因みにこの“やつはし”は九十九八橋ではないです。ご了承を。
白玉楼縁側。青空を見ながら、ただボーッとしている最中。━━━━それは、余りにも唐突だった。
「甘い物が食べた~い!」
急で、荒唐無稽な言葉。いつも自分を振り回す少女の口から、それは放たれた。
「でも、今は甘い物は白玉楼にはありませんよ?」
残念なことに、現在白玉楼にそんなものはない。何故なら幽々子さんが食いつくしてしまったからだ。
「でも食べたいの!」
「うーん……」
どうしたものか。いつも通りのわがままな幽々子さんだ。今から大急ぎで買ったとしても時間がかかるし、それを幽々子さんが我慢できる筈がないし。途方に暮れて、思わず溜め息を吐こうとした、その時だった。突然━━━━床が裂けた。
「……!?」
これだけでも驚くというのも更にその直後、床の割れ目から何かが出てきた。片手で持てるくらいの小さな箱だ。紙も添えてある。
「これ、何かしらね」
「さぁ……」
箱の外装は真っ白で何も書かれていないため、中身を判別することができない。
「ねぇねぇ、紙には何て書いてあるのかしら?」
「そうですね、今調べてみます」
箱に何も書いてないとすると、情報を知る術はこの紙だ。そう思い、手に取って確かめてみる。すると、その紙には何か書かれていた。
『甘い物が食べたいということなのでそちらに送ります。八雲紫より』
「何でこんなに都合よく来るんだ……?」
あたかも狙い澄ましたかのように届いた箱。その送り主は紫さんだった。あの人ならとりあえず安心か。特に変なことは起こらないだろう。というかあの人、さらっと盗み聞きしてたのか……全く気づかなかった。
「甘い物が食べたいということなので……そちらに送ります……」
後ろで幽々子さんが手紙の内容を口に出す。徐々に内容を理解したのか、急に上機嫌になり。
「紫ったら何て気が利くのかしら!早く頂きましょ、ね!」
ご覧の有り様である。食べ物を前にした幽々子様は誰が見ても嬉しそうだ。
「待ってくださいよ、中身を確認しないと……」
甘い物だということは確定しているが、中身がどんな食べ物かまでは分からない。包装紙を外し、いざ蓋を開けてみる。
そして、蓋を開け出てきたのは。黄土色で縦長のものが一ダース程。奇妙なことに、それら全ては曲がっている。
「何かしら、これ……?」
「八つ橋って焼き菓子ですね、これ」
間違いない。以前、外の世界で食べた記憶がある。
「何か美味しそうね、この八つ橋ってやつ!」
「……そうですね」
自分も幽々子さんに釣られて想像してしまった。焼き菓子特有の噛んだ時の快音と共に広がる芳醇な甘さ━━━━以前の記憶が鮮明に蘇る。ダメだ、余計に食べたくなってしまった。
「早く食べましょ、ねぇ!」
「分かりました……」
スイッチの入った幽々子さんは食べ終わるまで止まらない(食べ終わっても止まらないけど)。まぁ、これ程楽しそうな幽々子さんを見ることはあまりないし、それはそれでいいかな。
そんな訳で、八つ橋を一つ手に取る。間近で見てみると、これでもかと言うくらい綺麗に焼き上がっていて、見ただけでも美味しいと分かる。
「いただきまーす……」
ゆっくりと口に入れる。そして、一噛み。
━━━━これは。
先程想像した通り、いや、それ以上。そして、その快音と同時に広がる仄かな甘み。今まで食べたことがない程に絶品だ。
「どう?八つ橋の味は」
「美味いです、最高ですよこれ!」
また食べたいと思わせるような味が堪らない。一つ、また一つと全身が欲する。思わず舌鼓を打った。
「ホントだ!とっても良いわ!」
「ですよね!ですよね!」
今まで食べた八つ橋……というよりも和菓子の中で五本の指に入る程だ。幽々子さんの心中を汲んで八つ橋を送ってくれた紫さんには感謝の言葉しかない。
それから、二人で他愛のない話をしながら八つ橋を食べた。その最中。
「あ……」
途端に、幽々子さんからもの悲しい声が零れた。
「八つ橋が、ない……」
「あ……」
箱を見てみると、そこに八つ橋は無かった。そして、その八つ橋は自分の手にある。どうしたものか。
「譲りましょうか?」
幽々子さんの悲しむ姿は見たくない。このまま自分が食べるよりも、幽々子さんにあげた方がいい方向に事が進む。
「いいわ、貴方が食べて……」
「……!?」
言っている意味が分からなかった。いつもの幽々子さんなら何の躊躇いもなく貰って食べる。だというのに、それを断った。一体どういう風の吹き回しだ? 余りの事態に、思考が追いつかない。考えろ。このまま自分が食べるのは論外だ。幽々子さんに八つ橋をあげる以外に道は無い。けどどうすれば食べる? 今渡しても「それは貴方のよ」と言って突き返すに違いない。そうされずに済む方法は無いか━━━━そうだ!
「幽々子さん」
「どうしたの?」
「あ、あーん……」
恥ずかしい。クッソ恥ずかしい。もしかしなくても顔が熱い。恥ずかし過ぎて幽々子さんの目を見れない。でも、真っ先に思いついたのがこれだった。仕方がない。強引過ぎるのは百の承知だ。お願いします幽々子さん!食べてください!
「…………はむっ」
食べた!良かった!幽々子さんなら絶対に食べてくれると信じていた。安堵から、ほっと胸を撫で下ろす。
「……フフフッ」
突然幽々子さんが笑いだした。何か面白いことでもあったのだろうか。
「ホント面白かったわぁ。貴方ってばびっくりするぐらい思い通りに動いてくれるんだもの」
「え?」
何を言っているんだ。そんな面白がられるような行動したか。あっ。
「幽々子さん、アレってもしかして」
「そうよ、嘘よ。いつも違うこと言ったらどんな反応するかな~って」
「詰まるところ、俺は幽々子さんの掌で踊らされてたと……?」
「そういうことよ♪」
「はぁ……」
してやられた。勇気を出してあんな恥ずかしいことやったっていうのに。それを利用されてたなんて余計に恥ずかしくなるだけだ。
……でも、こんなに楽しそうな幽々子さんを見てると何でも許せてしまう気がした。
どうも、儚夢想です。
友達が土産でくれた八つ橋が思った以上に美味しかったのでこのような話を書いた次第です。予定通りに投稿したいとか言ってたら夏休み直前まで先伸ばしになってしまいました(学習しない人間の屑)。夏休み中も二話くらい投稿できたらなと思います(フラグ)。
それではこの辺で。楽しく読んで頂ければ幸いに思います。