ありがちなストーリー、下手なオチ。
目に入った方に見てもらって反面教師になる小説だったらなあ、と思います
薬は一つ使い方を間違えると毒になる。麻酔がそうだ。量を間違えれば心臓を止めてしまい、人を痛みなく殺してしまうーーーいや、そもそも人を殺せばそれはもう麻酔ではないのだ。
用法用量を守って使うことに越したことはない。
毒は量を使いすぎても毒のままである。身体を蝕み苦しみもがかせる毒。
しかし此処での毒とは、ヒ素や、漫画によくある飲めば瞬時に身体に回りしに至らせるものでは無い。そのようなものは、そもそも少ない。
私が述べるのは、例えばモルヒネなど、毒として生きるに地味なものである。だがそれはたとえ地味であっても毒なのだ。毒は役に立た無い。忌み嫌われるものだ。
ーーーでもーーー
八意永琳は研究室にて薬を製薬していた。月の頭脳たる彼女の頭には数々の化学式が頭に入っており薬を作ることに関し、不可能が無い。
作れない薬など無い。が、この幻想郷では専ら風邪薬などが人気らしい。マフィアに貸すような薬などを作る機会も無いのだ。
彼女は椅子にもたれ、入り口の方を向くといつものように呼びかける。
「鈴仙。何時もの配達」
声を出すと同時に、頭にウサギの耳を携えた女が表れる。鈴仙・優曇華院・イナバである。
彼女はいつも通り真面目な顔を見せ、一度頷く。
「はい、師匠。本日も務めて勤めさせて頂きます。」
「よろしくね」
この短いやり取りに何の不満も無い。分かりきった関係、師匠と弟子。私はあの子を信用しているし、あの子は私を慕っている。それで充分。
….…充分?
彼女は思考を止めた。充分であろうか。
目の前にいる、献身的な彼女。何の疑いもなく薬売りの用意をする彼女の顔が、永琳には眩しく思った。自らの身も自らの心も意思も。医師である私のために投げ出してしまいそうな危なさを持つ彼女が。永琳には不安に思えた。
「…師匠、どうされましたか?」
鈴仙が心配そうに声をかける。
「…….いえ、問題無いわ。準備はできたの?」
「はい…まあ、人里は苦手なんですけどね、こればかりは仕方ありません」
そう言って苦笑いをする彼女の顔が私の心を締め付けるような気がした。
「いつも悪いわね。宜しく」
鈴仙は、はい。と一言言って部屋を出る。一人残った永琳は再び作業に戻った。しかしどうにもうまくいか無い。一つ指を動かせば鈴仙の顔が浮かぶ。二つ指を動かせば自分の顔が浮かぶ。三つ指を動かせば……彼女は作業を取りやめた。三つ指を動かせば、先ほどの苦笑いを浮かべた、どこか悲しそうな鈴仙が写る。
「……バカみたい」
そう呟く言葉は、部屋の埃を巻き上げるにも至らなかった。
自分は少々罪を負いすぎた。自分は少々傲慢すぎた。自分は少々油断しすぎた。自分は少々聡明すぎた。
永琳の周りには昔の記憶がまとわりつく。月での出来事。姫を連れ逃げ幻想郷に身を隠し、偽の月を作ったこと。月を作ることは簡単であった。永遠の夜を作ることは簡単であった。自分の頭脳を信じていた。
永琳はかつて鈴仙に言った。
『私の言う通りにすれば間違いは無いから』
『私の言うことを聞かなければどうなっても知らないわよ』
まるで母親が腕白小僧をたしなめるような言い分である。自分の力に絶対の自信を持ち、相手は自分のそれには及ばないことが分かっている言い分である。
ああ、なんて言い方だろうか。
「私は、彼女の薬でありたい。間違わないようにする、間違ったら正す存在でありたい。……なんて。」
永琳は溜息を一つ吐いた。これでは作業も捗りそうに無い。メスフラスコと緑の薬品を机に置き、彼女は机の空いたスペースに突っ伏した。程良い疲労感に包まれ、彼女は暫く夢に逃げて避けて行った。逃避行。
消し忘れた暖房の火は、燃ゆる心を表すには余りにも微弱に、弱々しく燃えていた。
「……?」
永琳が目を覚ますと畳に敷かれた布団の上に居た。居た、というよりは寝ていたのだが居たと形容する方がこの場合正しいのである。自分は自分の部屋に居たはずでは?と頭に疑問が浮かぶが頭の覚醒が遅いせいかイマイチ考えられない。自分の意識がはっきりしてきたとき、誰かが部屋に入ってきた。
「師匠?」
「…鈴仙。」
「…薬売りの仕事、今日も完遂しましたよ」
「…そう。お疲れ様」
どこか悲しそうな顔をしている彼女は、その言葉を聞いて部屋に入ってくると静かに戸を閉めた。
気まずい。兎に角気まずい。自分の微妙な思いは勿論だが、気に病んでいた鈴仙の顔色が気になって仕方がなかった。
長い沈黙が続く。静寂を破ったのは鈴仙であった。永琳の前に座り深く頭を下げた後、永琳の目を見るなりこう言った。
「………師匠、もう、貴女にはついていけません」
目覚めたとき、自分が何故この部屋に居るのか。少なくとも自分の部屋ではなく、居間にいる。そんなことを考える時間を、刹那に奪い去った。
「…どういうこと?」
「師匠の勝手にはもうウンザリしました。私は月のウサギで逃亡者で犯罪者で、匿ってもらったことは感謝しています。…ですが、すみません。貴女の言う通りに過ごすことが、私にはもう耐えられないのです。」
「ーーちょっと」
「師匠。どうか分かってください。私は、貴女に尽くしました。…でも、それが自分の首をしめるのです」
「ねえ」
「師匠。………貴女は、私にとっての毒なんです。」
「ねぇ」
「ありがとうございました。」
「私は、私の生き方を。」
「ーーねぇーーー」
鈴仙は出て行ってしまった。胸の動悸は収まらない。……どうして私から?…私は何か間違えたのか。
私は毒であると彼女は言った。そうだっか?そうだった。そうであった。
勝手で、傍若無人、偉ぶり、考えるだけ。
永琳は思わず乾いた笑みを浮かべた。その通りだ。彼女にとっては自分は猛毒であったのだ。彼女はそれに気づいた。そして、逃亡と言う名の解毒剤を使ったのだ。
私という毒は彼女にはもう無い。
……自分は、彼女の薬では無かった。
そう思う永琳の視界は揺らぐ。
すぐに彼女の視界は黒一色となった。
「……あ、目が覚めましたか?」
永琳の視界がゆっくり開ける。元にいた自分の部屋だ。机に突っ伏した、寝たときの姿そのままで居た。声のする方へと顔を向ける。認識するにおよそ2.5秒。彼女の名を呼ぶのに3.6秒。
「….…鈴仙」
「私が帰ってきた時に突っ伏したまま寝ていらしてるので、毛布をかけさせて頂きました。…あの、汗がすごいですよ?」
彼女は自分を心配そうに見つめる。汗を拭う。手のひら一杯に汗が付く。これほど汗をかくことはそうそう無いだろう。
「夢」
永琳は呟いた。だが夢と呼ぶには余りにもリアルで真実味を帯びていた。息も洗い。動揺が目に見えるようだ。
「….…師匠、本当に大丈夫ですか?体調が悪いのでは…」
言い出す彼女の言葉を制する。
「鈴仙。……鈴仙、貴女疲れて無いかしら?」
「はい?」
素っ頓狂な声をだし、目を丸くする彼女に向け、永琳は言葉を続ける
「鈴仙。私は…私は貴女にとって毒であったみたいね。…貴女に対して強く言って、普段から傲慢で…苦手な人里にもずっと行かせて…とにかく、師匠面なんてしてごめんなさい」
彼女に向かって頭を下げる。今の永琳には彼女の顔を見ることが出来なかった。彼女からの言葉が、怖くて、怖くてーー
「師匠。」
永琳の体が震える。
「師匠、師匠がまさかそんなことを気にしていたなんて」
…ゆっくり顔を上げる。鈴仙の顔は、はにかみを浮かべていた。
「….…確かに私には普段からメチャクチャな指令が飛んできますし、人里は今でも苦手です。
でも、私は、そんな師匠といることが心強くて、楽しくて。……とにかく、私は師匠のこと、悪く思っていませんよ。むしろ、憧れです。」
言葉が信じられなかった。毒である自分を彼女は受け入れてくれるのか。扱き使うようなことをし、無茶な指示を出す自分を慕うのか。
彼女は、私といたいのか。
「貴女は、私といたいの?」
「私は、貴女といたいです」
「本当に?」
「本当に」
「死ぬかもしれないのに?」
「死ぬかもしれないのに」
「私は…?」
「貴女は私の師匠、八意永琳です」
ーーああ。そうか。彼女は何も思ってはいなかったのだ。愚直に、真っ直ぐに彼女は私を信じていた。
あの悪夢は悪夢であり悪夢でしか無いのだ。現実とは、違う。
私はきっと、まだ許されている。赦されている。まだ、皆と過ごすことができる。
温かい空気が周りを包む。この空気は、寝る前から付けていた暖房のせいか、それとも。
「鈴仙」
「はい」
「ありがとう」
「…はい!」
彼女のその笑顔を見て私は安心できた。…脳裏にあのイメージがチラつくことも、もう無い。
私は、彼女に微笑んだ。
「じゃあ、次の依頼、よろしくね?」
薬は一つ使い方を間違えると毒になる。麻酔がそうだ。量を間違えれば心臓を止めてしまい、人を痛みなく殺してしまうーーーいや、そもそも人を殺せばそれはもう麻酔ではないのだ。
毒はどうあっても毒なのかもしれ無い。毒薬はどう転んでも毒薬だ。
毒と知られてい無いもの…例えばモルヒネなど、毒として生きるに地味なものであっても毒なのだ。毒は役に立た無い。忌み嫌われるものだ。
ーーだが、最近、モルヒネも医療に使われる。適量はのモルヒネは、麻酔になっている。毒も、薬になることができた。
ーー私は、毒だけども。彼女にちょうど良い、心地の良い薬でありたい。
拙作をここまで読んでくださった方はありがとうございました。
とりあえず書けて満足です