ある剪定事象の記録   作:ペンギン隊長

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マシュの特訓(ハードモード)


ロード・カルデアス

 

 

 道中、サーヴァントと遭遇する事もなく、低級の怪物を蹴散らしつつ特に何の問題もなく一行は進んでいた。しかし、マシュの表情が晴れない。どうも、未だに宝具の発動が出来ないことを気に病んでいるらしい。おそらく、茨木とキャスターの宝具を目にした事も関係しているのだろう。

『ああ、そこを気にしていたのか。マシュは責任感が強いからなあ…。でもそこは一朝一夕でいく話じゃないと思うよ?だって宝具だし。英霊の奥の手を一日二日で使えちゃったらそれこそサーヴァントたちの面目が立たないというか』

「あ?そんなのすぐに使えるに決まってんじゃねえか。英霊と宝具は同じもんなんだから。お嬢ちゃんがサーヴァントとして戦えるのなら、もうその時点で宝具は使えるんだよ。なのに使えないってコトぁ、単に魔力が詰まってるだけだ。なんつーの、やる気?いや弾け具合?とにかく、大声をあげる練習をしてねぇだけだぞ?」

「ああ、サーヴァントにとっても宝具という奴は己が身の一部のようなもの、ということか。ならまあ、使えて当然ではあるなあ。あれか、歩けるようになればすぐ走れるようにもなるだろう、と」

「微妙にニュアンスが違う気がするんだが…そういや白いの、あんた何なんだって?サーヴァントではないとは言ってたが」

「こいつは僕の式神だ。鶴丸国永。五条国永が太刀の一振り。様々な武士に求められ人々の手を渡って来た刀であり、盗掘されたり神社から持ち出されたりもしている」

「鶴ってわりには赤い部分がないようだが?」

「衣装は白一色でいいのさ。戦場で赤く染まって、鶴らしくなるからな」

「…綺麗な顔して物騒な事いいやがる」

 一定の感心はしつつも若干引いたらしいキャスターとは逆に、茨木がほう、と笑う。

「返り血を浴びた姿を誇るか。そのような煌びやかな衣を纏っておいて、豪気なものよな。

ところで、魔酒(ましゅ)の宝具の話だったか?そんなもの、マスターの小僧に危機が迫るなどして切羽詰まれば出るのではないか?…まあ、その時出せねばともども死ぬだけだがな」

 茨木はマシュの盾に目をやる。

「こちらの文化ではあまり使われぬものではあるが…その大盾は守るためのものであろう?それこそ、(われ)の宝具さえも防ぐような…盾であって、矛ではない。敵をやっつけようとして出せるものではなかろうに」

 バーサーカーである茨木からのなかなか含蓄のある物言いに、その場の人間の視線が茨木に集まる。

「…なんだ、その目は」

「いえ…そういえば、鬼の首魁なのだと、言っていたわね」

 本来、バーサーカーとは狂化によって理性が失われるクラスであるのだが、元々人ではないからか、思考力そのものは失われていないらしい。あるいは、人喰いの怪物である鬼が狂化した結果、マイナスにマイナスをかけるようにして今の甘味好きの子供のような茨木童子になっているのか。

 いずれにせよ、茨木の説を執るのなら、現状でマシュが宝具を使えないというのは、ある意味では当然ということになる。現在のマシュは、どうしても彼女が宝具を使わなければならないという危機的状況を経験していないのである。そして、そんな状況は意図的に作りでもしなければ起こらないだろう。

「しかし、私が宝具を使えないからといって、マスターを危険にさらすわけにはいきません。それでは、本末転倒です」

「サーヴァントの問題はマスターの問題だ。運命共同体なんだよ、サーヴァントとマスターってやつは。わかるだろ、藤丸。お嬢ちゃんが立てなくなった時が手前(テメエ)の死だ」

「…俺も死にたくはないけど、キャスターの言いたいことはわかるよ。マシュの問題は俺の問題だ」

「マスター…」

「よし、いっそこれからバーサーカーに喧嘩売りに行くか。全員で行けば勝ち目がないってこともないだろ」

 キャスターの提案にオルガマリーが目をむく。

「あなた、バーサーカーは相手にする必要はないって言わなかった?!」

「セイバーに一直線に向かうって言うんならな。まあ…そうだな。現状だと挑んだら一人二人脱落するのかもな」

「厄介な相手だとは言っていたけど、具体的にはどんな奴なんだ?」

「ああ…狂化の上にシャドウサーヴァント化してるからおそらく宝具はほぼ機能してないだろうが…バーサーカーはお前らも知ってるような大英雄だ。ヘラクレスだよ。つっても、今はひたすら頑丈で馬鹿力な巨人、って感じだろうが」

「ヘラクレス、って…あの(・・)ヘラクレス?そんなものをバーサーカーで喚んだものがいたの!?」

 驚愕をあらわにするオルガマリーと緊張した面持ちになったマシュと対象的に、マスター二人は確かに知っている英雄だ、という程度の反応しかしていないし、鶴丸はピンとこない顔をしているし、茨木は木偶の棒には興味がない、という顔をしている。

「えーと…確か、星座になっている希臘(ギリシャ)の英雄、だったよな。三ツ星だったか?」

「三ツ星はオリオンだよ。星座的に言えばヘラクレスは…まあ、ヘルクレス座ってのもあるけど、しし座、かに座、うみへび座の元になった怪物を倒した英雄だね」

 呑気な会話をしている主従をちらっと見て、キャスターは藤丸に問う。

「まあ、決めるのはマスターだな。行くか行かないか。あるいは、今のままセイバーに挑むか、挑まないか」

「キャスターは、このままセイバーのところにいって、俺たちは生き残れると思うか?」

「さあな。どっちにしろ、セイバーの宝具をまともに喰らったら死ぬ。そこのちっこいのが言うように、お嬢ちゃんの宝具が敵の宝具さえ防ぐような盾だってんなら、万全に使えるようになっておくに越したことはないだろ」

 藤丸はマシュを見る。マシュも藤丸を見返す。

「俺はマシュに宝具を使えるようになってほしいし、そのために寄り道が必要なら、そうするべきだと思うけど…マシュは、どうだ?」

「わたしは…わたしは、ちゃんと宝具を使えるようになりたいです。だけど、そのためにマスターたちを危険にさらすのは…こわい、です」

「わかってねえなあ。その"こわい"が大事で、必要なんだよ。恐れるから、そうならないように努力する。そこらの雑魚相手ならちっこいのとオレで充分蹴散らせちまうから、自分が気張らなけりゃマスターが死ぬかも、なんてお嬢ちゃんが思う事はないだろ」

「…はい。茨木さんとキャスターさんがいれば、わたしがいなくともマスターに危険が及ぶ事はないように思えます」

 この戦場にサーヴァントを除いて危機感を煽るような敵がいないというのも勿論あるだろう。少なくともこの二騎は低級の怪物に遅れをとるようなサーヴァントではない。サーヴァント同士の戦いでも、一部の超級ならともかく、一対一で大きく不利になる事は少ないだろう。どちらも、継戦能力に長けているし、強力な攻撃宝具も持っている。

「むしろ、わたしは足手まといになってしまっているのではないでしょうか…」

「マシュは、足手まといなんかじゃないよ」

「…さっきも言ったが、英霊と宝具は同じもんで、本能みたいなもんだ。ぐちぐち考えて使うもんじゃねえんだよ。使えるから使う、必要だから使う、そんなもんだ。たとえばお前、歩く時にまず右足出して、次に左足を出して、とかいちいち考えたりしねえだろ?」

「…はい」

「行こう、マシュ。…アイカたちには少し迷惑をかけることになるけど」

 藤丸の言葉にマシュが決意の顔で頷いて、二人はもう一組の主従の方へ視線をやる。

「気の毒だな、カニ!…ん?話がまとまったか?」

「その様子だと、挑むみたいだね、バーサーカー。大丈夫ですか?所長」

「え、あ…そ、そうね。キリエライトが宝具を使えるにこしたことはないと思うわ」

「ん?マシュを追い詰めればよいのか?」

 一人不穏な事を言ってはいたが、一行はバーサーカーに挑むため、街の西側に向かう事になった。

 

 

 

 

「…。俺はパスだ。あんなのと戦ったら折れる」

「…まあ、鶴丸さん向きの相手じゃないよねえ」

 バーサーカーの姿を確認した途端に戦闘放棄を宣言した鶴丸に茨木以外の視線が集中した。

「ちょっと、どういう事!?」

「…あー。これはあんまり言いたくなかったんですけど…うちの式神たちは依り代が壊れると実体を保てなくなるんです。で、彼の場合は、この刀が依り代。武器であると同時に、本体であるとも言えます。で…」

「見るからに歯が断たないだろう、あの筋肉だるま。武器も鈍器だし。それに、俺は妖怪(あやかし)斬りの連中と違ってビームとか出ないからな。単純に物理でどうにかならん奴の相手は向かないんだ」

 日本刀は「折れず、曲がらず、よく切れる」という三つの相反する性質を同時に達成することを追求して発達してきた武器だが、それも適切な扱いがあってこそである。兜割や胴斬りなどの試し切りはあくまで静物に対して相応の用意をして適切な太刀筋で行われるからこそ可能なことであり、実戦ではそこまでうまくいくことなどそうそうありえない。

 無理に斬ろうとすれば刀が刃こぼれしたり、曲がったりすることも充分にあり得る。そして、それはその刀が己自身である鶴丸にとっては看過できないことであるらしい。

「出ないのか」

「いや、寧ろ刀からビームとか出る奴がいるの?」

「なんというか、平安期に妖怪とやりあった連中が伝承の影響でなんか気がついたら出るようになってたとかなんとか…いや、俺も平安の生まれで初陣は妖怪退治ではあるんだが…そういう問題でもなくてな」

「前は多少何かオーラ的なものをまとったりはしてもまっとうな斬り合いだけだったのにね」

 すごくあやふやな発言である。どうなってるんだ日本刀。

「奴曰く、歴代の主の中に一振りで百の首級を狩れる刀が欲しいと強く願った者がいたためにそうなったとか嘘なのか本当なのかわからんことを言っていたが…まあ多分、退魔の力を自在に活用できるようになったってだけだろう」

「それは、だけ、と言っていいものなのでしょうか…」

「刀は人が人を斬るためのものだぞ。普通はビームなんぞ出す必要はない」

 鶴丸はきっぱりと言い切った。そしてバーサーカーは人としてカウントされないらしい。

「まあ、俺は一旦引っ込むとしよう。どうせ、聞く限りセイバーとやらがいる場所も俺には向かなさそうだしな」

「太刀は鳥目だからね。…おつかれさま、鶴丸国永。バーサーカーと多少なりともやりあえそうなのは…うーん、太郎太刀ならいけるかな?」

 鶴丸が姿を消し、本体たる太刀をマントの中にしまうのと入れ替わりに、アイカのマントの中には到底物理的に収まる筈のない大太刀が出てくる。大太刀がその全体を露わにした次の瞬間、黒い衣冠姿の偉丈夫が大太刀を手にしていた。

「…おや。私の出番ですか」

「よろしくね」

「図体が大きいばかりの鈍間ではなければよいのだがな」

「・・・」

 金色の目を細めて茨木を見る偉丈夫に視線をやった後、キャスターが杖でバーサーカーを差し示す。バーサーカーは不気味なほどに沈黙し、立ち尽くしているようにも見える。

「藤丸、お嬢ちゃん、覚悟は決まったか?」

「ああ」

「…はい。やります」

「よしよし、じゃあぱーっといきますかね」

 

 

 

 バーサーカーはひたすらにタフだった。そして見た目に似合わず意外と素早い。どうも、回避系のスキルを持っているらしい。

「おい術師、これは本気で判断を違えれば死ぬぞ!!」

「言っただろ、厄介な相手だって!つうか、ヘラクレスが尋常な相手なわけがねえだろうが!」

 真面目に仲間内で怒鳴り合っている場合ではないが、マスター二人の表情に怯えの色はない。己のサーヴァントたちを信じ、勝利への道を模索している。

「茨木の宝具は相手の強化補助(バフ)を掻き消す事が出来るとはいえ…そうそう連発はできないからなあ…」

「ただ武器を振り回してるだけなのに強い、って卑怯だよな…」

 その強大な筋力で鈍器を振り回せば、それだけで大きな破壊力が生まれる、とそれだけの話ではある。そんな単純な話だからこそ、強い。小細工など必要がないというのは、それだけで一つの利点とも言える。

「…わたしがあの一撃を受けたら、吹き飛ばされてしまいそうです…」

 不思議と、マシュの中に盾が破壊される、というイメージはない。だが、踏ん張るどころではなく盾ごと宙を舞うことになる想像は易々と出来た。明らかに、膂力が違いすぎるのだ。

「だが、お嬢ちゃんが吹っ飛ばされることになれば、そこの三人は明らかに無防備になっちまうぞ」

「!」

 たとえオルガマリーが名門の魔術師であろうと、サーヴァントに正面から打ち勝つ事は出来ない。元々一般人である藤丸は言うまでもないし、多少戦場に慣れているらしいアイカも己自身で戦った経験には乏しいらしい。サーヴァントの守りが無ければ、ただの人間である彼らが生き残る事は絶望的なのである。

 文字通り、三人に取っての命綱、最終防衛ラインがマシュなのである。

「…わたしが、まもらないと」

 マシュが呟いた時、バーサーカーが突進の前兆姿勢を取る。その狙いはどうやらキャスターのようではあるが、その直線上にマシュは勿論マスターたちが含まれている。

 ここまでの戦闘のうちで、バーサーカーが突進を開始すればその進行方向を変えたり止めたりすることは困難だということがわかっている。細かい軌道修正はできないようなので、前衛の二人は軌道から退く事で致命傷を避けていたが、マシュは避ける訳にもいかない。三人を纏めて抱えて移動するのでは、間に合わない。

「マシュ!」

「わたしが…わたしが、マスターを…みんなを、守ります!…守らないと!!」

 マシュの手にした巨大な十字の形をした盾に魔力が収束し、そして、その声に応え、壁を作るように広がる。壁が開き切ると同時に、バーサーカーの巨体がそこにぶつかる。

 火花さえ飛び散りそうなぶつかりあいの末に、バーサーカーの足が止まった。

「隙ありぃ!!」

 横合いから飛んできた茨木の宝具がバーサーカーの体を吹き飛ばす。

「薙ぎ払う!」

 大太刀がすれ違いざまにバーサーカーの首を刎ねた。

 

 

 

 発動はしたものの、マシュは宝具の真名も、英霊の真名もわからないままであった。それでは不便だからと、マシュの宝具はオルガマリーによってロード・カルデアスと名付けられた。

「これでもう、問題なく宝具が使えるようになった、ってことでいいのか?」

「はい。もう間違いなく宝具の発動が可能になりました。…あ、もちろん、魔力をきちんと充填していることが前提ですが」

 マシュははにかむように微笑う。フォウが健闘をたたえるように鳴いた。

「太郎さん、負傷の具合はどう?…中傷には、かろうじていたっていないようだけど」

「そうですね…骨が何本か折れているかもしれません」

「…鶴丸さんたちも含めて、後でちゃんと手入れしないと駄目だね」

「ええ、お願いします」

 そう言って太郎は姿を消し、残った大太刀をアイカはマントの中にしまった。

「マスター、此度の首級はどういう扱いになるのだ?」

「そうだな…合体技フィニッシュといえど、そもそもそこに至るまでで何回も宝具使って頑張ってもらったし、ワンホールでどうだろう」

 アイカがそう言って手で大きく丸を作ってみせると、茨木は目を輝かせた。

「ホールケーキ…デコレーションケーキというやつだな。(なれ)はよくわかっておるな!」

「甘いものばっかりだと舌が馬鹿になりそうだから、甘くないものもあった方がいいかなあ、とは思うけど」

「むう…吾はビターチョコという奴はあまり好かん…しかし…確かに、あまり甘いものばかりだと牙が溶けそうになるというのは頷ける…かといって…折角作らせるのに食べ慣れたようなものでは…」

 うんうん唸っているがこの主従は至って平和である。

 

 

 

 

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