農家の朝は早い。
日の出と共に目覚め、手早く朝食を済ませると家畜の世話を始める。その後、畑に向かい作物の世話を、その後にまた家畜の世話を、とこれを一日行い続ける。
だがその日。一人の農家が大地に足を踏みしめた時、気付いた。
「大地が震えておる……」
その農家は老人だった。
酪農家だった。
鶏卵農家だった。
豚の王だった。
米農家であった。
蜂蜜を、果物を、砂糖を、様々な農家が畑に向かった瞬間にそれを感じ取ったのは当然のことであった。
そして彼らは皆、誰が言うでもなく集い始める。その手に農家の魂である農具をとり、鍛え上げた肉体を震わせて。
震源地に向かって農家の声が爽やかな早朝に響きわたる。
「「「畑荒らしが来たぞーーーーーーーーーーー!!!!」」」
爽やか?
訂正。殺気だった怒声が轟いたという。
そしてその頃。冒険者ギルドにも激震が走っていた。
『デストロイヤー警報! デストロイヤー警報! 機動要塞デストロイヤーが、現在この街へ接近中です! 冒険者の皆様は装備を整えて冒険者ギルドへ! そして街の住人の皆様は、直ちに避難してくださーいッ!!』
アクセルの街の端から端まで響く魔道具を用いたギルドの緊急警報。朝食を食べていた者は食器を取り落とし、布団にくるまっていた者は跳ね起きた。
「デストロイヤーってなんだ?」
「知らないんですか!?」
カズマもその中にいた。寝惚け眼で屋敷の自室から出てくると、荷物を纏めて出てきためぐみんと出会いそう尋ねた。
機動要塞デストロイヤーとはなんぞ? と。
見れば、アクアやダクネスすらも荷物を纏めて、今から夜逃げをしますといった風体である。
「どうしたんだお前ら? ギルドから緊急の呼び出しが出てるのに行かないのか?」
「はぁ!? カズマさん何言ってんの? 逃げるのよ! ほら早く! 逃げるの! デストロイヤーが来てるのよ!?」
「だからなんなんだよ、デストロイヤーって」
この世界の住人ではないカズマには、子供でも知っている大人気特級危険構造物デストロイヤーのことを知らない。
なので、ギルドからの緊急の呼び出しだと言われてもピンと来ず、何故彼女たちがすぐにギルドに向かわないのか、むしろ逃げ出す準備を始めているのかが分からなかった。
何となく、やばいものが近づいてくるということしか分からなかった。
「あ、まだこんなところにいましたね」
「え? アルマ様?」
「おはようございます」
「あ、はい。おはようございます」
そんなカズマの前に冒険者姿でしっかりと武装したアルマが現れた。今日は『超神刀・豊穣丸』も装備していた。
「アクア、テンちゃんを見ませんでしたか?」
「え? 今日はまだ見てないけど、どうしたの?」
アクアにそう尋ねる。アルマには確信があった。
「いえ、ちょっと。機動要塞なんて名称、明らかにあの子が好みそうな案件なので」
「あー……え、なんでアルマちゃんがそれを?」
だから、機動要塞デストロイヤーってなんなんだよ!
あといい加減、アクアはアルマ様の正体に気づいて欲しい。後が怖いという意味で。
テンちゃん様こと『物質』様はこの屋敷に滞在していた。毎朝アクアを連れてアクセルの至るところで土木作業に赴くためだ。
しかし、今日はいなかった。というより、昨晩からいなかったような気がする。
「ちっ、逃げましたか……いえ、特等席を探しているのかもしれません」
「特等席だと…? まさかアクセルの街がデストロイヤーに蹂躙される様を鑑賞しようと言うのか!? なんて悪趣味な!」
「そんな!? いくらデストロイヤーの被害に遭う街が珍しくてもそんな酷いことしませんよね!?」
「いいえ、テンちゃん様たちならやりかねないわ! あの人達は超新星爆発を連発させて『たーまやー!』って眺めてるくらいなんだから!!」
だから! デストロイヤーって、なんなんだよ!
「ちょっと待ってください……『機動要塞デストロイヤー』。その昔、魔道技術大国ノイズで造られた対魔王軍用兵器。その姿は八本足の巨大な蜘蛛を模しており、様々な武装を搭載した巨大ゴーレム。その巨大な体躯は城を踏み潰し街を更地に帰ると言われています」
「なにそれやべぇ」
アルマ様がメモ帳を取り出して読み上げたのは件の『機動要塞デストロイヤー』の情報だった。調べた情報をメモしてるとか可愛いっすねと一瞬思ったけど、書かれてる内容が酷すぎた。なんだよ、城を踏みつぶすって。どんだけデカいんだ?
「ちなみに、デストロイヤーが通った後にはアクシズ教徒しか残らないと言われているほどの脅威として知られていますよ」
「それアクシズ教徒の方がやばくないか?」
「ちょっと、ウチの子達をひどく言わないでくれる?」
アクシズ教の御神体が何か言ってるが今はそんな場合じゃない。
「お前ら! ギルドに急ぐぞ!!」
「え! 逃げないんですか!?」
俺の発言にめぐみんが驚くが、俺は逃げる気なんてない。せっかく苦労して手に入れた屋敷を捨てて逃げるなんて考えられないし、こちらにはアルマ様がいる。相手がどんな化け物か知ったこっちゃないが、勝算は必ずあるはずだ。
「でしたら皆さんは先にギルドに向かっててください」
へ?
「アルマは行かないのか?」
ダクネスが手をヒラヒラさせて俺たちを見送ろうとするアルマ様に聞き返す。
あんれぇ? アルマ様、着いてきてくれないんすか!?
「私はちょっと、やることがありますので」
それって今じゃないとダメっすか!?
目前に迫った脅威を前に、別のやることとはいかに。い、いいや、きっとそれもこの街のために必要なことなんだろう。なんだって神様なんだし、きっと先の先を見通した作戦がある……んだよな?
「それでは戦場で会いましょう」
あっさりそう言うと、アルマ様はさっさとどこかへ行ってしまった。
マジで?
そうして俺たちはアルマ様を欠いた状態で冒険者ギルドに足を運んだ。集まっていた冒険者や職員たちはアルマ様がいないことに露骨に嘆いていたが、今はそんな場合ではないとすぐに気を引き締めた。
「皆さん、お集まり頂き誠にありがとうございます。それでは、ただいまより対デストロイヤー防衛作戦会議を始めさせていただきます」
司会として職員のルナさんが集まった冒険者達に声を上げて話し始める。ギルドの酒場のテーブルにはアクセルの街周辺の地図や今までデストロイヤーの被害の報告書。そして、デストロイヤーに関しての資料が並べられていた。
デストロイヤーの資料を一枚、ペロッと摘んで読んでみる。なんじゃこら。
とてもじゃないが、この街の冒険者たちでどうこうできる代物とは思えなかった。
機動要塞デストロイヤー。
全長二百メートル。全高五十メートルの蜘蛛を模した超大型のゴーレム。その体躯は魔法金属によって作られ、見た目よりもずっと軽く動きは俊敏。そのくせ降り下ろされる八本足に巻き込まれた者達は全て挽肉にされ大地は畑のように耕されるのだという。
なら、遠くから魔法で狙撃すればいいのでは? という意見は常に張られた魔力結界の存在で却下され、それから攻めればという意見には対空砲座の存在が確認されているという絶望的な報告が挙げられる。
近づいての物理攻撃では踏み潰される。
離れての魔力砲撃は結界で無効化。
空から近づいたら撃ち落とされる。
これ造ったやつガチすぎるだろう。『俺が考えた最強武器』すぎる設定に辟易する。というか、魔導技術大国ノイズがやばすぎる。この国、技術進歩おかしすぎるだろう。なんでこの国だけ百年は先行ってそうな技術保有してるの? そのくせデストロイヤーにまっ先に滅ぼされたとかマジ笑えない。造ったんなら責任とれよおい。
「デストロイヤーは今もこの街に接近中です。何かいい案はありませんか?」
デストロイヤーはその製作者が占拠し造った国を滅ぼした。今もその場を乗っ取って世界中を蹂躙しながら回っているらしい。もとは魔王軍と戦うために造られたのに被害に遭っているのはそれ以外の街だというから皮肉なものだ。肝心の魔王軍の城はというと、強力な結界で守られていてデストロイヤーが近づいてもはじき飛ばせてしまうんだと。それってつまり、元から太刀打ちできなかったってことじゃなかろうか?
で、だ。
あーだこーだと議論を重ねているうちに、大雑把な方針が決まっていく。
まず、誰も破れないという魔力結界をアクアが突破する。
次にデストロイヤーの足をめぐみんとウィズの爆裂魔法で破壊する。
足を失って動きを止めたデストロイヤーがその時点で何もしなかったら万々歳。だけど、もしおかしな動きを見せたら冒険者達が乗り込んで責任者をとっちめるといった作戦が決まっていく。
その最中、誰かが気付いた。
アクセルの街周辺の地図。そこに描かれたデストロイヤーの進行予想図を指さしてこう呟いた。
「あ、このままだと農地に突っ込む………?」
「「「………あ」」」
全員が、食い入るようにして地図を睨めつけ始めた。デストロイヤーが目撃された地点と、アクセルを繋ぐラインの途中に、農家たちが管理する土地が広がっていた。
「………勝ったな」
「「「うん」」」
この世界に来て分かった事実がひとつある。それは冒険者も、市民も、更には魔王軍にも知れ渡る常識であり非常識な事実。
農家は戦わない。ただ耕すだけ。
ただし、畑を守るためなら魔王軍とだって戦うと言われる最強の農耕民族である。
「見つけましたよ」
「あれ? いいの? こっち来て」
アクセルの外壁の上。接近するデストロイヤーが遠くに霞む程度で見える場所。
そこに『物質』のアルマはいた。服は元の学校制服。ミニスカにブレザー、ネクタイをしめた彼女は今にも登校する女学生といった風体だった。
胸を期待に膨らませ、ワクワクとドキドキで一杯な無邪気な少女。まるで遠足の前日の夜に眠れない幼児のように待ちきれず、今か今かと巨大蜘蛛の到着を心待ちにしている。
破壊と創造。『物質』を創り出すことにおいては概念その者である彼女は新たな工作時間に心躍らされていた。
そんな観覧席に来客が。
お菓子もジュースも用意して、ショーの始まりを待ちわびていたというのに出し物の主役の一人が現れたような驚きが彼女にはあった。
「アルマちゃんがこっちにきたら街の人たちは困っちゃうんじゃない?」
「でしょうね」
しかし、アルマは動かない。いや、動けない。
何故なら、これはこの星で生まれ育った者同士の戦い。それに神々が介入することは天界規定が許さない。
そう定めたのは他ならぬ『理』のアルマ自身だ。例え分体とはいえど、かの主神の一部である以上守らぬ道理はない。
が、それはあくまでも地上のルールが守られていた場合に限る。
地上の技術で作られた兵器を破壊するのは同じく、地上で生まれた者たちの手で行われなければならない。だとすれば、その前提が狂っていた場合どうなるのだろうか?
だからこそ、アルマは確かめなければならない。『理』を守る裁定者として、違反者がいないかを。
「単刀直入に尋ねます。機動要塞デストロイヤー、造ったのは貴方ですね?」
「そうだよ」
神器『機動要塞デストロイヤー』。それが彼の巨大蜘蛛の本当の名であった。
農地を目前とした荒野の渓谷。そこをデストロイヤーが巨体を轟かせながら進んでいく。
その前に立ち塞がる集団がいた。
その者たちは異様な格好をしていた。
一人は白いシャツと股引、腹巻をつけた老人であった。
一人は作業着を着た男だった。
一人は病弱そうな痩せた男だった。
一人は筋骨隆々とした巨大な大男だった。
更には刀を、鎖鎌を、鍬を、熊手を持った老若男女が最強の仕事道具を構えて動き出す。
先頭の老人が叫んだ。
「畑を荒らす害虫を始末するんじゃ~~~~~~~!!!!」
「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」
大地を踏み荒らす巨大蜘蛛の起こす衝撃よりも激しい地鳴りを巻き起こす農家の集団。
農家と蜘蛛の、畑を守る戦いが今始まる。
ノイズの技術開発局
職員「新兵器造るぞー!」
『物質』「おー!」
職員 「図面できたけどどうする?!」
『物質』「いいアイディアあるよ!」
職員 「こいつはスゲェ!」
『物質』「資源もジャンジャンあるよ!」
職員 「おっしゃ! やりたい放題だぜ!」
『物質』「じゃ、頑張ってね! 楽しみにしてるから!!」
職員 「任せろ! ………ところでアイツ誰?」
他の職員「「「え?」」」
神様は何時も貴方を見てますよ。
アルマ「見ててもいいけどちょっかいは出さないで欲しい」