ボクのMod付きマイクラ日誌   作:のーばでぃ

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可能性の先に

丸石で橋を掛けた所までたどり着きます。

この橋のすぐ側には、もし入れ違いになったら印を残してムドラに戻って欲しいと掲示した看板を立てていました。

ホンの少し期待をもって看板を確認してみますが、特に印のような物は見当たりません。

どうやらニソラさんはまだここには来ていないようです。

ムルグへの情報撹乱を狙って自分で印を残してやろうかと少し考えましたが、その効果がどう出るか判らなかったのでやめておきます。

素直に道を辿り始めました。

 

「ニソラ師が潜伏しているとして……どうやって探せば良いものですかね?」

 

キョロキョロと辺りを見回しながらカンガさんが質問を投げます。

 

「ボクたちと合流出来るように、なにか目印のような物を用意している事を期待したいですね。でも露骨だとムルグにも見つかってしまう……難しいです」

 

ボクたちとしては、とにかく身を隠せそうな場所に視線を投げながら道を進むしかありません。

ニソラさんの方も、流石にボクたちが「ニソラさんが潜伏している」と言う事を意識してるとは思わないでしょう。

一番あり得そうなのが、何処かに隠れながら道をじっと監視しているケースでしょうか。

ボクらが通りかかったら進行方向に矢でも射かければ十分な合図になります。

 

「ただ、少なくとも溶岩流を察知出来る場所ではあるんじゃないかなと。潜伏する理由が溶岩流な訳ですから」

「――てことは、割りと近い……?」

「かも、ってだけですよ。そうじゃない場所に潜んでいる理由も幾つか思い付きますから」

 

前言が翻りますが、例えば溶岩流を確認せずに潜伏しているケースです。

逃げ切ったけども何らかの理由で動けなくなり、潜伏するしかなかった場合はまず隠れることを優先するでしょう。

ニソラさんの状態によっては、道の監視どころか目印を置く余裕もない可能性があります。

 

「今思ったんだが」

 

ポツリとラクシャスさんが口を開きます。

 

「……潜伏じゃなくて、ゲリラ戦に突入してる可能性はないか?」

 

なんか怖いことを言い始めました。

 

「いや、流石に長期戦を選択出来るような糧秣は無いですし……ニソラさんそこまで好戦的じゃないし……そんな、ハズは……」

 

少なくともそれが出来るスキルを持っていそうなのが否定を躊躇わせていたりします。

……想像してしまいました。

マクミラン大尉ばりに即席のギリースーツを纏って潜伏するニソラさんが、哨戒するゾンビピッグマンの背後から音も無く忍び寄り、背後から頚を掻き切ってグッナイするのです。

――あまりのシュールさに「ないわ」と自分で突っ込みを入れました。

と言うか、あって欲しくありません。

ニソラさんはあくまでメイドさんであり、パイナッポーアーミーじゃないハズなんです。

 

「迂闊に茂みに入ったら、なんか致死性の凶悪トラップが仕掛けられていたりとか……」

 

だから止めてくださいよそう言う方向に持っていくの。

 

「……ムルグも、まだ探し続けると思うか?」

 

ラクシャスさんが確認するように聞いてきました。

 

「どうでしょうね。ムルグで待ち構える方向に誘導していましたしね。ラクシャスさんが突入して来るとなったら、それなりの準備はしそうですよね――捜索に回していた人員を呼び戻すとか」

 

少なくとも、視界にヘルハウンドやゾンビピッグマンは見掛けません。

――ただ、それがムルグへの帰還命令によるものとは考えませんが。

ムルグからの伝令を受けとるには時間が短すぎますし。

ラクシャスさんも同じ見解のようです。

 

「……元より、捜索に動かせる人員が少なかったんだろうよ。溶岩流付近が怪しいのに、あれからヘルハウンドを見ておらん」

「逃走する際にニソラ師が何人か沈めてったんじゃないッスか?」

「だろうな」

「だろうなじゃないよ」

 

なにスゴい自然な流れでニソラさんのデストロイをプッシュしようとしてるんですか。

 

「……いちお、ヘルハウンドに襲われてもリカバー出来きるように意識した方が良いですかね?縦列組んだりとかスペース確保したりとか?」

「んむ……まあ、損にはならんか」

 

ムルグとの敵対が決定的になった今、道中の危険はガストや険しい足場だけではありません。

いくら視界にヘルハウンドやゾンビピッグマンがいなくとも、ある程度の警戒を持って進むべきだというのはボクも納得できました。

 

「フォーメーションは……技量的には、タクミさんを先頭にしたいとこッスけど」

「いや、護衛対象だぞ。気持ちよくわかるけど。索敵と近接無双凄かったし」

 

あの、ボクの戦闘スキルを過剰評価しないでもらえますか。

システム補正掛かっただけで経験はゼロだから、抜刀剣から普通の剣に持ち替えただけでヘルハウンド3体にらめぇされますよボクは。

 

「大砲の私が先頭、その後ろにワシャ、タクミ殿を挟んで最後尾に視野のあるカンガだな。ほれ、動け動け」

 

ラクシャスさんの鶴の一声です。

明らかにボクの護りを念頭に置いた陣形でした。

まあ、そうなるだろうなーと呟きつつワシャさんとカンガさんが動きます。

 

「この位置だと、ボク何もできないですけど……良いんです?」

「護衛対象はその位置だと最初から決まっとる。何かしなきゃならんような最悪の状況にはならないようにせんとな」

 

まあボクに作戦行動任されても困りますが、いざ「何もするな」と言われるとムズムズしますね。

彼らの立場もその理由も理解できるし自分の技量も弁えているので我慢しますけども。

――ふと、気づきました。

 

「そう言えばラクシャスさんは大丈夫ですか?Visはまだ残っています?」

 

これがゲームの中であれば、衝撃の杖星の消費はそれほどでもありません。

これだけ時間があればサトウキビの杖身による自動回復でさっき使った回数程度、すぐ撃てるようになっている筈ですが――ラクシャスさんの雷は凄かったですからね。

多分、ゲーム通りのようにはいかないんじゃないかなと思いますが。

 

「問題ないぞ。20発は普通に撃てるわい。さっき使った分も5割ほど回復したようだ」

「……使った分の5割、ですか、?7回ぐらい撃ってましたっけ?……つまり3発分回復、と」

 

思った以上に消費Vis多いみたいです。それとも、回復速度が少ないのか。

大雑把に計算して最大弾数は30発程度でしょうか。

ゲームでは自動回復で賄える分だけで70発は撃てました。それを考えると、一体1発でどのぐらいのVis使ってるんですかねぇ…

あの威力も納得が行くというものです。

 

「ガスト相手の防衛なら十分なんでしょうけど……こういうシチュエーションだとあまり撃ちたくはないですねぇ」

「――そう思うじゃろ?」

 

にんまり笑いながら、懐から杖をもう一本取り出しました。

同じく、サトウキビの杖です。

 

「もう一本作ってたんですか!?」

「試作品の方だがな!一応風の力は溜まるので持ってきた!十全に使えたら儲けもんじゃい!」

 

なんかもう、フラグにしか聞こえないのですが。

 

「見える……盛大に暴発する未来が見える……!」

「んでもって本命の杖の方が、ここぞと言う時に使用不能になる未来が見えるッス……!」

 

スゴいよくあるシチュエーションですよねわかります。

 

「アホか!――この試作品はな、暴走するような危険があるのではなく、むしろ出力が小さ過ぎたからボツになったモノじゃ。風の力も1割ほどしか回復しないしの」

「――え゛?」

 

ちょっと聞き捨てならない発言が飛び出して来ているんですが。

ラクシャスが怪訝な顔をしています。

 

「……試作品の出力が低いのがそんなに不思議か?」

「いや、そうじゃなくてむしろ逆でして……本命の杖の方が、まるでVisが全回復するように聞こえたんですけども」

「するぞ?他の属性の蓄積が犠牲になったがの」

「え、なにそれこわい」

 

サトウキビの杖身の回復効果は、貯蓄Visが1割以下になった時に初めて効果を発揮します。

上級杖身でなければその貯蓄容量は75、つまり、1割の7.5Visを割らないと回復効果が発動しない筈なんです。

ちなみに衝撃の杖身は1発の消費量が0.1Vis。

7.5なら75発撃てる計算になります。

ゲームでの残弾70発と言うのはこの数字の事でした。

でした、のですが……風のVis特化で他のVisが扱えなくなると言うデメリットがあるとは言え、10割まで回復する杖を2日で作ってしまうラクシャスさんって実はかなりスゴい人なのでわ……?

ええと、ついでにちょっと計算してみましょうか。

見たとこ石突は金みたいなので、消費補正は要りませんね。

最大Vis容量がゲームと同じ75Visと仮定して、30発撃てると言うので一発あたり2.5Visか。

――ゲームの消費量の25倍!?

そりゃああんな頭のおかしい威力にもなりますよ。

木とかへし折ってましたし……

 

「ちなみに、Visってなんの事ッスか?ラクシャス師がたまに口にする「風の力」の事で良いんスかね?」

 

ワシャさんが律儀に手を上げて聞いてきました。

 

「ええ、あってますよ。もっと詳しく定義するなら、魔法を使うのに必要なエネルギーの中で、特に杖に蓄える事が出来る物を指します。

……風に限らず、火や大地と言った他の属性のVisもあるので「風の力」で括るのは少し乱暴かも知れませんね」

「火にも魔法のエネルギーがあるッスか?」

「そうです。目に見える物にも見えない物にも、全てに宿って居るんですよ。もちろんボクにも宿っています。

火の力、大地の力、風の力……そう言った力の属性の事を<相(Aspect)>と呼びます。人の相は……獣と心の相だからええと……大地と水と火と、風と秩序と……あ、無秩序も使うか。根元相全部使うなぁ……兎に角、6つの相を組み合わせた力が宿ってますね。と言うか、全ての相は分解して行くと必ず6つの相のいずれかにぶつかるんです。すべての始まりの基本となる6つの相……これを根源相と言います」

 

Mod「Thaum Craft」を遊んでいると、必ず研究をすることになります。

これはプレイヤーがある程度相の構成を理解していないと進める事が出来ない仕組みになっています。

おかげで、合成相の構成は流石に全部とはいきませんが、空で言えるの結構あるんですよね。

 

「オレにも宿ってるッスか?」

「そうですね。ゾンビピッグマンの相の構成は流石に知らないですが……獣と死の相はありそうですね。多分、根源相6つ全部宿しているんじゃないかな?」

「――って事は極端な話、オレらに宿る魔法のエネルギーを抽出出来れば、光の槍が撃てるんでしょうか?」

 

カンガさんが講義に入って来ました。

魔法と言う未知の領域に興味津々です。

うーん、なんか先生になったような気分になりますね、これ。

妙な感覚に内心苦笑しつつ続けます。

 

「理屈的にはそうですが、そうもいかないんです。……さっき、杖に蓄えられる物をVisと呼ぶ、って言い方しましたよね。万物に宿る魔法の力をVisと言う形で抽出するのは人には難しいんですよ。エッセンシアと言う、物質が含む相を単離して液状にする手法ならあるんですけど、エッセンシアはVisにはなり得ません。だから魔導師は自然界に点在する<オーラ節(Aura Node)>を利用するんです。

オーラ節とは、自然界に稀に出来る魔法の力場の事です。地層や生命から滲み出るエネルギーが溜まったもの、なんて言われる事もありますが、本当の事は良く解っていません。ただ、オーラ節が宿すエネルギーはVisとして杖に溜め込んで術として加工、放出する事が出来るんです。

……言い方が逆ですね。オーラ節に宿る力を利用した魔法技術の中に、ラクシャスさんの使う光の槍があるわけです。

――この辺りのオーラ節はもう枯渇してしまったと聞いています。オーラ節からVisを吸収するのが前提の魔法ですから、これは死活問題な訳です。どうにかしてラクシャスさんは別の手段でVisを得る必要がありました。

その答が、特殊な素材で作られた新しい杖です。

サトウキビと言う地上の素材で作られたその杖は、オーラ節に頼らずとも風のVisを少しずつ集めて溜め込む事が出来るんですよ」

「「へぇー……」」

 

二人が感心の声をあげました。

Thaum Craft の魔術設定はかなり奥が深く、今開帳した内容はほんの一角に過ぎません。言うなれば基礎中の基礎、と言うやつです。

ボクも結構やってますが、アドオン含めて今だ知らない部分がてんこ盛りです。

この世界で手を出すにしてもwikiが欲しくなります。

 

「――タクミ殿」

 

ラクシャスさんが鋭い目付きで聞いてきました。

 

「サトウキビを貰った時、言っておったな。魔導師ではないと。……それにしては詳しすぎないか。根元相やエッセンシアなど、魔導に携わる者でなければまず出てこんぞ。あまつさえ、合成相を構成する根元相を空で口に出来るなど、深く学んでいないと出来ない芸当だ」

 

……?

なんか、妙に真剣になっていますね。

その姿勢に若干首をかしげつつ、とりあえず返答しました。

 

「今挙げたものは、本当に基礎の基礎に当たる部分だと思うんですけどね。エッセンシアも根元相も、研究初期に触れるものでしょうし……知ってるの、そんなに不思議ですか?

――魔導師でないのは本当ですよ。ただ、確かに知識だけは人よりもある方だとは思いますが。そのかわり実践を伴わない頭でっかちな机上の知識だけで、その知識が合ってるかどうかまで確認も出来てないレベルです」

 

怪訝な顔をしながら、ラクシャスさんが少し沈黙を続けました。

 

「……人の相は、さっき言っておったな。では、魔法の相は何から構成される?」

 

……何でしょう?いきなり。

テスト問題みたいな事を言い始めました。

ぱちくりしながら、それでも記憶にある構成を引き出してみます。

 

「ええと、魔法?――力と虚無の相だったかと」

「では、オーラの相は?」

「風と、力の相ですね」

「無秩序の相はどうだ?」

「無秩序は根元相なので分解出来ないです」

「……火の相を内包する合成相を5つ挙げてみてくれ」

 

えええ?もうホンとにテスト問題ですね。

……あー、でもなんか妙に楽しくなって来ましたよ?

 

「えーっとぉ……力、灯り、氷……後なにがあったっけ。……この設問なら、合成相の合成相もアリですよね?なら魔法と闇の相で5つですね。……あ、そう言えば記憶の相も火が入ってるんだった」

「このサトウキビの杖には、金の石突が使われとる。見た目がカッコイイからと言うのも勿論あるが、他にも理由がある。それはなんだ?」

「見た目カッコイイの、理由のひとつなんですか……ええと、魔法使用時の消費Visが鉄よりも少なくなるからですよね。初めて会った時にシルバーウッドに魔導金属(ソーミウム)の石突つけた杖を持ってましたけど、あっちの石突の方がさらに消費が少なくなりますね」

「……この杖を作るには儀式が必要だ。忠告して貰っていたな。――魔法の儀式には常にリスクが伴うが、その具体的な内容とそれを軽減する方法は?」

 

おおう、問題が高度になってきました。

良いんですかラクシャスさん、二人が置いてけぼりですよ?

まあ答えますけど。

 

「用意した素材の落下や消滅、爆発やエッセンシアの異常消費、フラックスの発生が上がりますかねぇ。――緩和方法としては儀式に望む際、素材や祭壇の配置を対称的にしたり、特殊なアイテムを設置したりします。獣脂で作ったロウソクやエッセンシアの結晶なんかがそうですね」

「……」

 

スラスラと答えてみたら、ラクシャスさんがさらに沈黙を返しました。

 

「……あー……テストは、受かりましたかね?」

 

なんか空気が重くなっている気がして、少しおどけて聞いてみたりしました。

……ボク、なんかやっちゃいました?

 

「――知らん」

「うぇ?」

 

ポツリと言ったその台詞は、さらに真剣みを帯びています。

 

「今の回答な。私も幾つか知らん物があった。氷の相なんぞ聞いた事もないし、対称に素材を置く以外に儀式を安定させる方法がある事も私は知らなかった。思い返せば、師から受け継いだ儀式の間には色々な置物があったが、それも含めて儀式台だと思っておった。そもそもが、サトウキビを用いれば風の力を溜め込む杖が出来ると言うのもタクミ殿から聞いた知恵だ。

――つまり、タクミ殿の知識は私よりも深い事になる」

 

……さっきの、魔導師ではない云々が引っ掛かっているんですかね?

魔法を使わないのに魔導師であるラクシャスさんよりも知識の深いボクは何者だ、とか?

……そんなに気にするような物でもないと思いますけど、ラクシャスさん的にはそうじゃないとか?

 

「――最後の質問じゃ」

 

重い空気を伴って、ラクシャスはボクを見つめます。

 

「魔法を使うにはリスクが伴う。知識を深めるには、狂気に染まった深淵を覗かなければならんのだ。……私よりもさらに知識が深いタクミ殿に問う。

――深淵は、おぬしに何を囁いた?」

 

……あぁー、そう言う事ですか。

 

なるほど、なるほど。やっと納得が行きました。

確かに重要かつ不思議で心配な案件ですね。

ただ、まぁ。

 

「ラクシャスさん……流石に回りくどすぎですよ。素直に<歪み>は無いのか、って聞けば良いじゃ無いですか」

 

ラクシャスさんの顔が怪訝になりました。

……あれえ?解釈違ってました?

 

「歪み、と言う単語は知らん。言われてみれば、何を指すのかは大体解るが」

 

ああ、具体的な単語はなかった訳ですか……

ワシャさんとカンガさんを見回します。

 

「今の質問とはちょっとズレますが、置いてきぼりになってる人もいますし、まずは<歪み>についてざっと説明しましょうか」

 

Thaum Craft の魔術を極めようとすると必ずついて回る治療不可能なデメリット。

そしてラクシャスさんを悩ませている深淵の正体です。

 

「――そもそも、人が魔法に干渉することは出来ないと言われています。じゃあ現実に魔法を使っているラクシャスさんたち魔導師は何なのかと言うと、魔法を使う為に人の理から外れて行ってるのだとか。その理から外れて行く事を<歪み>と定義しています。

より具体的かつ現実的な言葉で語るなら、魔導師が発症する精神的、及び肉体的な変調の事です。肉体的な痛みや幻聴、幻覚――魔法の深淵に近づくにつれ魔導師の現実感もねじ曲がり、変調もより深刻な事になっていきます。

フラックスと呼ばれる、汚染された魔法の物質……ボクは「使用されずに淀み濁ったエッセンシア」と解釈してますが、それが体から滲み出てきたり、何を食べても満たされない空腹に侵されて、最終的には脳ミソを口にするようになったり、行くところまで行き着くと幻覚その物に攻撃されるようになったりしますね。

そこまでやって初めて踏み入れられる世界もあったりしますが、どちらにしろ対策なしで歪みを蓄積すればマトモに生活すら出来なくなってします。

対策と言いましたが、歪んでしまった心身を元に戻すのは高位の魔導師にも至難です。出来る事と言ったら歪みによって引き起こされる現象を一時的に緩和、ないしは抑制するぐらいで、根本的に歪みを元に戻せる手段をボクは知りません。

――つまり、魔導を極めようと思ったら、人生と引き換える覚悟が必要になる訳ですね」

 

ゲームの中なら他Modの力を使ったゴリ押しも可能です。

故に、割りと躊躇い無く歪みを引き起こす研究に飛び込んでしまったり。

ボクの場合、Mod「PprojectE」のエンドコンテンツであるジェム装備一式でデバフをガン無視しました。お腹が減らなくなり、体力が常に回復し続けると言う魔法の装備です。他にもチート機能ついてますけど割愛。

汚染を浴びても体力減らなきゃ意味ないし、空腹になっても満腹度減らないし、視界だけ我慢すればどうと言う事はありませんでした……が、それをリアルでヤれと言われると話が違ってきます。

常に装備をつけっぱでいなきゃいけない生活を一生続けろとかあり得ません。そんなのはメタルマンだけで充分なのです。

 

「――歪み、か。不思議としっくり来る単語だ。確かに私は、魔法を使う度に理から外れ、歪んで行っとる」

 

ラクシャスさんが語り始めます。

 

「私は弟子を取らん。乞われても取らん。その事でギヤナと喧嘩した事もある。……その理由が、歪みだ」

 

振り返ってカンガさんとワシャさんを順に見て、不本意そうに溜め息をつきました。

 

「……ここまで話が進めばの。お前ら、誰にも言うなよ?元は墓まで持っていくつもりだった話じゃ。

 

――私の師匠はな。その歪みに殺されたんだ」

 

ニソラさんの探索がてら……と言うのがちょうど良い名分だったようです。

ボクたちの先頭に立って、振り返る素振りを見せずに歩くラクシャスさんは、まるでその表情を見せたくないようにも見えました。

 

「魔導師はな……その目的は真理の追究とされる。その一点に置いても私と師の見解は違っていた。私は、魔導によって得られる力しか見えなかった。

魔導の先に置く目的は私自身が決める。意固地になっている部分があることも認めるが、今でもそう決めている」

 

魔術師ではなく魔術使い。とある方面ではそう言う区分がありますが、ラクシャスさんは正にそれなのでしょう。

 

「――師は、さらにその師から代々続く魔導具を受け継いで、日夜魔導の研究に没頭しておった。今思えば、ある程度歪みの影響を抑える手法にも通じていたような気がする。

戦闘能力のみ取れば今の私なら下せる自信があるが、それ以外の部分では足元にも及ばんだろう。そう言う魔導師だった。

師から魔導を学んではいたが、戦闘や杖星の研究に傾いていた私は余り良い弟子では無かったのだろう。しかし魔導に対する私の考えも理解してくれていた師は、無理に他の分野を伝えようとはして来なかった。……ある頃に至るまでは。

 

――師が私にポツリとこぼした。魔導の奥に侵してはならない深淵を見た気がした、と。まるで闇で出来た眼が此方をずっと見ているのだと。真理の探究よりも、初めて踏み越えてはならない境界線を越えてしまったと言う恐怖心が勝ったそうだ。

……何かしら悟っていたのだろうよ。そこから先はあらゆる技術を私に残そうとしとった。特に魔導具の使い方が多かったかな。後は資料を残したり専門分野の概要講座だったり……先程のタクミ殿の話にあった<相>についてもあった。私は、合成相の構成を空で口にするなど今でも無理だがの」

 

先程のテスト、どうやら出題者が答えられない問題だったようです。

 

「――いきなり方針を変えた師の姿勢に不満もあったが、私は素直に学んだよ……明らかに様子がおかしかったのでな、ただ事ではないと思ったのだ。いや……私もどこかで、結末を悟っていた、が正確か。……フン、あそこまで凄惨な物だとは考えてすら無かったが」

 

悪態をつくラクシャスさんの手は、固く握り絞められ震えていました。

 

「次の変化が訪れるのに、そう時間はかからなかった。――師が、煙が見えると言うのだ。白く濃密な煙に辺りが包まれたのだと。……私には見えんかった。たぶん、歪みが見せる幻覚だったのだろう。その時もそう思ったし、師もその一種だと考えていた筈だ」

 

煙……いや、恐らく霧の事でしょう。空気中の水分が低温で凝固した物が霧と言う現象です。常に高温のネザーに住んでいるのなら、その存在を知らなくとも無理はありません。

歪みによって引き起こされる現象で霧と言えば、すぐにピンと来ました。

エルドリッチのガーディアン……歪みが生み出す、霧と共に現れるモンスターです。

 

「煙の中からな……影がゆっくりと近づいて来ると言うのだ。暫くすると煙と一緒に影も消えるのだが、また時が経ち煙が現れると、影もまた現れてさらに近づいて来るのだと。

――これは、カウントダウンなのだと師は言った。自分が「向こう」に連れ去られる迄のカウントダウンなのだと。

その時から、師は私に暇を出した。魔導の伝承はもう充分だと言って、暫く顔を見せるなと言われた。

……きっと、それが最期なのだなと思った。最期の言葉にするつもりなのだな、と」

「……従ったッスか……?」

「ハンッ、まさかじゃろ」

 

ワシャさんの悲痛な問いを鼻で笑ってラクシャスさんが続けます。

 

「言い忘れていたが師もなかなか頑固でな。しかも私より頭は回るから口論したら絶対負ける訳だ。

……ので、素直に引き下がったフリをして大急ぎで戦支度だ。家に戻って食料と寝床を雑にひっつかみ、近場のオーラ節からVisをかっぱらって泊まり込み上等の構えでな。耳栓して師の前に座り込んでやった。

顔を真っ赤にして怒鳴っている所に、何だまだ元気があるじゃないかと野次ってやったら毒気抜かれたように黙りよった。

その後なんかボソボソ話しとったが、耳栓してたんで聞こえなかったな。

 

――まあ、結局それは何もならんどころか自分の無力さを見せつけられる結果になったんだがの」

 

努めて軽い口調で言おうとしてるのが解ります。

声が、僅かに震えているように聞き取れました。

 

「……最初はな。正面からの袈裟斬りだった」

 

残酷な結末を、語り始めます。

 

「煙が出たと声を上げ、腕を振り払うように抵抗していた師が、いきなり見えない「何か」に斬られた。私は師の視線の先に杖を構えたが、何も捉える事はできなかった。師の叫ぶ先に見えぬまま何発か撃ったが空を素通りして壁を壊しただけだった。

師を手当てしようと駆け寄って傷口を見ようとした時に、師の右目が剣で突かれたように抉られ跳ね飛んだ。……師の前に私を挟んでいた筈なのに、透明な何かが師を攻撃していたなら私が受けていた筈なのに、師だけが攻撃を受けたのだ。

――師は、「連れていく」と表現したがそれは違った。あれは、殺しに……いや、「嬲り」に来てやがったのだ!半狂乱になりながら、影が居るだろう場所に杖を振っても空回りして、この身で庇おうとしても腕の中でいたぶられるように師が切り刻まれて行く……!

腕を切り落とされ、足を縦に割られ、肺を突き破られて行く師の無残な姿を、私は半狂乱に叫びながら見ている事しか許されなかった!

――師は、明らかに事切れた後もなお刻まれ続けた。師を守ろうと息巻いていた私の目の前で、私を嘲笑うかのように刻まれ続けた。

 

……最期に残ったのは……師と仰ぎ、尊敬し、寝食を共にし、互いに腕を磨き続けた偉大な魔導師の凄惨な肉塊だけだった。

――最期の最期でな。私にも見えた気がした。

闇の色をした鎧兜を纏い、師を弄んだ剣をぶら下げ、深淵の奥から私を嘲笑うおぞましい影の姿だ」

 

――想像以上の結末に、絶句する事しか出来ませんでした。

そう、これはゲームではないのです。ゴア表現なんてやりようもなく、死んだらベッドの上でリスポーンし、あまつさえ手軽に魔導を学べるゲームとは違うのです。

現実にある狂気が、そこで渦を巻いていました。

 

「仇を討ちたいならここに来てみろ――これるものなら。ヤツは、そう言っているように思えた。お前も同じようにしてやると……ヤツは、私を嘲笑ったッ!」

 

ズガアアアアァァァンンッッッ!!!

 

解き放たれたラクシャスさんの雷がネザーラックに突き刺さります。

岩壁がTNTでも受けたように爆散し、体の奥まで響く空気の咆哮が四方八方に突き抜けました。

 

「――力は、得た!私の光の槍は魔導師随一と言う自負もある。だが!それでもヤツには届かんだろう……。まともに攻撃が当たるようなら、あの時ミンチになって転がるのはヤツの方だった筈だ」

 

怒りに震えながら、諦めるように杖を下ろします。

杖には未だ、雷がバチバチと纏わり付いていました。

ラクシャスさんが深呼吸を繰り返しています。

 

「魔導の真理を深追いすれば、その末路は凄惨なものになる。余り良くない私のオツムでも否応無く理解した。……私は弟子を取らん。真理に導く手助けをすれば、行く行くは同じ結末に行き着くだろう。

魔導なんて物はな。青い戦士の剣のように、その恐ろしさを語り継ぎ、現物は封印を続ける……それが一番良いあり方だと思っとる。ギヤナが望んでいるような、使い勝手の良いものではないのだ」

 

……ラクシャスさんは、きっと。

ムドラの魔導師を自分の代で閉じる気なのだと、そう思いました。

だから魔導の知識を開帳するボクの言動に警戒を持っていたのでしょう。

魔導への興味を引くことは、魔導への道を示すこと……ボクはどうやら、考えなしのままラクシャスさんの傷口に触れてしまったようです。

 

「……ごめんなさい。ボクの配慮が足りませんでした」

「……お主、謝らんで良いことで謝る傾向があるな。それでは筋が通らんだろうに……確かに今の話は魔導の口止めを兼ねはしたが、その前に発言した内容を咎めるとかあり得んだろ。それに、今の話の趣旨は歪みに対する認識についてだ。

――もう一度質問する。タクミ殿はあれほどの知識を持ちながら、歪みを得ていないのか?」

「得てません」

 

ラクシャスさんが安心できるように、ハッキリと即答しました。

……でも、ならなんでそんな知識があるんだと言われると言葉に窮してしまうんですよね。

仮にマイクラの事を暴露したとして、ゲーム機どころか電気もない「こんな村イヤだ」な文化圏の人達に対して、3dサンドボックスゲームをどう説明すれば良いんでしょうか。

これが本当の無理ゲーです。

「シミュレーション」と言う概念すら下手すればない可能性があります。

どう説明すべきか頭を捻っていると、先にラクシャスさんの追加の質問が飛んできます。

 

「歪みを得ずに知識を得る――例えばそれは、私たちにも可能なのか?」

 

……この質問はむしろ、その恩恵を得ようとするのではなく、その恩恵の拡散を恐れているからでしょうか。

知識があれば、使いたくなるのが人情です。

ラクシャスさんからみれば、ボクは知識があるのに使わずにいられた稀有な例にも見えるのかもですね。

実際にはゲームの中で使いまくってた訳ですけども。

 

「……ボクと同じ方法で学ぶのは無理だと思います。かなり特殊な手段なので、ボクももう一度やろうと思っても出来ませんし、案内する事も出来ません。

……ただ、魔導に触れずに知識だけ得ること自体は難しい事じゃないと思いますよ。普通に教わるか、資料を手にすれば良いんですから。歪みを得るにも境界線があります」

 

ワシャさんもカンガさんも、ボクの話を聞いて何か「踏み外した」感覚があった訳ではないでしょう?

そう聞いてみれば、互いに顔を見合わせて肯定を返してくれました。

ゲームの中でも歪みを得る主なトリガは「禁じられた研究に手を出す事」です。これには実用も含まれます。

クトゥルフみたいに「話を聞いただけでSANチェック」と言うほど酷い物ではありません。

 

「……あの……ちょっと聞いて言いッスか」

 

おずおずとワシャさんが言いました。

 

「歪みの話からズレるんスけど……タクミさんが、ラクシャス師よりも魔導に深く通じているみたいなんで、どうしても聞いておきたいッス。

 

――魔導の中に、人を洗脳したり操ったりする術はないッスか?」

 

スユドさんの離反の理由を魔導に求めているのでしょう。

……そう言えば、ウィザー召喚とそのコントロールがムルグの取ろうとしていた手段だったんですよね。

大前提の「ガストへの対抗」が崩れた今、それもどこまで信用したら良いか怪しいものですが、「強制的に対象を操ることが出来る何か」と言うカードが本当にあるなら、スユドさんに使いたくなりますね。

思考の方向としてはいい線行ってる……のかな?

少し楽観が過ぎる気もします。

 

「うーん……具体的な手段はボクも知らないです」

 

Thaum Craftの知識をさらってみますが、不思議とありそうでない魔術です。

メタい方向に考えるなら、AIを設定するのが敷居高かったのでしょうか。

プラグイン含めれば出てくるかもしれませんが、さすがにプレイしたMod事をすべて知ってる訳ではありません。

 

「いや、あー……似たようなのはある、のかな?ファイヤーバットを召喚してけしかける魔法なら知ってます」

「……どうだろうな。あれは、ファイヤーバットを擬似的に造り出して操る類いの物じゃ。今回のような事に応用できるかどうか……」

 

ラクシャスさんがフォロー入れてきました。どうやら、守備範囲の魔法だったようです。

確かにアレも杖星による魔法ですしね。

……ただ。

 

「ちなみに禁じられた研究に数えられるので、習得すると歪みを得る類いの術だったりします……習得しちゃいました?」

 

危険度5段階のうち2段階ぐらいの研究ですが。

 

「え……やっぱそうなのか。疑似生命を造るくらいだったし、今思い返してみれば、確かに……

ヤバイぞ、まだオーラ節が生きてた頃、寝るとき部屋の松明消さなきゃだが既にベッドの上だったのでメンドクサかった時にメッチャ使ってた」

「すごい気楽に使ってる!?」

 

さっきのシリアス返してくださいよ。

魔導は使い勝手の良いものでは無いんじゃなかったんですか。

 

「魔法を持ってしても、心を操るのは難しいんスか……」

 

ワシャさんが肩を落としました。

 

「知らないってだけで、可能性はありますよ。と言うか、その質問は特化型の魔導師と魔導師でもない人間に聞く方が間違ってます。答えが返って来たら儲けもの――って、アレ?皆どうしてそんな目でボクを見るの??」

 

ラクシャスさんまで一緒になって、「どの口で言ってんだテメー」って目線が集中してるんですが。

いや、本当にボクは魔導師じゃあないんですけども?

 

「――いや、待てよ?」

 

そう言えば。

Thaum Craft には該当はありませんが、他の魔術Modであれば、あったかもしれません。

頭の中で、今までやって来たModの追加要素を丁寧に思い出して行きます。

 

「――ある!あった!確か、Ars Magica に「魅了」の魔法があった!!」

 

魔術Modの2大巨塔のもうひとつ。

Mod「Ars Magica」の魔法であれば。

確か、敵対Mobを友好化して味方につける魔法があった筈です。

 

「あるッスか!?」

 

ワシャさんの顔がみるみる明るくなって行きます。

 

「ええ――ただし効果時間は良いとこ20秒!」

「ショッボォッッ!?」

 

……いや、上げて落とすつもりは無かったんですよ?

でも実際そのぐらいなんで仕方がありません。

儀式魔法で持続ブーストしてこの数字です。

 

「……乱戦で一時的に同士討ちさせて、活路を開く用途の術か……」

「ええ、まさしくです」

 

もっともラクシャスさんの雷みたいに、独自の工夫でその威力を上げた例がありますからね。

ボクが知らない発展を遂げてても不思議ではありません。

しかしまあ、ワシャさんの言う通り「魔法を持ってしても心を操るのは難しい」と言う解釈が、案外的を射ているのかもしれません。

……単にボクが無知なだけと言うのもありますが。

そう言えば、前にみたマイクラ実況動画で、黄昏の森のモンスターをペットにしてたのがあったっけ……アレ、どうやってるんだろう?魔法使ってるのかなぁ?

 

 

@ @ @

 

 

そんなこんなで、ムルグへの道中を進みます。

警戒のために縦列で進みつつ、話題は大抵魔術の事とスユドさんの事、そして――

 

「――本当に見当たらんな。ムルグの奴ら」

 

敵の居ない道中に、怪訝な声を上げるラクシャスさんです。

先程ラクシャスさんが大きな音を立てたにも関わらず、斥候すら来る気配がありません。

道中時間が掛かっているとは言え、起伏の激しい上に難所ばかりだからこそ掛かっている時間です。直線距離としてはそこまで遠くはないでしょう。

――だから、あの爆音も察知されているとは思うのですが。

 

「……マジで皆ムルグに引き上げたのか?狼煙とか見た覚えないんだけどな……」

「遠吠えも聞こえなかったッス」

 

ムルグへの帰還命令を受けたのなら、そう言う物があっても良い筈なのですがそれもありません。

 

「――ガストの時もそうでしたよね。何の予兆もないのにタイミングバッチリで出てきました」

「ふむ……隠密のまま、遠くと連絡をとる手段を持ち得ているかもしれん……と言う事かの」

「良し、奪いましょう」

 

――あ、反射的に返答しちゃってました。

何かドン引きした目線が突き刺さります。

 

「いや……有用ッスよ?確かに有用で有効な選択肢だとは思うッスよ?でも間髪いれずに「奪おう」ってあーた……」

「いや、うん、だって、そのぅ……ニソラさんと離れてても連絡つく手段があるんならなぁ、って……」

 

ドン引きされる感性は理解できるので、誤魔化すように人差し指をツンツン合わせてみたり。

あ、うん、さらにドン引きされますよね……

 

「この人もうヤンデレ化してるんじゃないか……?」

「ヘルハウンド相手の無双、凄かったスからね。あの後状況整理してニソラ師潜伏の可能性に気付かなかったら、今頃は目からハイライト消したタクミさんが屍の山築いてるッスよ。一人一人ゆっくり手足切り落としたりしてるッスよ」

 

そら恐ろしい事を言い始めました。

 

「イヤイヤイヤイヤ!?ボクを何だと思ってるんですか!?」

 

ボソリとラクシャスさんが口にします。

 

「――『みんなみんなぶった斬って、その舌引っこ抜いてやるからさぁ』」

 

……う゛。

 

「『一体も残してやるもんか。すべて斬る。根切りにしてやる』」

 

……ぐぬぬぬぬ。

 

「『下るなら許すから、簡単に下るなよ!』」

 

……うぐううぅぅぅぅ。

脳みそフットーしてた時の台詞を並べるのは反則です。

 

「……ま、タクミさんイジるのは後に置いてもですよ。ここまでムルグの影が無いなら、少し大胆に行っても良いんじゃ無いですかね?」

 

カンガさんが助け船出してくれたので喜んで乗ることにします。

後、出来れば後に置くのではなく投げ棄てて頂けると。

 

「あー……大胆に、と言うと?」

「会敵の可能性よりも発見を優先しても良いんじゃ無いかと」

「つまり、こう言う事じゃろ」

 

言うが早いが、ラクシャスさんの杖がバチバチと放電します。

 

「ちょっ――!?」

 

ズガガアアアアァァァンン!!!

 

慌てて目を庇ったその腕の向こうで、爆音と閃光が走りました。

その雷は道からずいぶん離れた天井に命中、ガラガラとネザーラックの落石が視界の向こうに消えていきます。

耳を塞いでたカンガさんが殴り付けるように抗議しました。

 

「~~~ッ、っとぉーにムチャしますね全くもう!!気づいて貰うにしても呼び掛けましょうよ!?声だして呼び掛けましょうよ!?」

「うははは。何処にいたってコレなら私が来たとワカろう?」

「鼓膜が……鼓膜が……」

 

ワシャさんの被害が酷い模様です。

バラバラと崩れる落石の先を見ながら、ボクは心持ち静かに努めて声をかけました。

 

「――ラクシャスさん」

「お、おう?」

 

なぜかちょっとビクついたように反応します。

静かに語りかけているのに、大袈裟ですねえ。

 

「例えば……そう、例えばあの落石の辺りにニソラさんが潜伏していたと仮定します」

 

穏便に済むように、スマイルを心掛けながらラクシャスを見上げました。

 

「――その時がキサマの最期だ」

「悪かった!ホント私が悪かった!!もうやらないから!!」

 

心なしか顔が青くなってるような気がするラクシャスさんですが、気のせいでしょうね。

と言うかゾンビピッグマンですからね。顔青いのは元からですよね、ええ。

 

「ハイライトが消えてるッス……お目めのハイライトが消えてるッスぅぅ……」

 

ワシャさん、光の加減でそう見えるだけですよイヤだなあ。

 

「やっぱヤンデレだよなこの人……」

 

くるり。

 

「あ、いや、でも今のは普通に怒って良い所でしたよね!俺も抗議しましたしね!」

 

同感ですが、慌てて取り繕うように声を上げてるのはなんなんでしょうかねぇ……

いや、ボクだって解っちゃいますよ?ラクシャスさんが一撃いれる場所、ちゃんと選んでくれた事ぐらい。

だから、警告だけして終わらせるつもりだって言うのに、全くもう。

 

「失礼しちゃうなぁ、ホント……一応聞きますが、ニソラさんが見つかる前に、会敵する可能性ありますけケドそちらは?」

「蹴散らす」

「……でしょうね」

 

その為の貴重な一発使っちゃいましたけど、良いんですかねぇ……?

半ば呆れつつ嘆息しますが、ヘルハウンド位ならどうにかなるかなと少し楽観視しているボクだったりします。

ムルグの戦士まで出てきたら、ちょっと不安がよぎりますが――

 

――カツッ

 

何処からともなく飛んできた矢が、ボクたちの大分前方にある岩壁に弾かれ、力無く落ちました。

 

「……!?」

 

――何処から?

大急ぎで辺りを見回すと、崖の向こう側、上の方から松明を振っているような明かりが見えます。

人の影でした。

ボクたちが見つけた事を確認したのでしょうか。そのままスッと岩影に消えていきます。

ラクシャスさんが声を張りました。

 

「――今のは誰だ!?判別できたか!?」

「いえ、ちょっと無理でした!ただ、ニソラ師ではありません!」

 

手を目の上に翳したカンガさんが返します。

ボクには松明の光が先行して、ゾンビピッグマンなのかも見えませんでしたが……

 

「この道の続く先ッスね、あそこは。ヘルバークの森があの近くにもあるッス。……ただ、思った以上にムルグに近いッスよ!スユドさんと会敵した時に見た、トンネルの辺りッス!」

 

今更気づきましたが、カンガさんは視力、ワシャさんはマッパーとしての能力に秀でているようでした。

探索、情報収集に秀でた才能です。ギヤナさんの人選が今更ながら有り難いです。

 

「――罠、だと思うか?」

「……」

 

沈黙を返しつつ、先ほどの矢のところまで歩み寄ります。

拾い上げた矢じりは、白みを帯びた光沢のある石を削って作られています。

矢じりの中程に設けられた窪みが目を引きました。

 

「――ボクが作った矢ではありません。これ、たぶんニソラさんの矢です」

 

毒を乗せることを前提とした特殊な矢じりです。

ボクが3日前に大量生産した物ではありません。

――勿論、撃ったのがゾンビピッグマンである以上、拿捕された矢である可能性も十分あるわけですが……

 

「ニソラさんが、良かれ悪かれ関わってるのは確かみたいです――なら、行きましょう。なんにせよ、ムルグに行くよりはマシでしょう」

「……その点においては賛成だの。ただし、頭に入れて置けよタクミ殿。入り組んだ場所では私の術もタクミ殿の剣も、十全には振るえない事を」

 

あそこは、ヘルバークの森の近く。森の中でゲリラ戦を展開されればスユドさんの得意な距離になる。

ラクシャスさんはそう言っていました。

ニソラさんを使って挑発されれば速攻で釣られるとも。

 

「元より承知の上ですよ」

 

――でも、それは足を止める理由にはならないのです。

 

 

@ @ @

 

 

30分ほど歩いて、矢が放たれた辺りに辿り着つきます。

人影のあった場所には、消された松明が転がっていました。

人影はなく、ヘルバークの森の方向に松明が向いているのは「こっちに来い」と言う意図に見えます。

――辺りを見渡しました。

今立っているこの道は崖の側を通っていて、崖の下に視線を向けるとボク達が歩いてきた道が見えました。

振り返ると、岩影の多い地形とヘルバークの森です。

……妙にスユドさんと会敵した地形と似ているのが嫌な予感を煽りました。

道の先にはトンネルが見えます。ワシャさんが言っていたトンネルと言うのがコレでしょう。

勾配が激しい上に、ぐねぐねと回り込まないといけない順路で訳が解らなくなりそうです。

 

「――今更ですけど」

 

ボクの後ろからカンガさんの声です。

 

「随分健脚ですね、タクミさん。住み慣れているムドラの民でもそろそろ根を上げる道中でしたが」

 

言われて、確かに殆ど疲れが無いことを自覚します。

その代わり、少しお腹が空いて来た、ような。

まあ、ボクの身体能力が上がっているのを自覚したのはコレが初めてではありませんし、害になっていないなら別にどうでも良いです。

 

「特に問題は無いですね。――疲れました?休みますか?最初に言いましたが、体力チキンレースやるつもりは全くないので、素直に小休止欲しいなら言って欲しいです」

「……なるほど、あぶり出す手があるか」

 

ラクシャスさんの声に反応して振り向きます。

 

「入り組んだ場所は不利だからの。此方から出向くのではなく、ここで小休止取って焦れた相手を誘い出す……ってのも一つの選択肢ではある」

「ここで?……ガストのバックアタックが恐いッスね……」

 

本来は心配しなくて良い可能性の筈ですが、スユドさんの時にやられてしまいましたからね。

警戒するのも無理ありません。

 

「待つタイプの心理戦は、仕掛ける方もしんどいです……ボクが持つかなぁ?」

 

特に、もうすぐそこにニソラさんがいるかもしれないこの状況です。

……あ、無理だわ。5分経ったら我慢できなくなってる自分の姿が見える。

て言うか、既に我慢出来なくなってる気がする。

 

「でも、状況が状況だから、休息の要否だけ聞いとこうかな。カンガさんは休憩欲しいです?」

「いや、俺は大丈夫です。ムドラの戦士はこう言う行軍する訓練受けてますんで。……だからこそ心配の発言だったんですけどね。

俺たちは疲れない歩き方とか重心の移動とかキチッと叩き込まれるんですが、後ろから見てると、その、失礼ですけどタクミさんの歩き方が無茶苦茶に見えて……

ホントに大丈夫ですか?精神が肉体を凌駕してる系じゃ無いですか?」

 

ああ、そう言うことか。

そうですよね。ボク、その辺りはフツーにトーシロさんですし。

 

「大丈夫……のハズ、です。少なくとも自覚症状は本当にないです。肉体を凌駕してる系だと自信ないですが」

 

精神が疲れたと感じて無ければ、それを察知するなんて出来ないと思うんですよねぇ。

でもまあ、数時間急勾配を歩きっぱで戦闘まで挟んじゃいましたし。心配されるのは道理ってモノです。

 

「精神が先走ってる時は、リズム狂わすと一気にダメージが入るッス。試しに目を瞑って片足立ちしてみるッスよ」

 

すげえ、ゾンビピッグマンにアスリートなアドバイス貰ってるよボク……

体の作り、同じなんですかねえ?ゾンビピッグマンってアンデットなんだから、考えてみれば疲れるとか鍛えるとかナンセンスな気もするんですが……

言われた通りにお目め瞑って片足バランスします。

いーちぃ、にぃーいぃ、さぁーん、しぃーいぃ……

 

「――ブレないな」

「ブレないッスね」

 

割りと安定していると思います。

背筋にピシッと真っ直ぐで重い鉄棒が通ってる感覚です。

 

「……もしかして、体の作りのせいじゃ無いか?きっと地上人は皆こうなんだ」

「恐ろしい所ッスね。タクミさんみたいのがワサワサ居るッスか」

「――その解釈には色々言いたい事があります」

「言っても良いケド説得力皆無ッスよ」

 

ぐぅの音も出ませんでした。

 

「――まあ、疲れとらんって結論で良いじゃろ」

 

色々面倒臭くなったラクシャスさんが吐き捨てました。

ボクの扱いがこの旅路でどんどん適当になってる気がします。

 

ひとしきり駄弁った後に再び縦列に組み直し、森の中に突撃を敢行しました。

焦らせる策は却下。全員一致で速攻です。

づかづかヘルバークの森に入ります。

呼び掛けは、少し考えて行わない事にしました。

もしあの影がニソラさんに着いていったムドラの人であれば、ボクたちに気付かせた後に息を潜める所から隠密を優先している事が伺えます。

逆にムルグの人であれば、いちいち此方の場所を教えるのは馬鹿らしいと言う事です。

勿論、警戒は最大限です。

ボクは既に鯉口を切って、敵が出たらすぐに反応できるように備えていました。

 

「……足跡が、あるな」

 

とても小さいながらも、追う為の痕跡は残されていました。

敵の気配はありません。

静かなものです。

マクミラン大尉よろしく、ギリースーツ着こんで伏せられてたら流石に判りませんけども。

それでも何事もなくボクたちは進んで行きます。

 

――やがて、洞窟のような岩影のある場所にたどり着きます。

そこにあった景色を見て、ボクたちは無言で武器を抜き放ちました。

 

ヘルハウンドが一体、まるで道を守るように、もしくはボク達を待ち受けるように、静かに背を伸ばし座っていました。

……そして、その側にはゾンビピッグマンが一人。

手を後ろに回し、「気をつけ」の状態で佇んでいます。

 

「……一応聞きますが、お知り合いです?」

「いいや、ムドラの戦士ではない」

「良しOK、押し通ります」

 

ムルグ側で確定。

即断即決、最早慈悲はありません。

 

「お待ちを。――もしかして、既に状況を掴んでおられるのですか?」

 

敵意のない声でした。

 

「何も?此れからオヌシを締め上げて、悲鳴と一緒に聞く予定でな」

 

バチバチと威嚇しながらラクシャスさんが歩を進めました。

対し、そのゾンビピッグマンは深々と頭を下げます。

 

「――閃光のラクシャス殿とお見受けします。そして、ムドラの客人であるタクミ殿」

 

香ばしいラクシャスさんの二つ名は無視です。

……ボクの名前を呼びました。

つまり、ニソラさんと接触があった事が確定です。

「質問」はスデに、「拷問」に代わってるんだぜ――と言うテンションに切り替わる最中、彼は続けました。

 

「ともあれ、お待ちしておりました――ニソラ殿の元へご案内致します」

 




回を追うごとに何故か文字数が増えて行く……不思議な現象です。
最初は3~4000文字程度だったんですが、今回はその5~6倍。

次回で真相に入りますが、この分だと膨れ上がって書き切れる前に投稿する気がする……

なお、題材にしはしましたが、作者はまだThaum Craft、Ars Magicaともにまだ素人さんだったりします。
「魅了」について調べはしましたが裏技とか抜け道はもしかしたらあるかもしれません。

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