べ、別にメインの案が思いつかなかったわけじゃないからね。
……すみません、ただの気晴らしです。ハイ。
――伝達系切断、三雲ダウン
二十回目の敗北が伝えられる。
圧倒的な実力の差に三雲の心が打ち砕かれそうになる。己が相対する敵はA級。普通に考えればこの結果は当たり前であるが、かすり傷一つ与えられなかった事に己の無力さを呪わずにいられなかった。
「……もういい、ここまでだ。時間をとらせたな」
「ありがとう、ございました……」
体力の限界が来たのだろうか、風間の言葉と同時に膝から崩れ落ちる三雲。
一方、風間は三雲以上の運動量で縦横無尽に駆け抜けたにも関わらず、平然と三雲を見下ろしている。
「……理解出来ないな。迅が黒トリガーを手放すほどの事なのか……」
風間から紡がれた一言に耳を疑う。
「え!? 黒トリガーを」
「なんだ、知らなかったのか?」
驚愕する三雲の表情を見て、初耳である事を知った風間は見物している人物、つい最近ボーダーに入る事となった空閑を指差す。
「迅はアイツを入隊させる為に黒トリガーを献上した。ああして、平然と見物しているのも迅が風刃を差出したからだ」
信じられなかった。風刃は迅の師匠の形見でもある。
その形見を手放して迅は三雲達を救ったのだ。
自然と拳に力が入る。このまま風間を帰してはならない。彼を失望させてはいけない、と三雲は震える膝に力を込めて立ち上がる。
「……風間さん」
振り返る風間は面構えが変わった三雲を見て表情を変える。
「申し訳ありませんが、もう一勝負お願いできませんか?」
既に満身創痍。満足に体を動かす事もままならないはず。
けれど、三雲は頭を下げて風間に願い出る。
――ここで終わらせてたまるか。
「……ほぅ」
曇りかかった瞳をぎらつかせ強い眼差しを送る三雲の姿を見やり、風間は口角を上げる。
「いいだろう。これが最後だ」
「ありがとうございます」
いくら戦った所で勝てるはずがない。そんな事は三雲も承知の上だ。しかし、三雲は全てを出し切った訳ではない。A級の力量に愕然とするのは全てを出し切ってからだ。
まだ、三雲修にはサイドエフェクト【天眼】が残っている。
***
まだ戦いを続けようとする二人を見やり、観客達は怪訝な表情を見せる。雰囲気からさっきの勝負で終わったと思ったのだろう。未だに闘い続けようとする二人を呆れながら見守る一同は知らない。三雲修の闘志を滾らせた原因など。
***
レイガストを構えた三雲は堂々と立つ風間を見据える。
二十戦以上戦ったのにもかかわらず三雲の攻撃は一度も風間に届かなかった。
ステルス戦闘を得意とする風間故にそれは当たり前と言えば当たり前であるが、このまま終わらすことなどできない。
――贅沢を言うつもりはない。
己の力量などたかが知れている。
お零れでB級に昇格した今の自分が風間に太刀打ちできるなんて思ってもいない。
けれど――。
――せめて一撃。
風間に一矢報いる。
ただそれだけに集中して、三雲は己の枷を外す。
--【天眼】発動
玉狛支部以外の隊員にサイドエフェクト【天眼】を発動させたのは初めてであった。
「……?」
三雲がメガネをはずし、投げ捨てた事に首を傾げる。
トリオン体になった今では視力補佐の役割を持つメガネは必要ない。
けれど、だからと言って投げ捨てる意味は見受けられない。
『ラスト一戦、開始』
模擬戦の開始と同時にカメレオンを起動。三雲の行動に疑問が残るがそれだけだ。今までの戦いと同様にカメレオンで姿を眩ませて、隙を窺がって切り裂くのみ。
三雲は動きを見せない。以前の様にアステロイドを放って牽制する様子も見られない。あろう事か、ブレードモードにしていたレイガストを消して立ち尽くすのみ。
「(……俺の見込み違いのようだったな)」
威勢よく言ったはいいもの、いざ戦ってみると打つ手がなく戦意を喪失したのだろう。所詮は口だけの男。この程度の男に迅が期待を寄せていたと思うと考えただけで腹が立ってくる。
もはやこの戦いに意味はない。さっさと伝達系を切断して勝負を終えようと、回り込んで――。
「(なに!?)」
偶然か、奇跡か。
回り込もうと駆け抜けた先に三雲が回り込んで、木崎レイジがよく行うスラスターの力を借りた打撃を放つ。
咄嗟にスコーピオンを交差して防御を図ったのだが、攻撃は防げてもそれによる衝撃まで殺す事が出来ず、風間の身体は後方に流れるのだった。
「なっ!?」
その光景を見守っていた観客達は驚きの声を上げる事になる。
三雲の足は迷うことなく何もない空間に走りだし、淀みない動作で拳を振り抜いたのだ。
初めはやけくそになったのだろうと考えていた。たかが成り立てのB級風情がA級の精鋭に敵う訳がない。
だけど、三雲が撃ち抜いた拳は風間を正確に捉え、今まで与える事の出来なかった一撃をくらわす事に成功したのだった。
「オサムのやつ、ついに使いましたな」
「あぁ。今の修が風間先輩に勝つ方法はあれしかない。修のサイドエフェクトなら、あるいはと思ったが、やはりか」
先の訓練で三雲のサイドエフェクトの怖さを知った烏丸は勝つには天眼が必要不可欠と思っていた。
師匠としてアドバイスをしてあげればよかったのだが、これは三雲の試練である。
三雲が自ら考えて、発動させなくては意味がない。
「ああなると、オサムは怖いからな。あの手この手で殺してくるしな」
烏丸の後に三雲の模擬戦をした事がある空閑は知っている。
三雲が天眼を発動すると攻撃手段が一気に増える事に。
その事実、再度隠密トリガーカメレオンで奇襲を図った風間の刃をシールドで受け止めるとアステロイドで迎撃を図る。
当然、三雲のアステロイドは風間のスコーピオンによって叩き落される。カメレオンがなくても風間は純粋に強い。瞬く間に全てのアステロイドを撃ち落とした風間の腹部目掛けて、レイガストが飛びついてくる。
「っ!」
残心直後の投擲。体を泳がせた風間がそれを避ける事は不可能に近かった。
次の瞬間、風間の身体がレイガストによって抉られようとするのだが、そこはA級隊員。シールドのフルガードによってレイガストによる脅威を受け切ったのであった。
シールドの面積を狭めて使えば防御力は上がる。それを二つ同時使って受け止めたのだ。幾ら破壊力のあるレイガストの投擲であろうとも受け切る事は可能である。
「ちっ」
決定打を与える事が出来なかった。防御の要であるレイガストを飛ばしたせいで左半身が隙だらけ。そんな見え見えの隙を風間が見逃す訳がない。
弾丸の如く走り寄る風間は再びスコーピオンを生成し、三雲へ襲い掛かる。既に防御の要であるレイガストはない。例えシールドを使って防御しても、二の太刀で伝達系を切り裂けるはずだ。
「さぁ、次はどうする!」
三度、隠密トリガーカメレオンを起動させて姿を消しにかかる。
「(見せて見ろ。さっきの動きがマグレかどうかを)」
隙だらけの左半身目掛けて跳びあがり、必殺の一撃が放たれる。
――斬ッ!
風間の一撃は三雲の左腕を捉え、切裂かれた左腕が宙を舞う。
この瞬間、勝負あったと誰もが疑わなかった。玉狛支部の人間以外は。
「……やっと、捉えました」
視界に広がる三雲の掌。既にアステロイドを撃ち放つ準備は出来ていたのだろう。
トリオンキューブが既に生成されていた。
「まさか、左腕を囮に――」
「――そうでもしないと、僕なんかがまともに戦う事など出来ませんから」
レイガストを投げ放ったのは、隙だらけになった左半身を攻撃する様に仕向ける為の布石。たとえ姿が消えてもどこから攻撃が来るのか分かれば、反撃に出る事など今の三雲なら容易い事だ。
一撃を放ってから次の行動に入るまでコンマ数秒ほど。そのコンマ数秒の隙を狙う離れ業を実行に移したのだった。視る能力を最大限まで引き上げる三雲のサイドエフェクトならば不可能ではない。
――アステロイド
風間の頭部目掛けて分割なしの大玉、アステロイドが容赦なく撃抜かれる。
ゼロ距離射撃による三雲のアステロイドは風間のフルガードよりも早く頭部に着弾し、爆砕する。
『伝達系破壊。風間ダウン』
25戦中、1勝24敗。
最弱のメガネが意地を見せた結果が奇跡となって現れる事になる。
戦闘シーンの練習のつもりで書き綴ってみました。
まだまだ、改善の必要があるなこりゃ。