決して油断していた訳ではない。
対戦相手の嵐山の実力は知っている。タイマン勝負では相性的に不利を強いられる事は過去の戦いから十分すぎるほど学んでいる。だからこそ、今回は隠し玉を用意していた。
必勝パターンのキーマンともいえるトリガー、カメレオンを使う為に創意工夫を重ねてきた風間であるが、真正面からの攻勢では決定打に繋げる強力なカードがなかった。もちろん、チーム戦では色々と事情は変わるが個人戦は仲間の援護は当てにできない。
だからこそ、今まで愛用していたトリガー構成にテコ入れした。自分の戦闘スタイルを更に昇華するのに必要なモノを考え、今まで使用した事がない
「しかし、三雲のやつ。騙し討ちに磨きが掛かって来たな」
悔しい事に、修と戦う事はできなかった。しかし、今回の敗因は修の思考を読み逃したと言えよう。最初の奇襲戦で完全にペースを奪われてしまった。天眼の能力を知っているからこそ、一番に警戒しないといけない事なのに、たかがメンバーが変わっただけでこうもいい様にやられてしまった。今回でいかに重要なのか身に染みた風間は動き出しの大切さを徹底しようと心の内に留める事にした。
あまり長時間反省会に浸っていると勝負が終わる可能性があったので、風間はブースから出る事にした。そこで待っていたのはさっきまで一緒に戦っていた香取と対戦相手の嵐山、そして時枝であった。
「あ、お疲れ様です風間さん」
「お疲れ様です」
「……お疲れ様です」
いち早く気付いた嵐山に続いて時枝が、最後は不満げな表情を隠さない香取から声を掛けられる。
「ああ。……嵐山。ますます時枝との連携に磨きがかかったな」
「いえ。今回は風間さんにしてやられました。鍛錬を怠ったつもりはありませんが、今回で己の力量不足を痛感させられました」
それを知る事ができたのは風間さんのおかげです。ありがとうございました、と深々と腰を曲げる。その対応は予想外であったため、風間は眼を豆粒のように点とさせる。
「それを言うなら、僕もです。咄嗟の起点で動いた風間さんに僕はまったくと言っていいほど対応できませんでした。これでは賢に強く言えませんね」
時枝も嵐山と同じ様にお礼を述べる。
「……頭を上げろ。そもそも事の発端は俺達にある。お前達が頭を下げる理由はない」
経緯は兎も角、嵐山隊の二人は止める側だ。二人が自分達を咎めるならばまだしも、礼を述べられるのは筋が通らない。これでは風間自身は嵐山隊の二人に指導したように見えてしまうだろう。
「それよりも香取」
居心地が悪くなった風間は話す相手を香取へ移す。
「……なんですか?」
「悪かったな。三雲と戦いたかったのに邪魔をして」
「いえ、大丈夫です」
「だが、以前と比べると周りをよく視える様になった。空閑のあれは今後気を付ければいい。テレポーターを使う相手は初めてだろ」
香取隊との闘いでは良ければ思い切りがよく、悪ければ隊との連携を無視して一人で突っ込んでいる印象が強かった。それは今でもあまり変わりないかも知れないが、相手と周りの動きに合わせて動いている節があった。連携の精度を高めていけば、今後の香取隊が飛躍するのも夢ではないと評価する。
「……ありがとうございます」
先輩に対して強くは言えないのだろう。香取も自分の事を評価していただいた風間に対して礼を述べるものの、それでも「アタシは不満です」と不満げな表情は崩さない。
「それで、嵐山。お前達の作戦だが、今回の三雲達はチーム戦を見据えたものなのか?」
「それもあると思いますが、三雲君的には新しいこころみを試すいい機会と言っていました」
「……それは例の変化するスパイダーですか?」
空閑と黒江、そして木虎の戦いを注視していた香取が口を挟む。それに答えたのは時枝であった。
「違うよ。三雲君が試したいのは別のやつ。彼が言うには使うのに時間がかかるようだからね」
「あれ以外にまだ隠し玉があると言うのか?」
戦う度に色々と勝つ為のネタを用意してくるとは思ってはいたが、今回は二つも用意しているとは流石の風間も考え付かなかった。それは香取も同じこと。彼女は「はぁ!?」と声を上げて時枝に詰め寄る。
「あの陰険メガネ。あれだけでも苛立つのに、まだ何か企んでるの!? なにそれ。いったい今度は何になるつもりなのよ!」
なにになるつもり。その言葉の意図を測りかねていた三人は互いに視線を送って「どういう意味だ?」と確認し合うが、答えは「分からない」であった。
「ま、まぁ。その答えはもうすぐ分かるんじゃないかな。ほら、空閑君が動き出した。もうすぐはじまると思うよ」
***
風間の失墜。それはチーム風間の戦力が大きくダウンした事を意味する。しかし、敵もあと二人。目の前でグラスホッパーによるピンボールで撹乱する空閑さえ倒せれば、木虎と黒江は念願の修とのリベンジを果たす事ができる。
しかし、相手は強敵。自分達は
「(これが駿に圧勝した空閑先輩の動き。駿と動きが似ているようで、全く違う)」
近寄る空閑に対して弧月を振るうものの、遊真は黒江に対して攻撃するどころかグラスホッパーとテレポーターで攻撃を躱すだけで一向に反撃して来ない。
「(キトラが狙っているからな。下手に攻撃は出来ない)」
黒江の隙を見計らって攻撃を繰り出したい所であるが空閑はそれが出来ない。常に黒江の背後に回ってフォローする木虎が
「(私を狙って来ない。空閑君がその気になればいつでも襲う事ができるのに、それをしない? なぜ? ……もしかして、私達は誘われている?)」
遊真の動きに違和感を覚える。それに気掛かりなのは遊真の動きだけではない。
「(それに三雲くんの支援が止まっている。トリオン切れ? いえ、スパイダーだったらいくらトリオン量の少ない三雲君でもまだ使えるはず。それを使わないってことは……)」
思考を加速させる。今回の戦いは完全に後手に回り続けている。風間が驚異の二キルを成功させたとはいえ、中身を見れば完全に後れを取っているのは明らかだ。
「戦いの最中に考え事とは余裕だな」
考えに夢中になってしまったようだ。僅かながら動きが緩慢となっている木虎を遊真は見逃さない。黒江の斬撃をテレポーターで躱して木虎の背後に回り込む。
「しまっ……」
咄嗟にシールドを貼るが、遊真のスコーピオンは木虎の右足をもぎ取っていく。
「(よし。次は――)」
次の行動に移し出す空閑であったが、死角から迫る閃光によって右腕を食い破られる。
「……やっと一撃をいれられました」
韋駄天。黒江の高速移動による斬撃がようやく空閑を捉えたのである。
「っと」
被弾。漏れ出すトリオン粒子と失った右腕を見るなり、直ぐに二人から距離を空ける為にグラスホッパーを生成。
けど、木虎と黒江の動き出しも早かった。これは遊真を倒す絶好の機会。
黒江は再び韋駄天を使って高速移動に移る。逃がすつもりはない。このまま退場願おうか。黒江の高速斬撃が遊真に迫る中、遊真はグラスホッパーを踏まず、姿を消す。
「そう何度も同じ手は喰らわないわよ!」
振り向く事無く
――スパイダー
銃口からスパイダー特有の矢じりが飛出す。その先にはテレポーターで移動した遊真の背中があった。
「っ!?」
「テレポーターなら、嵐山さん達の動きを何度も見ているわ!」
直ぐにスコーピオンで背中に刺さるスパイダーのワイヤーを切断するが、その僅かな間に黒江は遊真の間近へと詰め寄っていた。
しかし、それを阻む障害物が上空から落ちてくる。修のレイガストだ。スラスターによって加速されたレイガストは地面に突き刺さり、黒江の斬撃の軌道を逸らす事に成功。
「サンキュー親友!」
レイガストにグラスホッパーを貼りつけ、韋駄天の効力を失った黒江へ向けて跳ぶ。
ここで修の支援がくると思っていなかった黒江も直ぐに思考を切り替える。韋駄天の軌道を設定している暇はない。回避するにも瞬発力は遊真の方が上。どっちへ逃げてもきっと回り込まれてしまう。
「(だったら――)」
選択は迎撃一択。黒江は最大の攻撃で遊真を迎え撃つ。
――旋空弧月
振り向き様の旋空弧月は遊真の上半身と下半身を一刀両断する事に成功。勝った、と勝利を確信した束の間、遊真のスコーピオンが黒江の首を刎ねていった。
「え?」
それは一瞬の出来事。攻撃を受けた黒江もなんで首を刎ねられたのか分からなかった。
遊真が
***
「ここで空閑隊員及び黒江隊員が
「スコーピオンですね。しかも透明度を限りなく上げたスコーピオン。さしずめ見えない斬撃。それに加えて足りない距離を、スコーピオンを付け足すことでカバー。一瞬であそこまでできるなんて驚きです」
一目でそこまで看破出来た那須も凄いと思う桜子であるが、実況を優先する彼女はそれを口にしなかった。
「さあ、ついに。ついにこの戦いも幕が下ります! 長かった。具体的に言うと一年以上の時間が経ったような気がします!」
「桜子ちゃん。何言っているの?」
「これは失礼しました! さあ、残るは片足を失った木虎隊員とこれまで姿を眩まし続けている三雲隊員。この二人が激突するのは何話ぶりでしょうか!」
「だから桜子ちゃん。何を――」
「実力は木虎隊員が上! けど、ここまでのシナリオは恐らく三雲隊員の思惑通り! さあ、もう私は驚かないぞ。最後の戦いがいま始まります」
***
「っ」
してやられた。遊真と黒江の
まさか、あそこで修の邪魔が入るなんて思ってもみなかった。いや、思わなければいけなかった。相手はどこにいても正確に状況を確認できる視野を持っている。味方が危機に陥れば援護を出すのは当然だ。隙を突かれ、遊真を迎撃することばかりに考えが至ってしまった自身の未熟さを悔まずにいられなかった。
「けど――」
木虎は失った片脚にスコーピオンを生やして立ち上がる。久方振りに使った足ブレードによる感覚を思い出しながら、木虎は目先に立つ相手を睨み付ける。
「ようやくお出ましね、三雲君」
「……木虎」
「変化するスパイダー。あんな隠し玉を用意するなんてね。けど、空閑君はいない。嵐山隊長や時枝先輩もいない。あなたを護る人達はいなくなったわ。さあ、大人しくその首を捧げなさい」
「ごめん、木虎。それは出来ない。僕の我儘に付き合ってくれた三人の為にも――」
木虎の周囲から無数の弾丸が飛出す。
同時に両腕にトリオンキューブを生成――合成。二つの弾丸を一つへ合成したトリオンキューブを木虎へ向けて放り投げる。
「――ここでキミを倒すよ」
***
新スタイルを確立しつつある迅は両ひざと両手を地面に着かせる。普段は見せない程疲れ切った顔付で両肩を上下させ、乱れた呼吸を整え始める。
「……少し休憩しよう」
フルアームズを解いたレイジが休憩を提案する。彼の後ろにいた二人――ガイスト状態の京介と戦斧状態の双月を肩に担ぐ桐絵――も賛同した。
「だいぶマシになって来たな、新しいスタイル」
「ハハ。けどまだまだ。刃を三つも設定した動きがまるでなっていない。あれじゃ、折角の弧月とスコーピオンを同時に入れた意味がなくなってしまう」
「やっぱ、三刀流よ。三刀流! これみたいに弧月を口にくわえるのがベストよ!」
「小南先輩。迅さんまでマンガの真似事をさせようとするのはやめてください。ちょくちょく修にマンガ技を勧め様としているの、知らないと思っているんですか?」
スコーピオン二刀に弧月の組み合わせを聞いた桐絵がはしゃぎ、それを嗜める京介。
そんな二人の事は無視して、レイジは迅に話し続ける。
「そう言えば、気になったのだが、三雲が編み出したもう一つの弾って何だ?」
「あー、あれ? んー。なんて言ったらいいのかな。……さしずめ、騙し討ちに特化した弾丸かな?」
あの時の事を思いだし、迅は苦笑いする。
それは修が最初に考案して練習していた技であった。しかし、修のトリオン量では決定打を与える事は勿論のこと、それを相手に当てるだけの戦法がなかった。
だからこそ、それを支える為に生み出したのが変化するスパイダーだ。
「(普通考え付かないだろうな、あれ。
ちなみにその弾丸の正体を宇佐美は知っている。何せ
バルーニングとは複数の意味を持つ。
一つは熱気球で飛行すること。一つは飛行機等が着陸する時に反動で機体が浮き上がり、飛行状態になること。もう一つはクモの幼虫が、糸を風に乗せて空を飛ぶ事を意味する。
宇佐美の提案に納得顔を浮かべた修はその名前を有り難く貰うようにしたのであった。
そして、補助の為に生み出された
――バジリスク
やっとここまで来たかぁ。
ほんとはもっとテンポよく書きたいところですが、原作にないことをするって下手に文章を減らすと書くこっちがわけわからなくなるんですよねー。
さて、オリジナルは極力出さないと言いつつも結構出たなぁ。
けど、透明度を上げたスコーピオンは弧月の刀身の色を変更できるなら、これはこれでありでしょ? え、ダメ?
そして、最後に出てきたバジリスクも原作の設定を混ぜ混ぜしたものになります。
あえて横文字だけにしたのはネタバレ防止? ですね(苦笑
修羅場ナウ――修羅場になっているのか?――も次で戦いは終わりにしようと思います。