本部で修達が善戦を繰り広げている最中、迅悠一は自身の過去の模擬戦のデータを閲覧していた。
「……珍しいな。お前がそんな事をするなんてな」
「ありがとう、レイジさん」
煎れ立てのコーヒーを受け取った迅はお礼を言いつつも、鋭く研ぎ澄まされた瞳を自身の過去ログから外す事はなかった。珍しい事をする迅に興味が湧いたレイジは一口コーヒーを啜る。
「三雲に看過されたか?」
「あはは。もしかしてみていた?」
その問い掛けに「あぁ」と短く応える。
「俺さ。メガネくんに期待しているんだよ」
「似た様な事を前にも言っていたな。それもお前の
迅は一人の隊員の合否を変える様に上層部に頼んだ事があった。相談されたレイジと玉狛支部のボスである林道は理由を尋ねた事がある。その時は「俺の
何せ、迅が
「そうだね。そう。俺の
「それといま、お前がこうして自身を見つめ直している理由に関係があるのか?」
「……分かっていて聞いているでしょ」
「あの弾を喰らって、お前も焦りを覚えたのか」
図星を突かれそっぽを向きつつも肯定する。
「それで、新しい戦法を考えようとしていた所か。……らしくない事を」
「えー。それには物申したいな。俺って太刀川さんに勝つ為にスコーピオンを考え付いた男だよ」
あまり知られていない話しであるが、スコーピオンは迅が考案したトリガーである。以前までは弧月を愛用していたが、弧月で太刀川を勝ち越す事ができないと悟って変幻自在の近接武器スコーピオンを生み出したのだ。
「以前、京介達にも言ったが手当たり次第に風呂敷を広げても器用貧乏に陥るだけだ。お前の戦闘スタイルは確立しているんだ。目先の新技に頼る事無く、己が技量を磨く事に念頭を置くべきだ」
迅もそれは分かっている。今から新トリガーを試した所で付け焼刃になるのは目に見えている。目先の新技よりも既存の技術を磨く事で切り開ける未来もあるはずだ。
「お前が訪れる未来を回避する為に色々と動いているのは分かっているが、焦りは禁物だ。いつもの様にぼんち揚でも食って落ち着け」
レイジに言われて最近ぼんち揚を口にしていない事に気付く。
「……焦っているかぁ。レイジさんには敵わないな」
焦っていたのかも知れない。どんだけ暗躍しても回避したい未来の確率を変動させる事に難儀していた。最悪の未来を避ける手段はあるものの、その手段を得る方法が迅には分からずにいた。
「しかし、軌道を設定させたスパイダーか。三雲も面白い事を考える。もっとも、あれは三雲の眼があってこそだな」
「だね。たははは。メガネくんの頭の中を一度覗いてみたいよ。あの弾丸しかり、変化するスパイダーしかり」
「……あの弾丸? 三雲の新技は変化するスパイダーだけじゃないのか?」
「あれ? レイジさん、最後まで見ていなかったの?」
何のことだ、と尋ねるよりも早く迅は先の模擬戦のログをレイジに見せる。それを見てレイジは「そう来たか」と感嘆する。
「なるほど。お前が新技を頼りたくなるのも分からなくないな」
「でしょ」
共感してくれた事に嬉しく思う迅の口角が曲がる。レイジは「ならば」と一つ提案したのだった。
「お前は風刃による戦い方があったはず。なら、それを生かすのはどうだ?」
「風刃?」
レイジが何を言いたいのか見当も付かないと言いたげに首を傾げる。風刃は量産型のトリガーよりも高性能なブラックトリガーであり、今は手放したトリガーでもある。
そこで一つの推測が思い浮かぶ。ハッとレイジの顔に視線を向ける。それが何を意味するのか察したレイジは一口啜ったのみのコーヒーを飲み干して告げる。
「今日一日付き合ってやる。お前の新スタイルが確立するまでな」
「……レイジさん。ありがとう」
煎れて貰ったコーヒーを飲み干し、迅も行動に移した。小南と駄弁っている宇佐美に頼み、トリガー構成を弄る。
かつて愛用していたトリガーである弧月を空のスロットに組み込み、迅は新旧のスタイルが馴染、新たな戦闘スタイルが確立するまでレイジ達――途中から小南や烏丸も参戦していた――と模擬戦をし続けていた。
その迅に影響を受けた小南と烏丸も更なる研鑽に励む様になるのであった。
***
「ところで、メガネくん達から連絡はあった?」
「遊真が言うには、絶賛修羅場らしいっすよ」
京介の返答を聞いて、迅は合掌する。
「無事に帰って来て、メガネくん」
迅の思いが届くか否かは誰も知らない。
***
時枝の
「(さすが風間さん。こっちの焦りを利用して一計打たれるとは)」
「すまない、三雲君。充がやられた。長く風間さんを足止めする事は難しそうだ」
『了解です。でしたらこっちもアレを使います。空閑も隙があったら遠慮なく動いてくれ』
『了解だ、オサム』
物陰から機を窺っている遊真は次の得物を物色する。狙うは嵐山と相対する風間か修のゲリラ戦法から解放され、風間の援護に向かっている黒江と木虎か。
三人とも
「(隊長の期待に応えなくては)」
個人戦ならば幾度も経験はしているが、本部の人間とチーム戦を行うのは遊真にとって初めてである。これは今後行われるランキング戦の予行演習と言ってもよい。ならば、こんな所で後れを取る訳にはいかない。
「(オサムにはあまり手札を見せるなと言われたが、出し惜しみして勝てる相手でもないよな)」
風間達と戦う前に遊真は修から、なるべく自分の実力は見せないように指示をされている。自分は存分に手札をオープンにしている癖に、と思わなくない遊真であるが納得している自分もいる。
本番は今後のランキング戦。ランキング戦で勝ち進んでA級に昇格し、遠征チームに選ばれること。それが三雲隊の目先の目標であり、最終目標への第一歩。自分の戦法を無暗矢鱈に見せるのは良策とは言えない。分かってはいるが、今の自分がどこまで通用できるか絶好の機会である。
A級隊員の緑川に圧勝できたから、そこそこ通用できる事は理解しているが、それは緑川が自分と似た様な戦闘スタイルだからこそ。戦闘経験が圧倒的に上である自分が似た様な戦闘スタイルの相手に後れを取る訳はないと多少ながら自負している。だけど、今後はどうだ。相手が風間ならば自分は勝てるか。木虎と黒江の二人と戦って自分は確実に勝ち越せるか。それは戦ってみないと分からない。強者は戦う前から相手の実力を把握できると言われているが、それでも戦いで何が起こるか分からない。戦ってみないと視えない光景も必ずある。
だからこそ決意する。
「オサム。俺はキトラとクロエを仕留める。援護を頼む」
『いいのか? 風間さんと戦ってみたかったんだろ?』
入隊した当初、遊真は風間に言われた。俺と戦いたいならば、まずB級に昇格して見せろと。実際にそんな事を言われた訳ではないが、C級のお前とは闘えないと言われたのは確かだ。なら、今回は絶好の機会。修が尋ねるのも無理はない。
「カザマさんには後でお願いするさ」
『……分かった。なら、二人をこの場所に誘導してくれ。嵐山さん、すみませんが風間さんの相手を引き続きお願いします』
『任せてくれ。確りと役目は果たすさ』
『準備ができたら、僕の方から合図を出します。空閑、嵐山さん。よろしくお願いします』
了解だ、と二人の声が重なる。
***
「さてと、頑張るとしましょうか!」
喝を入れ直し、嵐山は二刀スコーピオンで自身の弾丸を斬りおとし続ける風間を睨む。
前々から強かった風間であるが、今の風間は自分が知る風間よりも動きのキレが凄まじい。カメレオンを主軸にした戦い方が多い風間であるが、普通に戦っても風間は強い。そんな事は百も承知だ。だからと言って勝利を譲る気など毛頭ない。
「(俺が風間さんに優れているのは飛び道具がある事のみ。近接戦であの人を制するのは困難。さっきは隙を突かれたが、今度はへまなどしない。木虎と黒江ちゃんの相手を空閑くんがしてくれるならば風間さんとの間合いを徹底する!)」
「すみません、風間さん。三雲くんとの勝負は諦めてもらいます!」
僅かながら距離を詰めつつも引金を引く事を止めない。距離が縮められると言う事は、それだけ風間へ着弾する時間が短くなる事。いかに風間が優れていようとも
しかし、距離が縮まると言う事は風間にとってデメリットも大きいが、メリットも大きい。風間は怒涛の攻撃を凌ぎながら、嵐山に告げる。
「嵐山。悪いが、押し通らせてもらうぞ」
風間が次に取った行動に嵐山は瞠目する。左手のスコーピオンを解除し、新たに生み出したそれは嵐山の思考になかったものだ。
――
力一杯叩き付けたトリオンが爆発。舞う粉塵によって風間の姿を見失う。
「これは!?」
この戦法は見覚えがあった。修が使っていた奇襲戦法の一つ。
「(しまった! まさか風間さんがトリガー構成を弄っているとは考えも付かなかった)」
風間の戦法はカメレオンを主体とした奇襲及び手数で勝負する
「アイツの真似をするのはどうかと思ったが、お前の様に距離を空けて戦う奴に有効だからな」
背後に気配あり。それに気づいて振り向いた直後、嵐山の片腕が宙を舞う。引金を引くよりも早く風間の刃が嵐山の片腕を両断したのだった。
漏れ出すトリオン。このままではトリオンが枯渇して、戦い続けることは不可能だ。
「(一度、距離を空けて――)」
「俺が逃がすと思ったか」
テレポーターで体勢を整える――そんな事など風間が許さない。近距離戦は風間の方が圧倒的に上。尚且つ嵐山は片腕を失っている。今のままでは確実にやられてしまう。
「っ!」
苦し紛れに
武器を失った嵐山は即座にスコーピオンを生成。しかし、風間が体勢を整えて嵐山へ斬り付ける方が早かった。
「(これで――)」
嵐山を討つ事ができる。そう確信していた風間の背後に迫る物体あり。修が放ったスパイダーだ。
「(――来ると思っていたぞ、三雲!)」
ここで嵐山を失っては修達にとって致命的でもある。ならば、この場面で指を咥えているはずがない。何かしらの手段を用いて嵐山の援護を行うはずと確信していた。
修のスパイダーは風間の足目掛けて飛来する。そのままスパイダーの矢じりが命中してしまったら、身動きを僅かな間といえども制限されてしまう。だからと言って風間は嵐山への攻撃を止めない。このまま斬り付ければ確実に嵐山を討つ事は可能だ。
だからこそ、これは予想の範疇外。先ほど蹴り飛ばしたはずの
「なんだと!?」
「ありがとう、三雲くん!」
――
嵐山がスコーピオンを解除して、手元に
爆発によって支配された二人の戦場から二条の閃光が天へ昇って行った。
本当はここぐらいで修羅場ナウは終わらせたかったけど、迅の強化プランとかOSAMUと戦って影響を受けた人達(今回は風間)の戦闘とか、色々と盛り込んだら5000文字ってあっという間ですねぇ。
……って、後書きを書くのも久々かぁ。
書き手の所感とか読んでもつまらないと思いますから、省いていました・・・。
この場を借りて、感想及び誤字脱字報告、誠にありがとうございます。
まあ、誤字脱字が多いとか報告しても直ってないとか言われますが、そっちに手間取るとまたエたりそうなので(オイ
……ほんと、八人も戦場を動かすと文字数が幾らあっても足りない。
これ、アフトクラトル戦はマジでどうしよう。