスしているが、俺には何を言っているのかさっぱり分からない。フォウと鳴く生物を肩に乗せた女の子…アイカの方を見ると目が合った。
「ドクターの言う通りにするなら、さっさと走るべきだけど?」
「いや、もしかしたらまだ生存者がいるかもしれない」
その時、瓦礫が崩れるような音がして、俺たちは反射的にそちらを振りむく。人の手の様なものが見える。
「「…!」」
急いで駆け寄ると、そこにはマシュが血を流して倒れていた。ただし、その下半身は瓦礫に押しつぶされている…ように見える。
「……、あ」
「意識はあるね。しっかり、いま助ける…!」
「…いい、です…助かりません、から。それより、はやく逃げないと」
「何言ってるの。助けるよ!大丈夫だから」
困ったような顔をしたマシュに、アイカは叱りつけるようにそう言って瓦礫に手をかけ、俺を見る。
「藤丸君、ぼさっとしてないで手伝って」
「あ、ああ…」
しかし、これはどう動かせばいいんだ?というか、人の手だけで動かせるんだろうか。
「あ…」
マシュの声に、その視線の先を辿る。管制室の中心の、地球儀の様なものが真っ赤に染まっていた。アナウンスも、それ…カルデアスの変化と、その不穏さを伝えている。
『近未来百年までの地球において 人類の痕跡は 発見 できません。
人類の生存は 確認 できません。人類の未来は 保障 できません』
「カルデアスが…真っ赤に、なっちゃいました…いえ、そんな、コト、より――」
『中央隔壁 封鎖します。館内洗浄開始まで、あと 180秒です』
「…隔壁、閉まっちゃい、ました。…もう、外に、は」
「…いっしょだな」
「これぐらいどうにでもなる。それより意識をしっかり持つんだ、マシュ」
「・・・」
思わず俺とマシュはアイカを見てしまったが、本人は俺たちの視線の意味を分かっていないようで、何だその顔は、という顔をしている。あの、修羅場慣れし過ぎてないか君。
『コフィン内マスターのバイタル 基準値に 達していません、レイシフト定員に 達していません。該当マスターを検索中…発見しました。
適応番号48 藤丸立香、適応番号49 古川愛歌 を マスターとして再設定 します。
アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します』
よくわからないが、俺たちの名前が呼ばれたような。何だ?
「……あの……せん、ぱい、たち」
「なんだ、マシュ」
「どうした、マシュ」
「手を、握ってもらって、いいですか?」
俺とアイカは一瞬のアイコンタクトの後、マシュの傍に跪く。
「…ああ」
「それくらい構わない」
二人で、それぞれ片方ずつマシュの手を取る。
『レイシフト開始まで あと3』
『2』
『1』
『全工程
そのアナウンスと共に、俺の意識は暗転した。