ボクのMod付きマイクラ日誌   作:のーばでぃ

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死地へ

「よ……良かったスよ、スユドさん……あ、あんまり遅いもんだから、皆心配してたッス……」

 

ワシャさんが乾いた笑いを張り付けながら声を掛けました。

その言葉とは裏腹に、身が引けているのが解ります。

皆、ちゃんと聞こえていました。――スユドさんの台詞が、ちゃんと聞こえていたのです。

 

「そ、それで、皆は……どこッスか?ギヤナさんに……報告しないと……」

 

聞き間違いか、勘違いなのだと。必死にそう考えていました。

 

「――知る必要は無い」

 

残酷な一言が返って来ます。

ガサガサと林の向こうから黒い犬のような生き物が、何体も姿を現しました。

グルルルと唸るたびに、口の中から炎のような物が漏れ出ています。

アレは――まさか、ヘルハウンド?

 

「――地上人とラクシャスは残せ。二人は使える。他はどうしようと構わん」

 

現れた獣たちに、決定的とも言える命令を下します。

それは、聞きたくなかった一言でした。信じたくなかった一言でした。

 

「……嘘だろ、スユドさん」

 

カンガさんが震えながら呟きました。

 

「ギヤナさんを――ムドラを、裏切ったんですか!」

 

もはや悲鳴に近いその叫びを嘲笑うように、スユドさんの口の端が持ち上がりました。

 

「――見ての通りだ」

 

絶望と言う名のハンマーで殴られたような衝撃でした。

目の前が真っ暗に染まって行くのを感じながら呟くように問いかけます。

 

「……ニソラさんは、何処ですか」

 

返答は、ありませんでした。

代わりにスユドさんの右手がボクたちに向けられます。

 

「――やれ」

「GAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

無情な合図と共にヘルハウンドが飛び出してきました。

炎を纏って牙を剥く心無い獣が迫り来る中、ボクはただぼうっと佇んでいました。

頭の中で反響する感情が、ボクの体を縫い止めます。

 

ニソラさんは、何処にいるんだ。

ニソラさんは、どうなったんだ。

ニソラさんを、どうしたんだ。

まさか、まさかもうニソラさんは――?

 

「タクミさん!!」

 

いち早く硬直から解けたカンガさんでしたが、しかしその声をあげた時にはもう間に合いません。

ヘルハウンドの牙がボクの体に突き刺さる――前に、巨大な閃光と衝撃がヘルハウンドを撃ち抜きました。

 

ズガアアァァンッッ!!

 

その閃光とモロに受けて思わず目を庇った後ろで、ラクシャスさんの声が聞こえます。

 

「新しい杖の最初の相手が……スユド、お前になるとはなぁっ!!」

 

衝撃の杖星による雷撃です。しかもこの規模の威力は、ボクがゲームの中で見知っているものより明らかに上回っていました。

さらに掲げたその杖から閃光が迸ります。

 

「ウ、ヌ……ッ!?」

 

音を置き去りにする早さで突き進んだ雷光はしかし、スユドさんではなくその前に陣取っていたヘルハウンドのうち一体に突き刺さりました。

甲高い悲鳴をあげてふっ飛んだヘルハウンドは、そのまま地面に叩きつけられると、激しい痙攣を繰り返します。

爆音と共に迸るその閃光と衝撃は、ヘルハウンドを怯ませその足を止めるには十分過ぎました。

ヘルハウンドを盾にするようにバックステップしたスユドさんは、そのまま森林の中に身を隠します。

 

「卑怯者め!出てこい!我が光の槍で貫いてくれる!!」

 

ヘルハウンド達は閃光と衝撃に怯んだまま、しかし命令を遵守しなくてはと言う意識があるのでしょうか。

後退りしながらそれでも小さな威嚇を続けていました。

スユドさんを追うには、ヘルハウンドを何とかする必要があります。

木々の向こうから声がします。

 

「……ラクシャスがいたからまさかとは思ったが――本当にその力が戻ったとはな。余計な事をしてくれたものだ」

「スユド――貴様、どこまで!!」

「ラクシャス。その力の前に正面から立つつもりはない」

 

唸り声が森林の奥から続々と近づいて来ました。ヘルハウンドの増援のようです。

ガサガサと音を立てて黒い獣が顔を出します。

 

「限界があるのだろう?その光の槍には……ならば、的を散らしてその限界を待ってみようか」

 

多方面からの一斉攻撃。確かに、それならラクシャスさんの雷でも対応はしきれないでしょう。

忌々しげなラクシャスさんの舌打ちが聞こえます。

 

「――嘘ですよね、スユドさん……何か、理由があるんですよね……?」

 

すがるように問いかけながら、それでもカンガさんは剣を抜き放ちました。

ラクシャスさんの射線を空けつつ、なお庇える位置に身を置きます。

ヘルハウンドの相手をカンガさんが行えば、ラクシャスさんはスユドさんを牽制できる――そう言う位置取りでした。

 

「本当に……本当に裏切ったッスか……ッ!?」

 

ワシャさんは歯を食い縛りながら、震える手で剣を構えてボクの前に移動します。

理由なんて考えなくとも解ります。ボクの、護衛のためです

この状況でも、ムドラの戦士達は自分の役目を遵守していました。

それは恐らく、スユドさんとの訓練で練り上げられたからこそのハズで。

その訓練の成果をそのスユドさんに向けることになった彼らの心中ははかり知れません。

 

ボクは……ボクは、どうするんだろう……?

 

ワシャさんの背に庇われながら、ボクの頭はまだ衝撃と混乱で動き出してくれませんでした。

そして敵がそれを待っていてくれる筈もなく。

 

「かかれ」

 

カンガさんとワシャさんの追及を完全に無視して、スユドさんが号令を掛けました。

ヘルハウンドがボクたちを包囲するように展開し、一斉に飛び掛かって来ます。

 

「――ッッきしょおおお!!」

 

戦闘が、始まりました。

ヘルハウンドはスユドさんの指示通り、出来る限り的を散らす為に広く展開しています。

 

「――ッ!」

 

差し当たり、正面。

恐らく閃光と衝撃で怯ませるのが目的でしょう。

ラクシャスさんの雷が迸りました。

 

ズガアアァァン!!!

 

再び視界を庇うような閃光と共に、ヘルハウンドの一体が吹き飛びました。

その一撃で他のヘルハウンドも怯みましたが、精々数秒の時間稼ぎにしかならないようです。

耳を垂らし尻尾を巻いて数歩後退りするも、自らを奮い立たせるように吠え立てて、再び襲い掛かってきます。

ヘルハウンドにも戦士としての誇りや勇猛さがある……そう言う事なのでしょうか。

カンガさんが踏み込んで、怯んだヘルハウンドに剣撃を浴びせました。

悲鳴を上げてノックバックするも、すぐに体勢を立て直してくるヘルハウンドです。

体力が高いのか、それとも防御力が高いのか。皮膚への損傷があまり見て取れないので後者なのかもしれません。

 

「カンガ!スイープ(斬り払い)じゃあ効果が薄いっス!チャージ(突き)じゃないと!」

「解ってる!けど、この数では……!」

 

ワシャさんも応戦していますが、数が多く一体一体突いて行く余裕もありません。

また、数を減らすために被弾覚悟で踏み込んでも、そうそう簡単に当たってくれるヘルハウンドではありませんでした。

 

「クソッタレ!!」

 

スユドさんの隠れる木ごと撃ち抜く意図で、ラクシャスさんが杖を振りかざします。

木に直撃した雷撃は容易にその幹をへし折りますが、しかしスユドさんは2撃目が来る前にさらに後退し、その体を晒す事はありませんでした。

 

「……おのれ!コレでは、ニソラ殿の居場所を吐かせる事すらままならん!!」

 

舌打ちとともに吐き出されたその叫びは、ボクの体をピクリと跳ねさせました。

 

「……吐かせ、る……ニソラさん……の……」

 

――実際。

動けてなかったボクを焚き付ける意図が多分に含まれていたのでしょう。

少々ワザとらしさを感じましたし、その意図は普通に読み取れました。

しかし、絶望で止まった体を動かすには十分な目的を示してくれます。

ココを切り抜けて、スユドさんを下して……ニソラさんの居場所を、吐かせる。

まだ出来る事があるのだとラクシャスさんが教えてくれます。

暴力的で暗い漆黒の希望です。

それでも膝を折りそうだったボクに力をくれた希望でした。

めらめらと、心の中から黒い炎が沸き上がって来たような気がします。

ぎりき、と無意識に歯を食いしばり、ボクは憎悪の籠った眼で経るヘルハウンドを睨んでいました。

 

こいつらのせいだ。

ニソラさんがいないのは、こいつらのせいだ。

ニソラさんの所に行けないのは、こいつらのせいだ。

 

邪魔だよ、みんな――ナマスにしてやる。

 

鯉口を切ります。

身を沈め、ヘルハウンドに狙いを定め、無垢の柄に手を添えました。

 

「行くよ「白鞘」――初陣だ」

 

今ボクの手にあるのは、殺傷力が小さい木刀の「木偶」ではなく……ギヤナさんに都合してもらった金塊と持ち込んだ鉄で作った、正真正銘の「真剣」です。

利刀「白鞘」……新たに作ったボクの白銀の牙が、ヘルハウンドに牙を剥きました。

 

「タクミさん!?突っ込むのは危な…………え?」

 

Mod「抜刀剣」を使えば、クラフターは剣の達人になれます。

迫る弓矢を切り払い、目にも止まらぬコンボを叩き込み、ともすれば空中で制動する事すら可能です。

不思議とボクは「それ」を疑いませんでした。

ゲームで抜刀剣を使っていた時の様に抜刀し、しかしゲームをしていた時とは違う、明確な「殺意」を乗せて。

ワシャさんの横をすり抜けて2m程の距離を一瞬で詰めると、まず目についた一体を切り上げてから2連撃を叩き込みます。

 

「――は、速ッ!?」

 

赤いマグマのような体液をドロドロと流しながら、その1体が大地に叩きつけられ1条の線を引きました。

 

「GURAAAAAAA!!」

 

ボクとラクシャスさんは残せ、と言う指示でしたが……積極的に歯向かってくるなら、手足の2~3本は持って行くつもりなのでしょう。

突出したボクに対しても容赦は見えません。

構いません。ボクも容赦するつもりはありません。近づいてくれるなら好都合と言うものです。

ボクを囲んで飛び掛かって来る2体の攻撃に一撃を合わせて撃ち落とします。

一瞬でその後方に回り込み、さらに横薙ぎの一閃、そして斬り返し。手に伝わってくる固いゴムを切ったような感触が、カンガさんの攻撃を耐えきった理由を教えてくれました。

確かに硬い……ですが、問題ありません。

対応できる固さでした。

さらに左右から挟み撃ちするように3体迫ります。一番遠かった1体の後ろにやはり瞬時に回り込み、3体が一度に射程に入った所で3連の横薙ぎ。

メッタ斬りされたヘルハウンドが甲高い声を上げて撥ね飛んで行きましたが、まだ絶命までには至りませんでした。

立ち上がるその姿を見つめたまま、静かに納刀します。

 

「んな、何やって――ッ!?」

 

視界に映った最もワシャさんに近い位置にいる1体を標的に定めると、再び踏み込んで距離をつぶし、抜刀の一撃を叩き込みました。

「抜刀剣」のシステムは面白い物で、敵を斬ったりジャストガードしたり、そして敵前で動かずに納刀したりする事でその攻撃ランクを上げていく事が出来ます。

スタイリッシュなアクションを演出するためのシステムですが、その仕様がリアルになった事で凶悪な武器になります。

 

攻撃ランクが溜まった「白鞘」の一撃は、ヘルハウンドの首を容易に撥ね飛ばしました。

 

叫び声をあげる暇もないまま凄惨に倒れ伏すその姿に、流石に他のヘルハウンドもたじろぎます。

 

「……ヘルハウンド……確か、舌が魔術の素材になるんだったかな……」

 

敵前にて再び納刀し、さらに白鞘の攻撃ランクを上げました。

眼前にいるヘルハウンドはざっと9体ほど。そのこと如くを睨みつけ、ボクは重心を落として抜刀の構えをとります。

こちとらリーチが長く、範囲攻撃が得手で、視界に無い敵まで察知する事ができ、さらに神速の踏み込みで距離を潰す事ができる抜刀剣です。近接攻撃しかないこの程度のMobなんてカモも同然です。

現実では人間は訓練された闘犬を斬る事が出来ないとどこかで聞いた事がありましたが、知ったこっちゃありません。

 

「いいよ、掛かって来なよ……みんなみんなぶった斬って、その舌引っこ抜いてやるからさぁっ!!」

 

展開するなら一体ずつ。

囲んで一斉攻撃に来るなら包囲の外に踏み込んでから反転横凪ぎで一纏め。

簡単な仕事です。

残らず叩き斬ってやる――ッ!

今さら怖じけついたとでも言うのでしょうか。

ヘルハウンドの群れはその場をウロウロしながら此方を伺うものの、ボクの間合いに飛び込んでは来ませんでした。

 

「――たった一人で奴らの勝ちの芽潰しおった……これほどか、タクミ殿は……」

 

背後からラクシャスさんの声が聞こえます。

緩慢に首を傾け、ラクシャスさんに視線を向けました。

……これ以上無い隙のはずですが、ヘルハウンドは掛かって来ませんでした。

少々、ワザとらし過ぎたようです。

思わず舌打ちが飛び出ました。

 

「怖いな……しかしお陰で、真っ直ぐにスユドを狙えるわい。最早無駄撃ちはないぞ?果たしてその犬どもはタクミ殿を凌いだ上で、カンガとワシャを出し抜けるかのう……?」

「……」

 

森林の向こうは沈黙を返すのみです。

たまらずスユドさんが移動すれば、そこをラクシャスさんが狙い撃てます。

油断なくその杖を構えながら、ゆっくりと前進を始めました。

 

「タクミ殿、押し込むぞ。甘えるようで情けない限りだが、あと最低3体も斬ってくれれば後はカンガとワシャがやる」

「嫌です」

「――え゛?」

 

ボクは、短く答えました。

 

「嫌です。一体も残してやるもんか……全て斬る。根切りにしてやる……ッッ!」

 

最早ハシゴは外しました。

止まるつもりも容赦するつもりもありません。

行く所まで突っ走る以外、選択肢はありません。

 

「お、おう……私以上に暴走しとるぞコレ。……スユド貴様、最悪の逆鱗に触れちまったなぁ。ここで下るなら、私は許してやっても良かったんだがな……?」

 

――許す?

ラクシャスさんのそのセリフを聞いて、頭の中に残していた理性がボクに囁きました。

……そうですね。スユドさんがここで下るなら、早急にニソラさんの居場所を吐かせなければなりませんから、ヘルハウンドを相手にする暇は無くなります。

ラクシャスさんの言は的を射ています。流石です。

ボクは、冷静に目的を見つめ直さなければいけません。

……もし、スユドさんが下るなら、許してあげなくちゃいけません。

 

「ええ、大丈夫ですよ……ラクシャスさんの言う事、ちゃんと聞きますよ……ここで下るならボクも許します。

ええ、許しますから――簡単に、下るなよ……ッッ!」

「あダメだコレもう臨界点振り切ってるわ。怖すぎる」

 

解り切った事をいちいち口にする物です。

ムドラを出る前ならずいぶん警戒していた物ですが、事ここに至ればラクシャスさんがムルグに宣戦布告しても一向に構いません。

むしろ、便乗して暴れ回ってやりたいです。

 

「……ラクシャス、確かに分が悪いようだ。今の手持ちをけしかけても、お前の力を削れそうにない」

 

森林の奥から、聞きたくないセリフが届きます。

ここまで来て、ここまで来てあっさり下るつもりだと……?

 

「――故に、仕切り直させて貰おう。ムルグまで来るが良い。結局、先発隊の事を考えるならお前たちはムルグに来るしかないのだ」

 

……予想の、斜め上の言葉でした。

いいえ。いいえ。

下るつもりもなく、勝てもしないなら、確かに逃げるしかありません。

つまり――つまり、ボクは許さなくて良いと言う事です。

下るのでないならば、許さなくても良いと言う事です。

 

「逃がすと思うか?」

「ああ、問題ない――その一手はもう来ている」

 

嘲笑が混じったような一言が帰ってきます。

 

「?…………ッッッ!!?」

 

気配を感じてガバッと振り返ります。

ボクたちが登って来た崖の方角、ラクシャスさん達の後ろにうぞうぞと蠢きながらガストが顔を出していました。

ボクにつられて振り向いたラクシャスさんたちも気づきます。

 

「んな……ッ!ガストだとおぉぉぉ!!?」

「そんな!ここはヘルバークの森の近くなのに……!」

「GURAAAAAAAAAAA!!」

 

――今度は完全に出来た隙でした。

その一瞬を逃さず、ヘルハウンドが一斉に飛び掛かってきます。

その動きも何とか察知出来たボクはしかし、とっさに後方へ下がってしまいます。

それにより、ラクシャスさんの射線を塞いでしまいました。

そのラクシャスさんもターゲットをガストに向け、スユドさんが完全にノーマークになります。

 

「――ック、ッソオオオオオオッッッ!!」

「CYAAAAAAAAAAAAA!!」

 

ガストが火の弾を撃ち、ヘルハウンドが追撃し、その混乱の中でスユドさんが全速で遠ざかって行くのが見えました。

完全に出遅れていました。

ヘルハウンドはボクが、ガストはラクシャスさんが対応するとして、火の弾は……ッ!?

 

「う、ああああああああっっっ!!」

 

連撃でヘルハウンドを3体ほど纏めて斬り捨てました。

同時に今日4度目の雷撃がガストの火の弾に突き刺さります。

 

ドグオオオオオオオオンンッッッ!!!

 

ガストへの攻撃ではなく、ラクシャスさんは火の弾の相殺を選びました。

もともと轟音を出す雷が、爆発する火の弾に突き刺さったのです。

その衝撃と爆音たるや相当のもので、ボクたちは爆風に煽られて吹き飛ばされました。

地面に叩きつけられながらも見えたのは、もはや追いつけないほど遠くに消えて行く小さなスユドさんの背中です。

 

「ぁ……ま……て……、待ってよ……ッ、ニソラさんは、どこだよ……!ニソラさんを、返してよおおおおおッッ!!」

 

追撃が、できません。

ボクと同じように吹き飛ばされながらも、体勢を立て直してなおも突撃してくるヘルハウンドです。

もはや死兵と化したそれらの対応に追われながら、ボクは消えて行くスユドさんの背中に呪詛を叫ぶ事しか出来ませんでした。

 

 

@ @ @

 

 

斬り捨てたヘルハウンドの群れの中で、ぺたりと力なく座り込みます。

ガストはラクシャスさんの追撃の雷を浴びて、崖の下に転がり落ちて行きました。

……ボク達は、まんまとスユドさんを逃がしてしまった訳です。

 

「――クソッタレ!!」

 

八つ当たり気味にラクシャスさんがヘルハウンドの亡骸を蹴り飛ばしました。

日本人としての感覚からか、生死を貶めるその行為をボクは軽蔑するほど嫌っていた筈ですが……今回に限ってはそんな気持ちが沸き上がりません。

見事にスユドさんを守り切ったヘルハウンドの亡骸達がまるで「ざまあみろ」と言っているように思えて、ボクは歯を食いしばります。

憎悪と後悔の炎に焼かれた頭でどうすれば良かったのかを思い返しましたが、ガストのバックアタックを受けた時点でどう考えてもこの結果になってしまいました。

ボクがもっと早くガストを検知できていたら……?

いえ、無理です。あれに気づけたのは偶然も重なっていたと思います。

――むしろ、ボクが気付くのがもう少し遅れていたら誰か死んでいた可能性すらありました。

 

「反則だ……あんな、音も立てず声も上げずに忍び寄るガストなんて……」

 

明らかに訓練されていました。

皆を苦しめていたガストを飼い慣らす……今までの前提が一気に覆る一手です。

 

「どう言う事っスか……アイツら、ガストに対抗するためにムドラの伝説を追っていたんだろ……?なんでそのガストを飼い慣らしてるっスか……ッ!?」

「つまり、それが全部嘘だったって事なんだろ。――クソッ!バカにして……ッ!!」

 

カンガさんの拳が大地を打ちました。

 

「大体、なんでこのエリアでガストが生きてられるんだよ!ヘルバークの森林だぞここは!ワスプはどうしたんだよ!!」

 

ヘルバークの森林の上空には大抵ハチが巣を作り、その受粉を手伝いながら蜜を取り……そのハチの巣を守るためにワスプと呼ばれる戦闘員が外敵、特にガストを排除して回っている――カンガさんたちはそう教えてくれました。

だからこそ彼らの中でハチは神聖な位置にいるのだと。

――なんてことはありません。見上げたそこに、答えがぶら下がっていました。

 

「……そのワスプさんごと、とうに全滅したってさ」

 

吐き捨てるように口にします。

ボクの視線の先には、ガストの攻撃でも受けたのでしょうか。下半分がボロボロになって消失した、巨大なハチの巣の残骸が残っていました。

 

「……チクショウ……」

 

つられて見上げたカンガさんの表情が忌々しげに歪みました。

 

「……発展途上の森林で、ハチが全滅して火まで付いて……この森はもう、終わりっスね。あとは灰に覆われて沈むだけっス……」

「フン!ガストの奴めを操れるなら、特に支障もないのだろうさ!あのクソッタレに「従属する」なんて高尚な脳ミソがある事が驚きだがな!!」

 

意思も思考もなく、醜悪に喚き、赤子のような鳴き声と共にただただ破壊を撒き散らす。

そんなクリーチャーだった筈でした。

……あるいは、その意思を知ろうとしなかっただけだとでも言うのでしょうか?

例えば「I am Legend」のダーク・シーカーのように?

もう何が何だか分かりません。

 

「……ヘルハウンドを、従えてましたね。アレは以前からですか……?」

 

地に転がる亡骸を眺めます。

ネザーに棲息する炎の魔犬。

犬にして犬ではない魔女の使い魔。

魔術Modに分類される大型Mod「Witchery」で追加される敵性Mobです。

日本語で「魔女宗」とも訳されるそれは、大釜を掻き回し薬を造り、箒で空を飛ぶような古典的な魔法の要素を追加します。

工魔ModユーザーにとってはオードソックスなModでしょう。ボクも導入していました。

ちなみに、ヘルハウンドを手懐ける事は出来ません。

 

「以前から、そうです。ムルグ周辺は特に険しい場所柄だからか、彼らは小さくて小回りの利くヘルハウンドを手懐けて共に生活していました」

 

例えプレイヤーに出来なくとも、そこはムルグとヘルハウンドの歩んだ歴史と言う事なのでしょう。

忌々しいですが、コイツらは紛れもなく戦士でした。

 

「ムルグか……まず、罠だろうな」

 

スユドさんの捨て台詞の事です。

遮蔽物の無い開けた地ならいざ知らず、今回のように森の中や建物の中だとラクシャスさんの雷も有効に使えません。

入り組んだ場所で乱戦に持ち込まれたら、流石にヘルハウンドの群れに軍配が上がるでしょう。

ボクの抜刀剣も室内では十全に扱えません。

 

「……でも、行かない訳にはいかないッス。先発隊のやつらが、何よりニソラ師が、捕まっているかも知れないッス」

「結局、手のひらの上か」

「ニソラさん……」

 

ネザーラックの向こうに霞むムルグを見つめます。

――ええ、罠があろうとなんだろうと、行かなくてはいけません。

元よりそのつもりだったのです。

ニソラさんに会えるなら、敵陣にだって突っ込んでやります。

 

「……そうだ……伝令、走らせなきゃ」

 

ギヤナさんとした約束を思い出しました。

戦士達を見渡します。

 

「――引き返したい人、いますか?……ボクはこれから馬鹿正直に敵陣に突っ込む事になります。それも、ただの我が儘からです。ニソラさんの側に行きたいから敵陣に突っ込むんです。……ムルグの場所も解りましたし、ここからならボク一人でも行けます。皆、馬鹿に付き合わなくたって良いんですよ?」

「それこそ馬鹿だ」

 

ラクシャスさんが切って捨てました。

 

「タクミ殿の我が儘に付き合っているから、なんて理由でここに居るヤツは一人もおらんぞ。ニソラ殿の事で見えなくなっているのも解るが、この際キッチリ言わせて貰う――先発隊のメンバーは、長年苦楽を共にしてきたムドラの戦士なのだ」

 

カンガさんもワシャさんも、それを肯定するような目でボクの事を見ていました。

ボクの想いとラクシャスさん達の想いは、同じ物なのだと指摘されました。

……いえ、違います。

彼らはそこからさらに、スユドさんの裏切りにまであっているのです。

 

「……ごめんなさい。浅慮でした」

「謝るな。私達を遠ざける事が義理を通す事だと勘違いしていたから指摘しただけじゃい。その想いは何一つ間違ってはおらん。……むしろ謝るのは私達ムドラの方だ。完全に割りを食わせてしまった」

 

ボクは黙って首を横に振りました。

 

「――八つ当たりなんてカッコ悪いコト、しませんよ。悪いのは誰だか解ってるつもりです。それに、自分から首を突っ込んだんですから」

 

思えばニソラさんもそうでした。自らムルグへと向かいました。

――だからとて、現状に甘んじるつもりは毛頭ありませんが。

このドロドロとした黒い炎は、全てムルグにぶつけるのです。

 

「……でも結局、一人はムドラに戻って貰わなきゃです。あわよくば、希望者が居れば……とも思ったんですけど……」

 

三人に視線を走らせました。

ラクシャスさん、カンガさん、ワシャさん。

まずスユドさんを抑えられるラクシャスさんは外せません。……正直、ギヤナさんの低い評価が信じられないくらい動いてくれてると思います。

選択肢としては、カンガさんかワシャさんのどちらかになります。

 

「あの……」

 

ワシャさんが、絞り出すように口を開きました。

 

「伝令内容には当然、スユドさんの事も……入る、ッスよね……?」

 

カタカタと手が震えていました。

 

「……そうですね」

 

むしろ、それが主な内容になります。

 

「もう少し!――もう少し、情報集められないッスか!?だって……だって、スユドさんが、何の理由もなく裏切る訳が無いッスよ!!人質取られてるとか、実は偽物だったとか、そう言う……そう、言う……っ」

 

――スユドさんの離反。

報告をいれた時点で、ムドラはスユドさんを切る事になります。

ワシャさんが危惧しているのはきっと、そう言う事なのでしょう。

尊敬していた人が裏切った――それを確定させる報告に、躊躇を覚えるのは理解できました。

……誰もが沈黙を返しました。

きっと最後のラインを踏み越えた所にスユドさんがいるのだと、頭の何処かで判断してしまって居るのでしょう。

その提案を持ってきた、ワシャさんですら。

裏切ったのかと叫んだ問いに、口の端を歪めて返されたシーンがフラッシュバックします。

 

「……情報集めるには、ムルグに行かないといけないぞ。本末転倒だ」

 

カンガさんが現実を突きつけます。

 

「カンガは……カンガは、割り切れるッスか?スユドさんが裏切ったって、飲み込めてしまえるんスか………?オレは、オレは出来そうに無いッス……まるで、悪い夢を見てるようで……ッ」

 

両目を覆うように頭を抱えて、ワシャさんが慟哭します。

カンガさんが目を伏せました。――言われずとも、と言う事なのでしょう。

カンガさんも酷い顔をしているのです。

ワシャさんよりも、ホンの少し……ホンの少しだけ、感情を排さなければならないと言う責任感が勝った。ただそれだけだったのだと思います。

 

「例え飲み下せなかったとしても……どうしようもない事だって……あるだろ……」

 

自分に言い聞かせるように絞り出されたその声は、途中からかすれて聞き取れないほど微かな物になりました。

 

「――偽物、か」

 

ラクシャスさんがポツリと口にします。

 

「スユドを擁護するわけではない――だが、妙な違和感を覚えはした。戦術的には納得が行くからそう言うモンなのだと言われればそれまでなんだが」

「――に、偽物だと思うッスか!?」

「いいや」

 

ワシャさんのすがるような声をバッサリ切って、しかし得心が行かないように首を振ります。

 

「あの容姿、あの体つき、あの声、そしてあの身のこなし――アレは確かにスユドだと、そう思う。だがあの戦術だけは私が知るスユドとはかけ離れているように思えてな。――あのスユドが、こと戦闘に至り誰とも拳を合わせておらんと言うのが、な」

「……ボクからしたら、その理由は明白な気もするんですが……ラクシャスさんに狙われた状態でさらに的を散らせる手駒があって、それでもなお別の戦術を使いますか?」

 

ラクシャスさんのあの雷はそうそう避けられる物とは思えません。

せいぜいが不規則に動き回って、狙いを定められないようにするぐらいですか。

当たればそれで終わるような威力でした。ゲームの中では何発か撃ち込まないと牛も倒せなかった衝撃の杖星はなんだったのかと思うほどです。

あれの直撃を受けるリスクは減らせるなら減らしたいと思えますが……

 

「――スユドさんは、仲間を使い捨てになんかしないッス!絶対に、しないッス!!」

 

そのワシャさんの強い口調を受けて、ヘルハウンドの亡骸を見回しました。

――確かに、使い潰すには練度の高さが気になりましたが……ムルグ側としてもラクシャスさん復活の報は戦略に跳ねる重大性がある気がします。

ボクも突出したので、情報が渡ってしまっているでしょう。

やはり後々を考えたら、仕切り直しと情報持ち返りこそが最適解に思えるのですが。

 

「使い潰すような運用だったと言うのも確かにあるがな。今回、此方の被害が無かったのは完全に森に踏み込んでいなかった点も大きい。いり組んだ場所で多角的、断続的に攻められれば、此方は分断すらあり得たハズだ。もちろん、あの形になったらそうそう深追いなどしようもないが……」

「……ファーストコンタクトが森の中だったら、危なかったって話ですよね」

「もしくは、積極的に森の中に引摺り込まれれば危なかった。解せないのはその点だ。ヘルハウンドと一緒にゲリラ戦に移れば奴の得意の距離になったのに、その素振りすらなかった。タクミ殿だけならニソラ殿を出して挑発すれば釣れたかもしれんのに」

「ラクシャス師も、森の中では何もできまいとか言って挑発すれば釣れる気がしますが」

「ぐぬぬ……」

 

ニソラさんをネタに挑発……ああ、簡単に釣られる自分が想像できます。

きっとチキン呼ばわりされたマーティー・マクフライよりもチョロいでしょう。

それを自覚した今であってもです。

 

「――とは言え、確かに違和感ですね。そもそもスユドさん、自分で攻撃しようって気が無かったようにも思います。何時もなら嬉々として突っ込む人なのに」

「躊躇ったんスよ!きっと、オレらを攻撃するのを躊躇ったんスよ!人質とかで無理矢理動かされてるッス!!」

「……ワシャさん……それ信じたいですけど、それにしては取られた戦術がエグくないですか。数で囲って背後からガストの奇襲爆撃とか、躊躇ったまま取れる戦術なのかなぁ……?」

「あ、う……い、いや、きっと信じたんスよ、オレらの実力を!現に凌ぎきったじゃないスか!!」

「タクミ殿が気づけたからな。アレが無ければ反応出来なかった自信があるぞい。――と言うか、私が一番近い位置にいたのに全く気付けなくてむしろ自信が無くなった。

――タクミ殿、なぜ気付けた?確かに増援を仄めかしていたが、まさか道のない所からガストが来るとか思わんぞ」

「……不思議ぱぅわぁでお願いします」

 

抜刀剣Modの敵Mob索敵&オート振り向き機能の恩恵だなんて、説明のしようがありません。

またそれか、みたいな顔をされても困ります。

 

「……でもまあ、ありがとうございます。ワシャさん」

 

視線がボクに集まりました。

 

「――ボクは、正直「なんで裏切ったんだ」って気持ちよりも……「よくも裏切ったな」って、そう言う気持ちの方が強かったんです。お腹の奥からドロついた暴力的な何かが溢れだして、アイツらに報いを受けさせてやれって――そう叫んでるんです。理由なんか知るかって。意図して押さえつけないと、今すぐ暴れだしそうになるような、そんな気持ちなんです」

 

ニソラさんの事を想うと、今すぐムルグに突っ込んでしまいたくなります。

 

「――だけど、話してて少しだけ気が紛れました。そして、考えなきゃいけない事があるのにも気付けました。

……ボクらは今、ムルグに盛大に釣られようとしている訳ですから……少なくとも、考え無しで突っ込んだら、きっと間違えて取り零してしまいますよね」

 

努めて大きく深呼吸しました。

思考を回します。ムルグが敵なのであれば、行うべきは彼らが嫌う事のハズです。

手のひらの上にいつまでもいる義理はありません。

 

「ボクもスユドさんについて、疑問に思った事があります。なんであの人、ここに居たんですかね?」

 

ボクも、可能性を追及して行くことにしました。

 

「ふむ?……そう言えばそうだな。この近くに何かあって、その何かに用があったと考えるのが自然か?」

「後発隊の足止め、もしくは斥候では?」

 

カンガさんの指摘ですが、首を横に振ります。

 

「それだったら溶岩の川の向こうに居るハズなんですよ。それに、その目的ならスユドさんじゃ無くても良くない?って思うんです」

「なら後発隊の殲滅、とか……でも場所の問題は解決しませんね。殲滅目的なら、スユドさん以外も流石につける筈ですし」

 

ゾンビビッグマン27名相手に無双したと言うスユドさんであれば、実力的には問題ないかも知れませんが――

先程会敵した時は、その無双ぶりも鳴りを潜め消極的だったように思います。

ラクシャスさん達が感じている違和感は、恐らくそう言った経験に裏付けられているのでしょう。

 

「この近くには何がありますか?特記すべき施設や地形が?」

「特記って……ヘルバークの森林とか、ハチの巣とか。もう破壊されてるッスけど」

 

つまり、見えている以上の物はない、と言う事でしょうか。

 

「破壊されてもうないけれど、それでも未練たらしくハチミツを見に来た……とか?」

「それはそれで面白そうだが、ヘルハウンド連れてか?……いや、違うな。あの数のヘルハウンド連れてやる何かだ。しかもガストまで連れている……あのガストは何処から湧いた?いつ命令を受けたんだ?」

 

それはボクも気になっていた所です。あまりにも完璧なタイミングでした。

ガストがあの戦局を見極めて助太刀に入ったと無理矢理解釈しても、それならそれでガストは戦局を見極められる何処かで見ていたと言う事になります。

しかし、ガストは視線の通らない崖の下から出て来ました。つまり、せいぜい音ぐらいしか聞こえてなかった訳です。

そんな状態で、果たしてガストの自己判断による介入は可能なのでしょうか?

 

「……スユドさんとガストに視線を通せる第三者が、合図を送っていた……?いやでも、あの時スユドさんは森の中にいたし……」

「第三者の介入は不可能、で良いんじゃないか?地形も場所も悪すぎる」

「ヘルハウンド連れてここにいた理由を考える方が建設的ですかね……」

 

思考を走らすにしても情報が少な過ぎる為、思考の袋小路に入ってしまいます。

しかし、腑に落ちない点はかなり出て来ました。

 

「……こう言う時は、相手の目的を読み切れれば辻褄が通ったりするんですけどね」

 

焦って結論を出したくなってるボクの脳みそじゃあ、正直正解出来る気がしません。

 

「ギヤナがなあ……こう言うの、メチャメチャ得意なんだがの」

 

ラクシャスさんもギブアップのようでした。頭をガリガリ掻いています。

 

「あー、そうですよね……ギヤナさん巻き込む意味でも、とっとと伝令しなきゃって結論になりますよね……」

「一応、体験した脳みそ増やすために皆揃って帰る選択肢があるぞ。全くやる気は無いが」

「そうですね。ギヤナさんもそれを望みそうですが、ちょっとそれは受け入れられませんね」

 

実はベターな選択肢である自覚はありました。

先発隊がムルグに囚われていると仮定しても、突入するには正直手数が不安です。

つまり不安な手数でなんとかするための作戦を立て、それを運用できる人間が必須になる訳ですが……そんな便利な人いるはずがありません。

……ああ、改めて考えると本当に自分から釣られに行く魚ですね、ボクたちは。

 

「仮になんスけど」

 

ワシャさんが手を上げて言いました。

 

「オレらがムルグに突撃して全滅した場合、その後の情勢ってどうなるんスかね?ムドラはもう流石に挙兵に踏み切ると思うんスけど、ムルグはまだ情報遮断するッスかね?ムドラの隷属を要求してきた割に、ムルグがやってる事って引き篭りじゃないッスか」

 

ちょっと前までは「ムルグが攻めてくる」と言うムードだった訳ですが、蓋を開けてみると逆の状態になったのが不思議なようです。

成る程、それも違和感……なのかな?

引き篭ってムドラを誘っているだけのようにも思えますが。

 

「溶岩の川で道まで塞いじゃったからな」

「いや、攻めようと思えば攻めれるんじゃないか?ガストを飼い慣らしているなら上に乗って上空から攻撃とか出来そうだし」

「いや、つーか普通に泳げば良いじゃろあんなモン。時間稼ぎにしかならんだろ。今じゃタクミ殿が橋まで掛けちまったし」

 

――アレ?

何でしょうか。何か今の会話、妙な違和感があったような……?

 

「少なくとも硬直が続くとは思えないんスよ。カンガが出したガストに乗っての強襲が一番想像しやすいッス」

「対抗は出来そうだろう、ニソラ師が弓を教えてくれたからな。ただでさえ鈍重なガストに人が乗ってさらに鈍くなったら良い的にしかならないと思うね。それでも爆撃は脅威だけど」

「でも、先発隊は弓を教えに行ったッスから。迎撃出来るのはバレてるから、一工夫してくると思うッス」

 

……違う、それじゃありません。

ムドラへの進攻ではなく、現状についての違和感です。

ええと、なんだっけ……ムルグの引き篭り?

情報を塞いで、道も塞いで……?

 

「ん、む……わ、私は戻らんぞ!!確かに光の槍なら多少の策も捩じ伏せられるが!」

「ラクシャス師復活もバレましたしね。たぶんそう簡単には行かないと思いますよ。――あれ、考えるほど後手だな。どうするんだこれ……?」

 

道を塞いだ……なんで?

ムドラの足を止めたいから?

でも、泳いで渡れるから時間稼ぎにしかならないのに?

 

「――捕らえた、訳じゃない?」

 

ポツリと呟いたそれに反応して視線が集まったようですが、無視して思考の海に潜り続けます。

 

「捕らえたのなら川を作る必要もない……つまり、川を作る必要な事態になったと言うこと。でも現実、嫌がらせや時間稼ぎにしかなっていない……そうでないなら?」

 

――パチリパチリと。

頭の中でパズルのピースが組み合って行くのを感じます。

組み立てられて行く先に、希望と言う名の形が見えて来ました。

 

「そうだ、スユドさんは上から来たんだ!ヘルハウンドを連れて!入り組んでいるだろう森から出て来た!!」

「……タクミ、さん?」

「辻褄が合った!辻褄が合ったんだよ!!」

 

さっきまで燻っていたドロドロとした黒い炎が、白い希望に塗り潰されて消えて行きます。

ワシャさんの肩をガバッと掴んでボクは堪えきれずに叫びました。

 

 

「――ニソラさんは、生きてる!ムルグから、スユドさんから逃げ切ってたんだ!!」

 

 

溶岩の川による道の分断。

その気になれば泳いでしまえるゾンビビッグマン相手ではあまり効果がありません。

なら、何を狙ったのか……この効果を受けるのは?

そう考えたら次々と線が繋がって行きました。

恐らく、こう言うことです。

先発隊はムルグについた後でスユドさんの離反に合います。

そこで残ったメンバーが脱出を図りました。

全員逃げれたのか、それとも捕まったのか殺されたのかまでは解りません。

ただ、脱出できた中にニソラさんはいた筈です。

ニソラさんはこの事態をムドラに伝えるために例の道を逆行しますが、ムルグ側は溶岩流による道の分断を思い付きました。

ゾンビビッグマンなら泳いで渡れますが、ニソラさんはそうはいきません。

ニソラさんを抱えて渡河と言う選択肢はやってやれなくも無いですが、危険度が高過ぎるため使えません。

うっかり転けたらそのまま死亡ですからね。

その為、溶岩流にぶつかったら、ボクたちと同じように上流に回り込もうとする筈です。

だから逃亡したニソラさんを探すなら、溶岩流の近くで網を張れば良かった訳です。

だから、ボクたちはニソラさんを追跡していたスユドさんと会敵しました。

スユドさんが探索用に連れてきていたヘルハウンドと一緒に。

 

「成る程……確かに辻褄が合う。確かにあのヘルハウンドの数は、人探ししていたと考えれば納得できる」

 

頷いて先を続けました。

 

「ボクたちは下から登って来ました。ニソラさんが通った形跡は見受けられませんでした。

スユドさんは上から探しに来て、ボクたちと会敵しました。会敵したと言うことは、ニソラさんがまだ見つかっていなかった事を意味します。

上にも下にもいなかった――つまり、溶岩流近辺にニソラさんはいません」

「ムルグの策を読みきって、何処かで潜伏している――?」

「そう考えました。そして、潜伏するなら期待しているのは援軍です。ならば後から合流出来るようにムルグへの街道近く、身を潜められそうな場所でボクたちを待っている筈です」

 

ラクシャスさんが考え込むように視線を巡らせました。

 

「……潜伏した時点でムドラに伝令を飛ばせなかったと言うことは、逃げれたのはニソラ殿のみの可能性が強いな」

「……もしくは、負傷者を抱えていると推測します」

 

気付いていたものの、あえて言わなかったその推測に抉り込んで来たその指摘は、辛いものがありました。

……ですが。

 

「伝令を出す話は取り下げます。ボクたちはムルグに向かわず、今来た道を逆行して本来の道を辿ります。――ワシャさん、ここから引き返して例の道を辿った場合、ムルグにつくのはどれぐらい掛かるか予想できますか?」

「え、あ……どうだろ。多分3本は掛かるんじゃないスかね」

 

だいたい、2時間ちょっと。

本当にムルグまで行く訳ではないので、実際はもっと少ないかも知れません。

 

「――ありがとうございます。では、いきましょう。足場を整えながら来たので、降りるのはずいぶん楽な筈です」

 

ムルグの、スユドさんの手のひらから抜け出したような感触が、確かにしました。

 




ものごっつ難産でした。しかもなんか長くなり過ぎたので途中で切りました。
話の展開もしっかり決まっているのにちっともキャラクターが動いてくれません。特にタクミさん。
裏切りだの憎しみだのと言う流れは、私にはちょっと荷が重いのかもしれません……
果たしてこれは良い事なのか悪い事なのか。

なお、タクミさんの縮地じみた移動は抜刀剣の回避運動を参考としています。

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