闇鍋   作:OKAMEPON

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これはペルソナ3portableの二次小説です。
荒ハムのCPを含みます。


『世界が終わるその前に』

□□□□

 

 

 

 

 

 

季節は冬、暦の上では十二月の末、一年の終わりの日である大晦日。

 

外は寒風が吹き荒び、ただでさえ人々から抜け落ちていってる生気を更に搾り取っていく。

こうしている間にも、一人また一人と、まるで糸が切れてしまったかの様に無気力症に倒れていっているのだろう。

 

だけれども、そんな外界の様子から切り離されているかの様に、ここは全く変わりがない。

秋の半ば、10月の初めの頃から、全く。

 

 

公子は今も尚ベッドの上に横たわり、今日も目を覚まさない男を見詰めた。

彼は……荒垣真次郎。

公子にとって共に戦う仲間であり、そして…………何よりも大切な恋人である。

 

 

10月4日の満月の日に訪れた影時間の中で凶弾に斃れた彼は、様々な要因が重なって一命は取り留めたのであったが、それ以降一度も目を覚ました事は無い。

意識不明の状態のまま、もう二ヶ月以上が経ってしまった。

容態は安定しているとの事だが、それは直ぐ様死ぬ様な事にはならないと言うだけであり、意識が何時戻るのかとかは、全く分からないままである。

「意識が戻らずこのままと言う事も有り得ます」と言ったのは、あの日から修学旅行でここを離れていた時以外は一度たりとも欠かす事無くこの病院を訪れている公子を心配した医師だっただろうか。

医師はその時に色々と専門的な言葉も交えて説明してくれた訳なのだが、ざっくり要約するに、彼が目を覚まさないのは大量出血によって一時的に脳が虚血状態に陥っていた事もあるが、それ以上に彼が密かに服用していたペルソナの制御剤が身体中を蝕んでいるからであるらしい。

薬の長期服用により、彼の身体は既にボロボロで……。

意識を取り戻そうと取り戻すまいと、そう長くは無いとの事であった。

 

 

「荒垣さん……」

 

 

公子は毎日そうする様に、彼に呼び掛ける。

力無くベッドの上に投げ出された手を握り、この声が届く様にと祈りながら。

…………しかし、何の反応も無い。

彼から伝わる体温と、僅かに聞こえる吐息の音だけが、彼が生きている証であった。

それもまた、何時もの事である。

 

 

「今日は大晦日なんですよ。

今年も、もう終わりなんですね……。

ね、荒垣さん。

今年は色々とありましたよね。

私にとっても、そして荒垣さんにとっても。

こっちに来て直ぐに大型シャドウと戦う事になったり、それで暫く入院する事になったり……。

荒垣さんと最初に出会ったのって、この病院なんですよ? 覚えてます?」

 

 

公子はただ彼に語り掛ける。

人の聴覚と言うモノは、どうやら結構最後の方まで残っているのだと聞いた事があった。

ならば、こうやって目を覚まさない彼にだって、声だけは届いているのではないか、そうであって欲しい、と。

公子は毎日の様にその日にあった事や思った事、彼との思い出の事を、何も返さない彼に語り続けるのだ。

 

 

「あの時は、私荒垣さんの事をずっとずっと歳上の人なんだなって、思ってたんですよ?

だから、実は一つしか歳が違わないって知って、凄く驚いたんです。

次に会ったのは……そうだ、風花の情報を集めに路地裏に行った時ですね。

あの時は危ない所を助けてくれてありがとうございます」

 

 

出会ってからの彼との思い出を語っていく。

影時間での戦いで何度も助けて貰った事、一緒に過ごした時間の事……。

それらを一つ一つ確かめる様に、今日も彼に語っていく。

そして──

 

 

「恐い、なぁ……」

 

 

相変わらず何も変わらない彼の様子に、ポツリと公子は思わずといった風に溢してしまう。

そういう言葉は、なるべく彼の前では出さない様にしていたのに……。

でも、一旦口から溢れてしまった想いは止まらない、止められない。

彼の手を握る手に僅かばかり力が籠る。

 

 

「……恐いんです。

荒垣さんが目を覚まさなくなってから、ずっと……ずっと……。

今この瞬間に、荒垣さんが死んでしまうんじゃないかって……。

何をしていても、ふとした瞬間に、そう感じちゃって……」

 

 

彼の“死”を意識してしまう様になってから公子は愕然とした。

“死”が、こんなに恐いモノだとは思ってもいなかったのだ。

 

表面上は、明るく元気で時に歯に着せぬ物言いをする普通の女の子と見られている事が多い公子だが、それはほんの表層の部分に過ぎない。

自身に迫る刃も、頬を掠っていく業火も、“死”の濃厚な気配を撒き散らしながら立ちはだかる如何なる敵にも、臆す事も構う事も無く、“死”と隣り合わせの戦場を悠々と駆け抜けてゆくのが、より公子の本質に近かった。

公子にとっては、自身に迫る“死”などは恐ろしいモノでは無かったのだ。

それも当然か。

“死”の化身を長らくその身に封じられていたのだから、公子にとっては“死”はやって来るモノでは無く、既に身の内に存在するモノであった。

自分自身の手を恐がったりする事は基本的には誰もしないのと同様に、公子にとっては“死”は恐怖を感じる対象では無かったのだ。

 

だけれども、それは違った。

……違った、のだ。

 

自分に訪れる“死”と、大切な人に訪れる“死”。

それらは同じ“死”である様で、その実全く違うものであるのだと公子は知ってしまった。

公子にとって親しかったのはあくまでも自身に関する“死”であって。

大切な人たちを絡め取っていこうとする“死”に対しては、全くの無力であった。

 

恐い、“死”が恐い。

彼が消えてしまうのが、居なくなってしまうのが、手から伝わるこの体温がなくなってしまうのが、恐い。

 

“死”と言うモノは“生”との隣り合わせ。

どんな存在にだって何時かは平等に訪れる人生と言う旅路の終着点だ。

それは、この世界に生きる誰にとってもそう。

彼に限らず、今この瞬間をこの街の何処かで過ごしているのであろう仲間達の誰もに、“死”は等しく訪れる。

己が未来を見通す事の出来ぬ只人には、“死”とは何時訪れるのかも分からない“終わり”だ。

それはそうなのだが、こうやって死んだ様に眠り続ける“彼”は、公子の知る誰よりも濃厚に“死”の気配を漂わせ続けていた。

 

もし、公子がこの場に居ない時に彼が死んでしまったら、と思うとこの病室を離れる事すら恐かった。

 

 

「ほんと、私びっくりする位恐がりですよね……」

 

 

『大丈夫か』と、彼のぶっきらぼうだけど何処か優しい声を聞きたい。

もう一度、目を覚まして自分を見て欲しい、話し掛けて欲しい。

 

どんなに願い続けても叶わない事だ。

 

 

公子は彼から贈られた腕時計を、そっと撫でる。

彼に貰ったあの日からずっと、欠かさずそれを身に付けていた。

これがあれば、彼が側に居てくれる様な気がして……。

 

 

「ね、荒垣さん。

時計を誰かに贈る意味って、知ってました?

私、あの後に調べてみたんですよ。

そしたら、『貴方と同じ時間を刻みたい』って……。

…………。

……酷い人だなぁ、自分だけそんな事を言って、まるで言い逃げじゃないですか……。

私にも、言わせて下さいよ」

 

 

本当に彼は酷い人だ。

公子と出会った時には、既に死を覚悟していて。

後を公子に託していってしまった。

公子はもっともっと、彼に伝えたい事が沢山あったのに。

それらは伝えられる事も無く、宙ぶらりんのままだ。

 

 

「真田先輩を頼む、とか、馬鹿言わないで下さいよ……。

私にとっても、真田先輩にとっても、誰にとっても……。

荒垣さんの代わりになんて、なれる人なんて居ませんよ……」

 

 

死を覚悟してそれを受け入れようとしていた彼が、こうやってまだ生きていてくれているのは、彼が例え僅かだとしても、“生”に執着してくれているからなのだろうか。

公子は彼では無いから、その心を全て見通せる訳では無いのだけれど。

……その“生”への執着が、自分に対するモノであると、そう自惚れたくはあった。

 

 

「…………後ちょっとしたら、今年最後の影時間が来ますね。

あ、前にも話しましたよね、綾時の事。

今日がその期限なんです」

 

 

自分の身に封じられ続けてきた“死”の化身が、その優しさから用意してくれた公子にしか選べない選択。

絶対の“滅び”を【受け入れて全てを忘却してその時を待つ】か、【受け入れず抗って絶望の中でその時を迎えるか】。

その選択の期日は、今日大晦日に訪れる影時間であった。

 

 

「私は…………」

 

 

絶対の“滅び”、全ての生けとし生けるモノへと等しく訪れる終わり。

誰も彼もが皆等しく同時に死ぬのであれば、確かにそれは人によっては“救い”となるのであろう。

誰かに置いて逝かれる事も、誰かを置いて逝く事も無いのだから。

“生”に苦しみを感じて“死”に逃避しようとする人々が存在する事も、残念ながら事実だ。

そう言った人々にとっても、これから訪れようとしている“滅び”は“救い”なのかもしれない。

 

だけど──

 

 

「私は、戦います。

綾時を殺したりなんかしない……。

これからやって来る“ニュクス”に私達が何を出来るのか、分からない、けど。

それでも、私は忘却の安寧なんかに、身を委ねたくはないんです」

 

 

迫り来る避け得ぬ“死”から目を逸らさず、敵わないと知りながらも抗い続ける。

それは人によっては、酷く愚かしく滑稽に映るのかも知れない。

だけど。

……きっと彼ならば、そう選ぶだろうと公子は思った。

“死”を受け入れていた彼だけど、同時にそれと戦い、そして今も尚戦い続けている彼ならば。

 

 

「私は忘れたくない。

荒垣さんと過ごしたどんな瞬間だって、絶対に」

 

 

綾時を殺して忘却の安寧に身を委ねると言う事は、影時間に関わる全てを忘却すると言う事。

それは即ち、彼と過ごしてきた時間の一部を消失すると言う事に他ならない。

影時間を共に戦った事、そして、彼が凶弾に斃れたその時に、目を閉じる最後の瞬間に確かに公子の事を見詰めていた事。

…………その何もかもを忘れてしまうのだ。

彼と過ごしたどんな瞬間も、公子にとっては泣きたい位に大切な宝物だ。

それを、自分から捨ててしまう事なんて、公子には出来なかった。

 

そして…………。

 

 

「荒垣さんが生きてきた意味を、無くしたりなんかさせない」

 

 

世界が終わると言う事は、彼がこれまでに生きてきた意味、彼以外の誰かに残してきた沢山のモノ達も等しく消え去ると言う事でもある。

彼が命懸けで護った命も、終わってしまうのだ。

それもまた、公子には容認出来ない事であった。

 

 

確かに、人は何時か死ぬのだろう。

永遠に続くものなんて、何処にも無い。

“世界”だって、何時かはそれを認識する存在が消え去って、終わる日が来るのだろう。

だが、それは今では無い。

……今では無いと、公子は信じている。

それはずっとずっと遠く、永劫の彼方の事であると、そう信じたかった。

 

人が誰かを思って、何かを受け取り、育て、守りながらまた誰かに何かを残していくその繋がりを、今終わらせたりなんかしない。

 

出来るか出来ないかの問題ではなく、公子がそうしたいから戦う事を選ぶのだ。

例え人々が滅びを望んでいるのだとしても、世界でたった一人になろうとも。

公子は明日を──彼と共に過ごせる未来を、望むだろう。

 

 

 

 

「……荒垣さん、また明日来ますね」

 

 

公子は眠り続ける彼の頬をそっと撫でて、そこにキスを落とす。

そしてまた明日、と約束を残して公子は彼の病室を出ていった。

 

 

 

 

 

━━奇跡が果たされるまで、後少し…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Fin】

 

 

 

 

 

□□□□


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