ボクのMod付きマイクラ日誌   作:のーばでぃ

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構成上、今回は途中で3人称が入ります。


悪意の残響

――剣道三倍段、と言う言葉ぐらいは知っています。

 

無手の人が得物を持った相手に勝つためには、相手より三倍上の技量が必要だそうです。

無手の不利を表す言葉ですが、スユドさんの猛攻はそんな不利を感じさせません。

「武器や防具に頼ってはいけない」とグレイフォックスするだけはありました。ニソラさんの剣撃を器用に外し、透かし、時には受け止めてどうにかしています。

 

――そう、受け止めてるんです。

 

種族特性なのかなんなのか。鍛え上げた筋肉の技か。

斬撃を受けても大ダメージに繋がらないのです。

皮膚を切り裂き、血のような体液を流させはすれど、それで終わってしまう非常識。

『理外のスユド』とはよく言ったものです。

 

ニソラさんの得物は山刀と弓。弓はこの距離では使えませんし、山刀はその汎用性故にリーチも短く攻撃力に乏しく、何れも決定力に欠けてしまっています。

考えてみれば、それを考慮しての毒矢だったのでしょう。

事前に山刀に毒を塗っていればまだ違ったのかもしれません。

 

「凄い……スユド相手に互角以上に戦っている……!」

 

カーラさんの感嘆が耳に届きました。

戦闘のレベルが高すぎて、ボクらはあの中に割り込めずにいます。

アホみたいに遠巻きに見ている事しかできません。

意識の乱れが生む隙を考えると、声を掛けることすら憚れます。

 

「タわケた事言っテんジゃねぇヨ。互角デ終わル筈無いだロ」

 

ギヤナさんが歯噛みしています。

ボクも同意見でした。

 

「む……確かに、あの小さな体躯と恰好ではそのうち無理が出てくるかもしれないが……」

「チがウ。ニソラ殿には、タイムリミットがアるンだヨ。互角じゃマズすギるんダ」

「……タイムリミット?」

 

――そう。

例え互角以上に戦えていても、状況は凄まじく不利でした。

 

だって、ここはネザーなのです。ボクら地上の人間にとっては、ただそこにいるだけで体力が削られて行く灼熱の地獄なのです。

こんな環境で持久戦なんて出来る筈がありません。

 

それを鑑みてか、ニソラさんはこれまで敵はほぼ一撃……それが叶わなくとも短期で打倒してきました。

しかし今回の相手は脳筋のネザーの面々をして『理外』とまで言わしめた猛者。

短期決戦を狙えば、すぐさま生じる隙を突かれるでしょう。

 

おまけに、ニソラさんは本気で死にかけたレベルの病み上がりだと言うのに……!

 

「――奇妙だ。地上の民と言うのは、二種類の血を流すのだな」

 

スユドさんが体で細かくリズムを刻みながら言いました。

『汗』と言う概念はゾンビピッグマンには無いようです。

アンデッドであるが故に体温調節などと言う課題とは無関係なのでしょう。この灼熱の環境に適応しているのならば尚更。

 

「……ふぅー……」

 

対するニソラさんは、こめかみから汗を滴らせながら体内の熱を逃がすように大きく息を吐きました。

目の光は強いまま……しかし、軽口を返す余裕は無いようです。

 

「――てあっ!!」

 

――突き。

攻撃力を捻り出すための工夫でした。

山刀をまるでフェンシングのように操り、疾風のような攻撃をショットガンのごとく繰り出します。

……しかし。

 

「ぐ……さすがに、スピードでは敵わないか」

「理不尽!?」

「その類の言葉は聞き飽きたのでな!」

 

いくつかまともに当たってはくれるものの、やはり大したダメージにはなっていないようです。

流石のニソラさんも息を切らしながら抗議の声を上げました。

 

「非力が過ぎるぞ地上の戦士よ!もっと体重を乗せてこい!」

「カウンターとれる反応を持っておいてよくも……!」

 

とは言え、スユドさんにもそれなりの攻め難さはありました。

ボクの作った対ウィザー用の祭壇です。保護の杖星で守られた祭壇は小柄なニソラさんにとっては格好の防御陣地。

不壊の装飾を上手く使ってスユドさんの攻撃を捌いています。

彼がニソラさんの土俵に上がろうとすれば、そのガタイの良さが邪魔になります。

かといって距離を離してフィールドを移そうとすれば、ニソラさんはコレ幸いと毒を持ち出すでしょう。

得物に毒を塗る時間を与えた瞬間にスユドさんの敗北が確定です。

 

――逆に、ニソラさんの敗北条件は『捕まること』。

 

一度捕まれば最後、斬ろうが噛みつこうがスユドさんはきっとその手を離しません。後はそのままゴリ押しされて終了です。

柔で投げ飛ばす事ぐらいは出来そうですが、力勝負に持ち込まれたら勝ち目は見えています。

 

ならばスユドさんが取るだろう戦法は、一足飛びの間合いに陣取り、ニソラさんが毒を持ち出す瞬間を隙として掴みにかかる……ではなく。

その性格由縁か、スユドさんは攻撃を繰り返しプレッシャーを掛け続ける手段を選んでいました。

 

持久戦。

 

ニソラさんではなく、同技量のゾンビピッグマン相手であれば只の千日手でしょう。

しかし。

 

ネザーと言う特異な環境にあって、一度のミスで終わるプレッシャーは確実にニソラさんの体力を磨り減らしていきます。

 

――いや。

 

そもそもの話、戦闘の本職相手に技量で上回っているメイドさんがいる事自体がおかしいのです。

スユドさんはそこらの有象無象ではありません。それこそ、ムドラの戦士30名弱を相手にして無傷であしらえる程の卓越した技量を持っているのです。

タイムリミット以前、時間を与えれば彼はニソラさんに届く方法を見つけるでしょう。

例えば……

 

チラリ、とボクはスユドさんが投げ捨てた、折れたツルハシに視線を向けました。

アレを使って投擲なりなんなりでニソラさんの逃げ道を制限し、リズムを狂わせる事は出来そうですが……

ならば、ボクが幻影剣を使ってそこに罠を張る、とか……?

スユドさんは警戒してそうですし、そもそも不確定要素が多過ぎるようにも思います。

 

いや。装飾の外と言う、完全にエリアが解れている今であれば、罠を張らずともボクの攻撃も当たる、か……?

 

――鯉口を。

 

――その瞬間、スユドさんと視線が合った気がしました。

 

(っ、……)

 

脳裏に浮かぶのは、ボクが放った幻影剣を受け流され、ニソラさんにその軌道を合わせられる最悪の事態。

うっかり衰破でも撃とうものなら最悪の事態を招きかねません。

……今のは、ボクの殺気に反応したように見えました。恐らく彼はやってのけるでしょう。

ボクが攻撃出来るのは、完全に両者の間合いが離れた時だけです。

 

(……クソ……!)

 

ニソラさんの肩が上下しているのが見えます。

考えろ……卑怯でも反則でもなんでも良い。この状況を打破する方法を考えるんだ……!

焦る自分を歯噛みして押さえつけ、アプローチ方法を探します。

 

ニソラさんと同士討ちせずにニソラさんを助ける方法……スユドさんだけを仕留める方法……

考えろ。ボクに出来る事は何だ……?

 

……ふと。

 

脳裏に浮かんだのは。

 

 

「――ギヤナさん」

 

 

ボクはひとつの可能性に、賭けました。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

――タクミとギヤナがその場から背を向け離脱した。

 

この局面で姿を消す事を選ぶ……その理由を想うと、スユドはどこかで観念したように嘆息する。

 

「――ここに縫い付けては置けなかったようだ。くく……さて、どんな予想外が飛び出してくるのか」

「本当に逃げちゃったかもしれませんよ?」

 

心に随分余裕が出来たらしい。ニソラが、今まで叩いていなかった軽口でこれに返した。

 

「欠片も思ってすらいない事は、口にしない事だ」

「ふふふ……バレちゃいました」

 

スユドの視点では、ニソラの流す透明な体液は体力と同じようなものと見立てていた。

地上の人間が『汗』と呼ぶそれは、熱から体を守るために分泌する重要な機能だ。

これを大量に掻くと言う事は、体がオーバーヒートに向かって進んでいる事を示している。

ニュアンスは違えど、スユドの推測は概ね当たっていた。

ニソラの持つタイムリミットの存在は薄々感じ取っていた。

 

だが。

これは逆に……自分にタイムリミットが設けられたと見るべきだ。

スユドはこの事態をそう判断する。

タクミは反則を引っ提げて戻ってくるだろう。

きっと、武とかそう言う領域では対応出来なくなる『何か』を。

 

タクミを追う事は出来ない。

そうすればニソラに時間を与え、彼女は毒を持ち出してスユドを襲う。

自分の防御技量では避けることは難しそうだ。

 

……先程の殺気。

うっかり乱戦に持ち込んできたら、それを逆手にとって同士討ちしてやろうと思ったが当てが外れた。

 

――意外な事に。

しかし考えてみれば当然な事に。

スユドはこれまで、自分に匹敵するほどの『敵』に恵まれていなかった。いや、正確には自分の間合いの中でなお自分を捌き続ける事が出来る者に出会った事が無かったのだ。

だからこそ、歯ごたえのある修練が出来る『一対多』に慣れてはいれど、ニソラのようなトリッキーな技量を持つ相手との『一対一』は、スユドが『完成』してからはほぼ初めての経験だったりする。

 

加えて、魔法の防護が掛けられた厄介過ぎるこのフィールド。

スユドは確実に攻めあぐねていた。

 

ツルハシを使う気にはなれなかった。

リズムは狂わせられるだろうが、それ以上に自身に『隙』が出来るだろう……そう言う判断だった。

『隙』は何よりも忌諱しなければならない戦場の化け物。これに襲われると、攻撃力だの防御力だのと言う小賢しい理屈をあっけなく食い散らされる。

緩んだ所に筋を切断されれば、流石のスユドも取り返しがつかないのだ。

 

今回の敵はそれを良く解かっている奴だ。

いや、それどころか自身の隙をも一つのチャンスに変える術すら持っているかもしれない……そう思わせる。

バトルジャンキーの持つ嗅覚は、ニソラを捉えて離さなかった。

 

「……ギアを、上げるか」

 

タイムリミットが出来たと言うなら、それが来るまでに押し潰す。

今までの攻防でニソラの動きも大体『見切れた』。

ここからは、押し切る。

 

――そのつもりでいたが。

 

「――ええ、そういたしましょう」

 

次の瞬間、スユドのつぶやきに同調を示したニソラが骨と水晶の装飾を飛び出し、閃光のような速さでスユドの軸足を流し斬った。

 

「グ……ッ!?」

 

しかも、今の一瞬で2回斬って行く神業。

しかし負けてはいられない。フィールドを移してくれるなら好都合だ。

ニソラが消えて行った方向に振り返り……

 

トン、と肩に手が置かれた。

そこから掛かる羽のごとき体重が、見えずとも体を飛び越えられていると言う事を教えてくれる。

 

(――頸動脈!?)

 

首をガード。

間に合う。腕を刃物が滑って行く感覚を覚える。

気配に向かって蹴りを振り薙いだ。それと同時に、再び軸足痛みが走る。

姿が見えない。

しかし、受けた足の感触は、さっきの様な2連撃を叩き込まれた事を教えてくれる。

 

痛みを無視して排撃。

しかし、靠(こう:背中)による広面積の攻撃も見事に空振られ、気付けばニソラは細く頼りない装飾に、ふわりと危なげなく降り立っていた。

未熟な戦士を手玉に取った事は数あれど、これほど手玉に取られた経験はかつてなかった。

 

「――なんと言う軽業だ!こうやって相対するまで、まともに姿を見れなかったぞ!!」

 

思わず称賛の声が口から飛び出した。

長年、武に心血を注ぎ敵の倒し方を研究してきた自分が、まさか攻める事すらままならなくなるとは!

思わず顔に浮かぶ笑みを押さえられないスユドだ。

 

ニソラは、息を乱しつつ呆れも含めて嘆息する。

 

「……楽しそうですね」

「ああ、楽しいとも。これほどまでに立ちはだかってくれる壁にまったく恵まれなくてな」

「私はちっとも楽しくないです」

 

口数が多くなる。

――時間稼ぎである事は目に見えていた。

が、スユドは敢えてそれに乗ってみる事にする。

実際、不思議だったからだ。

 

「その小柄な体で武を練るには、私には想像も出来ない苦労があったのだろう。ならば、その武を思いっきり振るってみたいと思うのは自然な事では無いのか?

――なぜ、戦いを忌諱する?」

 

戦いとは鍛え上げた武のぶつかり合い。そして心理の読み合い。

勝敗と言う解かりやすい決着が、今まで積み上げたものを実感と共に見せてくれる芸術品だ。

スユドは、全力を出せずにずっと燻っていた。

ガスト相手は戦いすらさせてくれなかった。

戦士たちは人数を集めてもスユドを滾らせる事は出来なかった。

 

ならば、それ以上の技量を持つニソラもきっと、同じ思いをしてきたに違いない。

――そう思っていた。

 

「別に忌諱してる訳じゃないですよ?――ただ、自分から望む程興味が湧きません」

「……ならば、何故武を練る?」

 

護る為だとか英雄になる為だとか、力を求める理由は人それぞれだ。

しかし、ニソラは自分が見てきた戦士たちとはその在り方から根本的に外れているように見えた。

ニソラが微笑む。

 

「あなたは、遅れてます」

「何?」

「高みを目指して鍛え続ける事を否定はしませんが、遅れています。

 

――地上の人はみんな、冒険する為に武を身に付けるんです!」

 

とんでもない風評被害だった。

しかし、あんまり晴れやかに言い切るニソラのそのセリフで、スユドは何かがストンとどこかに嵌るような納得を覚えた。

 

「冒険、か」

 

考えた事も無かった。

冒険を達成する為の武――それにしてはいささか過剰な感もあるが。

無意識のうちにスユドは口角を持ち上げる。

 

「――とりあえず、感想を一つ」

「はい?」

 

居住まいをただし、ゆっくりと構えを取る。

 

「是が非でも、君の言う『冒険』とやらに勝ってみたくなった」

 

それは、ある意味で戦い(スユド)よりも冒険を選ばれた事が気に食わないと言う、子供じみた嫉妬に近かったのかもしれない。

相対するニソラの視線が、一瞬だけ出入口を気にするように動いた。

タクミが戻るまでにはまだ時間が掛かるらしかった。

 

「――呼ッ!!」

 

最初からトップギアで行く。そうでなければ彼女に届く事はないとスユドは知った。

呼気と共に瞬発力の全てを使ってニソラに『挑む』。

装飾の上と言う、足場などとお世辞にも言えない繊細なフィールドに、スユドは敢えて飛び込んだ。

相対するメイド妖精の表情は静かだった。

 

「――『縮地』の真髄をお見せしましょう」

 

気付けばニソラの姿が無くなっていた。

 

ゾンビピッグマンの視野は人間のそれとほぼ同じだ。左右200度から忽然とその姿を消す手法はスユドもいくつか心得ている。――つまり、下か後ろだ。

経験のままスユドは深く遠くへ踏み込んだ。

下はハズレ。後ろは――いない。

果たしてその場所はグロウストーンの光が教えてくれた。それは、視界に映る影だった。

 

(上ッ!!)

 

姿が見えないがアッパーで迎撃。

――正解だったようだ。同時に降ってきた影が、お土産がわりに頸動脈を狙っていった。アッパーで振り上げた腕がちょうど盾の役割をする。

 

連撃。

持ちうる最大のスピードで弾幕を撃ち放つ。

手に、布を破いたような感触が残る。

 

(――かすったか!)

 

見えない敵と闘う機会は全くなかった。

だが、徐々に徐々に対応していっている自分を自覚する。

成長を自覚するなどいつぶりの経験だろうか。

あまりの高揚感に、スユドは「ははっ!」と声を漏らした。

この高揚を覚えているのが自分だけだと言うのが気に食わないが、それでも。

 

「楽しいな、地上の戦士よ!」

 

返答はない。依然、姿も見えなかった。

変わりに最初に受けた軸足への二連撃と全く同じ場所に刃が閃いていく。

この状況下で全く同じ場所に当てる事が出来るのか!

その刺繍細工のごとき繊細な技に、またひとつ感嘆が飛び出た。

 

後ろ。なんとなく『掴めてくる』。

気配がするとき、彼女は果たしてそこにはいない。

 

スユドが感覚とは逆の方向に視線を滑らせた。

ニソラはそこにいた。

それが手が届きそうな程の近くだった事に驚きつつ、その術理を考えれば当然かと、頭のどこかで納得する。

 

正拳を撃ち放つ。

思いきり体重を入れたそれは、真っ直ぐにニソラを捉えた。

直撃。

――いや、手応えがかなり軽い。

ニソラはその正拳を受け止めた上で、同時に後ろに飛んでいた。

衝撃吸収――ここまで鮮やかにこなすのか。

 

吹っ飛んでいったニソラを追う。

彼女は勢いのままに壁に『着地』し、全身をバネのように沈みこませて再びその姿を掻き消した。

 

――『どれだ』?

確率は1/4。上か下か左か右。考えることもなく、当てずっぽうで右に決めた。

カウンターのスマッシュを居るか解らない相手に打ち出す。

 

斯くして、ハズレた。

 

「ッ、ガ……!」

 

左脇腹に激痛。ニソラの山刀が意識の外から深々と突き刺されていた。

筋肉の鎧を通した致命的なダメージ。

 

――そう。『目論み通りに』。

 

「――噴ッッ!!!」

 

バキンッ!!

 

「……は……?」

 

――ニソラの山刀が砕け折れる。

やったことは単純。

突き刺された部分の筋肉を締めて固定し、瞬発力を総動員して山刀をへし折ったのだ。

 

……頭のおかしい所業だった。

白刃取ってやるなら、それでもおかしいがまだ解る。

が、それを突き刺された部分の筋肉で行うと言う発想からして理不尽すぎた。

 

「呆けている暇が?」

 

――捉えたぞ。

 

スユドの右手が、エプロンドレスを掴んでいた。

 

「しま――、」

「ニソラ――!?」

 

事態を見ていたカーラの、悲鳴にも似た叫び。

スユドは止まらなかった。

 

寸勁!

寸勁寸勁寸勁寸勁寸勁寸勁寸勁寸勁――!!

 

全身全霊を持って叩き込む。

ダメージが流石に大きくてそれほどの威力が出せないことを自覚していた。

故に、数だ。このチャンスを逃がさない為にも――!

 

「か、は……っ!」

 

メキベキ、と右手に骨をへし折るような感触が返ってくる。

エプロンドレスはその負荷に耐えきれず、ブチリと千切れてニソラの体を解放した。

勢いのままに叩きつけられた華奢な体が鈍い悲鳴を上げ、その口から赤い飛沫が飛び出した。

 

「……ぁ、っく……」

 

苦痛で表情が歪んでいる。

もう、先程のような軽業は出来ないだろう。

ダメージは命に関わると思えるほどに深刻だった。

 

「っぐ、……アンデッドの、耐久、を、甘く見た、ようだな……肉や骨を断たれても、私は動けるぞ……ッ!」

 

なかばやせ我慢が入っているのは否めなかったが。

やはり、ここぞと言うときは鍛えた体が応えてくれるのだとスユドは口角を上げて見せる。

 

『しゅくち』と呼んでいた移動術。その正体は体術に留まらず、意識の誘導も混ぜ込んで昇華させた絶技。

恐ろしい技だった。

多大なリスクを払ってやっと破った自分が誇らしい。同じ手段は二度使えないだろう。

 

――弩級の殺気。

解りやすい『ご帰還』だ。

 

何かの容器がスユド目掛けて飛来する。

 

「――未熟」

 

もはや蛇足のような感覚で、スユドはそれを受け流しニソラにその軌道を合わせた。

この期に及んで選んだのが毒の投擲とは。

その殺気から疑うべくもないその内容物を思い、スユドは軽い失望を覚える。

 

――最後は、仲間による毒殺か。

 

容器はニソラに叩きつけられ――それをトリガーにして、盛大に破裂四散した。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

「ぐ、があァあアあッ!!?」

 

――効果は絶大のようでした。

飛沫のかかった部位がシュウシュウと音をたてて煙を上げています。

ダメ押しに幻影剣による追撃を撃ちますが、それはほうほうの体で飛び退かれ、追撃は失敗しました。

 

……まあ、『それ』は『移動用』だから別に良いんだけどね。

 

ヒュッ、と音を立てて空間を飛び越え、ニソラさんを庇う位置に立つのです。

 

近くで見るスユドさんの姿は満身創痍でした。

ニソラさんの折れた山刀が脇腹に突き刺さり、体のあちこちから血と思しき液体を流し、今のポーション攻撃による煙が吹き出ていました。

 

「きさま……あれほどの戦士を……捨て石にしたのか……ッ!?」

 

広範囲に飛び散るポーションの事を言っているのでしょう。

この人は、操られていてもいなくても、的はずれな台詞しか吐けないようです。

 

「タクミ、さん……」

 

ニソラさんが困惑を隠せない様相でゆっくり立ち上がりました。

ボクは視線をスユドさんに向けたまま意識を向けます。

 

「ニソラさん、大丈夫?」

「いえ、大丈夫って言うか……治ってるんですけど。胸骨が肺に刺さってた筈なんですが、私……」

「なん……だ、と……!?」

 

スユドさんが呆然としていました。

 

――胸骨が、肺に刺さってただって……?

 

ギリキッ、と無意識に噛み締めた奥歯が軋みます。

ボクは、この腐った喋るクソブタをどう殺してやろうかと考えをめぐらせ始めました。

表面上は努めて努めて冷静に。

ニソラさんの質問に答えます。

 

「――スイカは青の勇者が残してくれてた。あの時、持ち帰ってたのを思い出したんだ」

「え……?」

「だから後は、金とブレイズロッドと火薬とネザーウォートだ。金とブレイズロッドがムドラにあるのは解ってた。

火薬は、ガストを倒しているなら幾つか残ってると思った。ネザーと言う環境で早々に酸化しちゃってた可能性もあったけど、ボクは賭けに勝てた。

一番苦労したのはネザーウォートだったよ。赤い瘤のようなキノコらしきもの、じゃ通じなかったんだ。

焦りながらギヤナさんと擦り合わせたよ。

――まさかこっちでは、岩のように固まった建材だったなんてさ」

 

インベントリから丸みを帯びたフラスコをとり出し、スユドさんを煽るように顔の横で揺すります。

 

「――治癒IIのスプラッシュポーション。グロウストーンを使ってブーストを掛けた。

着弾すると破裂して、中身を広範囲に撒き散らす投擲用のポーション。

……その名の通り、ボクらが浴びればとても強力な治癒の効果を持つけど……アンデッドが浴びれば」

 

そのまま、容器から手を離しました。

ポーションはそのまま重力にしたがって落下し、破裂します。

勢いよく飛び散った液体は、彼からすれば散弾にも感じられるでしょう。

 

「ぐああアアアアッッッ!!?」

 

それは、屈強な戦士に悲鳴すら上げさせるほどの。

 

「――こんな感じに、猛毒になる」

「……またなんてモノを……」

 

既に死に体となっているスユドさんへの追い討ちでしたが、全く罪悪感は湧きませんでした。

治癒のポーションが与えてくれる回復効果が活力となり、むしろ報復の気持ちがメラメラと燃え上がって来る気すらしました。

 

ここはそれなりに広いとは言え室内なのです。破裂四散する液体から逃げ切れるほどのスペースはありません。

スプラッシュポーションの効果範囲はだいたい着弾点から半径3メートル弱と言ったところでしょうか。

天井に叩き付ければさらに範囲を拡大できるでしょう。

今のスユドさんに、コレを回避出来るほどの俊敏さは残っていません。

しかも、ニソラさんが数多くの傷口を作ってくれていたので効果も倍増。

 

「さて、それじゃあスユドさん。……いや、スペクテイター・ヘロブラインだっけ?まあ、どっち名乗ろうと別に良いです」

 

悪意がどうのとかもうどうだって良いです。

なんか裏の事情が隠されていたとかがあっても、もはやボクには関係がありません。

たった一つあれば良い。

 

こいつは、ニソラさんの胸骨へし折って肺に突き刺す程の大怪我を負わせた。

ボクは、それを許さない。

それだけあれば良いのです。

 

更にもう一つ、ポーションを取り出して睨めつけます。

ニソラさんへの印象が悪いので、とりあえずクラッカーの歯糞ほどの慈悲は掛けてあげる事にしましょう。

 

 

「――治癒ポーション漬けか衰破ハリネズミ、どっちで死にたいか選べ」

 

 

ボクは、両方大盤振る舞いしても一向に構いません。

 

 

@ @ @

 

 

「……『世界の悪意』?」

「ああ。あくまで個人的な印象だが、理由がどうのではなく『悪意だから騒動を起こした』と言ったような感覚を覚えた。……ムルグも偽臣の書もガストへの対抗も……全てただの口実だったのだろうな、アレは」

 

ネザーとは何の関係もない奴が横から、とか言われまくってた筈なんですけどね。

全部、罪悪感とか大義とか、そう言うのを煽る為の詭弁だったのでしょうか。

 

「……デ、ソの世界の悪意っテ結局何モンなンだヨ?」

「皆目見当もつかん!」

 

無意味に胸を張って言い切るバカです。

まったくもって反省が足りません。

 

「タクミ殿、一枚追加デ」

「はい喜んでー」

 

と言いつつ、石の感圧版を2枚追加しました。

なに?一枚じゃない?

ボクが一枚っつったら一枚なんだよ喚くな。

 

「あの……そろそろ足の感覚がなくなって来たんだが」

「んじゃあ回復してあげますよ、ほら」

 

そう言ってボクは、負傷のポーションのビンを鈍器のごとくスユドさんの頭に叩きつけました。

ちなみこれはスプラッシュではなく普通のポーションです。つまり飲むタイプの奴ですね。

ポーションを被ったスユドさんの顔はしかし、不服そうでした。

 

スユドさん、石抱きの刑にて尋問中。

 

別に下に角材を置いてる訳じゃないのでずいぶん有情ですよ。

ニソラさんの神のごとき深い慈悲の心に咽び泣いて感謝するべきです。

 

「た、タクミさんの激おこが全然収まりません……」

 

激おこじゃありません。

既にファイナリアリティぷんぷんドリームをさらに突破しています。

 

「あぁー……私も『世界の悪意』と言う単語で扱った事はありませんけど、それが該当するような物はそれなりに知っています」

「え?」

 

刺々しい空気を変える為なのか、必死に話題を探した感を出しながらしかし、確信に近い話をニソラさんが口にしました。

 

「――私も、それなりに冒険を重ねてきましたからね。その生や存在に何の意味があるのか全く不明な危険物。……地上にはいくつか周知されているものがあります。

例えば、人や人工物を見ると自身もろとも自爆する緑色のモンスターであったり。例えば邪悪な気配をまき散らしてこんこんとモンスターを生み出す檻であったり。

誰が作ったのかもいつからあったのかも解からない、その檻が大量に設置された広大な構造物なんかもあります。

人が関わったら明らかに害をなしてくる物なのに、明らかに人の手で作られたように見える……まさしく『世界が齎した悪意』です」

 

クリーパーにモンスタースポナー、それにダンジョン……心当たりが有りすぎました。

ゲームではああ云ったものは『プレイヤーに刺激を与えるため』に作りだされますが、それがそっくりそのままリアルに齎されれば、そのまま世界によって作られた悪意だと解釈するのも無理はありません。

ボクもModプレイヤーの端くれ。

世界に人や世界に危機をもたらすような高難易度のModはいくつか知っています。Thaum Craftなんかその悪意がわさわさ出て来ます。

……Modではありませんが、考えてみればウィザーもその典型ですね。

『ストーリー性が排除されたボスキャラクター』なんて、ただの難易度を上げる為の要素でしかありません。

ムドラの人たちであれば、典型としてガストを思い浮かべるでしょう。

 

「――そんなものを『利用しようとした』事こそが、そもそもの敗因だったと言う事なのだろうな」

 

スユドさんが思い出すように目を閉じてそう言いました。

 

……事の発端はネートルさんのいう通り、アーシャーさんが偽臣の書を発見した時に遡るそうです。

 

『スペクテイター・ヘロブライン』と呼ばれるその『悪意』は、嘆きの砂漠に埋もれていた小さな祭壇で偽臣の書と共に眠っていました。

勇者ゆかりの何かを探していたアーシャーさんが偶然、それを発見します。

ヘロブラインは最初、彼に憑りついていたようです。

 

「誰にでもとり憑ける物では無いようだ。なんでも……『運命律』がどうとか。理解は出来なかったが」

 

ギヤナさんに視線を向けられましたが、ボクも聞いたことの無い単語だったので首を振るしか出来ませんでした。

 

大まかには、偽臣の書で植え付けられる『意識』をそのまま独立させたような物らしいです。

偽臣の書とヘロブラインは実は関係の無い物だったらしいのですが、そのあり方が相似していた為か、ヘロブラインは偽臣の書を扱うことが出来ました。

 

そしてそれは、対ガストの手段を探していたムルグをそそのかす絶好の手段になりました。

 

「……ウィザーを制御すルつもりナんてハナかラ無かっタ訳か……ソりゃア無秩序に召喚モすル訳ダ。

ダが、何故奴はドクロの位置ヲ知っテいたンだ?」

「理由は二つ。……どうやらアレは、他の『悪意』の所在をおぼろげながら感じ取ることが出来るらしい。

そしてもうひとつは……コレは偽臣の書もそうらしいのだが、宿主が思い浮かべたものぐらいは断片的にだが読み取れるみたいだな」

「……ツまり、オ前のせいカ」

 

はい追加しまぁーす。

 

「ぐあ……し、しかしそれに気付いてからは私も抵抗していたんだ!」

「隠シ部屋の位置とギミックっツう最重要情報が駄々漏れテいるンだガ?詰み一歩手前ダった自覚アるか?タクミ殿がイなけレば今ごろ厄災再びダぞクソボケ」

 

実際、ボクがネザーに来るのが一週間遅れてたらムドラは既に無くなっていた可能性が高いですからね……

 

「スユドさんがムルグに行った事でヘロブラインが『乗り換え』を行ったのは解ります。でも、何故その後もアーシャーさんは強行策を唱え続けていたんですか?」

「強行策を唱えていたのはアーシャーじゃない……いや、アーシャーも同調してはいたがな。真に唱えていた黒幕は、ハヌマトだ」

 

ハヌマト?

……ええと、どっかで聞いた事があった気が……

 

「ムルグ潜入作戦の折、タクミさんが後からぶん殴ってポイした方ですね」

「――ああ、あの人」

 

思い出すのは金閣寺の一枚天井の最中、アーシャーさんの前に処理したゾンビピッグマンでした。

そう言えばあの人はアーシャーさんに指示を飛ばしていましたね。

 

「ムドラから渡ってきた弓を受け入れてしまえば、ムルグは大きな貸しを作るばかりか、その戦力でムドラに対抗する事はできなくなる。ラクシャスがいるなら第二の『閃光』が現れる可能性だってあるわけだしな。結局復活したが。

――ハヌマトは弓を差し出されてもなおムドラとの戦争を想定していたし、そして今のままではムドラに勝つことは出来ない事にも気付いていた」

 

……取った手段はともかく、施政者の考え方としては納得できますね、それは。

ウィザーの力は強大です。……いや、例えイジめられっ子であっても、一応強大なんです。

だからこそ、それを兵器として運用できる芽があるならそれを目指したかったのでしょう。

手元にあれば召喚を匂わせるだけでも外交カードになりますし。

 

「アイツは偽臣の書のからくりにある程度気付いていた筈だ。……そしてそれを、『アレ』から解放されたアーシャーが十全に扱えなかった事も」

 

なるほど。

ムルグに行った時にチラチラ疑問に思った件が、ストンと飲み込めた気がします。

 

「……タクミ殿、一枚追加」

「?はい喜んでー」

「待て!このタイミングは訳が解らんぞ!?」

 

ボクもですが、それでも追加はして行くスタイルです。

 

ギヤナさんはとても冷たくスユドさんを見つめていました。

 

「――貴様、ムルグと通ジていたナ?」

「ギヤナ?それは『アレ』に乗っ取られて……」

「『そっち』ジゃなイ」

 

下手な言い訳は許さない。

そんな雰囲気です。

 

「――ムドラに仇なスつもりモ、ムルグに与スるツもりも無かっタのダろウ。ソの点は俺モ信頼しテいるヨ。

ダが……オ前は『戦争を起こす』為に動いテいタのだな。

ソの為に、ハヌマトともアる程度通ジていたナ?」

 

スユドさんが、口角を上げたように見えました。

 

「――はっきり言い切るんだな」

「言い逃レてミるカ?」

「やめておこう。その手の事でお前に勝てる気がしない」

 

それは、認めたも同然の台詞でした。

 

「――ただ、ハヌマトと通じていたと言われるのは些か心外だな。私がやったのは、多少の煽りと情報を流したぐらいだ。

その言い方だとまるでグルだったように聞こえる」

「――テめエ、」

 

使者の腕を破壊し、ムルグを後戻りできない状況に追い込む。

ボク達が知ってるのは行き着くとこまで行き着いたその原因だけでしたが、どうやらそれより以前にスユドさんは『色々と』動いていたようです。

 

ギヤナさんが必死になって止めようとしていた戦争を、蒙昧なフリをして逆の方向に持っていく……そりゃあギヤナさんからの評価がズンドコに落ち込むわけですよ。

しかもタチの悪いことに確信犯だったってそれ、レベルEのバカ王子級に最悪じゃないですか。

ともすれば、ニソラさんの退路遮断もスユドさんの発案だった可能性があります。

アレで手遅れな状況になっていた場合、本当に行き着くとこまで行き着いていたでしょう。

 

「結果として、すべて目論見が逆方向に向いてしまったのは笑えたがな。全面戦争ではなく一部の工作で状況が終わってしまった。

――やはり私に謀と言う奴は無理だったと言うことだな。

最後の最後でなりふり構わず駄々をこねた方が、よほど上手く行くらしい」

「――コイツもう斬って良いですよね?」

「ダメです!タクミさんステイ!いいこだからステイですよー?」

 

……うぅ……わん。

 

「ふっ……正直、全く後悔がないな。

挑戦も、成長も、全力も、そして敗北も……余す所無く実感できた贅沢な戦いだった。

たとえここで終わるとしても――私は、満足だ」

 

やりとげた顔でフザけた事を抜かす腐れブタです。

誰だってキレます。ボクだってキレます。

ものっスゴい良い表情にピキリときました。

ギヤナさんも頭を抱えています。

 

「――コいツ、俺ガ斬りタくなっテ来タ……」

「処す?処す?」

「はーい、いいこいいこですよー?」

 

ナデナデ……わふ。

 

今回最大の被害を受けたニソラさんがこの調子なので、怒るに怒れません。

 

くそう……くそう……っ!

 

「……最後ダ。スペクテイター・ヘロブラインはドうなっタ?」

「知らん」

 

悪びれもなくスユドさんが言い切ります。

 

「……少なくとも、私の中には居ないな。真偽の証明は出来ないが……目的がすべて潰えた事を悟り、何処かへ消えて行ったようだ」

 

コレも頭の痛い問題です。

非常に面白くない事に、ボクらはヘロブラインの『ハシゴ』を許してしまった事になります。

 

「ソもそモ、アレは何なんダ?殺セるモノなのカ?」

「それも解らんが……恐らく、無理だと思っている。

アレはどうも、とり憑かなければ何も出来ない霊のような類いのモノらしい。何かを見ることは出来ても、何かを動かす事は一切出来ないようだ。

憑りつける相手も良く解らない制限があるらしいからな……憑りつける奴が二人いた、と言う時点でヤツにとっては奇跡だろう」

 

マイクラのスペクテイターと同じものだと言うのであれば、まあ、この説明にも納得できますけども。

 

「……そもそも、なんでそんな事が解るんです?」

 

ちょっと、情報が多すぎる気がします。

スユドさんが軽く笑って見せました。

 

「私とて、ただでとり憑かれていた訳では無かったと言うことだ。アレとは普通に交信できたし、意識もあったからな。色々と情報は抜いていた」

「……意識があった?」

「ああ。自分の頭の片隅に、部屋をつくってそこに収まってるような……そんな気分だった。もっとも、体の優先権はアレの方にあったが。

――なかなか恐怖だったぞ。何も意識していないのに自分の口や体が勝手に動くのは」

 

ヘロブラインが表に出ている間も意識がある訳ですか……

ここは偽臣の書とは違うんですね。

 

「――ヘロブラインが再びアーシャーやオ前にとり憑く可能性ハ?」

「あるかもな。……だが、私がいまだに条件を満たし続けているかどうかは、正直検討もつかんよ――」

 

 

@ @ @

 

 

結果だけ見れば……ムドラは目的を達成しました。

 

偽臣の書による憂いを取り除き、ウィザーの脅威も潰え、対ガストの武器と戦法も普及しました。

そしてムルグの主だった情報もブッこ抜けています。

今作戦は溶岩流を挟んだ上に陽動が主だった為、死者も無かったようです。

よほどギヤナさんがうまく戦ったのが解ります。

 

大勝利と言う奴です。

 

ここからは抜いた情報を元に構築した外交戦。いわば戦後処理と言うフェーズになります。

ムルグ内部のクーデターも鎮火した形になりますから話はスムーズに進むでしょう。

 

「……結局、スユドさんの一人勝ち、か。斬ってもあのツラは崩れないだろうな……くそう」

 

ボクにとってはその印象が強い事件でした。

 

スユドさんの処罰については、あの場では決まりませんでした。

ニソラさんが処刑を拒否した為、後はギヤナさんの裁量でどうにかなるのでしょう。

流石にお咎め無しなんて事にはならないとは思いますが。

 

「まだおこですねぇ、タクミさん……」

「当たり前だよ!よっぽど首を刎ね落としてやろうと思ったよボクは!!」

 

肺に骨だぞ!?解ってんの!!?

ボクが駆け付けた時に見た、血を吐いて倒れるニソラさんの姿が目に焼き付いています。

気付けば奥歯がきしみ悲鳴を上げていました。

 

「もう……しょうがないんですから」

 

――ぽすん、と。

 

「へ、あ……?」

 

視界が、横に倒れました。

 

何が起こったか分からずに、少しばかり頭の中が真っ白になります。

その間、ボクの髪に手櫛を通すように優しく、優しく、ニソラさんの手が滑って行きました。

 

見上げれば、ニソラさんの顔。

 

――とても自然な流れのままに、ボクはニソラさんに膝枕されていました。

 

「怒るのは、ぜんぶぜ~んぶ、タクミさんがやってくれました。ケガも、あの反則おクスリで瞬く間に治っちゃいました。

だからもう、スユドさんなんてどーでもいいんです。

決着がついて、タクミさんも私もこうやって、新しいお家でのんびり出来てます。

……なのに、へんな理由でタクミさんが手を汚して後味悪くなっちゃう方が、私はイヤです」

「……」

 

――後味悪い、か。

そうかもしれません。

スユドさんはアレで一般の戦士相手には随分慕われているのです。

ここでスユドさんを殺してしまえば、言いようのないわだかまりが残ったかもしれません。

ボクはスユドさんを憎めても、ワシャさんやラクシャスさん、カンガさんらを憎む事は出来ません。

 

手を持ち上げます。

撫でてくれるニソラさんの手にそっと触れました。

 

「……ごめんね、途中で離脱なんてして。……不安になったよね……?」

「いえ、まったく」

 

きっぱりとした即答が帰ってきて、思わず視線をあげました。

よっぽどボクの目が丸くなってるように見えたのでしょうか。ニソラさんは「ほんとですよ?」と笑ってくれます。

 

「――むしろ、凄く安心出来ました。何回斬っても堪えないんですもん、あのヒト……『理外』と言うか、『理不尽』ですよアレは。私一人でどうしようとか思いました。

正直に白状しますと……まだ体が重かったりしたんです」

 

そりゃそうです。

昏睡から復帰して2日経たずにあの大立ち回りなのですから。

 

「でも、タクミさんが出て行ってくれたから凄く安心しました。またいつもの反則をする為だって解かってたから。

私はスユドさんをどうにかするんじゃなくて、ただタクミさんが戻るまで時間を稼げば良いだけになりました。凄く負担が軽くなりましたよ」

「……逃げたって、考えなかったの?」

 

反射的にニソラさんが小さく噴き出します。

彼女的に、よほど的外れな事を言ったようです。

 

「――アハ、スユドさんですらそれ信じてませんでしたよ?

むしろ警戒してたので、意識を逸らす為に「逃げたかも」って言ってみたら、「欠片も思ってない事は口にするな」って返されました。

もう、バレバレですよねぇ」

「……」

 

……実は。

ボクは、後悔していたんです。

ニソラさんを不安にさせていなかったかどうか。

合図のひとつも残して行けば良かったと、ずっと後悔していました。

やっと材料を集めてポーションを醸造するさなかにも、あの『理外』とすら言われるスユドさんを相手にニソラさんが耐え続けられているか焦るばかりで……

 

「……ありがとう」

 

きゅっ、と触れた手に小さく力が入ります。

 

「スユドさんを抑えてって……ボクが言ったんだもんね。ニソラさんは完ぺきにこなしてくれた。

……ありがとう、ボクの最高のメイドさん」

 

――ニソラさんが、ボクの手を握り返しました。

こつんと軽く額を合わさります。

 

「お安い御用ですよ――私の最高のご主人サマ」

 

 

 

ただの様子見から膨れ上がり、いつの間にか戦争にまで発展してしまったボクらの壮大なネザー・アドベンチャー。

 

これでやっと、やっとひとまずの区切りがつきました。

 

渓谷に作ったこの新しい家で、今夜はボクもニソラさんもぐっすり眠れそうです。

 

 

――ひとまず今日は、おやすみなさい。

あしたはどんな一日になるかな……?

 




ネザー編、やっと終了しました。
長かった……長かったよぉ……!

次回から地上でのダイヤ&レッドストーン探し編になります。

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