ある剪定事象の記録   作:ペンギン隊長

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序章~特異点F~
冷静になればいいってもんじゃない


 

 

 目を覚ました彼らの視界に映り込んできたのは、燃える街だった。眼鏡を外し、鎧に身を包んだマシュとフォウが心配そうに二人を覗き込んでいる。

「良かった。目が覚めましたね。無事で何よりです」

「え、ああ…俺は無事だけど」

「マシュ、そっちこそ無事なのか!?傷の処置は?!」

「……それについては、後ほど説明します。その前に、今は周りをご覧ください」

 マシュに言われて初めて、二人は辺りを見回す。周囲からちらほらと、人の言葉とは思えない奇怪な声を上げ、武装した骸骨のようなものが歩み寄って来ていた。

「――言語による意思の疎通は不可能。

――敵性生物と判断します、マスター、指示を。わたしと先輩たちの三人で、この事態を切り抜けます!」

「わ、わかった」

「いや、マシュ一人に戦わせたりはしない。…髭切、膝丸、迎撃頼む」

 ばさり、と翻されたマントから太刀が二振り、地面に落ちる直前に現れた青年の手に収まる。白と黒の衣装の、対のような青年たちは太刀を構えて骸骨に向き直る。

「鬼退治だね、任せて」

「うむ、あやかし退治ならば俺と兄者に任せてくれ、主」

「え…先輩のサーヴァント…です、か?」

 思わずきょとんとしたマシュの問いにアイカは短く返す。

「彼らは僕の式神だ」

「そっちのお嬢さんは主たちの護衛役かい?まあ、敵を斬るのは僕たちに任せて。髭のようにすぱすぱっと斬ってしまおう」

「兄者、歓談は後回しだ。ゆこう」

 

 

 

「――ふう。不安でしたが、なんとかなりました。お怪我はありませんか、先輩、マスター。お腹が痛かったり腹部が重かったりしませんか?」

「いや、大丈夫だ」

「こっちも大丈夫だよ。髭君と吼丸君は…問題なさそうだね」

 血ぶるいをした太刀を鞘に収め、青年たちはアイカに歩み寄ってくる。

「ところでどういう状況なのだ?主。どうにも、あたりに人の気配がないようだが」

「うん、世紀末、って感じだよね。国外に出るとは聞いていたけれど、こんな物騒な所だとは初耳だなあ」

「その辺は僕もまだちゃんと把握していない」

 とりあえずお疲れ様、とアイカは二人の頭を撫でる。マシュはそれを見て、少し羨ましそうな顔をして藤丸をちらりと見た。その様子を見つけて青年が動く。

「そっちのお嬢さんも、初陣にしては頑張ったね、えらいえらい」

 にこにこ笑って、白い衣装の青年がぽんぽんとマシュの頭を撫でる。黒い衣装の青年はそれを見て呆れたような顔をした。

「兄者、初対面の女子(おなご)にあまり気安くするものではないぞ。それに、それは彼女の主の役目だろう」

「あははは。脇差君たちと同じくらいの背丈だったからつい」

 丁度その時、電子音が辺りに響き、人の声が彼らに耳に届いた。

『あぁ、やっと繋がった!もしもし、こちらカルデア管制室だ、聞こえるかい?』

 焦ったようなロマンの声に、マシュが返答する。

「こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。現在、特異点Fにシフト完了しました。同行者は藤丸立香、古川愛歌の二名。心身共に問題ありません。レイシフト適応、マスター適応、ともに良好。お二人を正式な調査員として登録してください」

 

 

 

 マシュが一命を取りとめたのは英霊との契約により、デミ・サーヴァントと化したためであるということが彼女自身の口から語られた。また、現在彼女は藤丸をマスターとするサーヴァントとして存在しているのだという。

 本来なら、色々と説明が必要ではあったが、カルデアとの通信が安定しないので霊脈の強いポイントまで移動するという事になった。

「…仕方ない。移動しよう」

 通信が途切れたのを確認してアイカは肩をすくめてマシュと藤丸を見る。二人も同意するように頷いた。

「はい、頼もしいです、先輩。実はものすごく怖かったので、助かります」

「もしかして、アイカって修羅場慣れしてる?」

「修羅場慣れしてるかはともかく、戦場に立つ事自体は初めてじゃないからね。頼りになる護衛もいるし」

「うんうん。僕たちがいて主に危険が及ぶ事なんてないよ」

「うむ。あの程度のあやかし、恐るるに足りん」

 ふふん、と胸を張る二人とよく理解していないような顔をしている藤丸を見て、アイカはそう言えば、と口を開いた。

「ちゃんと紹介をしてなかったね。こっちの白いのが髭切、こっちの黒いのが膝丸。僕の式神の二振(ふたり)だよ」

「源氏の重宝、髭切さ。まあ、他にも幾つか名前があるんだけど…今は髭切で通っているよ。よろしくね」

「源氏の重宝、膝丸だ。兄者と同じく、俺にも幾つかの名がある。兄者や主には吼丸の名で呼ばれることが多い」

「兄者、って事は、兄弟…なのか?」

 藤丸のおそるおそるの問い掛けに、膝丸は神妙に頷いた。

「うむ。俺と兄者は、本当に仲の良い兄弟なのだ。…本当だぞ」

「あはは。…えーと、弟丸のこともよろしくしてあげてね」

「…兄者が、また俺の名を忘れている…いや、泣いてはない、泣いてはないぞ」

「ああ、この二振の兄弟コントはスルーしていいから」

「主ィ!」

 アイカはあはは、と笑った後フォウを抱き上げていたマシュに呼びかける。

「緊張もほぐれたところで、移動しようか。いけそうかい?」

「はい。マスターも大丈夫ですよね?」

「ああ、いこう」

 

 

 

 

 

 ロマンが指定したポイントでは、オルガマリーが骸骨たちに追われていた。

「何なの、何なのよコイツら!?なんだってわたしばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないの!?もうイヤ、来て、助けてよレフ!いつだって貴方だけが助けてくれたじゃない!」

「オリガマリー所長…!?」

「あ、貴方たち!?ああもう、いったい何がどうなっているのよーっ!」

「…所長は軽くパニックを起こしてるみたいだ。すぐ助けよう」

「今度はあいつらを斬ればいいんだね、任せて」

 

 

 

「戦闘終了しました。お怪我はありませんか、所長」

「……。………どういう事?」

「所長?…ああ、わたしの状況ですね。信じがたい事だと思いますが、実は――」

「サーヴァントとの融合、デミ・サーヴァントでしょ。そんなの見ればわかるわよ。わたしが聞きたいのはどうして今になって成功したかって話よ!いえ、それ以上に貴方!貴方たちよ、わたしの演説に遅刻した一般人に途中で帰った問題児!」

「え、あ、はい」

「あー…はい」

「なんでマスターになっているの?!サーヴァントと契約できるのは一流の魔術師だけ!アンタなんかがマスターになれるハズないじゃない!その子にどんな乱暴を働いて言いなりにしたの?!」

「誤解にも程があります!」

「いや、僕はマスターではないけど」

「それは誤解です所長。強引に契約を結んだのは、むしろわたしの方です」

「なんですって?」

「経緯を説明します。その方がお互いの状況把握に繋がるでしょう」

 

 

 

「…フン、まあいいでしょう。状況は理解しました。藤丸、緊急事態という事で、あなたとキリエライトの契約を認めます。ここからはわたしの指示に従ってもらいます。…まずはベースキャンプの作成ね。いい?こういうときは霊脈のターミナル、魔力の収束する場所を探すのよ。そこならカルデアと連絡が取れるから。それで、この街の場合は…」

「このポイントです、所長。レイポイントは所長の足元だと報告します」

「うぇ!?あ…そ、そうね、そうみたい。わかってる、わかってたわよ、そんなコトは!マシュ。貴方の盾を地面に置きなさい。宝具を触媒にして召喚サークルを設置するから」

 我関せずとばかりにオルガマリーとマシュの話を聞き流して辺りの警戒をしていた髭切がぽつりと呟く。

「…あの子、主より頼りになる司令官には見えないんだけど」

「兄者、しーだぞ。人の世には実力より家系が物を言う場合もあるのだ」

「吼丸君、キミの発言も相当アレだよ?」

 三人がぼそぼそ話している間に召喚サークルの設置が完了した。

『シーキュー、シーキュー。もしもーし!よし通信が戻ったぞ!』

 ロマンの元気な声がその場に響いた。

『三人ともご苦労さま!空間固定に成功した、これで通信もできるようになったし、補給物資だって』

「はあ?!なんで貴方が仕切っているのロマン?!レフは?レフはどこ?レフを出しなさい!」

『うひゃあぁあ!?』

 

 

 

 現在のカルデアの状況に関する、オルガマリーの泣き言を耳にした髭切は、きょとんとして言う。

「え、たった(・・・)47人の命も背負えないのに上に立つつもりなの?あの子」

「兄者、47人をたったと言えるかどうかは状況によると思うのだが…」

「少なくとも、主は僕ら全員の命を背負っているよ。ね、主?」

「まあ、部下の命を預かるのが司令官(あるじ)の役目みたいなものだからね。自分を慕ってついて来てくれる子のためなら、命を掛けられるよ」

 アイカは肩をすくめて少し眉尻を下げてみせた。

 

 

 

 とりあえず、現状ではそれが最善の選択肢である、ということで、カルデアの指揮は一時的にロマンが預かり、現在冬木にいるメンバーで特異点Fの調査を行う事に決まった。

「…それで、アイカ、あなたのことだけれど」

「成り行きとはいえ、こんな事になった以上、要請されれば協力はしますけど」

 苦虫を潰したような顔をしたオルガマリーにアイカは肩をすくめる。

「ちなみにこの子らは僕の家に伝わってた式神なのでサーヴァントではないしカルデアにも関わりはないです」

「そう。それなら、本当にマスター適性があるかははっきりしてないことになるわけね」

 ほぼ因縁をつけているような発言にマシュが少し困ったような顔をして口を挟もうとするが、その前にオルガマリーはアイカに指を突き付けて言う。

「丁度いいわ。召喚サークルのテストも兼ねて、サーヴァントの召喚をしてみなさい。失敗して元々、成功すれば戦力の増強に繋がるのですから損はありません」

「…まあ、いいですけどね」

 アイカは小さく溜息をついて召喚サークルの前に立った。

「召喚の為の呪文は――」

「あ、いいです、そういうの。呪文って、結局は"正しく繋げる"ための補助具ですし、僕はこっちの方が慣れてるので」

 パンッ、と柏手の音が響く。それだけで、その場の雰囲気さえ変わったような心地が藤丸にはした。アイカ自身の纏う空気も、鋭いものへと変化している。

「戦士の御魂よ、我が声届き至れば、いらせられませ。顕現させられませ。かしこみかしこみもうす」

 魔法陣が輝き、金色の光があふれる。光の粒子が魔法陣の中に人型を作っていくと同時に、術者の目の前にタロットのようなカードが出現する。金色のそれに描かれた絵柄は獣頭の戦士。バーサーカーだった。

「――(われ)の名は茨木童子。大江山の鬼の首魁よ。

――愚かで図太く、物好きな人間よ、吾が来てやったぞ!」

 満面の笑みというか、ドヤ顔を浮かべた鬼の少女を見て、その場の人間の時が凍る。そこからいち早く解凍されたのは、(サーヴァント)を喚び出しカードを手に取った(契約した)ことで正式にマスターになり、右手に令呪が刻まれたアイカだった。

「髭切、止まれ」

 その鋭い声で、音もなく茨木に詰め寄り斬りかかろうとしていた髭切が動きを止める。平素のままの、柔らかい笑みさえ浮かべて、彼は問う。

「何故止めるんだい?主。相手は鬼だよ。しかもこいつは茨木童子と名乗った。源氏綱が退治しそこなった鬼だ。だったら、今度こそ僕が斬ってあげなきゃ」

「鬼であれ、なんであれ、僕が呼んで、この子は応えた。けれどそれは君に斬らせるためじゃない。刀が主の意も聞かずに勝手に鞘走っていいと思っているのかい」

 髭切はほんの少し、不満そうに眉根を寄せ、刀を鞘に戻した。それを見て、茨木は挑発するように笑う。

「くははは!首輪付きの犬が良い気味よな。(なれ)が吾の腕を落とした武者とどのような関係にあるかは知らぬが、吾と汝が同じ人間の元に居る限りは吾を斬り殺すことはあたわぬな!くはは!」

「ねえ主、本当にこれ斬ったら駄目かい」

 髭切はじと目で茨木の頭に手刀を落とす。

「ふぎゃっ。こ、こら、貴様、鬼の頭をそのように、きゃいんっ」

「駄目だよ。少なくとも今はね。今のところは害もなさそうだし」

「えー…」

 何度もべしべし叩かれて若干涙目になっている茨木は確かに有害な存在には見えない。

「これ、この駄犬を止めぬかマスター!きゃんっ」

「髭切、そろそろ止めなさい。というか、仲良くできないなら戻ってなさい」

「…。…はあ、仕方ないなあ」

「膝丸もお願いね」

「うむ…兄者のことは俺に任せておけ」

 髭切と膝丸が姿を消し、残った太刀をアイカはマントの中に収納した。そして、代わりに他の太刀を取りだす。

「鶴丸国永、おいで」

「おや、俺の出番かい?」

 真っ白な青年が太刀を受け取るように現れてその場の面々を見回す。そうして、唖然としているオルガマリーにニカリと笑ってみせた。

「やあやあ、ご婦人、驚いたという顔だな。何に対してかは知らないが。驚きは大事だぞ、人生に彩りを与えてくれる。分かり切った事ばかりで心が死んでしまうよりもずっといい」

「…確かに、サーヴァントの召喚をするように言いましたが、反英雄を呼べとは言っていません!この問題児!」

「いえ、別に僕は狙ってこの子を喚んだ訳じゃないのでそんなこと言われても困るんですけど」

「そうだそうだ。俺たちが居るんだから(・・・・・・・・・・)善性の存在が来る訳ないだろう(・・・・・・・・・・・・・・)。主の神格が上がってしまう」

「上がらないから」

 よくわからない茶々を入れた青年の頭をぺしりとアイカがはたいた。茨木も、うむうむと頷いている。

「この物好きには悪辣さが足りぬ故、吾のような立派な鬼が必要なのだ。聖人のような面白みのない(やから)にならぬように悪の道を教えてやるものがな」

「主に何を教える気だ小鬼」

 マシュから反英雄について、ロマンから茨木童子について説明を受けた藤丸が口を挟む。

「そもそも、縁故召喚なんじゃないのか?髭切は茨木童子の腕を落とした刀なんだろう?」

「それならそれで、源氏にゆかりの英霊が来てもおかしくはないのですが…」

 例えば、髭切が口にしていた渡辺綱、薄緑と名を変えた膝丸を振るったという源義経などが候補として想定できる。

「いや、源氏の武士が来た方が厄介だぞ。髭切とか見てたらわかるだろ。アレの原型になった存在といってもある意味間違いじゃないんだぞ」

 俺たちは人として振る舞うのに歴代の主を参考にしているからなあ、と青年は神妙な顔をして付け加えた。妙な説得力がある。

「…。…アイカ、あなたそのサーヴァントをきちんと制御できるの?」

 オルガマリーの真剣な問いに、アイカは口元に薄く笑みを浮かべて答える。

「問題児の手綱を取るのには慣れているので大丈夫です」

「ぬ、吾のことを問題児と言ったかこの人間。吾は鬼だぞ。恐れ敬い貢物を捧げて奉るのが筋であろう。そう…例えば敵を屠るたびに同じ数の甘く美しい菓子(すいーつ)を寄越すなどしてな!」

 オルガマリーの視線が生温いものになる。本気で言っているのであればこの鬼、完全に無害である。青年も呆れたような視線を向けている。

「発想が短刀…いや、包丁並みだぞ…それでも鬼の首魁か?」

「まあ、餌付けするのは別にいいんだけどね。…献上する菓子に何か希望はある?和菓子がいいとか、洋菓子がいいとか、水菓子の方がいいとか」

「うむうむ、判っておるな、マスター。吾はあれが良い。チョコレイトなどというあの黒くて甘い奴だ!」

「チョコレートだね。わかった」

『チョコレートで買収される鬼の首魁…』

 威厳の代わりに可愛らしさが鰻登りである。あざとい。

 

 

 

 

 

 

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