私の名はエリス。地球とは違うここ、異世界を担当する女神です。
この世界では国教として広められているエリス教という教団の御神体として崇められてたり通貨の単位として多くの方々に親しまれています。
そして天界規定により、神々は下界へみだりに降臨してはならないと定められていますが、『あたし』は盗賊クリスとしてここにいます。
もちろん、女神としてではなく人間として。
それはとある少女の願いを叶えてあげたいという理由からの行動でしたが、今では自分自身がこの世界での生活を楽しみたいと思ってもいるのです。
そんな私には憧れている『父』がいます。
厳密にいえば違うのです。人間の様に父母が行為をして子供を生み出すのではなく、神力を行使し独りで創り出されたのが私です。しかし私はアルマ様を『父』として慕わせていただいています。
彼は私を創ってくださった『理』の神。宇宙を構成する四柱神の一柱にして、人類を守り導こうとする御方。
その背中をずっと見ていました。
大きな手で頭を撫でてくれたことを覚えています。
人類に害悪をもたらす悪魔達との戦いではいつも先陣をきり私達を鼓舞してくれます。
とてもお強くて、でもどこか抜けていて、大好きな人達を守るためにいつも一生懸命な。
そんな『お父さん』が私は大好きです。
「(え? まさか嘘…ッ!? お父さん!!?)」
今のあたしの気分はとても複雑だ。だってね? 久しぶりに会ったお父さんが女の子になってるんだよ!? 何があったのさ!!
一撃熊を討伐して欲しいという農家の畑へ向かう道中で。森の中を突っ切ったほうが早いと、あたしとダクネスとお父さん……アルマちゃんの三人は歩いている。
あたしがダクネスの頼みを聞いたのは友人の願いというだけでなく、自分の仕事も関係していた。
地球から送られてきたチート転生者の残した『神器』の回収という仕事だ。
魔王を倒すために転生者に送られた神造兵器。しかし志半ばで倒れた転生者達によって持ち主不在となり世界中に散ってしまったそれを回収するのが『女盗賊クリス』として下界で活動するあたし、女神エリスの仕事だった。
神器が持つその強大な力を邪な心の持ち主が扱えば大変なことになる。だからこそ、それを与えた女神が自ら回収しなくてはならない。
そう信じて活動するあたしの元に舞い込んだ新たな情報。
―それは一人の新人冒険者が所持しているという巨大な剣。
ステータスが低い筈の少女がジャイアントトードの群れを屠ることを可能とする武器。力無き少女を勇者に変えたその剣はもしや、転生者が残したチートアイテムではないのだろうか?
そう考えてみれば確かめない理由はなかった。ダクネスの話に乗り、その少女、アルマという冒険者に接触することにした。
ただ、その名前に疑惑があった。
……あれ? アルマ?
ん? いやいやいやいや、まさか、そんなはずないよね? すごく聞き覚えがあるんだけど?
だって『理』のアルマ様は金髪碧眼で背が高い男性だよ? 十二歳の女の子なわけないじゃないか。うん、きっと名前がたまたま、偶然同じだけの別人だよね!
でもギルドで顔を合わせた瞬間に思い知りました。本人じゃないですかぁあああああああああああああああああ!!
神格とか魔力とかが人間の肉体から漏れ出てるし! 隠しきれてないし! これで気付かない女神は節穴すぎるでしょう!? でもなんで身体が小さくなって、しかも女の子になってるの!? 私の格好いいお父さんはどこに!!?
「ク、クリス、さん……何か?」
何かどころじゃない。そしてお父さん。あなたも私も正体に気づいてますね?
「アルマちゃん。後で二人で話さないかなぁ?」
「……の、望むとこです」
そして言葉遣いも変。お父さん、あなたもっと威圧的な喋り方でしたよね? なんで可愛らしくなってるの?
でも覚悟してねお父さん。後で絶対に追求してあげるんですから! 泣いてもダメですよ!!
あ、でもお父さん、平たいなぁ……どこがとは言わないけどね。
「二人とも随分と仲良くなったのだな。私も混ぜてくれないか?」
おっと、いけない。エリスの視線が怖くてでダクネスを放置してしまった。これでは彼女に失礼ですね。猛省せねば。
「ダクネス。依頼のあった農家の畑はこの先なんだよね?」
「あぁ。もうじき見えてくるはずなんだが……あ」
「はい?……あ!」
森の茂みから出た私達の目の前に広がった光景。それは……巨大な熊と戦う人参たちの姿だった!!
なんなんこの世界ぇぇ?
森を抜けると開けた土地に畑が広がっていた。そこにいたのは討伐対象の一撃熊。黒い毛皮に巨大な体躯。そして飛び交う立派な人参たち。
「わしらの、わしらの野菜を守ってけろ~~!!」
守る? いや、勇敢に熊へと立ち向かってるんですが。
「任せろご老人!! 来い一撃熊ッ! 貴様の一撃など私にはきかんぞ……野菜を喰らいたくばまず私を倒してからにするんだな!!」
「グアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
だから、その守るべき野菜が一撃熊に立ち向かってるんでうちのパーティメンバーも攻撃を仕掛け辛いんですが。
というかさ。
あのさぁ……なんで野菜が生きて動いてるんだよ!! あぁ新鮮な生野菜ってそういうことね、って違うわ阿呆!!! 誰だこんな野菜作ったの!! 担当した神出てこいッ!
私は自分が見たものが信じられず不満をぶちまける。だってさぁ、野菜が動いてるんだもの。なにこれぇぇ? そしてダクネスと一撃熊に体当たりをしている人参たちがそこにあった。えぇ?
「アルマちゃん。この世界の野菜は動くんだよ。そして食べられないように逃げたり反撃したりする」
「わぁ、料理人は修行内容に料理と格闘が必須項目なんですね、ってお馬鹿!」
なんという頭のおかしい野菜だ……。そして恐らくこれも身内の犯行な気がする。そんな気配がプンプンする。
……『命』の仕業か?
植物とは大地の恵み、土壌の栄養によって育つ。すなわち星の生み出すエネルギーの象徴、生命の塊だ。豊穣神の管轄かもしれんが、大元まで辿ればあのお馬鹿な姉貴に行き着くのだ。
もしやと思うがあの姉、食べるのに苦労しろ人間、という悪意あってのことではなかろうか?
確かに食べるという行為は命を頂くということであるが、そこに逃走と闘争を盛り込むところがあの脳筋らしいとも言える。
「まさしく命懸け、というやつですか」
「アルマちゃん、上手くないから」
そもそも私が知らないという時点であの姉の関与が疑われるのだ。あんにゃろ、さては隠してやがったな!?
「帰ったら一発ぶん殴る」
「怖いこと言わないでね!?」
ははは、心配するな娘よ。実行はこの調査が終わってからやるから。
あ、ダクネスを心配するのを忘れていたよ。大丈夫かなあの子?
一撃熊の前へと身体を拡げ、畑の前に仁王立ちするクルセイダー。ダクネスは文字通り、体を張って畑と野菜たちを守っていた。
おぉっ! なんという献身! なんという勇猛さか!
クルセイダー。それは神の加護を受けた聖騎士。その高い防御力からパーティーを、人々を守る盾である。その有り様を証明するかのように、彼女は一撃熊の重い攻撃を決して避けようともしない。全てその身で受け止め周りの被害を防いでいるッ!
「素晴らしいッ! なんという高潔さかッ!!!」
「いや、アルマちゃん? あの、ダクネスのアレはね……」
ダクネスの姿に感動するあまり、私は無防備にその場で立ち尽くしていた。その隙を一撃熊は目ざとく見つけ、襲いかかろうとダクネスから離れ、飛びかかってくる。
「貴様! こんないたいけな少女まで狙おうというのか!!」
しかし、ダクネスが許さない。彼女は尚も身体を巨大な熊へと向け私を庇い守ろうとする。
「どうした一撃熊よ!? お前の一撃とはその程度か!! もっと私にその暴力的な衝撃を与えてみせろ!! 私にはその程度の威力などモノ足らんぞ!?」
一撃熊の強力な攻撃。両腕(前足)から繰り出されるソレを何度もその身に浴びても怯まぬその姿は正に民を、人々を守る貴族にして騎士そのもの!! 人の子よ! 自ら苦難に立ち向かいし心強きものよ! 私は君のような者が大好きだ!! 素晴らしきかな人類!! 種族の弱さを鍛錬で埋め足掻く君達はなんと愛おしく可愛らしいのだろうか!
あぁっ、人類に幸あれ。我が加護よ届きたまえ!
「おとう、アルマちゃん!? ゴメン、違うから!! ダクネスのアレはちょっと特殊というか性癖というか!」
娘が何やら騒いでいるが、そうだな。勇敢なクルセイダーの姿に感動するあまり少々浮かれていたようだ。すまないダクネス。君には後で回復魔法をかけよう。
うん? そういえば、なんで彼女は無事、なんだ? 一撃熊の攻撃力は上級職でもそこそこ苦しい威力のように見えるぞ?
ダクネスの身体に一撃熊の攻撃が深く突き刺さる。肉球で顔面を叩き、ローキックが足を払う。その攻撃はとても甘いものではなく……って、ロークキックだとぅッ!?
「待ってくださいダクネス!!」
「! どうしたアルマ?」
待つも何も、ダクネスは受身で攻撃をする動きすらないが、それでもアルマは一撃熊とダクネスの間に割り込んだ。
「お、アルマちゃん! 危なッ!」
突如乱入してきたアルマに一撃熊が爪を振るう。それをアルマは、
「ふッ!」
片手で受け、相手の腕を滑るように身体を回して懐に潜り込む。そして腹へと裏拳を叩き込む。
「グアッ!?」
思いがけない威力に一撃熊がたたらを踏んでよろける。しかし、地に膝をつけることなく耐えきってみせた。
「熊よ、一撃熊よ。貴様、何が目的でここに来た?」
「グア! (無論、強さを求めるが故!)」
アルマの問いに一撃熊が答える。クマ語で。
構え合うアルマと一撃熊の対峙する二人に置いていかれ、畑の主と二人の冒険者は困惑する。
「いやいや! なんで一撃熊と会話してるの!?」
「会話できてるのか!? 本当かクリス!!」
「成程、あのお嬢ちゃんは一撃熊の拳に魂を感じたか!!」
「「おじいさん!?」」
突然キリッ! としだした畑の主のおじいさんがアルマの行動の意味を代弁する。そう、アルマは一撃熊の動きに感じ取ったのだ。
「強さ、か。成程、一撃熊の個体としての強さを超えるために貴様は闘技を編み出し、経験値の詰まった食材を喰らおうと……その意気や良し!!!」
「グアァア!! (ぬかせい小娘!! うぬも我が覇道の礎となるがいい!!)」
一撃熊が構える。両手を合せ、これから倒す相手の死を弔うかのように。
アルマも構えた。右腕を前に突き出し、左腕は腰だめに添える。腰は落としていつでも飛び出せるように力を溜める。
彼女はモンスター、魔物が大嫌いだ。全て滅べばいいと考えている。しかし、動物は好きだ。人類の生きるために必要な存在であり適度な脅威となるからだ。人は、安全というぬるま湯に浸かりすぎると危険に鈍感になる。命を守るために戦う勇敢さを忘れてはならないのだ。
考え、身構え、鍛錬する。それは生きるために必要なこと。
それは知性を持つ生物が、『生きたい』という本能に呼び起こされての当然の行動。
『理』の神様によって与えられた理性という己を奮い立たせる柱。『強くなりたい』と考えたのなら、『どうすればいいか?』と探求する。
野生動物が、だ。
人類よりも知能で劣る、と言えば侮蔑かもしれない。それでも、それが事実の彼等が、彼がそれをなそうとしている。形にしようとしている。
こんなに嬉しいことはない!!!
この相手に剣など無粋。そうとでも言うかのように、アルマは『超神刀・豊穣丸』を投げ捨てた。それが大地へと落ちたとき、大きな音が地響きとなって鳴り響く。
ゴングは鳴った。
「ちょ、何これ? ねぇなんなの!!?」
「アルマの覇気はなんだ!? 一撃熊も何故当然のごとく武闘家のように立ち振舞っているんだ!?」
「これが強さを求める者たちの生き様よ!!!」
「「だからおじいさんはなんなの!?」」
「てーーーーーーいっ!」
「グァァァァァァア!!!」
少女と一撃熊の殴り合いが始まった。
「えーっと、討伐は失敗、ということでよろしいですか?」
「はい、残念ながら」
ギルドに帰って来ました。ルナさんに仕事の報告をしています。
えぇ、そうです。先に述べたとおりです。
討伐、失敗しました! あの熊強かったですねッ!
弱体化したこの身ですが、殴られて『痛い』なんて感覚ずいぶんと久しぶりでしたよ。アレはいい相手でした。うん。
「一撃熊と殴り合う?……やはり庶子ではない、貴族? まさか他国の王族なんてことはないよな? ないよな!?」
「お父さん、お願いだから自重して……ッ! 実はハシャいじゃってるよね!!」
ん? どうした暗いよ二人とも。今日は良き日だというのに、もったいない。
あ、もったいないと言えば。
「ダクネスはパーティーに入らないんですか? それともクリスとコンビを?」
「あ、いや……私を入れてくれるパーティーを探して入るのだが、なかなか……」
なんということだ。この素晴らしい騎士がその能力を活かせず燻っているなどあんまりではないか。何をしているんだアクセルの冒険者たちよ。君たちの目は節穴なのかね?
そうだ。
「掲示板に『上級職の方のみ募集』というパーティーメンバー募集の張り紙がありましたよ」
「本当か!? ちょっと見てくる!」
あ、走っていった。君に幸あれ。応援しているぞ、素晴らしき守護者よ。
「それで、なんでお父さんは幼女になってるの?」
……チクショウ!
そうだよね、二人きりになったら聞くよね。
父と娘の家族会議が始まりました。
ある老夫婦とその息子が営む農家にて。
「腰が入っとらんぞ! 腰が!!」
「腕の力だけで鍬を降るんじゃない!」
広大な農場で鍬を振るう。そんな農家の働く場所に、やせ細ろえた老夫婦と、熊のように大きな息子。
そして、
「グア!」
オーバーホールを着て鍬を振るう大きなクマさんが働いていました。
「あ、ルナさん。ペット飼うんで申請書って要ります?」
本日の調査報告書。
この世界の野生動物はたくましいです。
ヤセイというか、ヤサイというか……うん。
『魂』 「パーティーが人間とは限らない!」
『物質』「『理』さんって頭いいのに感情優先なとこありますよね」
『命』 「あのクマの毛皮を剥いで我が着れば……」
『理』は男子特有の川原で殴り合うとか大好き。ただし魔物、テメーはダメだ。