ボクのMod付きマイクラ日誌   作:のーばでぃ

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前回までのあらすじ

無慈悲なクラフターによる金閣寺の一枚天井大崩落。


偽臣の書

崩れ行く屋内で、訳もわからず逃げ惑う3名を追撃です。

発しているであろう怒声は崩壊の音で悉く掻き消され、気が付くとカーラさんが物陰から一名引っ掴んで引きずり込んで行くのが見えました。

……これはもう、イジメと変わらないのではないでしょうか。

 

ボクはと言えばアーシャーさんに指示を出していた人に背後から強襲。白鞘を頭に思いきり叩きつけました。

 

「っぐあっ!?」

 

安心しろ、峰打ち……峰打ち?鞘ごとブン殴るのは何て言うんですかね。鞘打ち?

まぁ良いや。

鞘による一撃で体勢が崩れた脇腹に、今度は力一杯柄をめり込ませっ!!

 

「ごふっ!?」

 

後は襟首掴んで後ろにポイ。

そして空かさず壁を張って隔離。

 

流れるようにコンボが決まりました。

ごめんね多分エラい人。悲しいけどコレ、戦争なのよね。

 

「――地上、人だと……っ!?」

 

ここで初めて、一人残ったアーシャーさんがボクの事を視認します。

何だかんだ言って、存在には気づかれてても接敵するこの瞬間まで姿を見られなかった辺り凄いと思います。

 

「ムルグのアーシャーさんですね?……お覚悟を」

 

ゆっくりと白鞘を抜き、その刃を突き付けてピシリと正眼に構えました。

気分は幕末に暗躍した人斬りさん的な。

……でも、ごめんね?

 

「う、動くn――」

 

――全部ブラフなんだ。

 

彼が赤い本をボクにつきつけようとした瞬間、その側方から飛来したニソラさんの毒矢が寸分違わずその手に突き刺さりました。

相も変わらず惚れ惚れする腕前です。

ガストをのたうち回らせたメイド妖精特製の毒を、適当に減毒処理したアブない香りのする一品でした。

きっと矢が刺さる以上に激しい痛みを感じてそう。

赤い本を取り落として叫びを上げるアーシャーさんの背後から、音もなくカーラさんが接近して首をキューっと羽交締めします。

あわれ、アーシャーさんはひくひく痙攣しながら白目を剥き、意識を飛ばしてしまいました。

 

――やっぱコレ、イジメだよね?

と言うかコレ、死んでないよね?

 

一連の過程が思わず命の危険を感じさせます。

昔こういう雰囲気を出してた動画を見た事があります。

ウルトラリンチって名前でした。

 

「目標確保――スマートな仕事だ」

 

カーラさん的には、このガラガラ言ってる脳筋的建物倒壊はスマートの内に入るようです。

スネークだってアジトを初手爆破解体する手段なんて取らないよ……取らないよね?あのシリーズ全部やった訳じゃないから自信無いけど。

ちょっと遠い目をしているのを自覚しながら、頭の上で丸を作ってニソラさんを呼びました。

 

「……なんか、罪悪感。出入り口を塞いで増援を断った上で強行突破で良かったんじゃ無いのとか思えてきました……」

「イヤ、そんなことは無いぞ。それをしていたらこっちが詰んでいた可能性があったからな」

「……?」

 

カーラさんが視線を向けた先は、カーラさんが一名引摺りこんで行った物陰でした。

やられた方はさぞかしホラーな心境だったと思います。

しっかり落とされているようで、手足を縛られて仰向けに転がされているのが見えました。

 

「――あれ?もしかしてシューラさんですか?」

 

弓を担ぎなおしてトテトテ駆けてきたニソラさんが、ボクらの視線に同調してそう言います。

 

「……お知り合い?」

 

ニソラさんの代わりにカーラさんが答えました。

 

「ムドラから出した使者の一人だ。槍の得手だが、槍を持たずにムルグの技巧と思われる短刀を懐に呑んでいた。

――おそらく、接敵したらその短刀を自らに突きつけさせ、人質として使うつもりだったんだろう」

「……うわぁ、効果的」

 

前言撤回。

カーラさんの言う通り直接対決してたら危なかったようです。

 

「事前に打ち合わせた通り、今はシューラの事は捨て置く。この有り様では増援が来るまで今少し掛かるだろうが、ここにいる理由は済んだ。速やかにズラかるぞ」

「了解」

 

カーラさんが手早くアーシャーさんを縛り上げます。

毒矢で射られた上に落とされて縛られると言う念の入りようですが、シューラさんの件を見る限り、隙は欠片も作らない事が重要なんですね。

――おお、猿轡まで噛ましてる。

プロって怖いわぁ……

 

カーラさんのお仕事の合間に、取り落とされた偽臣の書を確保します。

見た目は大きめの赤い本です。A4ぐらいでしょうか。

インベントリに入れて名前を確認してみました。

 

「Red Enchanted Book……訳せば赤い魔法の本。なんぞこれ」

 

見た目も名前もまんまなんですが。

とりあえず、詳しい所は後でNEI(Mod「Not Enough Items」の略称)の詳細を使って調べる事にしましょうか。

何か解放されているかもしれませんしね。

 

「タクミ。入口を」

「了解です。じゃ、穴開けますよ。ニソラさん、ナビお願いね。」

 

とりあえず戦利品をシンボル化すると、ボクは床に向かってブロンズピッケルを振り下ろしました。

 

 

@ @ @

 

 

ムルグ郊外、侵入してきた場所に辿り着くのは容易でした。

侵入した時以上に誰もいません。

中央司令部の倒壊とラクシャスさんの進軍が、思いっきり敵を引き付けているようです。

ラクシャスさんの方はどうやらムルグまで辿り着いたようで、なんかより一層大暴れしているのが聞こえます。

……今更ながら、Vis足りているんでしょうか。盛大にぶっ放し過ぎのような気もするんですが。

 

「すぅ――」

 

プオォォーーッッッ、プオォォーーッッッ、プオォォーーッッッ!

 

作戦成功のラッパを3回高らかに吹き鳴らします。

ニソラさんとカーラさんは耳を押さえて待機していました。

アーシャーさんがこのラッパで起きる事態も無かったようです。……完全に落としていた訳ですね。今更ながらカーラさんが怖い。いや、それとももしかして毒の影響?

 

「――聞こえましたかね?」

「大丈夫だろう。ラクシャスはテンション次第では怪しいが」

 

――ズガアアアァァァンッッッ!!

 

景気のいい爆破音が、ラッパよりも大きな音を立てて響き渡ります。

 

……あー……ラクシャスさん、信じて良いんだよね?

ちゃんとラッパの音、聞こえてたんだよね?

今の雷撃は、ラッパの合図に気付いたムルグの戦士を留める為の囮だったって信じて良いんだよね??

 

思わずカーラさんに視線を向けてしまいます。

 

「……。まあ、ラクシャスだしな。合図を聞いた上で暴れてても俺は驚かん」

 

やめたげてよお!

ギヤナさんの胃袋にダイレクトアタックするのはやめたげてよお!

 

「どっちにしろ、戻る訳にはいかないと思います。

――大丈夫ですよ。『仕込み』の時しか一緒に居ませんでしたけど、ちゃんと思考は回る方と見受けました。きっと彼は、今も自分の役目を果たし続けているだけです」

 

ニソラさんがそう言います。

その評価は、ラクシャスさんに対するボクの印象と同じものでした。

 

「……そう、だね。ボクたちも自分の仕事をこなそう。

カーラさん、ちょこっとだけ時間ください。取り違いはないと思いますが、念のためにこの場で赤い本を調べてみます」

「……?調べられるのか?」

「ええ、たぶん」

 

人差し指を額に当てながら、NEIの情報に潜ります。

はたから見たら、なんか電波な事をやっているように見えるのでしょうか。

もはや二人ともボクの異常さを知っているので、疑いも無く見守ってくれていますが。

 

――さて。

ええと、Red Enchanted Book……Red Enchanted Book……

 

「――っ、見つけたっ!」

 

ヒットしました。

やはり本を手に入れた事が解放条件になっていたのでしょうか。名前が解っていたと言うのも強かったですが、NEIを検索したら一発で出て来ました。

詳細を展開します。

脳裏にこの本の情報がスルスルと流れてきました。

 

――ああ、やはりこれはMod由来(?)だったようです。

Mod「Hostile Gnosis Primer」……経験値を消費してMobを操る事が出来るもの、とあります。

 

ええと、なになに?

クラフターであれば、通常のエンチャ本に経験値を注ぐ事でこの赤い本に変成させる事が出来るのか。

通常は1Mobにつき1冊だけど、この世界では複数Mobの登録が出来ると。

しかし登録の度に経験値を消費する……もしかして、これがアーシャーさんが口にしていたと言う「命の力を使う」って事なのかな?

登録したMobはこの本を使って召喚したり、会話したり、視覚を共有したりする事が出来るようです。

これは明らかにModとしての機能よりパワーアップしてますね……

 

操る過程についても載っていました。

使用者の意識を植え付け、対象者の意識を乗っ取る……ギヤナさんの推論が大当たりです。

情報を抜ける類のモノでは無いようでした。

 

ともあれ。

 

「――間違いないみたいですね。どう言った物なのかも確認できました」

 

NEIで丸裸に出来た、と言うのは大収穫です。

アーシャーさんしか使用出来なかったと聞いていますが、これは多分エレベーターブロックの時のように使用イメージの問題なのではと思います。

ボクなら普通に使えそうです。

 

「本当か!?では、洗脳解除の方法は!?」

 

どうやって調べたんだとか、どこから情報を引っ張ったんだとか言うツッコミはありませんでした。

カーラさんが一直線に、最大懸念事項を問いかけてきます。

 

ええと、解除方法……うん、載ってる載ってる。

 

「ええと、この本に載ってる対象者のページを破れば、パスが切れて解放されるみたいですね」

「ページ……?」

「これを使うと、その対象者の情報がページとして焼き付けられるようです。……えーっと……?」

 

適当にペラペラページをめくってみると、なんだかよく分からない楔文字のような呪文やら図形やらがわらわら出て来ます。

もちろん、完全無欠に読めませんでした。

……そう言えば、ボクってこのネザーどころか地上の文字すら見た事無かったんだっけ。

何回か文字を書く機会あったけど、本当にボクが使ってた文字が通るかどうかは確証得られて無いぞそう言えば。ニソラさん捜索の時に看板へ残したメッセージも結局ニソラさん読んでないし……ラクシャスさんたちが傍にいたけど、そもそもムドラって字が読める人が少ないってギヤナさんがボヤいていたし……?

まさか、ここに書いてある文字がこっちで言う所のスタンダードな文字だったりするんでしょうか。

今更ながらに脳裏をよぎった疑惑に、思わずたらりと冷や汗が。

 

とりあえずページをめくり続けてみると……

 

「――あ」

 

ありました。

文字は相変わらずの楔文字ですが、血を擦り付けて乾かしたような色で、ゾンビピッグマンの姿絵が魔法陣のような図形の中に描かれているページを見つけます。

 

「あ、シューラさんですね、これ」

 

横から覗き込んだニソラさんが言いました。

 

「……ニソラさん、この文字読めるの?」

「え?いやいやいやいや、判断材料はこの姿絵だけですよ!いくら世界を回っているとは言っても、こんな考古学チックな楔文字は専門外です」

 

ああ、よかった。

これが標準語という訳では無いようです。

 

「ネザーの文字ですかね?カーラさんは判りますか?」

 

同じく覗き込んでいたカーラさんが首を横に振ります。

 

「いや……俺も古代語なら少しは読めるが、これはどうもそれとは違うようだ。魔導の領域で使う文字なんじゃないか?……ラクシャスなら読めるかも……いや、無理だな。想像できん」

 

ラクシャスさんェ……

 

「とりあえず、ページ破れば解除できるなら、破っちゃったらどうでしょう?」

「いや、もっともな意見だけどギヤナさんに判断仰いでからにしよう。どうもこの本、召喚機能もくっ付いてるみたいなんだよ」

「……え?召喚?」

「うん」

 

横に逸れるため、まだ口に出していない本の情報がちらちらあります。

この本に対して何かアクションを行うならば、それらを全部ギヤナさんに展開した後の方が良さそうだと思うのです。

それを伝えると、カーラさんも頷きました。

 

「まあ、そもそもこの作戦では寄生されてる連中への対応は後回しにする前提だったからな。情報を得られたなら最上だ。我々が解除方法を知らないと思わせておく、と言うのも何かのカードになるかもしれん。迂闊に妙な事をするのはやめておこう」

「あー、なるほど。ギヤナさんだったらそう言うのも武器にしそうですもんねぇ」

 

じゃあ、とっとと帰ってギヤナさんに伝える事を優先した方が良いですね、と本を閉じ――

 

「――おいタクミ、ちょっと待て」

 

手をカーラさんに捕まれました。

 

「え?……どうしました?」

「開いていたページは今ので全部か?」

「え?……ええ」

 

話していた間も、ペラペラページは捲っていました。

カーラさんもそれを横から見ていた上でのこの発言です。

「ちょっと貸してくれないか」とボクの手から本を取り上げ、ものすごい真剣な目つきでページをめくり始めます。

……最後まで辿り着くと、焦燥した様子を隠そうともせずにもう一周。

 

「……どうしました?」

 

ただならないその気配に、思わず訪ねた声が掠れます。

 

「これで全部、だと言うのか……?」

 

返って来たセリフは疑問形。

本を持ったその手が震えていました。

 

 

 

「――スユドのページが、無い」

 

 

 

呆然とした声が、小さくその場に消えて行きました。

 

――ギヤナさんを、ムドラ、を裏切ったんですか。

そんなカンガさんの叫びに斬り返したスユドさんの嘲笑がリフレインします。

あれは、操られていたが故の光景だった筈です。

 

それが……もしかして、間違っていた……!?

 

 

@ @ @

 

 

――ババババババババババッ!!!

 

 

プロペラが熱い空気を切る音が響きます。

それをバックにカーラさんの怒声も響きます。

 

「おい、もっとスピード出るだろ!!速く飛ばせっ!!」

「無茶言わないでくださいよこんな入り組んだ空間でっ!?ボクは今、全神経すり減らして運転してるんですよ!?」

「ドやかましい!あれだけ非常識を絵に描いたマネ仕出かして来て、今更グダグダ抜かすんじゃあないっ!!」

「ふえええぇぇぇえん、反論できないっっ!!」

「タクミさんの自業自得のツケにしちゃ、ちょっとトバし過ぎな気がしますけどね……っ!」

 

溶岩と火の付いたネザーラックの空間を、SH-60シーホークで飛ぶと言う暴挙です。

ここには空と言う物がありません。天井はネザーラックの岩肌で覆われています。ネザーと言う世界はただの広い、入り組んだ洞窟でしかないのです。

こんな場所をヘリで移動するなんて狂気の沙汰でしかありません。

ちょっとボク言っとくけどシーホーク運転するの4度目だぞ!?なんでこんなしょっぱい練度で死と隣り合わせのサーカスしてるんだ!?

そんな苦情はもちろん誰も聞いてくれません。

 

「きゃっ!?」

 

いきなりガクンと下がった機体に、思わずニソラさんの口から声が漏れます。

ローターが垂れ下がる溶岩の中を通過した事による物でした。

 

「やっぱり無茶だ!」

 

ボクの口から漏れたのは最早悲鳴でした。

 

「大丈夫だ!下は溶岩湖だ!落ちても死にゃあしない!」

「死ぬんですよボクらは!!」

「だったら今すぐゾンビピッグマンに生まれ変われ!!」

「資材もないのに無理ですよそんなの!!」

「資材があれば出来るんですか!?」

 

ニソラさんのツッコミが怒号の中に消えて行きます。

それに答える余裕もなく、機体を上に下に、右に左にと振り回します。

ローターが岩肌と衝突したらアウト。天井から流れ出る溶岩の直撃を受けてもアウト。空間は狭く視界は最悪。

紐無しバンジーと大した違いはありません。

 

――左から3つ、こちらに飛んでくる影がありました。

1m程はある巨大なハチです。

ヘルバーグの森で蜜を集めるあのハチとは違う……その様相はスズメバチのようにも見えました。

 

「――ワスプか!!」

 

カーラさんがその名を叫びます。

どうやらここは、巣の近くのようです。

明らかに臨戦態勢を取っていました。

当然です。こんなやかましい音を立てて空を飛ぶ鉄の塊が、自分の巣に近づいて来たら誰だってビビります。誰だって警戒します。

 

「待って!待って待って!別に蜜を狙ってる訳じゃないんだよボクらは!!」

 

自らの巣を守るために出撃した戦闘兵3匹。

声を張り上げてて敵意がない事を伝えますが、当然聞こえる筈も、そして聞く耳がある筈もありません。

その牙をカチカチ鳴らしながらワスプが攻撃態勢に入り、変則的な挙動を描いて襲い掛かってきました。

 

――そして2匹がローターブレードに輪切りにされ、1匹が防弾ガラス製のフロントガラスに突撃しビシャリと体液を散らします。

例えネザーの空の雄、そして幸運の象徴であったとしても、彼らに軍用ヘリは荷が重すぎたようです。

無念、と言う幻聴を残して彼らが溶岩の海に落下していきます。

はらりと千切れた羽が虚しく舞い散りました。

 

「ぎゃあああああ!!何の罪もないワスプさんたちがああああああ!?」

「気にするな!軍事目的の為の致し方ない犠牲だ!!」

 

コラテラル・ダメージなんて、お偉いさんが口にするただの良い訳に過ぎないんだよぉっ!!

ボクの乾いた叫びは何処にも突き刺さってくれません。

 

「――タクミさん、前っ!!」

 

フロントガラスにくっついた体液を泣く泣くウォッシャーとワイパーで除去すると、直後にニソラさんの警告の声。

フロントガラスに気が行って、前があまり見えていなかったようです。

そこには明らかにローターより横幅の狭い岩の裂け目が待ち構えていました。

 

「このバカああああああああーーーーーーッッッ!!!」

 

慟哭しつつも、体はちゃんと動いてくれました。

機体を反射的に横ロール。揚力が死んで下降を始めたシーホークが、直前まで持っていた慣性を使って裂け目の中を突っ切ります。

何か機体のあちこちからガンとかゴンとか音がしてるううう!?

 

「お、ちる……っ!?」

「ああああああああああああああああっっっ!!!」

 

ほぼ半狂乱になりながらも、それでもどこかに冷静な部分が残っていたのかもしれません。

裂け目の終わりに達した瞬間に機体を立て直し、待ち構えていた岩壁をかわし、2~3回着陸脚をネザーラックにぶつけながら、それでも跳ね回る機体を押さえつけて安定姿勢を取れる位置に機体を滑り込ませるのです。

火事場の集中の為せる業でしょうか。

ボクの目はいつもより多くの物を見切り、ボクの体はいつもより素早い反応を見せました。

あ、今まさに目のハイライトが消えてるとか思いました。

 

――急場を乗り切った時、ボクは「ああ、種割れって走馬灯の事だったんだな」と言う一つの悟りを開きます。

 

心臓の音が、凌ぎ切った後からバクバク響いてきました。

 

「い……生きてる……!?ねえニソラさん、ボク生きてるよね!?まだ生きてるよね!?」

 

操縦桿を握る手がぷるっぷる震えていました。

ごっつ怖かったです。このままトラウマになりそうです。

 

「ええ、お見事ですタクミさん。ちゃんと生きてますよ――まだ私たちの命を握ったまま、ね」

「やれば出来るじゃないかタクミ――よし、次だ」

「この人たち肝据わりスギィィッ!!?」

 

ボクがミスったら道連れになるって言うのに、なんでこんな獰猛な笑顔浮かべられるの!?

気絶したままシートベルトで固定されているアーシャーさんが心底羨ましく感じます。

 

ラウンツー

ファイッ!

 

脳裏のどこかで、そんな声が聞こえました。

 

 

@ @ @

 

 

ハリウッド映画は好きです。

カーチェイスのシーンとかすごい良く出て来ます。

ものすごいスピードで高速道路とかをかっ飛ばしながら、銃撃してくる追手を躱したり鋭いスピンターンを決めたり、タンクローリーの爆風で空を飛んで華麗に着地したりするのです。

 

アレは見るからカッコイイのであって、やる側に回ったら阿鼻叫喚モノなのだと言う事を学びました。

具体的には、きっとこれから同じシーンを見るようになれば、ボクは主人公に対して合掌し、その勇気を強く讃えるようになるでしょう。

 

彼らは英雄です。

間違いなく。

 

「――見えたぞ!」

 

カーラさんが身を乗り出しました。

フロントガラス越しに見えるのはムドラへの道を辿る陽動班です。

追手は見えません。交戦ポイントからの撤退はつつがなく完了しているようでした。

ギヤナさんが、ギョッとした顔でこちらを見つめています。

 

後ろを確認すると、降下用のロープを手早く体に固定しているニソラさんです。

哨戒用とは言えさすが軍用機。降下用ロープが標準装備とは恐れ入ります。

ギュッ、ギュッ、とロープを引っ張ってその結び目を確認するとスライドドアを勢い良く開け放ちました。

気圧差で生まれた風がバタバタとニソラさんの髪とエプロンドレスをはためかせています。

今更ながら、その格好でスタントするとか絶対頭おかしいと思います。

 

「行きます!」

「たのむ!」

 

短いやり取りの後、ニソラさんが飛び降りました。

運転席のボクからは見えませんが、ロープで逆さに釣られたニソラさんが両手を広げている筈です。

まるでラピュタのワンシーン、監視塔の上でシータをかっさらうパズーのように。

カーラさんが助手席のドアを開け放ち、外に身を乗り出してそれを確認しています。

 

「まだ高度が高い!2~3人分下げてくれ!」

「了解シマシタ」

 

この辺りになると、既にボクはある種の悟りを開き『何でも言うことを聞いてくれるタクミサン』と化していました。

度重なる致死性サーカス強制実行による精神崩壊と言い換えても良いです。

神経がすり減って全損しました。しかも、未だサーカス要求は続きます。

勇気の出る魔法の言葉は「もうどうにでもなーれ」です。

実際どうにでもなってる辺り、きっとご利益があると思います。

セヤナー……セヤナー……

 

横位置は運転席からでも確認できました。

機体はまっすぐギヤナさんに向かっています。

 

「ギヤナさん、捕まってください!」

 

下からニソラさんの声が聞こえます。

さしあたりボクらの意図を察したギヤナさんは、そのままニソラさんに飛びつきました。

一人分の荷重が掛かり、機体がわずかに沈みます。それは作戦成功のしるしでもありました。

 

「――早急にムドラに戻レ!」

 

残された陽動班に対するギヤナさんの命令が響きます。

了承した事を示し敬礼の形を取る陽動班の兵たちが、運転席の窓越しに見えました。

 

「――そレで、何がアった?アーシャーはチゃんト確保できタようダガ?」

 

ローターによる激しい気圧と不安定に動く機体をものともせず、ロープ一本でアッサリ機内に這い上がってくるあたり、ギヤナさんの身体能力も大概だなとか思います。

 

質問に応えたのは助手席にいたカーラさんでした。

 

「想定していた作戦はすべて完了したよギヤナ。偽臣の書の確保も成功し、洗脳解除の方法も判った」

「おオ、良クやっタ!特に解除方法が分カったのハ大戦果だナ!……で、代ワりにどンな厄ネタ引っ張って来タんダ?」

 

この二人が話している所を見るのはインターミッションの最中のみでしたが、こうしてみると二人は結構気安い関係のようです。

ムドラの手駒は皆脳筋とかボヤいてましたしね……ボクから見たらカーラさんも結構脳筋でしたが、その上で仕事人と言う感じの印象がありましたし、そう言った点がこの関係を作ったのかもしれません。

 

カーラさんが固い声で続けます。

 

「スユドが、洗脳された形跡がない事が分かった」

「……あ?」

 

インベントリからRed Enchanted Book……もう、偽臣の書で良いですね。

偽臣の書を取り出してギヤナさんに渡します。

 

「それを使って洗脳された者は、ページにその姿絵が描かれるそうだ。……スユドのページが無いだろう?」

 

揺れる機内でぺらぺらと本を捲るギヤナさんです。

 

「確かにない……破り捨てたとかは?」

「契約解除は対象のページを破る事だそうだが、俺たちはそれをやっていない。操る以外にも機能があるようだし、ギヤナがカードにするかもしれないから迂闊な事はしないで置いたんだ」

「ナるほド、ありガたイ。……しかシ解せないナ。スユドの裏切りが本物だト……?

ソれがアったト仮定しテ、ムルグの行動と噛み合っていナイように思えル。――アのバカとエンカウントはシたカ?」

「いや、していない。ラクシャスはどうか知らないがな」

 

スユドさんが元からムルグ側であったのなら、ボクの能力は当然伝わっている筈ですしね。

中央司令部での対応もそうでしたけど、マインクラフターが付いていると解ればもう少し警戒の仕方が変わっていた筈です。

しかし彼らは崩れ落ちる天井を前に、哀れにも右往左往したまま何の対応も出来ずに沈みました。

 

ニソラさんが補足します。

 

「――根拠は薄いですが、ラクシャスさんもエンカウントしていなかったと思うんです。難敵と出会ったのであれば、雷の使い方も変わってくる筈ですが……音を聞く限り、そんな様子は見受けられなかったように感じます」

「コっちにもあのバカはイナかった。……スユドを配置するナラ、最前線である交戦ポイントかラクシャスが突破しタ防衛ライン、モしくは強襲を警戒して中央司令部にナる筈ダ。

……そのイズれ二もいなかっタのでアれバ……後考えラれるのハ、一つシカなイ」

 

ギヤナさんの指すもの――

それは、この戦争が勃発する原因となった要素です。

 

「まさか……ムドラに一人駆けしたか!?」

「アイツの身体能力なラ、道なき道をゴリ押しで突破すルぐらイは出来るかもナ……!」

「でも、偽臣の書はここにあるんですよ!?」

「ウィザーをムドラで開放しテ、暴れサせた後に手駒に加エル……カナりのリスクを背負ウ事になルが、アりえなクハないと思ウ。アイツは、ウィザー召喚の方法もドクロの場所モ知ってしまってイル……!」

「あるいはドクロだけ回収して、嘆きの砂漠で呼び出すつもりだったのかもしれませんね」

「……?」

 

カーラさんが若干話に置いて行かれていますが、しかしマズい状況にあると言う事は十分伝わったようでした。

 

「マズい……スユドさんは一度あの部屋を見てるんだ。あの『仕込み』も通じないかもしれない……!」

 

操縦桿を握る手にじっとりと汗を感じるのは、運転を続ける緊張感からだけではありません。

もしウィザー召喚が成ればどうなるか。

アレは罠に嵌められる場所で召喚するからこそイジめられっ子になるのです。

何の対策も無く無秩序に呼び出されたら、それこそ阿鼻叫喚の絵図になるでしょう。

しかもムドラの戦士は全員外に出ています。町を守れる人員は、アジャスタさんを始めとした数人の防人しかいません。

 

ボクらが辿り着けたとして……ノーエンチャのブロンズ装備に弓矢と白鞘だけでは、ウィザーを相手にするには不足が過ぎます。

 

「タクミ殿、頼ム!急イでクレ!!モし推測が合ってイるなラ――コのまマではムドラが!!」

 

ギヤナさんの悲痛な叫びでした。

 

「――了解。ボクも腹ぁ括りました。みんな命捨てて貰います。

シートベルト確認してください……

 

往っきますよおおおおおおおッッッ!!」

 

コレクティブレバーを押し込み機体を前傾斜させました。

揚力を前方に向けた空の鷹がネザーの灼熱を突っ切ります。

 

死と隣り合わせのフライト――ファイナルラウンド突入です。

 

 

@ @ @

 

 

ハリウッド映画が好きです。

戦闘機のシーンとかすごい良く出て来ます。

物凄いスピードで敵陣をかっ飛ばしながら、銃弾やミサイルの雨をロールして潜り抜けるのです。アニメで言うと北野サーカスとか?

物語のクライマックスだと、大抵機体は目的を達成した後、その力を使い果たして大破したりします。

主人公と一緒に天に帰るシチュエーションも珍しくありません。

 

――ボクは、彼らに近づけたでしょうか。

機体をぶつけた衝撃で操縦桿から弾かれた手を押さえつけます。

種割れが続き過ぎて鼻血が出て来ました。

人間、アドレナリンが出まくれば結構何とかなるものなのかもしれません。

 

未だに震えている体を止めるために、大きく深呼吸して肺の中の空気を入れ換えます。

蜘蛛の巣状にヒビの入った窓の奥に、折れ曲がりひしゃげたローターがプラプラと揺れていました。

 

ボクは、シーホークは、やり遂げました。

機体を大きく損傷させながらも、ここムドラにたどり着いたのです。

ほぼ墜落寸前と言う体でムドラに飛び込んだシーホークは、そのまま岩肌にピンボールされてギヤナさんの家に突っ込んで止まりました。

 

……さよなら、SH-60シーホーク。

この機体がもう空を飛ぶ事は無いでしょう。

 

「て……点呼ぉ……?」

 

着陸……いや、墜落の衝撃で体中バラバラになったような感覚を覚えながらも、声を絞り出します。

返事は待つこと無く返って来ました。

 

「カーラ、大丈夫だ……少々頭を打ったが」

「ニソラ、無事です。幸いケガはありません」

「ギヤナ、問題なイ……丈夫だナ、コの機体ハ」

「う、ぐぅ……?」

「オ前は寝てロ」

 

めしっ、とギヤナさんのバックナックルが覚醒しかけていたアーシャーさんの意識を刈り取ります。

脳筋式ラリホーですか。……結局、ムドラは脳筋の街なのかもしれません。

 

ともあれ、全員無事です。

シーホークは最後の最後まで、そのお務めを果たしてくれたようでした。

 

「よい、っしょおおおっ!!」

 

横転した機体のスライドドアをニソラさんが蹴り開けます。

みんなして何とか機体から這い出ると、そこはギヤナさんと応接したあのテーブルのある部屋でした。

 

……隠し通路への道が、開いています。

 

「案の定か……だが、まだウィザーは召喚されていないらしい」

 

間に合った――の、でしょうか……?

 

とりあえず機体から引きずり出したアーシャーさんは、適当にその辺のスペースに放置。

インベントリから、予め預かっていた皆の武器を取り出して返しました。

気分はボス戦突入前と言った所でしょうか。生憎、HPの回復まで行う余裕はありませんが。

ボク、ニソラさん、カーラさん、ギヤナさん。

……はは、奇しくもパーティ4人揃ってるじゃないかと苦笑します。

 

「――行くよ」

 

左手に白鞘の重さを感じながら、隠し通路に足を踏み入れました。

 

 

 

「……何が幸いするか分かったものじゃないな」

 

画して、彼はそこにいました。

ギチギチに圧縮した筋肉の上にベストを着込み、つばの無い帽子を頭にのせて、彼はそこに佇んでいました。

足元には折れたピッケルやネザーラックの石くれが転がっています。

 

「これを掘るのに多大な労力を割いたよ。全く、余計な事をしてくれる。灰色の石塊を崩し切る前に、使っていたピッケルがへし折れた時はどうしようかと思ったさ。

――今しがたの衝撃で崩れてくれたのは本当に助かった」

 

黒いドクロをソウルサンドの台座に乗せつつ、深い笑みを浮かべているその姿は、あの時の、会敵した時のスユドさんとダブります。

 

「――何者ダ、貴様」

 

歯をギシリと軋ませながら、ギヤナさんが問いかけました。

スユドさんの手が、最後のドクロを設置します。

 

「名に意味は無いが……一応、私を表す記号はあったな」

 

フオオオオオオオ…………

 

笑みを浮かべるスユドさんの隣で、空気を凍らすような声が上がりました。

青白い光を迸らけて、地獄の魔王が顕現します。

ソウルサンドの台座がドス黒く染まり、鎮座された3つのドクロが禍禍しく脈動を始めました。

両手を広げたスユドさんが勝ち誇ったように口にします。

 

「私は、スペクテイター・ヘロブライン。そう定義されているよ」

 

全てを黒く干からびさせる、最悪の厄災――

ウィザーが、ついに召喚されました。





超遅れまして申し訳ありません。
他の小説書いたり動画作ったりしていました。

ヘロブラインと言う名はvoid0様より感想欄で教えて頂いたものです。
使いたかったので、プロットを書き換えて登場させました。
この場を借りてお礼申し上げます。

本来なら黄昏のウルガストがボスだったんですよね。そこから黄昏の森の話に踏み込もうかなとか思ってたんですが、こっちの方が色々振り回せる話になってちょっと満足。
ちなみに、まだトリック仕込んでいます。

それとステマ。
この『ボクのMod付きマイクラ日誌』の設定を多少変更した動画をニコ動でアップしはじめました。
詳しくは活動報告にて。
興味ある方はどうぞ。

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