外史の三鬼龍   作: ノーリ

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「…っく!」

 

徳利から口を離すと、ヒロシはどんと地面にそれを置いた。そして袖口で口元を拭う。

 

「未だに慣れねえ味だけど、まあ、ないよりはマシだもんな。なあ、時貞よう?」

「Exactly」

 

肯定の意を表して時貞も徳利に口を付ける。そして中の酒で咽喉を潤すと、同じように地面に徳利を置いた。

 

「…正直に言えば飲めたもんじゃない。けど、“兄弟”と一緒なら、不味い酒も美味くなる」

「ヘッ、何くせーこと言ってやがんだよ、バカ野郎が」

 

憎まれ口を叩くものの、ヒロシの表情は嬉しそうだ。それがわかったからこそ、焚き火を挟んで反対側にいる時貞も優しい笑みを浮かべて答えた。

紆余曲折あったものの連合軍は洛陽への最後の関門である虎牢関を抜くことが出来た。そして今はその祝いの酒盛りというところである。当然、三鬼龍も焚き火を囲むように車座になって、この世界の酒を仰いでいた。

 

「ところでヒロシ?」

 

時貞が口を開いた。

 

「あ?」

 

ヒロシが答える。

 

「キヨシはどうした?」

 

時貞がそう尋ねたのだがそれも無理はなかった。何故ならこの場にキヨシの姿がなかったからである。少し前までは三人で楽しく飲んでいたのだが、いつの間にかキヨシの姿が見えなくなっていたのだ。

 

「知らね」

 

が、ヒロシは簡潔にそう答えただけに留まった。

 

「いつの間にやらいなくなりやがってよぅ。オメーこそ知らねえのか? 時貞」

「…いや」

 

肩を竦めると、時貞は左右に軽く首を振った。

 

「ったく、何処行きやがったんだよ、あのクマ」

 

不満げに口を尖らせながらヒロシは再び徳利に口を付ける。と、

 

「おう、まだやってたな」

 

キヨシがどこからともなく戻ってきた。そしてその手には、あるものが握られていた。

 

「何だよ、そりゃ?」

「これか? 大体わかんだろ?」

 

ヒロシの指摘にキヨシがニヤリと笑うと、キヨシは持っていたものを時貞に向かって放り投げた。

難なく時貞がキャッチしたもの…それは、ギターのような形状の楽器だった。

 

「? キヨシ?」

「なんか演ってくれよ、時貞ぁ」

 

ヒロシや時貞と同じように焚き火を囲むように腰を下ろすと、キヨシは徳利に口を付ける。そしてこれまた同じようにぷはあっと袖口で口元を拭い、キヨシはそうリクエストした。

 

「Wow…」

 

軽く口笛を吹いて時貞がその楽器に目を移す。

 

「キヨシ」

「あ?」

「こいつはギターじゃない」

 

困ったような表情で時貞がその楽器を持て余した。しかし、

 

「わかってんよ、そんなこと」

 

キヨシはにべもなく答えた。

 

「いくら俺たちがおめーと違って音楽に疎いっつっても、それがギターじゃねーことぐらい、見ればわかる。けどよ、おめーの超絶テクなら、何とかならねえのか?」

「そーだな」

 

ヒロシも追随した。

 

「てめーのテクならどうにかなりそうじゃねえか。それに、俺らは別にちゃんとした曲じゃなくても構わねえんだよ」

「ん?」

 

どういうことかわからずに、時貞がヒロシとキヨシの顔を交互に見る。と、

 

「俺らは、おめーが演ってくれりゃあなんでもいいのさ」

「そーゆーこったよ、時貞。大事なのは、てめーの“音色”を聞くことなんだからよぅ」

 

二人は楽しそうに、そう言った。

 

「そう…か」

 

目の前の二人の“兄弟”の向ける視線にくすぐったい感覚を覚えながらも、時貞はギターのようにその楽器を構えた。そして、ポロン、ジャランと音を奏でる。

 

「何だよ、やっぱり出来るんじゃねえか」

 

ヒロシがそう揶揄した。が、時貞は軽く首を左右に振る。

 

「絃を弾いてるだけさ。演奏のうちに入るようなもんじゃない」

「構わねーよ、それで」

 

キヨシが徳利を口にしてそう言った。

 

「音楽に疎い俺らにとっちゃあ、有名な曲だろーが難しい曲だろーが関係ねえ」

「そーゆーこった。俺らは、お前の音楽が聞きてえんだよ」

「ふふ…嬉しいこと言ってくれるじゃないか、ヒロシ、キヨシ」

 

風神と雷神の言葉に気を良くしたのか、龍神は慣れない楽器を少々苦戦しながらも気持ち良さそうに弾いている。そんな時貞の音楽を、ヒロシは横になって頬杖をつき、キヨシはつまみや酒を口にしながら静かに聞いていた。

即席の、そしてちゃんとした演奏にもなってない龍神のライブだったが、風神と雷神にはそれでも十分だった。何せ、もう聞けないと思っていた“兄弟”の音色が聞けたのだ。今はそれ以上を望むのは贅沢というものだろう。

近場の兵士たちもちょくちょく視線を向ける中、三人はリラックスした表情でこの時間を存分に楽しんでいた。

 

 

 

 

 

「いいなぁ…」

 

そんな三人を遠くから見る人影が一つ。ヒロシが身を寄せている勢力の大将である、桃花である。しかし、その場にいるのは彼女だけではなかった。

 

「ホント、いい雰囲気よね」

「私たちを無視して、男三人で楽しんでるのはちょっと腹立たしいけどね」

「孫策さん! 曹操さん!」

 

示し合わせたわけはないのだろうが、キヨシのところの大将である雪蓮と、時貞のところの大将である華琳である。三人は横並びになると、同じように視線の先にいる三鬼龍を見つめていた。

 

「…まあ、“兄弟”が久しぶりに顔を合わせればああいう風にもなるか」

「ええ。加えるなら、もう二度と会えないと思っていたんだもの、喜びも一入よね」

「孫策さんに曹操さんも聞いたんですか? ご主人様たちの事情」

「ええ」

「当然」

 

桃花の疑問に雪蓮と華琳が大きく頷いた。三人が久しぶりに再会して軍議をフケたあの後、中々戻ってこない彼らに業を煮やした三勢力の大将が、各勢力の神の御遣いを連れ戻して事情を説明させたのだ。

その結果、彼ら三人の関係性や、もう二度と会えないと思っていたが何の因果かこうして又集まることが出来たという背景を知ることが出来たのである。

故にあれ以降、ちょくちょく三人はこうして集まっては三人だけの時間を楽しんでいたのであった。桃花・雪蓮・華琳の三人も彼らの事情を考慮したのか、作戦行動中などではない、空いた時間ならそれを止めようとはしなかった。

 

「…でも、今回は凄かったですね、三人とも」

「そうね」

「ええ」

 

桃花が話題に上げて雪蓮と華琳が同意したのは、先程までの虎牢関での戦いであった。この戦いで三鬼龍は久々に三人で大暴れしたのだ。

 

「もし万一のことがあったら大変だから、流石に敵将は遠慮してもらいましたけど、一般兵相手でも十分に活躍してくれましたからね」

「そうね。まあでも、しょうがないんじゃない? 敵将が敵将ですもの」

「華雄に張遼、そして何と言っても呂布だものね。どの陣営の一線級の武将でも、互角に渡り合うのですら厳しいからね」

「ええ。加えて、あの布一枚羽織ってるだけの格好じゃあ防御は期待できないし、攻撃は攻撃で徒手空拳ですもの。武将相手じゃ、どうぞ殺してくださいって言ってるようなものよ」

「あはは…」

 

華琳の辛辣な物言いに、桃花は苦笑するしかなかった。が、

 

「…でも、あの三人の中で一番活躍したのはやっぱりうちのご主人様ですよね」

 

と、いきなり且つ決して雪蓮と華琳が看過できない爆弾を落したのだった。

 

「ちょっと待ちなさい」

「聞き捨てならないわね…」

 

案の定、雪蓮と華琳は即座に口を挟んできた。

 

「だって、うちのご主人様が一番敵の兵士さんを倒したじゃないですか。そこを考えれば、やっぱり一番はうちのご主人様…風神ですよ」

「何言ってるのよ、うちのキヨシが何度も大岩担ぎ上げて敵陣に放り込んだの見たでしょ? あれで敵兵が怯んだから、残りの二人が好きに攻められたんじゃない。それを考えれば、一番はうちの雷神よ」

「おめでたいわね、貴方たち。好き勝手に暴れるあの二人を支援しながらも、二人に引けをとらないだけの敵兵を倒したうちの龍神…時貞が一番に決まってるじゃない。現に、時貞が割って入らなければ、あの二人が致命傷を負ってた場面が何度もあるわ」

 

三人はお互いの主張をぶつけ合って決して退こうとはしない。知らず、お互いの視線に見えない火花が散り始めた。

 

「うちの風神が一番です!」

「何言ってるのよ、うちの雷神に決まってるじゃない!」

「何処に目を付けてるのよ、貴方たち。うちの龍神に敵うと思ってるの!?」

 

ムムムとばかりに桃花・雪蓮・華琳の三者が敵意をむき出しにしていがみ合う。が、

 

『ハハハハハハハ…』

 

不意に、笑い声が風に乗って聞こえてきた。その声色に笑い声の聞こえてきた方向を見てみると、三鬼龍が焚き火を囲み、楽しそうに談笑している姿が目に入った。

大分扱いにも慣れてきたのか、時貞の音色も随分それらしいものになり、それを聞きながらヒロシ、キヨシ、時貞の三人は穏やかな表情で何かを喋っていた。

 

「……」

「……」

「……」

 

そんな三人の姿を見てしまった桃花・雪蓮・華琳の、同じく三人は誰からともなくいがみ合うのを止めた。そして先程までと同じように横一線になって三鬼龍に視線を向けた。

 

「バカバカしいわね…」

 

口を開いたのは華琳だった。

 

「当の本人たちが楽しそうにしてるのに、私たちがあいつらのことでいがみ合ってるなんて」

「そうね」

 

雪蓮も追随する。

 

「久しぶりに“兄弟”に会えたんだもの。外野は大人しくしてましょうか」

「そうですね。変なこと言っちゃってすみません」

 

騒動の原因を作った桃花が二人に謝った。

 

「私がご主人様…風神を一番だと思ってるように、孫策さんは雷神さんを、曹操さんは龍神さんをそう思ってる。それでいいですよね?」

「そういうことね」

「ええ。どうせこの話題は何処まで行っても平行線よ。そう考えれば、それが一番お互いに納得のいく答えかもしれないわね」

「はい!」

 

華琳の指摘に桃花は元気よく頷いたのだった。

 

「それに、いずれ答えは出るわよ」

「え?」

 

華琳の言葉に桃花が首を捻ると、華琳はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「私はいずれこの大陸を制覇してみせるわ。そうなればうちの龍神…時貞が本物の神の御遣いということになるでしょう?」

「言ってくれるじゃない」

 

宣戦布告を受け取って、雪蓮も不敵な笑みを浮かべる。

 

「大事を成すのは私たちよ。神の御遣いはうちの雷神…キヨシだけで十分だわ」

「わ、私だって負けません!」

 

桃花も二人に負けじと割って入る。

 

「今は曹操さんにも孫策さんにも敵いませんけど、天下に対する志はお二人に負けません! 最後に勝つのは私たちと風神…ご主人様です!」

「へえ…大きく出たわね」

「言ってくれるじゃないの」

 

三者、再び火花を散らす。しかし先程とは違い、今度は彼女たちの周りに険悪な雰囲気が流れることはなかった。

 

「…ま、いいわ」

 

そう言ったのは華琳だった。

 

「いずれ答えは出るはずよ、嫌でもね。とりあえず今日は…」

 

その視線をヒロシ、キヨシ、時貞へと再び向けた。

 

「せっかく楽しんでるあの三人に水を差すのも無粋だしね。これで失礼させてもらうわ」

 

そして身を翻すと、自分の陣地へと戻っていった。

 

「それじゃ、私も戻ろうかしら。確かに、男同士の話に女が首突っ込むのは野暮ってもんだしね」

 

雪蓮も踵を返してこの場を後にした。残ったのは、桃花一人。

 

「ご主人様…」

 

少しの間ヒロシに視線を向けていた桃花だったが、やがてペコリと軽く一礼すると、華琳や雪蓮と同じようにその場を後にしたのだった。

残された三鬼龍は自分たちから少し離れた場所でそんなことがあったなどとは露知らず、この時間を過ごしていた。

煌々と燃える焚き火が楽しんでいる三人を照らし出し、そして月の光が優しく彼らを包む。そんなロケーションの中、三人はいつ果てることのない、三人だけの宴会をいつまでもいつまでも楽しんでいたのだった。




読了、ありがとうございました。作者のノーリです。

これで、この物語はとりあえず終わりになります。

リクエストがあれば、この続きをもう一話ぐらいいけるかな? と思いますので、もし読みたい方がいらしたらリクエストいただければと思います。

では、また違うお話でお会いしましょう。

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