天眼修、自分で書いていてあれだけどパないですね。
ボーダー本部はとある噂で持ちきりであった。
それは、あのA級風間隊を率いる風間隊長がB級成り立ての隊員に敗北したことだ。
25戦中1勝24敗。結果だけ見れば散々な結果だろう。しかし、新米B級隊員がベテランA級隊員と戦った成績と付け足せば見かたは変わる。
特に相手はあの風間だ。相手を舐めて掛かる様な真似はしないだろう。己に大変厳しい御仁であると有名だから。
そんな風間に1勝をもぎ取った事は大きい。例えどんな手段を講じたとしても結果が伴えば評価に値する。
本部に足を運ぶたび、三雲は件の噂を聞かされて冷や汗を流す事になる。
「おい。あれが例のメガネだ。噂によると、とてつもないトリオンを内包しているらしい」
それはチームメイトの雨取千佳の方である。
「俺が聞いた話は、最初の戦闘訓練で最速記録、1秒未満を叩き出したと聞いたが」
そっちは同じくチームメイトの空閑遊真の所業だ。
「私は実は黒トリガーを所持していて、カメレオンを看破したって聞いたけど?」
惜しい。カメレオンを看破したのは正しいけど、手段が間違っている。
正確に言うならば、黒トリガーの性能ではなく修自身の性質、サイドエフェクトの恩恵があったから出来た御業だ。
「……帰りたい」
全身から突き刺さる好奇の眼差しに三雲は耐え切れなくなっていった。
玉狛に入るまではこんな風に注目を浴びる事はなかった。当然、注目を浴びる事など慣れている訳がない。これが木虎ならば堂々とポーズをとってファンサービスの一つや二つしていた事であろう。
「ねぇねぇ。あなたが三雲先輩?」
そんな中、一人の少年が三雲に話しかける。
視線を上げて話しかけた人物を見やる。三雲に話しかけてきた人物は同い年ぐらいの元気溌剌とした少年であった。
「そうだけど……?」
「あ、やっぱり。それ、玉狛のエンブレムだもんね。いいなぁ。どうやって玉狛に入る事が出来たの?」
「入ったと言うか、迅さんの口添えで転属させてもらったんだ」
「迅さん、が?」
気のせいか、少年の雰囲気が変わった。ヘラヘラ笑っているようにしか見えないが修を映す少年の瞳はまるで品定めをしているかのように探りを入れていた。
「そうなんだ。……あ、そうそう。三雲先輩が風間さんに勝ったって噂を聞いたんだけど、それって本当なの?」
コロコロと話題が変わっていく。話に付いていくのがやっとの修であったが、風間と聞いて目の前の少年が何を聞き出したいのか察したのだろう。額から噴出す冷や汗を拭いつつ、少年に伝える。
「一応本当だけど、風間先輩は手加減してくれたと思うし、まぐれ勝ちもいいところだよ」
「あの風間さんが模擬選で手心を加えるなんて事はしないよ。けど、そっか! 噂は本当だったんだ。じゃ、じゃあさ! これから暇なら俺とも戦ってくれない?」
「え? ま、まぁ……。今は空閑と千佳を待っているだけだから、それぐらいは……」
少年の誘いにOKサインを出そうとした時。
「――ちょっと待ちなさい!」
待ったをかけた人物が現れる。
「……木虎?」
「げ、木虎ちゃんか」
会話をぶった切って間に入ったのはA級嵐山隊のアタッカー木虎藍だった。
「三雲くん。あなた正気なの?」
「えっと……。ごめん、何が?」
自身が警戒している理由すら気づかない、と言いたげなきょとんとした修の態度に木虎はいらつきを覚えるが、今にも振り落としそうな右拳を必死になって抑えて、目の前の少年を指差す。
「あなたが勝負しようとしている人はA級草壁隊。緑川駿なのよ」
「え、A級!?」
「あちゃー、ばれちゃったか。気づいていなさそうだから行けると思ったのに。ちょっと木虎ちゃん! なに、三雲先輩にばらしているんだよ」
「木虎さん、よ! それになんで三雲くんは“三雲先輩”なのに、私はちゃん付けなのよ。納得がいかないわ」
「だって、そっちの方が可愛いでしょ。ね、三雲先輩もそう思うでしょ?」
まさかの火の粉が降りかかる。二人の視線が自身に向けられた事で、修はなんて返答していいか困ってしどろもどろ。
「ちょっと! そこでなんで言葉を詰まらせる訳!?」
「三雲先輩。そこで即座に“可愛いよ”と言えないのはマイナスだと思いますよ」
「私が可愛いのは当然の事よ。今さらその程度で嬉しくなる事なんてないわ」
「うっわ。この人、自分で自分を可愛いとか言っているよ。……だから、双葉に嫌われているんじゃないの?」
緑川の口撃に木虎の精神力が半分ほど削られてしまった。歳下からは慕われたい、と強く願っている木虎からしてみれば何気ない緑川の一言は凶器以外の何者でもない。
「いや。木虎が綺麗で可愛いのは前々から知っているけど、問題はそこじゃないだろ」
「おっと。まさか、真面目な顔でそんな気障なセリフを恥かしげなく言えるとは……。三雲先輩は意外とジゴロなところがあるんですね。よかったね、木虎ちゃん。三雲先輩が綺麗で可愛いだって」
「ふん。私が綺麗で可愛いのは当たり前よ。そ、そそそんな事で喜ぶと思わないで頂戴!」
「滅茶苦茶動揺しているのによく言うよ。……じゃ、三雲先輩。赤面している木虎ちゃんは放って置いて俺とランク戦しよう!」
何がじゃ、なのか甚だ理解できない所であったが、元々の話はランク戦のお誘いであったと思い出す。
相手はA級。しかも自分よりも一つ歳下の少年と来たものだ。
『メガネくんはもう少し天眼に慣れた方が良いな。慣れる事で選べる選択肢が増えると思うよ』
以前、迅に言われた事を思い出す。ひた隠しにしていたサイドエフェクトは必ず修の力になるだろう。ならば、実力の向上を図る為にもサイドエフェクトを使いこなす事は必要不可欠と言われた。
それにはサイドエフェクトを使って戦闘をするのが一番だと言われた。戦って戦って更に戦って、覚醒途中の天眼を馴染ませるべきだと迅から助言を頂いた。
ならば、誘いを断るのは自身を強化するチャンスを逃す事にもなる。断る理由など全くなかった。
「……分かった。じゃあ、五本で良いかな?」
「OKOK、問題ないよ。いやぁ、楽しみだなぁ」
話しがまとまった所で、二人はランク戦が出来るブースへ移動を始める。
一人、悶えていた木虎ははっと我に返り、自分を置いてけぼりにしようとした二人の前に回り込む。
「その話、この私も混ぜなさい!」
「「……え?」」
この瞬間、まさかの緑川VS木虎VS三雲の三つ巴戦が強制的に決まったのであった。
***
現在、空閑は待ち合わせ場所で待っているはずであった修を捜索中であった。待ち合わせ時間よりも早かったからどこかで時間をつぶしているのであろう、と判断して手当たり次第に探していたら暇そうに歩いていた米屋とエンカウントしたのであった。
「お、白チビ。今日こそ、俺と一発やらないか?」
「ふむ。今はオサムを探しているから、その後でもよければ……」
色よい返事を頂いた事で指を鳴らして喜ぶ米屋。修を見つければ空閑とランク戦が出来ると知って「俺も探すの手伝うよ」と空閑の横に並んで捜索仲間に加わる。
「そういや、聞いたぞ。メガネボーイ、あの風間さんに一矢報いたんだってな」
「ふむ。もうご存じとは、ヨネヤ先輩も中々ツウですな」
「本部中に広まっているぞ、その噂。ルーキーB級がA級の風間さんを撃破したって。お前やトリオンモンスターも噂に上がっているけど、断然メガネボーイの噂が広まっているな」
「ほうほう。流石俺達の隊長ですな」
実際、修が天眼を発動すれば厄介極まりない事は空閑も重々承知している。どんなに強大な力があっても、当たらなければ意味がない。七重バウンドで強襲した事もあるけど、ぎりぎりのタイミングで致命傷を避けられ、カウンターを決められた時は相手が修であることを忘れて持てる力全てで襲い掛かった記憶がある。
「今度、ヨネヤ先輩もどうですか。オサムのあれは相手にして中々面白いと思うけど?」
「おっ。その言い方だと、メガネボーイに隠された才能ありって聞こえるぞ。……まさか、サイドエフェクトが使えるとか!? と、思っちゃったけど、メガネボーイのトリオン量じゃサイドエフェクトなんて発現しないもんな」
正解なのに自分でその正解を撤回してしまった。ま、それも仕方がない話だ。
サイドエフェクトが発現できる最低限の条件は膨大なトリオン量を有している事である。
修のトリオン量はオペレーターにも負ける程しか持ち合わせていない。どう考えてもサイドエフェクトが発現するなんて考えに到達するはずがなかった。
まさかサイドエフェクト【天眼】自体にスペックの殆どを割り振られてしまい、余った残りカスが修のトリオン量なんて思いも至らないだろう。
「そいつは秘密。知りたかったらオサムに……」
「おい、どうした白チビ。おや? あそこで群がっているのは――」
ランク戦ブースに足を運んだ二人は、最初に視界に入った光景を目の当たりにして動きを止めてしまう。
そこに映った光景とは――。
『うっは。マジで!? マジで当たらないの! なにこれ。三雲先輩、面白すぎ!!』
『たかだかメガネを取っただけで、どういう仕掛けなのよ! こ、この! さっさと当たりなさい』
ランク戦ブースに設置されているスクリーンには三雲に攻撃を当てようと躍起になっている緑川と木虎の姿が映し出されていた。
「……うは、マジか!? メガネボーイ、木虎と緑川を相手にして一歩も引いていないとか」
「俺抜きで随分と楽しそうな事をしているな、オサムは。……あれ、途中から参加できないかな?」
残念な事に一度始まったランク戦に途中参戦する事は難しい。もし、それが可能ならば米屋自身も乱入したいぜ、とつぶやきつつ、三人の戦いが良く見えるところまで近寄るのであった。
***
自身のグラスホッパーのコンボ起動、ピンボールはそう簡単に捉えきれないと自負していた。この乱機動を見抜ける変態などB級にいるはずがない。そう高を括って修の首を刈り取るべく突っかかると、まるで首を狙っていたのが分かっていたかの如く、素早くレイガストを構えて受け流したのであった。
初めはマグレと思っていた。目にも留まらないピンボールをこんなとろそうな先輩が見抜けるはずがない。と、思った矢先――。
「っ!?」
次に使おうとしていたグラスホッパーをアステロイドで撃ち抜かれてしまい、無効化されてしまった。慌てて着地した緑川は直ぐに次のグラスホッパーを生成し、高機動へ移動する。
「(この先輩、マジやばいな。俺の動きが全部見えているのかよ。変態級の眼力の持主だ)」
自慢の高機動戦で優位に立てないと知った緑川は一旦距離を置く。無暗に突っ込んでも勝てないと知り、思考を本気モードへ移行させる。一度深呼吸して気持ちを落ち着かせ、目の前の敵を討つ為に作戦を練り上げる。
「(ピンボールで不意を衝けないとなると、防御する間もなく攻撃をし続ける近距離戦に持ち込むか。動きは機敏でも、剣術は分からないし)」
よし。と簡潔に作戦を決めた緑川が実行に移そうとした時、木虎がアステロイドで足場を撃って制止する様に呼びかける。
「……緑川君。どうせ、あなたの事だから接近して攻撃し続ければどうにかなるだろう、とか思っているでしょ」
「なに、木虎ちゃん。もしかして、俺が負けると思っている? 確かに動体視力は凄いけど、純粋な戦闘力では俺の方が強いはずだよ。……A級がB級に負けるはずがないじゃない」
「えぇ、そうね。それについては同意見よ。けど、あなたを放って置いたら、あなたは間違いなく三雲くんの餌食になるでしょうね」
「どういう事?」
「今の彼はどう言う訳か、私達の動きが全て読み取れるらしいわ。何せ、風間さんのカメレオンすら看破した眼力なんだから。……きっと、あの手この手と策を巡らせて、絡め取ってくるはずよ」
「それは怖いな」
カメレオンを見破る方法など、攻撃を受ける前に別のトリガーを使わせる必要がある。
それ以外の方法は確立されていない。もしも、木虎の言うとおりカメレオンを看破出来るならば、怖い以外の何者でもないだろう。
「……手を組みましょう。あなたと私ならば、何とかなるでしょう」
「A級二人でB級一人を相手取るとか、ヨネヤン先輩達に知られたら笑われちゃうかもね」
けど、それぐらいしないと切り崩せない可能性がある。たった数度ほどの攻防であったが、三雲修が危険な相手であることは肌身で感じてしまったのである。
「分かった、木虎ちゃん。フォロー、頼んだよ」
「任せなさい。完璧にアシストしてあげるわ」
「……待って二人とも! なんか間違っている! 間違っているよ。僕が一人でA級隊員を相手にするのは間違っているからね」
修が抗議している間に、二人は散開する。数的有利を利用して挟撃を図ろうと緑川は右翼を木虎は左翼から攻め上がってきたのだった。
何度言っても言う事を聞いてくれない二人の事を諦めたのか、直ぐにレイガストを構えて攻撃に備える。
「(敵は二人。集中しないと直ぐに刈り取られる)」
その考えは正しかった。木虎が動きを封じている間に緑川がグラスホッパーで死角に回り込んで四肢を引き裂くのが今回の作戦行動である。
「(集中しろ。もっと、天眼に意識を……。それ以外は何も必要ない)」
強張って力が入っていた全身を脱力させ、全ての意識を天眼へ集中させる。
「(見極められるはずだ。天眼の力ならば、視きれないはずがない)」
次の瞬間、修が視ている光景が一変する。己は緑川の方へ視線を向いているにも関わらず、後方の木虎の動きがはっきりと感じ取る事が出来ていた。まるで、背中に目が生えているかの様に。
「私に背中を向けるとはいい度胸ね!」
ハンドガンを構えて撃つ素振りを見せる。が、それはあくまでブラフ。既に木虎はモグラの爪、モールクローを使って地中から攻撃を繰り出しているのだった。
普通ならばモールクローは相手の足を貫き、身動きを封じる枷となるだろう。相手が普通ならばの話であるが。
「な!?」
モールクローが来るのが分かっていたように――事実分かっていた――修は避け、グラスホッパーで跳びかかる緑川へ振り向く。
「気づいてももう遅いもんね! これでトドメだ、三雲先輩!!」
木虎が意識を散らしている間に高速移動で間合いを詰めた緑川は必殺の間合いに入っていた。今の間合いならばたとえどんなに回避に優れた達人であっても避ける事は不可能に近い。
三雲の首を刈り取らんと緑川のスコーピオンが迫り来る。完璧なタイミングに二人は勝利を確信した。
――そこで、緑川に油断が生じる。
修は緑川の攻撃を避ける事が出来ないと視覚で判断すると、避ける事を考えから捨ててシールドモードであったレイガストをブレードモードに移行させ、緑川の胴体目掛けて突き刺しにかかった。
一条の閃光が交差する。宙を舞う三雲の首を目の当たりにして、木虎は思わず握り拳を作ったが、緑川の胴体にレイガストが深々と突き刺さったのを見て、直ぐに表情を強張らせたのである。
「く、そ……。最後の最後で、油断した!」
伝達系の切断を確認したシステムが強制離脱を発動させる。
この瞬間、一本目の三つ巴戦は木虎の勝利に終わるのであったが、観客には緑川と修の相討ちしか映っていなかった。
本当は緑川のシーンを書こうとしましたが、原作に天眼要素だけ入れても面白くないですし、こんな風にアレンジを入れてみました。
やはり、原作を忠実に再現した方がよかったかな?