A級2人に対してB級1人のハンデマッチが行われている、と言う噂を聞きつけた数多くの戦闘員が見物に集まってきた。その一人であった風間はこの野次馬を集める原因となってしまった3人が誰かを確認して顔をしかめる。
「(意外だな。緑川……は、俺の噂を聞いて興味が出たのだろう。そう言う意味では意外でもなんでもないか。本当の意味で意外なのは木虎の方だな)」
自身の腕を磨くために研鑽を欠かさない彼女が時折ランクブースで相手を探しているのは聞いたことがある。けど、今回行われているそれはどう考えた所で自分の腕を磨く云々とは違っていると一目でわかった。
「(そう言えば、あの二人は同年代だったか)」
自分との模擬戦の時も木虎は見物を決め込んでいた。それに加えて修は数少ない木虎と同い年の15歳組だ。もしかしたら、必要以上に修を意識しているのかもしれない。
「(しかし、あの二人を相手にして避けきるとか……。あれが本来の三雲の姿なのか)」
風間自身、最後の最後で修にやられてしまっている。決して、相手を侮り油断したわけではない。試すような行動はとったが、それでも全力で相手を葬る行動をしたと思っている。
「(それでも先を見越すような動きに自身の腕を捧げて隙を作る。あれを一瞬で考え付く事など出来るのか?)」
勝負の後、烏丸に「うちの三雲はどうですか?」と聞かれて「弱いが、最後のあれは面白かった。次は最後の状態でやりたいものだな」と評した。
持たざるメガネと思ったが、黒トリガーの話を聞いて覚醒した修を迅が気にかけるのも少し分かった気がする。あれで達人級の動きが出来る様になれば、三雲修は最強の称号を得る事も夢ではないだろう。
「……お、風間先輩だ。こんちわっす」
「どうも、カザマ先輩」
野次馬の中に埋もれてしまった米屋と空閑に遭遇する。周囲に見知った顔がなかったので、風間は二人の傍まで歩み寄る事にした。
「三雲は随分と頑張っているようだな」
「……なんで、あんな風に発展したか分かりませんが、頑張っているよ。オサムは」
「そうか。だが、まだまだレイガストの使い方がなっていないようだ。近接戦闘なら、俺が教えてやるから近い内に隊室に来いと言っておけ」
挟み撃ちを受けている修は最小限の動きで二人の波状攻撃をいなしているが、それだけであった。あれだけ余裕をもって防御出来るならば返しの刃を一つや二つ行う事は可能である。上手くいけばカウンターで敵を屠る事も可能と考えた風間は空閑に自分の番号を手渡して、修に渡す様に伝えたのであった。
「おっ。じゃあ、メガネボーイは風間さんの弟子になるのか。それは楽しそうだな」
「けど、オサムは既にとりまる先輩の弟子だぞ。その辺りはとりまる先輩に確認を取る必要があるのでは?」
修からしてみればベテランのアタッカーの風間から指南を受けられる事は大変魅力的な話だ。しかし、烏丸からしてみれば自分の弟子を奪われた形となる。いわゆる寝取りだ。
その辺は当事者でシッカリと話し合って決めるべきだ、と主張する空閑の言葉に納得した風間は烏丸に連絡を取る事にした。
『はい、烏丸です。珍しいですね、風間先輩が俺に連絡をするなんて』
「烏丸。単刀直入に言う。……三雲を俺にくれ」
『……風間先輩。ちょっと何を言っているか分かりません。まさか酔っぱらっているんですか?』
「お前はバイトで忙しいと聞く。三雲の事は俺に任せておけ」
『えっと……。つまり、修の訓練に付き合ってくれると言う事ですか? それならそうと言って下さいよ。修が望むなら、是非とも稽古をつけてやってください。アイツも喜ぶ事でしょう』
「俺はそう言ったつもりなんだが」
『そんな風に聞き取れないから言っているんですよ』
呆れる烏丸の声色に覚えがない風間は「話は以上だ」と言って、携帯を切ろうとして――ふと、思い出したように呟く。
「いま、お前の弟子は面白い事をしているぞ。A級二人を手玉に取るとか中々だな」
『え!? ちょ、風間さん。その話、もう少し詳し――』
言い終わる前に切ってしまう。
それを一部始終見守っていた米屋は「うわ~」とドン引くのであった。
***
そんな取引が交わされているのにも関わらず、修は迫り来る二人の攻撃をいなし続けていた。
「(不味いな。二人の攻撃が激しくて反撃が出来ない)」
そう。幾ら回避行動に優れているからと言え、反撃しなければ勝つことが出来ない。
しかし、木虎の注意を引き付ける動きと攻撃、その隙を突いた緑川の強襲の連携に隙らしい隙は見当たらなかった。
「ほらほら、どうしたの三雲くん! 反撃しないと私達には勝てないわよ」
「随分と楽しそうだな、木虎! そんなに僕を苛めて楽しいかよ」
木虎のスコーピオンをレイガストで弾き、アステロイドで反撃を行う。しかし、思っていたほど前のめりな姿勢ではなかった。修が繰り出した通常弾は簡単に避けられてしまう。
「待っていたわ、この瞬間を」
木虎の口角が上がる。彼女は修が反撃するのを待っていたのであった。
「(っ!? しまった!!)」
天眼が緑川の強襲を捉えていた。反撃をした直後では、幾ら修でも避けきる事は不可能。
防ぐにしてもレイガストで切り返したとしても緑川の斬撃に間に合う事はない。質量を持たないスコーピオンの攻撃速度にレイガストが追い付けるはずがない。
「悪いね、三雲先輩。今度は油断しないよ。二勝目いただき!」
もはや回避不可能な間合いまで迫っていた。緑川の言うとおり、回避する事は不可能。
後は迎撃をするしか助かるすべはない。
「(く、くそぉぉおおっ!!)」
一戦目と全く同じと言っていい状況になり、勝利を確信した木虎は次の瞬間信じられないものを目の当たりにすることになる。
跳びかかった緑川の下顎に修の足の裏が叩き込まれる。その一撃は全くの予想外であった。修は体の向きをそのままにしたまま体全体を沈ませて、全身のばねを利用した後ろ蹴りで迎撃を図ったのである。
トリオン体に通常攻撃は何のダメージも与えられない。修が行った後ろ跳び蹴りは全く以って意味をなさない技と言っても正しい。……が、今回の戦いで修に与えた恩恵は大きかった。
「がっ! い、今何が……」
修の蹴りを受けた緑川の体が逆くの字に曲げられる。例え、ダメージを受けなくても蹴られた事で生じる衝撃までは打ち消せない。
――スラスター・オン
その絶好のチャンスを修が逃すわけがない。
スラスターを起動させ、己を軸にしてレイガストを振り回す。推進力を得たレイガストは緑川の胴体を切裂き、彼を強制脱出させたのだ。
「……随分と足癖が悪いのね、三雲くんは」
「そう言う木虎こそ、随分とせこい真似ばかりするんだね」
先に売り言葉を紡いだのは木虎であったが、修の返しにカチンと来てしまう。
意外と煽り耐性がない木虎は憤りのあまり、全身をプルプル震えあがらせ――。
「後悔しなさい、三雲くん。A級の私を怒らせるとどうなるか思い知るが良いわ」
「風間さんに比べたら、木虎なんか……。全然怖くないからな!」
ハンドガンを構えてアステロイドを撃ち放つ木虎。対する修もアステロイドを展開させて木虎のアステロイドを撃ち落していく。
「私の弾丸を……。生意気ね、本当に!」
「そいつはどうも。……アステロイドっ!!」
今度は修がアステロイドを生み出して攻撃に転じる。対抗して木虎も修が自身のアステロイドを撃ち落したように撃ち返そうと考えるのだが、修が展開したアステロイドがあまりにも遅い事を知り怪訝する。
「超スローの散弾? あなた、何を企んでいるのかしら」
「もちろん、木虎に勝つ方法をさ」
「私に勝つ? 面白い冗談ね。もし、私に勝てたらキスの一つや二つしてあげるわよ」
「……いや。それを了解すると後で怖いから、遠慮しておく」
「なんですって! それ、どう言う意味よ」
「言葉通りの意味なんだが。……けど、負けるつもりはないからね」
超スロー散弾をばら撒いた後、更に通常弾を木虎に向けて撃ち放つ。今度は速度を重視した設定だ。遅い速度に慣れた木虎としては、今の弾丸は高速に映っている事であろう。回避行動に移りたくても周囲の散弾が邪魔で上手く身動きする事が出来ない。
「(なるほど。このスロー散弾は弾幕。……私の動きを制限する役割を担っているわけね……。考えたわね)」
避ける為には周囲の弾幕をシールドで防ぎながら移動するか、向かってくる弾丸をスコーピオンで切り捨てる必要がある。
当然、選ぶ行動は後者である。スコーピオンを生成し、己に向かってくるアステロイドを切り落としていく。
けど、修の目的は木虎を自身の軸線上に足を止めさせる事であった。レイガストの切先を木虎に向け、スラスターによる強襲を図る。一瞬、反応が遅れた木虎は対応に迷いが生じてしまう。迎撃にしろ、回避にしろ、既に対処不可能な間合いまで修によって詰め寄られてしまったのだ。
咄嗟にシールドで修のレイガストを弾こうと試みるが、あっさりと突き破られ、木虎の腹部を抉って行く。
「……僕の勝ち、だな」
しかし、ここで修の集中力が欠けてしまう。まだ、木虎が緊急脱出していないにも関わらず警戒を解いてしまったのだ。木虎が持つスコーピオンは変幻自在な剣。トリオン体のどこからでも刃を突き出す事が可能である。
最後の力を振り絞り、木虎は胸部からスコーピオンを伸ばす。
「……ぇ」
「フフ。残念だったわね」
自身の胸部を貫くスコーピオンを見やり、不敵な笑みを浮かべる木虎を見やる。
二人同時に強制離脱が発動される。
二戦目は引き分け。白熱した戦いに見物していたC級隊員から歓声が沸く。