ボクのMod付きマイクラ日誌   作:のーばでぃ

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厄災は放たれた矢のごとく

 

スペクテイター・ヘロブライン……?

 

名乗られた、彼が言う所の『記号』を脳裏で反芻します。

――聞き覚えのある単語ではありました。

スペクテイターはMinecraftにおけるゲームモードのひとつ。世界に一切の干渉ができない代わりに、プレイヤーはその世界を自由に飛び回る事ができるモードです。

そしてヘロブラインは……確か、Minecraftの都市伝説のひとつだったと記憶しています。

 

「――悪意だよ。この部屋そのものが、世界が構築した悪意の塊なのだ」

 

ウィザーは顕現から覚醒に至るまで、少しばかりのタイムラグが存在します。

それまでの時間を語ることで使う事に決めたのでしょうか。彼は笑みを張り付けながら手を広げました。

 

その祭壇は、T字に組まれたソウルサンドを装飾するようにデザインされていました。

グロウストーンの鍾乳石が天蓋のように降り、回りを細い骨の枝が囲っています。

今、その中心で脈動しながら不気味な声を響かせるウィザーは、まるで禍々しく装飾されたベビーベッドに座しているように見えるのです。

 

「――黒い頭蓋骨を隠すぐらいなら、この召喚の祭壇も埋めてしまうべきだった。

最初にこの様相を見た時は、思わず笑ってしまったぞ?

お前らムドラの民は、ウィザーと言う名の厄災を恐れ遠ざけながらも、その実召喚の準備が完全に整っているこの部屋を後生大事に保存して来たのだからな!」

 

あまりにも的外れなその物言いはとりあえず右から左に聞き流し、ボクは一計を案じました。

ともかく、スユドさんにあの位置に居てもらうのは困ります。

 

「――ニソラさん、スユドさんの抑えは任せて良い?」

 

インベントリから偽臣の書を取り出して、頼もしいメイドさんに視線を向けます。

ニソラさんは「問題ないですよ」と短く答えて、視線は前を向いたままその親指を立てました。

 

「――ほう?偽臣の書か。……そこらの者どもに使えるとは思わんが、確かに『それ』をされると私としても面白くないな」

 

……よし、スユドさんがウィザーから離れました。

目論み通りです。ウィザーが覚醒した後、偽臣の書を使うボクを止められるのは貴方だけですもんねえ、ヘロブラインさん?

 

「ギヤナ、俺はどうすれば良い……!?」

 

ズクン、ズクンと脈動が臨界に達していくウィザーを睨みながらカーラさんが身構えます。

見るからにもう時間がありません。

 

「オ前は俺と一緒にコこヲ固めるんだヨ。アいつヲ逃がさナいよウにな」

 

対するギヤナさんは、自然体のまま備えていました。

その要求は、厄災の詩を知っているカーラさんからしてみれば、とてつもない難易度であるように聞こえたでしょう。

しかしムドラの戦士に名を連ねる以上、彼も逃げる訳にはいきません。

焦躁を闘志に変えて、カーラさんは笑みを作って見せました。

 

「……ふっ……そうだろうな……!上等だ……っ!!」

「安心しロ。多分、拍子抜けすル」

「なに……?」

 

そのやり取りが聞こえたのか、彼は嘲るように鼻を鳴らしました。

 

「全てを破壊するウィザーを相手に、ひとつの出入り口を固めて構えるとは、やれやれ無知も極まれば哀れでしかないな……」

 

……確かに、無知も極まれば哀れでしかありません。

 

「――そろそろ来ますよ!総員対ショック防御!!」

「この町と共に消え去るが良い!!」

 

フオオオオオオオンンッッ!!

 

ウィザーの咆哮が高らかに響き渡り、一拍置いてTNTを一斉爆破したような爆音と衝撃がボクらの体を貫きました。

 

――ドグオオオオンンッッ!!

 

「う、っぐ……っ!」

 

ビリビリとした硬質の波がボクの体に飛び込んで暴れまわって行きます。

耳を塞ぎ、頭をかばい、衝撃に備えてもなお、そのダメージをゼロとすることは出来ませんでした。

 

――バシィッ!!

 

「……はへ?」

 

突き抜ける衝撃に耐える中で、頭を庇って翳していたボクの左手に、まるで狙ったように飛び込んできた物がありました。

思わずキャッチしてしまったそれを見ると、そこにあったのは刀掛台に安置されていた散華です。

今の爆風でぶっ飛んで来たようです。

 

――え?なに?

もしかして自分を使えっておっしゃってます??

いやでも、偽臣の書があるし――って散華さん、あなたSAがトンでもないコトになってますよ!?

 

「そこっ!!」

 

裂帛の気合いと共にニソラさんの山刀が閃きます。

ガキンと硬質の音を立てて飛びずさったのはヘロブラインと名乗った彼です。

ウィザーの爆発に合わせて、ボクらに強襲を掛けていたようでした。

右手には逆手に持った折れたツルハシ。その様はさながら変則的なトンファーのようです。

 

「――ふんっ、やはりその武が忌々しいな地上人めっ!!」

「……貴方の武は、見る影もありませんね。スユドさんはムドラの猛者三十名弱を一斉に相手にして無傷で制圧したと聞きますが、その動きでは無理でしょう」

「抜かせ!私の武などウィザーがあれば最早意味など……

 

……!!?

 

な、なんだと!?何をやっているウィザー!!?」

 

彼の頼みの綱のウィザーは、甲高い声をあげながらその周りの装飾に体を阻まれ、身動き出来ない状態で捕らえられていました。

頼りない骨とグローストーンの装飾――ウィザー覚醒の爆発によって砕け散る設計だと誰だって思います。

しかしその実、強度は最早ボクでも破壊する事は出来ない域に達していました。

通常の人間サイズであればなんて事なく隙間を潜り抜けられるその装飾は、3mもの巨体を誇るウィザー相手であれば極端に狭い檻となる訳です。

さらにウィザーの吐き出す黒い生首も、その装飾に阻まれ機能出来なくなっています。

 

「バカな……全てを破壊するウィザーだぞ!?あんな細い骨や結晶をどうして壊せないと言うのだ!?」

「やレヤれ……大丈夫トは解っテいてモやはリ肝は冷えルモのダ。想定を超えラレてタらドウしようカと思っタぞ」

 

あらかさまに嘆息するギヤナさんを睨み付けて彼が吠えます。

 

「貴様かギヤナ……なにをしたァッ!!?」

「いヤ、別に俺ハ何もしてナイぞ。冤罪ダ」

「下手人こっちですからねー」

「え、なにこの犯罪者扱い。訴えますよ?」

 

訳が解ってないハズのカーラさんまで、何を悟ったのか「ああ、またコイツが何かやったのか」みたいなお目めを向けてくる暴挙です。

ええー……確かにボクがお膳立てしましたけど、実行犯はラクシャスさんですよ?

心外ですねー。

 

「実行犯にされるラクシャスさんが哀れ過ぎます……」

「あー……ギヤナ。つまり、どう言う事なんだ?」

 

ボクは、ウィザーが壊れない檻をガッタガタやってる様を指差して言いました。

 

「カーラさん、あそこに祭壇があるでしょう?」

「あ?……あ、ああ」

「アレね。ボクが作ったんです」

「な、なんだと……っ!?」

 

リアクションを被せてきたのはスペクテイター・ヘロブラインの方でした。

思わず肩を竦めます。

 

「貴方が本当にスユドさんなのであれば、ちょっとヤバかったですよ。スユドさんはこの部屋の元の姿を知ってましたから。

これだけガラッと様変わりしている上にウィザー召還の準備が整えられているのを見れば、絶対罠だと疑ってたハズですしね」

 

……疑うよね?

いくら脳筋でも、流石にそこは疑うよね……?

自分で言った台詞にちょっぴり不安が過ったのは秘密です。

 

「やはり、アイツはスユドではないのか……?」

「体ガどうかハ知ラんヨ。偽臣の書以外に操ル方法がアったのカ、はたマた外見ヲ完璧にコピー出来るノか……その辺りハ解ラんがネ。モノホンだっタらスカ過ぎル。偽物か操ラれてルかのドっちかダ。

……唯一、黒い頭蓋骨ノ隠し場所ヲ知っテいたのハ不可解だが、今はまア、ドウでモ良いカ。

タクミ殿の仕込ミに感謝しよウ」

「ホントにフラグ回収しちゃいましたねえ……」

 

――ムルグ侵攻作戦が始まる前、空いた時間を使ってボクとニソラさんはラクシャスさんを連れ出し、シーホークで地上を駆け回っていました。

 

目的は水と大地、そして秩序の相を含んだAura Node。

つまりは『保護の杖星』を使用する為に必要なVisの確保です。

ラクシャスさんが杖星の研究を第一にしていると聞いていたので真っ先に思い付いた策でした。

 

『保護の杖星』の効果は、その名の通り使用対象の保護。別の漫画とかに照らせば、固定化やバリアと言った単語が当てはまるでしょうか。

これで保護されたオブジェクトは、保護を解除しない限り何者にも破壊出来なくなるのです。

 

今回は、散華の置いてあった部屋の奥を拡張して劇的ビフォーアフターした上で、祭壇周辺の装飾や床、天井を重点的に保護した訳です。

ボクにとっては最大の賛辞ですね。ボクのデザインした祭壇を、彼は全く疑わなかった訳ですから。

 

……ホントは部屋全部をまるっとリフォーム&保護したかったんですが、時間とVis量がそれを許してくれませんでした。

よくまあ60分強でここまで仕上げたよねボクも。

 

ともあれ、それに気付かずに彼は祭壇の中でウィザー召喚を実行。

――斯くして、ウィザーはまんまと破壊不能な檻の中に顕現してしまった訳です。

 

いかなウィザーとて動けなければどうとでも料理出来ます。

ゴーレムリンチコース、蓮ちゃん爆破コース、普通に進路に障害物を置いてフルエンチャ剣でのなます斬りコース……バニラでさえ完封法がいくつも上がっているぐらいです。

これからウィザーは、あまねくクラフターにそうされたように不遇なイジメを受けてしまうのです。

 

かわいそう。

ウィザーパイセン超かわいそう。

 

「そんな……そんな、バカな……」

 

そして、今日一番のドヤ顔を決めておいて、実は全部こちらの手のひらの上だったと言う最高のドヤキャンを受けてしまったかわいそうな人二号が何かぶつぶつ言っています。

 

「エえト、何だっケ……『この部屋自体が、世界の産み出した悪意の固まり』?

『この様相を見たときは思わず笑ってしまった』ダったカ?

『無知も極まれば哀れでしかない』ンだよナぁ?ヘロブラインクぅううン?」

「ぐ……ぐぬぬぬうううっ!!?」

「ゴメンなァー?マさカこれ見ヨがシに置いタソウルサンドをソのまマ使うヨうなバカなンてソうそうイないト思ってタのに、見事に引っ掛ケちゃっテホントゴメンなァー?ゴメンなァー?」

「お……おのれっっ……!おのれえええええ!!」

 

なんて見事なNDK。

ボクがやられたら泣く自信がありますよ。

 

「ギヤナさん、煽りますねー」

「最終的に家がぶっ壊れる事態になっちゃったし、まあ多少はね?

……家壊しちゃった直接の原因はボクだけど」

 

大変申し訳ございませんでした。

 

「俯くな。アレは俺達の要求に全力投球で答えてくれた末の結果だ。――アレを咎めるようなら俺がキレる」

「オう。と言うカ、それモ別に気にしちゃイないゾ。

アレ、見た目スユドのバカだカらナ。アいつガ悔しがっテルとコろを見ルのがスゲエ楽シいンだヨ」

「ドンだけ溜まってるの!?」

 

まさかの本人攻撃だった模様。

……日頃のストレスと言うやつは恐ろしい物です。

 

「トは言えダ。此方モさんザん煽っタ上にドヤ顔カましテしまっタからニハ、万ガ一があルとカッコ悪スぎルんでネ。

――タクミ殿、トっとト処分を頼ム」

「はァーい」

 

まあ、こんだけ煽って逆転されたら目も当てられませんしね。

 

ボクは偽臣の書と白鞘をインベントリの中に戻し、散華の刀身をするりと抜き放ちました。

魂魄が溢れ妖刀となっている散華の刀身は、まるで水で濡れているかのようにキラリと美しい輝きを放っています。

 

「……?タクミ殿?偽臣の書ヲ使っテ自害さセるノデはなイのカ?」

 

ギヤナさんの当然の質問でした。

 

「いやあ、そのつもりだったんですけどね……どうもこの子が使って欲しいみたいで。未曽有のムドラの危機なのに、使い手が決まらないまま放置されるなんて我慢ならないらしく。

……こんなイジメシチュエーションが初陣なんて良いのかなぁ、とか思ったりはするんですけどもねぇ」

 

物凄い勢いでSA主張してきましたからね。複数SA所持とか、ゲームの中でやってたらチート扱いですよ。

使い手も、ボクで良いのかなぁとも思うのですが。

 

「ま……まだだ!まだ終わらん!

この場が魔法で保護されていると言うなら、術者を下せばどうとでもなる筈!貴様らを葬り、ラクシャスを落とせば良いのだ!!」

 

往生際の悪い人がなんか言ってます。

 

「アあー……マあ、ソうだナ。道理だナ。――オ前のジツリキ的に、ソレの完遂ハ絶望的だト言う点に目ヲ瞑れバ」

「何を!?――教えてやろう!この体はコピーでも何でもない!!正真正銘、理外のスユドの物なのだ!!

――操られているとは言えムドラの戦士……貴様らに仲間が殺せるか!?」

 

ああ、今度は人質作戦で来ましたか……

ムルグ潜入の折、シューラさんでした?が人質になる寸前でしたけれど、あの時カーラさんが危惧した手段を取ろうとしている訳ですね。

 

ギヤナさんが鼻で笑います。

 

「ムドラを嘗メるナよ三下風情ガ。敵の喉元に食ラいツいてオきながラ命を惜シむよウなスクタレは、ムドラにハ一人も居ナいんだヨ。モちロん、スユドも含めてダ!

アイツならコの局面、喜ンで自分ヲ殺せト叫ぶダろうサ!

我ラの手は止マらんヨ!サあ往くぞタクミ殿!ニソラ殿!

人質なんテ関係なイ!殺セ!一切の容赦ナく殺スのダ!!」

「……何でしょう……覚悟が滲む台詞の筈なのに、何処と無く管理職の闇が見える気が……」

 

ギヤナさんはそれはそれは素晴らしい笑顔を浮かべておられました。

よほどスユドさんは問題児だったんだろーなぁー……

 

「――まあ、どうでも良いんだけどさ。抵抗する気なら、早めにやっといた方が良いと思うよ?」

 

散華を霞に構えます。

スユドさん人質作戦はそれなりに有効かもしれませんが、偽臣の書がある今、此方にはいくつか選択肢があるのです。

その事実はボクに踏み込みを躊躇いさせませんでした。

 

何より、この刀が叫ぶのです。

 

「ボクらを殺してラクシャスさんを押さえるんだっけ?……まあ、頑張ってよ。ただし――タイムリミットは30数える程も無いけどね」

 

――ムドラに仇なすウィザーを斬らせろ、と。

 

その叫びに同調し、ボクは散華に宿った新たなSAを解放しました。

祭壇を取り囲むように無数の青い剣が滞空し、その切っ先が一斉にウィザーに向けられます。

散華の試し斬りの時に使ったような、只の幻影剣ではありません。

それはウィザーの力と同様に、命の力を枯渇させる死の奔流――

 

――急襲幻影剣-衰破-!

 

一斉に放たれた幻影剣が、残らずウィザーに突き刺さります。

ウィザーに枯渇の力が通じるかは知りませんが、黒く脈動する幻影剣に貫かれたウィザーは、悲鳴のような叫びを上げました。

 

……この技、本来技量が足りない者が使えば、枯渇の力が使い手にも降りかかって来るのですが……

半ば自傷上等で放ったものの、どうやらその心配は無用だったようです。

ボクの技量が上がったのか、それとも散華が気を効かせてくれたのか。

まあ後者でしょうけども。

 

「な……伝説の、青い剣だと!?」

 

実際は違うハズですが、そう解釈してしまうとさらに分が悪く感じるのでしょう。

何せ、動けないウィザーを相手にかつてウィザーを屠ったとされる剣を叩き込んでいる訳ですから。

オーバーキルも良いとこです。

 

「おのれ、させるk」

「はいストップ」

 

泡を食って駆け出した彼をニソラさんの一撃が押さえます。

 

「――私のご主人サマは、貴方を抑えよと仰せですよ?

……故に、もはや往くも退くも叶わぬと心得なさい」

 

頼もしすぎるメイドさんでした。

何あれ惚れてまうやろ。カッコ良すぎる。

 

「邪魔をするな地上人!ネザーとは何の関係も無い奴が横から!!」

「いーえ、一方的に攻撃された段階で既に当事者です。……あの退路遮断で実際死を覚悟させられましたからね。

タクミさんにたくさん心配掛けてしまいましたし、存分に意趣返しさせて貰います!」

 

……そうだ。

実際、アレのせいでニソラさんは死に掛けたんだよな。

 

――スユドさんには悪いけど、やっぱり首の1つぐらい刎ねとこうか……?

 

……――!!

 

「っ、おっとごめんごめん。そうだよね……先ずはウィザーの相手が先だった」

 

散華の声なき声を聞いた気がして、思わず刀に向かって弁明してしまいました。

先ずはボクの仕事を終わらさないとね。

 

「……君も災難だよねえ。結局イジメの図式だもの。もしかして、召喚される度に『そう』なのかな?

――でも悪いけど、ボクらは死も破壊もノーサンキューなんだ。

 

だからそれは――君に、あげるね?」

 

数十は数えるだろう幻影剣を回りに顕現させます。

これらはすべて衰破の剣です。

流石にボクの実力を上回ったのか、立ち眩み程度の虚脱感を覚えますが……影響と言えばその程度。

 

「バイバイ」

 

急襲幻影剣-衰破-、一斉掃射。

そして同時に突っ込みました。

この一合で終わらせます。

 

フォォォォオオオンン!!

 

――無為な滅びと引き換えならば。

そう思ったのかもしれません。

ウィザーが叫びをあげて、体を檻にねじ込みました。先の攻撃で亀裂が入っている部分がブチリブチリと嫌な音を立てて千切れていきます。

 

この檻が壊せないなら、サイズが邪魔で動けないなら、体の方を切り離せば良い。

凄まじい形相で此方を睨み付けるウィザーの憤怒の顔がそこにありました。

 

体を千切って無理矢理取った射角から、命を涸渇させる生首が撃ち出されます。

 

「タクミ!?」

 

自傷を伴う、虚をついた一撃――

 

――に、なっていませんよ?それ。

 

あんだけ目の前でブチブチやられたら次の行動ぐらい容易に読めます。

 

カーラさんの声を背中に受けながら、ボクは撃ち放った幻影剣目掛けて瞬間移動(ワープ)を発動しました。

フヒュッ、と言う音と共に空間を渡った先は、初撃で突き刺していたウィザーの背後にある幻影剣です。

 

これが抜刀剣modの真骨頂。

エンチャント『射撃ダメージ増加』を持つ妖刀でのみ使用できる幻影剣ワープ。

ボクの眼前には無防備な背中を晒すウィザーの姿。

 

そして装飾の合間を縫って隙だらけの背後に叩き込むのは、『散華』と言う刀が本来持つ2閃必殺のSA――

 

「――終焉桜(サクラエンド)ッ!!」

 

二筋の白い剣閃がウィザーを捉え、走り抜けていきました。

横薙ぎからの斬り返し。それを一瞬の間に叩き込む奥義です。

手に残る確かな手応えが、技の名前のように揺るぎ無い『終焉(おわり)』を教えてくれます。

 

ブシュリ、と血とも泥ともつかない体液を散らしてウィザーの体が崩れました。

 

――フォォォォオオオンン!!!

 

怨みの籠った断末魔でした。

まるで急激に風化していくかのように、その肉片が塵になって消えていきます。

 

「バカな……そんなバカな……っ!?」

 

最後に残ったのは、禍々しい光を放つ多面体。

ネザースターと呼ばれるクリスタルです。

 

……うーん、ゲーム内ではブロックアイテムじゃ無かったので尖ったひし形のアイコンしか見えませんでしたが……この世界だと、こんなんなるんですね。

黒くはないけど、まるで輝くトラペゾなんとか的な……

まあ取り合えず確保、っと。

 

そんな感じに、かつてネザーを恐怖に陥れた厄災(笑)は、まさに放たれた矢のごとく、されど誰にも中らずに速攻で落ちて行きました。

めでたしめでたし。

 

ムドラ属二名が出入り口の辺りで黄昏ています。

 

「ギヤナ……アレ、詩にあった厄災なんだよな……?厄災だった筈だよな……?」

「相手ガ悪かっタって事だロ。呼ビ出したヤつも含メてナ。

――ヤれやレ、考えテみれバこれガ『約束の日』っテ事にナるのカ……?

ナんにモせずに終ワっちマったナ。

皆ガ知ったラ卒倒シそうダ」

「――『1つの星と剣を残して』……か。なるほど、星を残して消滅したな。剣は出なかったが」

 

まぁ流石に剣が追加されたら散華が拗ねちゃう気がしますし、そこはね。

 

「悪意の筈だ……誰にも止められない、厄災だった筈なんだ……何で……何でこんな簡単に……っ!?」

 

未だに現実を受け入れられないスペクなんとかさんです。

 

「さあて、こっちの仕事は終わったし……そろそろそっちの首刎ねときますか。

――小便は済ませました?神サマにお祈りは?部屋の隅でガタガタ震えながら命乞いをする心の準備はオーケイ?」

「ちょっ、ちょっっ、タクミさんっ!?」

 

物騒すぎますよと嗜めてくるニソラさんに首を傾げるボクなのです。

 

「え、でもソイツのせいでニソラさんが死にかけた訳だし……キチット殺ッテオカナイト」

「ヤンデレ出てますからね!?私、怖いタクミさんは見たくないですよー?」

 

……うみゅう。

 

「煽っテおいテ今更ナんだガ……現実問題、スユドを殺シたラ『ソイツ』モ消えルのカ?

流石にハシゴさレるのハ面白くナいんだガ」

 

――ああ、その危惧は確かに考慮すべきですね。

犠牲を払ったけれど、なんの成果も得られませんでしたじゃあ割りに合いません。

カーラさんが「もう少し真面目にスユドの事も考えてあげないか……?」とか言ってますけど、その辺りはあなたにお任せしますね。

ボクはニソラさんが真剣に殺されかけた辺りで、そっち方面の感性がマイナスに向いておりまして。

 

「そーですね、偽臣の書使ってみます?これならリカバリ効きますし、無力化と言う視点では問題ないでしょう」

「ナんトかコイツの武ヲ残したマま、俺の言ウ事を守っテくれルお利口サンに出来ナいカナ?」

「うーん……武を残したままと言うのは難しそう……」

「な……なんだ!?なんだと言うのだこのドライさは!?これがムドラだとでも言うのか!?」

「とんでもない風評被害が生まれつつあるな……」

 

ゴメンねスユドさん。

貴方は良い人だったかも知れないけれど、ニソラさんへの所業とギヤナさんからの人徳(極底)がいけなかったのだよ。

と、言うわけで偽臣の書を……

 

「――『理外のスユド』、か。もはや私の目的は果たせない。ならば……せめて、最後の悪意を……!」

 

……なんだ?

不穏な気配を感じて身構えます。

 

彼がツルハシの先端を握って飛び出しました。

狙う先はニソラさんです。

しかし。

 

――ズダアアァァアン!!

 

「――か、はっ……」

「うわ……痛ったそう……」

 

飛び込んできた勢いをそのままに、とても綺麗な一本背負いが決まります。

『柔よく剛を制す』のお手本を見ているようです。

 

……何故か、彼の表情が不敵な笑みに歪みました。

 

「この武……この痛み……素晴らしいぞ。久しく感じていなかった、戦いの脈動だ……!」

「……?雰囲気が……、っ!?」

 

――刹那。

 

疾風のような鋭い足払いがニソラさんを襲います。

かろうじてそれに反応するも、間髪入れずに突き出されるツルハシの先端

 

「――、くっ!」

 

神速の間に抜き放たれた山刀の軌跡が、ツルハシを掠めるようにして閃いたのが見えました。

交差と同時に、ブシュリと鮮血が舞います。

 

「ニソラさんっ!?」

「……油断したつもりは無かったんですけどねー……」

 

ニソラさんの左肩が切り裂かれていました。

破れたエプロンドレスの袖から、痛々しく血が流れています。

 

「――素晴らしい反応だ。まさかあのタイミングで軸足に仕掛けることが出来るとは」

 

対し、スユドさんの右腿も無事ではありませんでした。

先ほどの抜刀が足まで延びていたようです。鋭く奔った斬り傷はしかし、腱の両断までは叶わなかったようです。

斬られた足を軽く引き、スユドさんが構えます。

その傷跡から粘性の高そうな黄緑の液体がコポリと滲んでいました。

しかし、そんな事は些事だと言わんばかりに彼の表情は笑みを作ります。

 

――戦いの高揚に染まっているその姿が鼻に付きました。

 

「なに楽しそうにしてるんだよ……っ!!」

 

ニソラさんを斬り裂いといてヘラヘラと――!

激情に任せたまま今一度散華を抜き放ち、

 

「ストップですタクミさん!!」

 

反動覚悟で衰破を撃とうとした所で、ニソラさんに制止されました。

ニソラさんの目線は、油断なくスユドさんに縫い止められています。

ボクに背を向けたまま言いました。

 

「――すみません。ですが、流石にこのクラスだと捌ききれるか自信がないんです。私、ソロ専門でしたもので……リズムが狂ったら、きっとそこから崩されます。

だから、私に任せて下さいませんか」

 

――足手まといだと。

そう、言われた気がしました。

 

実際、ボクの技はシステムアシストによる物だけ。

幻影剣による援護も、本格的に動かれたらフレンドリファイアの危険が大きくなるでしょう。

 

それをどうにか出来る技量も経験も、今のボクにはありません。

奥歯を噛み締めながらニソラさんの言葉に従うしかありませんでした。

 

「2対1を期待したのだが……ふむ、コンビで戦ったことが無かったとはな。ニソラ殿を下せば、タクミ殿も出てくる……のかな?」

「スユドさん――あなたは……っ!」

 

流石にもう、『誰が体を動かしているのか』判ると言うものです。

トンファーのように持っていたツルハシを投げ捨てて、スユドさんはピシリと隙なく泰然と構えました。

 

「――戦いの基本は格闘だ。武器や防具に頼ってはいけない」

「……私は、付き合うつもりはありませんよ。か弱い女の子ですし」

「もちろん結構だ、地上の戦士よ。持てる力を全て出して貰わねば……今のこの場に意味がない!」

 

もちろん、状況を悟ったギヤナさんがこの状況を看破出来る筈がありません。

 

「ヤめろスユド!恩人ナんだゾ――コのムドラの恩人ナんダぞッッ!?」

 

スユドさんが口角を上げました。

 

「私はスユドではないさ。既に名乗った筈だ」

 

ちょうど良い言い訳が出来た――

そう言う事なのでしょう。

ウィザーの脅威を消耗なく退けた今、このバトルジャンキーが本気でボクらと戦えるのは、『操られている』今しかない……あるいは、そう唆されたのか。

 

スユドさんが声を高くして名乗ります。

 

「――そう、私は義務づけられた『悪意』!

その名もヘロスペクター……

 

……いや、プロスペク……うん?

 

テロ……テロブラ……

 

……

 

 

行くぞオラアアアアッッ!!」

 

「誤魔化セてネえんだヨこのクソド低能がアアアアッッ!!」

 

 

完全に一連の事件とは関係の無い、ラスボス戦が始まりました。

 




 
衰破や終焉桜の威力に多大な誇張がありますが、演出なのでお察しください。
流石に衰破二発と終焉桜一発で沈んでくれるほどウィザーはか弱くありません。
厄災(笑)なのに変わりはないけど。

多分、後三話ぐらいでネザー編終われます。
長かった……

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