Monster Load ~Over Hunter~ 作:萃夢想天
長い間更新を停滞させてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
昨年の十月を過ぎたころから、私用公用共に多忙の極みにありまして、
こちらのサイトに手を出す隙自体が失われておりました。
ですが、この作品を心待ちにしている皆様のことを思い、わずかな時間を
見つけて書かせていただく所存です。
三月に入れば、きっと、きっと時間が取れますので………。
さて前回は蜥蜴人(リザードマン)たちの集落が大打撃を受けました。
ショウグンってば穏やかな性格なのに装備の性能がガン攻めなの未だ謎。
なんで鎧に爪六本も必要なんだよ、それ武器だよ最早! 肩で刺せるわ!
とりわけ今回はお待たせしてしまったこともあって、なんと大盤振る舞いの
三体同時狩猟(蹂躙)クエストをご用意させていただきました!
それでは、どうぞ!
"異変"というものは、本来であれば中々気付きにくいものだ。
何かが変わっている場合もあれば、何もかもが変わっている場合もありうるのだから。
そしてそれは、誰の身にも起こりうるからこそ、無自覚に受け入れざるを得なくなってしまう。
これは、魔王が世界に君臨させられようとする裏側で起きた、知られざる"異変"を紡ぐ物語。
バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の両国、その中央を走る境界線たるアゼルリシア山脈。
目に見える形での国境線となってそびえるかの山から、真っ直ぐに南下していく先に国一つ。
さながら帝国と王国のやり取りを公正に見張る審判の如き位置に構えるは、スレイン法国という。
スレイン法国は人類至上主義を国是とする人類国家であり、人類以外の種を害悪と見做して
すべからく滅ぼすべしと高らかに謳う過激なお国柄である。当然ながら、その影響力は高い。
王国からは宗教家が政治をまとめる狂った国であると、帝国からは人類の為と称して堕落した
人間を『神の愛』を免罪符に間引く狂った国であるとして、違った意味で良い印象がないのだ。
帝国の見分の通りに、法国は人間というか弱い種族をまとめ上げる為にその他の種族を淘汰する
方針を取っている。それだけならば血気盛んな国であると他人事にできるが、彼らの厚みに過ぎる
信仰心が時として、「生き残る価値の無い人間を神の為に間引く」という同類虐殺を敢行させた。
このやり方で本当に人類が救済されるかどうかは不明だが、少なくとも〝鮮血帝〟と恐れられる
皇帝が国を統べる帝国にあまり痛みは無く、むしろ腐敗と堕落に果てた王国は格好の的であった。
辺境の村々、トブの大森林の外周の端にあるカルネ村を襲った騎士風の集団も、実際は法国側の
訓練された軍人たちであり、無辜の民たちを虐殺したこともまた、篤き信仰心の結果である。
本来であればそこへ、死の支配者が腕試しに来る予定だったのだが、神の悪戯か悪魔の罠か。
後にカルネ村民たちに〝山の如き獣の王〟と名付けられる巨大な獣竜が、〝森の賢王〟という
白銀の四足獣を追い出したことにより、軍人兵士たちは見るも無残な肉の塊と成り果てた。
実はこの一件が、法国内で決して小さくはない波紋を起こしたのだ。
スレイン法国とは一言で表せば「宗教国家」である。だが、その形態は普通ではなかった。
通常、国が掲げる宗教、つまり国教とは唯一であり、混ざり合ったり認め合ったりはしないもの。
しかしこの国ではそもそも、宗教という言葉の軸からやや外れた思考が波及しているために、
全く異なる性質の神々をそれぞれ六人も崇め奉り、各々がどの神を信奉するかで宗教も変わる。
法国の周辺にまばらに存在している小国家などは、火・水・風・土の神々が世を創りたもうたと
信ずる『四大神』宗教なのだが、法国はそこへ光(生)と闇(死)を加えた『六大神』宗教を信奉。
各神を奉ずる神官長ら六名と、その彼らをまとめ上げる議長的存在の最高神官長が国の統制者で、
国民に対してはどの神を信ずるのも自由だが、六大神以外の神を崇めることは大罪としている。
結果的に言えばスレイン法国には六つの宗教があり、それぞれが独立していながらも関わり合い、
ひとまとめにして国教認定しているということ。言葉通りの型にはめれば国教とは呼べまい。
ともかく、そんな彼らの間には動揺という波が広がっていた。言わずもがな、村民虐殺の件だ。
これには法国の暗部と言える
呼ばれている。国の裏事情ゆえに存在しないという扱いではあるが、各神官長直属の工作部隊
として、各地の亜人種の殲滅や人類の間引き、逆に救うべき民を陰ながら援助などもしていた。
こうした経歴を持つ以上、それぞれの聖典(部隊)に所属する人間は、どれもみな一流の戦士で
あり、信仰系魔法に精通した魔法詠唱者である。だからこそ、今回の問題は国にも痛手となった。
「…………そうか。まさか〝森の賢王〟が森を出て人の争いに関わってくるとは」
「全ては至らない指揮官である私の采配不足であります。申し訳ございません」
「よい、其方の輝かしいまでの信仰心は、誰もが知っておる。故に陽光聖典を任せておるのだ」
「はっ! このニグン、これまでと変わらぬ信仰を。否、さらに厚き信仰を誓います!」
六名の神官長と最高神官長らが議を決する場に、そぐわぬ血の臭いをまとう眼光鋭い男がいた。
彼こそは誉れある六色聖典が一角、陽光聖典の隊長を務める傑物、ニグンという者である。
本名はニグン・グリッド・ルーインなのだが、洗礼名特有の長さが面倒なので、名前で呼ぶ。
そんな彼は現在、先の一件での詳細を報告すべく自ら神官長らの前で顛末を語り、額から脂汗を
流しつつ沙汰を待っていた。無能の烙印を押されるかと思いきや、意外な温情に一先ず息を吐く。
元々は無辜の王国領民を虐殺し、別の部隊が裏から手を回して王国の貴族派閥を焚き付けた事で
装備を剥がされた王国戦士長、辺境最強と名高いガゼフ・ストロノーフを抹殺する任務であった。
だが蓋を開ければたかが寒村に、古き伝承に刻まれた
作戦を妨害。あまつさえ、現場にいた隊員を皆殺しにしてしまったことで撤退を余儀なくされて、
貴重な人類繁栄の為の力であり、同じ神を奉ずる同胞を幾人も無駄死にさせての結末を迎える。
「期待しておるぞ。しかし、そうか。陽光聖典に選ばれた者ですら、伝承の獣には敵わぬか」
「新たな隊員を選抜せねばな。それに、また近頃は
自らのしでかした失態を想定以上に軽く許され、やるせなさを感じたニグンではあったが、
直後に法国がかねてより救助部隊を送っていた竜王国の危機を知らせる話を聞き、口を開く。
「お許しいただけるならば、竜王国への援助としてこのニグン、陽光聖典の出動を具申致します」
「じゃがニグンよ、其方の隊は人員を失ったばかりじゃ。いくら選りすぐりの精鋭たちだからと
いっても、彼の地での戦いは苛烈を極める。まずは隊員の補充を行ってからではないかの?」
「…………そう、ですね。仰る通りかと。ですが我ら陽光聖典は人類にとっての福音たる陽の光!
法国の、ひいては人類の未来を背負い立つ優れたる神の先兵! 補充が終わり次第、早急に!」
「先の件であれば不問であるぞ、ニグン。其方のような有望な神官を、理性無き獣どもの餌に
する気はない。今はその身を休め、万全の体調を以て我らが神の御名において導き手と成れ」
「はっ‼」
罪滅ぼしの機会を得る為の発言であったのだが、神官長たちからの反応は芳しくない事に気付き、
額から左頬にある忌々しい戦傷を伝って汗が滴り落ちる。雫の後を追うように彼は頭を下げた。
その後は人員補充後の活動方針を拝命し、他に多くの問題を抱える六名の長たちから控えめに
去れと告げられ、最後にもう一度頭を下げてからニグンは神聖不可侵の領域を後にする。
信仰厚き神の使徒を自負する彼でも人並みの感情はある。法国の全てを取りまとめている彼らの
前でする失態の報告が穏便に済んだことに、安堵の溜息を漏らしてしまい、慌てて取り繕う。
ちょうどその時、同じ陽光聖典に所属する部下の一人がやって来て、ニグンに声をかけてきた。
「隊長、お疲れ様です」
「ん、ああ。今回の一件に関しては不問となった。神の御加護に感謝せねば」
「ですね。ですが隊長、我々の今後の動きは?」
「それについてだが」
自身を労う言葉をかけられて隊長としての立場を思い返したニグンは、早急に損失した部隊員の
補充と装備の点検、並びに近々竜王国への遠征部隊に選定される(かもしれない)ことを伝達。
各員の準備が整い次第、遠征までの猶予期間を休暇として好きに使えと含みを持たせて告げた。
法国の人間は揺るがぬ神への信仰心を抱いているが、それだけでは不眠不休で働けはしないと
隊長の彼はよく理解していた。食わねば死ぬ、眠られば死ぬ、休まねば死ぬ。人は弱い生物だ。
だからこそ一時の休息を以て精神と肉体を休ませ、戦いへの覚悟と生き延びる決意を宿らせる。
効率よく部下を動かすためのノウハウではあれども、彼にも心労を鑑みることのできる人間味は
確かにあるのだ。無論、休みの間中も神への祈りを捧げることは絶対という暗黙の規則はあるが。
取り敢えず肩の荷は下りたな、と法国の中心に位置する大聖堂から出てきたニグンは空を見る。
変わらずにある空の青が、彼の心の中にある複雑かつ大小さまざまなしこりを洗い流していく。
人は自然の中にある己を再確認することで、命の尊さを本能的に理解する術を失くしていない。
気分転換を早々に済ませたニグンは、まず人員補充についての日程と試験科目を設定せねばと
息を巻き、自宅には戻らずそのまま偽りの職場へと足を運ぼうとした。
だが、その日。その時。その場所で。
運命は大きく変わり、先の未来を揺るがし、結末を定めた。
整備された街道を、長期任務で国を離れていたこともあり懐かしく感じながら歩き進んでいると、
しばらくしてニグンは小さな違和感を感じ足を止めた。ほんの些細な、しかし確かな違和感だ。
辺りを見回し、街並みに変化がないことを確かめ、次に何が心に引っ掛かるのかを探り出す。
そして、彼は気付いた。
「……………何だ? 何故、こんなにも人が少ない?」
彼は自分のいる街の東部の街道に佇んでいた。いくら辺りに目を向けても、人影一つ見られない。
この国では異なる神々を崇めているため、宗教的祭事や法事なども日を分けることは多々あるが、
街並みからこうも人の気配が感じられなくなることはないだろう。少なくとも過去にはなかった。
では、消えた人々はどこへ行ったのだろう。謎を知覚した彼は、鍛えられた聴覚で音を探知する。
「街の西側か? やけに騒がしいようだが、今日はいずれの神の催し事があっただろうか?」
遠くから聞こえてくる人の声、歓喜か悲鳴かは判別できなかったが、法国最大の都市中央街の
西方から響いてきていることに気付いたニグン。すぐに頭に浮かんだのは、奉る神々由来の祭日。
信仰厚き法国において、信奉する神以外の神々を蔑ろにすることはありえず、それぞれに該当する
教えや禁忌、祭事の作法なども国民全員の頭に叩き込まれている。だからこそ彼は首を傾げた。
「………いや、違うな。闇司る死の神スルシャーナ様の降臨祭は、二月ほど先だったはずだ」
実際この六大神という存在は同時に現れて協力し、人類の先祖を助け守護し導いたとされており、
この世に現れ出でた日時が異なることはないのだが、数世代前の神官長の一人がこれを改めた。
曰く、『天上より我ら人類を救いたもうた神々を奉る日を、同じ日にまとめるなど不遜である』
とのことらしく、商業組合や神官長としても同日に別々の催しをすることは憚られたらしい。
以来、かの神々がご降臨された事実はそのままに、降臨された日時だけを月ごとに移動させて、
時期に見合った祭事を執り行うこととなっていた。ニグンはそれを思い出し、原因を考える。
だが、長考の姿勢に入ろうとした彼が次に耳にしたのは、祭事とはかけ離れた轟音であった。
「何だ今の音は! もしや、敵襲か!? 一体どの国が攻めてきた!」
祭事や法事であれば、何かが砕け壊れるような音など聞こえるはずがない。加えて一層肥大した
人々の喧騒からして、ただならぬ事態であるとの推測は容易となった。彼は血相を変えて一路、
街の西方へと駆け出す。この時はまだ、
国の暗部として鍛えられた工作部隊としての身体能力を遺憾なく発揮し、ニグンは西方へ到着。
わずかに乱れた息を整える為に呼吸を数回、思考をクリアにしてから平静を保ち前方を見ると、
そこには予想した通りに国を守護する憲兵隊や、表向きの実働部隊である六大教典隊員がいた。
実戦経験に乏しい憲兵を、六大教典の隊員や隊長が緊急措置として動かしているようだが、
突然の出動に指揮系統が混乱している様子が目に見える。ニグンは已む無しと、自身の表向きの
立場を使用することを決め、大慌てに手足を動かす兵士たちの前へと足を運んだ。
「各員傾聴! 私は、法国魔法庁長官補佐のニグン・グリッド・ルーインである!」
自身の隊員たちへ命令を伝達するときのように、ドスを効かせた声色で統率無き兵達を一喝し、
全員の視線と注目を一手に引き受けた頃合いを見計らい、伝わりやすいよう区切りつつ話す。
「私も現着したばかり故、事態の詳細な状況報告が欲しい! だが今は時間も切迫している。
よって、憲兵隊を三つに分け、西門と東門の守護に二つ、一つは私の指揮下に入ってもらう!
六大教典の諸君、この場にいる部隊は? ふむ、よし。ならば教典は各隊長命令を待て!」
瞬く間に部隊を切り分け、それぞれに役割を与え、指揮権の継承問題も考え部隊を場に残す。
的確かつ迅速な判断と対応に、場慣れしていない憲兵はただ首肯し、配置場所へと急行した。
西門付近の監視塔の真下に移動したニグンと残りの憲兵隊は、事態の状況把握が必須と考えて
塔内から国の外周を監視している警護兵を呼びつけ、何が起きているのかを口早に尋ねる。
「私は法国魔法庁の長官補佐のニグン・グリッド・ルーインだ。今、何が起こっている?
要点だけをまとめて簡潔に話してほしい。先程の轟音についても、詳細な報告をせよ」
「は、はっ! しかし長官補佐殿、我々も事態の把握が困難な状況となっておりまして」
「なに? 敵が攻めてきたのではないのか? どういうことか説明しろ!」
「い、いえ、その…………我々には判断しかねる事態でありまして」
ところが、どうにも煮え切らない返答ばかりで、肝心の情報が一向に出てこないではないか。
警備兵は交代制で国の外側を見張る職務のはずだ。もしや仕事を怠けていたのかと邪推する
ニグンであったが、今は言及している間も惜しいと舌打ちし、もう一度声を荒げて問い質す。
「判断は私がする。君は状況の報告をせよ。いいか、何が起きているのかを話せ」
「ひっ! か、かしこまりました!」
つい先程兵達を統率した時よりさらに低い声色で語り掛け、あまりの鬼気迫るソレに恐れを
なした警備兵は、責任や事務報告の形式などを丸投げし、ただ自分が見た事実を口にした。
「数分前、突如として西方に広がる砂漠地帯から、法国西門の砦に攻撃を受けました!」
「ふむ。それで、敵の数や特徴は? 騎兵や魔法詠唱者の部隊は見られたか?」
「いえ、それが、相手は………他国ではありません。人間では、ありませんでした」
「何だと‼ ならば、亜人共か!? 愚物共めっ………それで、数はどれほどか!」
攻撃してきた敵が人ではない、つまりは亜人種であると見切りをつけたニグンは激昂する。
彼もまた人類至上主義者の一人であり、人ならざる亜人は絶滅して然るべきと信じて止まぬ
狂信者の類である。彼の左頬の古傷は、亜人の村を守ると語ったアダマンタイト級冒険者の
一団に付けられた忌まわしいもので、回復魔法で治せるものを敢えて残し遺恨としていた。
それほどまで苛烈に人外を毛嫌う彼の怒りに縮こまり、警備兵は報告を途絶えさせてしまう。
そのことに気付いたニグンは、眉間に皺を寄せ、怒りをそのままにがなり立てた。
「数はどれほどかと聞いている‼」
「はいっ! 我々が観測した数は、さ、さ、三………」
「三? 三百か、三千か。もしや三万もの軍勢が押し寄せてきたか!?」
「三、体、です」
「____________なんだと?」
ニグンの表情が怒りから呆然ヘと移り変わった直後、法国に文字通り激震が奔った。
ソレはふと、目を覚ました。
空いた腹を満たそうとする食欲が起こしたのではなく、もっと直接的かつ外的な要因からだ。
己が視界の上半分を覆い尽くすほどの巨大な二振りの角を持ち上げ、ソレは頭を揺り起こす。
主に頭部から背部に沿って尾先までに届く甲殻同士が擦れ合い、生物から聞こえるはずのない
重低音を発生させるが、ソレの異常なまでに発達した聴覚は別種の音をいくつも捉えていた。
自然界におけるヒエラルキーにおいて強者であると自覚するソレは、目を見開きある事に気付く。
___________ここは何処だ?
全体重のうちの三分の一を誇る頭部をもたげ、視界の届く範囲を見渡すも、見覚えが全くない。
自身が寝床とするのは、広大な砂漠にぽっかりと口を開けた大空洞の奥底なのだが、今まさに
照りつける陽の光を浴びていることから地上だと確認できた。ならば、此処は何処なのだろう。
見覚えの無い景色に、来た覚えの無い場所。これらの不一致がソレの生存本能を強く刺激し、
そのことがソレの内にある生物としての感覚を鋭敏にさせたことで、ソレは何かを察知できた。
___________この音は何だ?
ソレの頭部にある巨大な角と襟巻きによって隠れているが、些細な音ですら聞き分けられる程の
知覚領域を有する聴覚に、目覚めてからずっと響いてくる音がある。ソレは目を細め耳を澄ます。
やがて遠方から伝播してきたのは、重い足音に咆哮。微かだが、弾く音に断末魔も聞こえてくる。
しかし、それだけだ。ただ遠くから音がするだけである。ソレの関心を引くほどのものではない。
絶対の強さを誇るソレは、だからこそと言うべきか、縄張り意識が他と比較にならぬほどに強く、
何かの間違いで足を踏み入れただけであれ、一切の容赦も慈悲もなく全力を以て鏖殺してきた。
即ち、裏を返せば己の領域外の事であれば無関心となる。強者としての余裕と慢心もあってか、
自身よりも強い存在に縄張りを奪われることはあまり考えていない。だから今回も関係ないと。
傲慢さあふれる判断で、聞こえ続ける音の出どころから興味を失ったソレは、再び耳を澄ます。
どこかで聞いた覚えのある
___________何をしている
既知の音に戸惑っていたソレだったが、己の視界内を堂々と闊歩(闊泳)する存在を視覚と聴覚の
双方で認識した直後、思考が血の如き真紅に染まり、殺意が血脈を巡り本能を研ぎ澄まさせる。
正確に言えば、そこはただの砂海の一角であり、それだけの場所である。だが、寒暖差の激しい
砂漠で熾烈な生存競争を生き抜き、圧倒的な力によって同族すらも砂に還したソレにとっては、
自らが体を休めた場所から見渡せる範囲の全てが、己の領域であり縄張りに他ならなかった。
分を弁えずに強者たる己が眼前を過ぎ去る蛮行を、全身全霊を以て償わせる決意を固める。
___________逃がすものか
微睡みの中から立ち上がり、こちらの存在に未だ気付かず砂の中を遊泳する愚か者に対して、
ソレは宣戦布告するかの如く咆哮を轟かせた。あまねく大地に知らしめるように、強く長く。
この世の生物が発せるとは思えぬ声量が、砂の海を波立たせて動かし、地の底から揺るがす。
聴覚が不調か不能でなければ確実に聞こえる大咆哮によって、やや離れて砂中を進んでいた
巨大な生命体もソレの存在に気付き、自らがしでかした行いを理解すると同時に逃走を図った。
図体の大きさならば砂中のソレも引けを取らないのだが、単純に彼我の戦闘能力の歴然たる差を
よく分かっていたが故の逃走だった。だが領土を侵されたソレは、だからこそ闘争を望んだ。
敵が大慌てで遠ざかるのを音で察知したソレは、二本の大角と両翼の中ほどから伸びる太い爪で
足元の砂地を掘り出し、体を滑り込ませるようにして体色とほぼ同じ色の砂海へと潜航する。
地上にいた場合では、自重によって動きが鈍り、なおかつ周囲から絶え間なく聞こえ続けている
風や石の音などから情報の取捨選択を迫られる。砂の中ならばこの問題のほとんどが解決できた。
むしろ砂中は(ソレ自身は知らないが)水中とさほど変わらない音の伝達速度なので、同様に進む
存在の探知もまた容易くなっているのだ。ソレは人間でいうクロールに似た動きで距離を縮める。
時間にして十数秒の間だったが、生死を懸けて繰り広げられた自然界の生存競泳も終着が近づく。
___________終わらせてやろう
着々と互いの間にあった距離を詰めていったソレは、己の必殺の間合いに敵を捕捉した瞬間、
そこからさらに速度を上げていき、砂の海を文字通りに切り裂く勢いで諸共に急浮上する。
二振りの巨大な角は敵の腹部を確かに抉り貫き、一面が乾ききった砂漠にあるまじき極彩色の
体液を噴き上げさせているが、お構いなしに頭部を三度ほど強く振るって吹き飛ばした。
支えであった角の拘束が解かれ、慣性の法則をそのままに表と裏で体色が異なる巨体が宙を舞い、
彩度が濃厚な血飛沫をぶち撒けながら巨体は壁に激突し崩壊。領地の侵入者は瓦礫に埋もれて
四肢をバタつかせているが、どうにも傷が深いらしく時折苦しげな悲鳴交じりの鳴き声が漏れる。
不埒者を始末したことで気分を良くしたソレは、そこまできて周囲の様子に今更気が付いた。
「な、んだ、アレ___________」
「ば、ばばば、化け物………」
「神よ。いと尊き土の神よ、どうか怒りを御沈めください! どうか!」
先程吹き飛ばしたヤツが倒壊させたものは、自然にできた岩の壁などではなく、もっと不自然な
構造をしている。おまけにその近くには、これまたどこかで見覚えのある矮小な生物が数多く。
どれもみな同じような姿をしているのを見ると、集うことでしか生きられぬ脆弱な種なのだと
理解が及び、取るに足らないと興味を失った。つまらぬとばかりに視線を横にずらしたソレは、
同じようにこちらを見つめている存在を知覚した。そしてほぼ同時に、ソレが何かを理解する。
___________お前も、敵か
眼前で威嚇行動のために体を揺すり出したソレの体は、己とは異なる材質の分厚い甲殻に覆われ、
しかし機動性を阻害することの無い形状と、発達した両足と突起状の殻に守られた頭部を持つ。
己と同じくたった二本の足だけで自重を支えながら、最大の武器が突進であるという共通点が、
互いの存在をよりつまびらかにしてしまう。目の前で吠える獣は、叩き潰さねばなるまいと。
生物としての感覚が、目前の存在に対してのみ集約していくのを感じ、戦意に満ちた声を鳴らす。
そうして闘争本能が最高潮に達しようとしていたまさにその瞬間、予想外の横やりを入れられた。
「牽制し合っている今こそ好機だ! 各員、神への信仰心を見せるときは、今である!」
「「「「おおぉぉおおおおぉおお‼‼」」」」
予期せぬ鬨の声がすぐ足元から響いてきて面食らうソレらは、けれど確かに意識を割いていた。
矮小な下等生物であると戦いの幕から除外していた存在が、雄叫びと共に明らかな敵対行動を
こちらに向けていることも遅まきながらに理解する。雑多な下等種と侮った生命の群れたちを、
巨躯に見合わぬ小さな瞳に焼き付けたソレら。どこか既視感ある姿形が、己が天敵を想起させた。
声を荒げる極小の生命たち_____________その手に握るは生物の死を重ねた絶命の剣。
猛り狂い歯向かう生命たち_____________その手が放つは生物の命を焦がす滅殺の焔。
遥かに小さく弱い生命たち_____________その身を覆うは生物の骸を束ねし暴虐の鎧。
ソレは思い出す。強者たる己が恐れる、唯一無二の存在を。数多の命を狩る悪鬼羅刹の姿を。
ソレは思い出す。強者たる己を震わす、弱肉強食の具現を。無数の死を生む悪鬼羅刹の姿を。
だからこそ、彼らの闘争本能は燃え滾り、生存本能がかつてないほどに燃え盛り出した。
___________
大自然の中で生きる獣は、生きる為に命を狩る。それは、その命を自身の糧とするために。
縄張り争いや雌の奪い合いなどで結果的に命を落とすこともあるが、それもまた生きる為だ。
基本的に野生とはそういう場所である。誰もが生きる為に他の命を奪う狩りを是とする。
弱肉強食の内の弱肉にあたる被食者たちも、死にたくないという生存本能に突き動かされて
生き延びる為に逃走する。逃げ延び、生き延びる為の進化までして、彼らは生き延びるのだ。
そう。断じて、
生存の為に殺戮を行う思考を持つ生命は、獣とは呼べまい。
仮にもし、そのような危険な思考回路を宿す生命体が生まれたとするならば。
ソレは最早、
「い、いったいコレは、何だ………? 我々は、ナニと戦っている!?」
たった二分前に号令を下した者とは思えぬほど、弱気に満ちた発言をするのは、戦傷を持つ男。
彼は現場に居合わせた部下達を規律正しくまとめ上げ、突如として現れた謎の巨大生物たちに
立ち向かう闘志を燃やし、絶好の隙を窺って攻め入った。攻撃を仕掛けたのは、こちらのはずだ。
けれど、現実は残酷であった。
その男ニグンは、工作部隊・陽光聖典を任されるだけの実力があり、実戦経験も豊富である。
現状の人員のみで発揮できる最高の陣形を立て、【
手駒とする魔法を詠唱できる者は砦に留まり、詠唱出来ない者は武装させて突撃。召喚した天使は
武装した兵達の援護に当てさせ、さらに上位の魔法を詠唱できる者は魔法攻撃部隊に任じた。
ニグン自身は、召喚した天使を強化する『タレント』という才能を持つため、上級天使を召喚する
【
完璧な作戦だったことは否めない。統率がまばらな兵と訓練不足の魔法詠唱者の混成部隊を、
彼は戦えるだけの即戦力として立派にまとめ上げていた。しかし、成果一つ挙げられなかった。
「長官補佐殿! あの魔獣、我々の魔法が通用していないのでは!?」
「バカを言うな! 尊き六大神が授けてくださった魔法に不可能はない!」
「し、しかし…………」
「信仰心が足りんのだ、たわけ‼ 第三位階の召喚魔法も使えぬ時点で、戦力不足なのだ‼」
砦で待機しながら第二位階の召喚魔法で天使を召喚した部下が、ニグンを前に泣き言を漏らす。
彼の言う通り、前線でありったけの魔法を放っているようだが、一向に怯む素振りなど見られず、
それどころか魔獣たちの身振り一つで逃げ遅れた兵士が次々に、乾いた砂漠に潤いを与えている。
染まっては消え、消えては染まっていく赤いオアシスを作り上げ、なおも魔獣は止まらない。
苛立つ感情が抑えられないニグンだが、仕方がない。彼もまた、人間らしい人間なのだから。
それでも職務を放棄せず、自らが生まれた祖国を守るべく、恐怖を噛み殺して抵抗する姿勢を
示している時点で、彼は勇士であり戦士であった。最も、彼の評価など役に立たないのだが。
段々と前線で戦っている兵の数が減っていき、このままでは防衛線の瓦解も有り得るとニグンが
悲観し始めたその時、彼らが立て籠もる砦の真横にある瓦礫の山が、音を立てて動き始めた。
「何事だ‼」
「ちょ、長官補佐殿! 先程砦前の防護壁を吹き飛ばしたヤツが、見当たりません‼」
「何だとォ!?」
瓦礫の山の変動に一早く気付いたニグンは、すぐ近くにいた警備兵からの報告に怒号を飛ばす。
「何故放置していた! 拘束魔法や状態異常の魔法で、動きを封じられただろうが‼」
「む、無理です! 我々は第二位階魔法の詠唱すら困難で、だから警備兵に」
「御託はいい、弱卒共め‼ 魔力が限界を迎えた者は、すぐさまこの事を報告に迎え!」
「承知しました!」
「前線で戦う者たちにも【
無能な部下に対して怒りを吐き捨てながらも、現状の把握と適切な指示を同時にこなしては、
自身も脳髄にまで刻んだ魔法の内のいくつかを詠唱し、魔獣に向けて放つ。やはり怯まない。
巨大な二本角を振り回して荒ぶる魔獣は、潜航と突進で天使諸共に兵士たちを粉微塵に砕き、
もう一方の頭部を厚い殻で覆った魔獣は、ひたすら突進を繰り返しては砂に死の跡を刻み続ける。
二体の恐ろしい蹂躙を目の当たりにして、砦内に残って天使を召喚しては突撃させるを延々と
続行している比較的優秀な隊員は、ただ安堵していた。自分はまだ、安全地帯で良かったと。
そんな人間らしい感情を抱いた彼を、彼らが信奉する六大神とやらは、助けなかった。
「うわぁ! く、くぅ!」
「地震か!? こんな時に!」
「__________違う! 退避だ、総員今すぐ跳べぇッ‼」
眼前で繰り広げられる鏖殺を止めようと抵抗する彼らの足元が、不意に猛烈な揺れを起こし、
直立を保てなくなるほどの激震と成って猛威を振るう。魔法を詠唱中だった者は舌を噛み、
体勢を崩した者はそのまま転げていき、魔獣の激闘の渦中へと落下して真紅の花を咲かせた。
ニグンはこの急激な地震の発生源を勘で突き止め、その場にいた部下達に命令を下したが、
早急かつ誰もそれどころではなかった為か、彼の命令通りに逃げ延びたのはわずか五名のみ。
砦の中にいた二十余りの兵士たちがどうなってしまったのか、ニグンは青褪めた顔を向けた。
「な、な……………なんという、ことだ‼」
そこにはもう、砦など無かった。あるのはそこに砦があったことを思わせる、瓦礫の山だけ。
人も、建物も、何もかも跡形も無くなっていた。数秒後、砦跡地に巨大な影が差し込んだと
思った直後、けたたましい着砂音と共に、巨大な魔獣が砂の大海へと舞い戻ってきていた。
「呑んじまったってのか。アレが、全部?」
「長官補佐殿、我々は、夢を見ているんですよね? そうですよね?」
「……………冷静になれ。これが、現実だ」
そう口にしたニグンだったが、彼自身もまだ受け入れ切れていないほど、衝撃的な光景。
考えられるだろうか。一匹の魔獣が口を大きく開き、半ば倒壊していた砦を丸呑みにして
しまった、などと。言葉で表しても荒唐無稽な内容でしかないが、それこそが現実だった。
そしてその現実を、事実を認めてしまったからこそ、ここにきてニグンの心は折れた。
「__________各員傾聴。我々は、神話の世界に生きる魔獣と相対してしまった」
「ちょ、長官補佐殿? 補佐殿、お気を確かに!」
「これは神々が、我々人類が生きるに値するかを見定める試練である! 総員、突撃!」
「お待ちを! 残っているのは我ら含めて十名にも満たず、このままでは全滅の可能性も」
「我らが信仰心を神に捧げるのだ! これは無意味な死ではなく、誇りある殉死である!」
その場に生き残った誰もが、ニグンの瞳に宿った狂気を察していた。
しかし同時に彼ら自身もまた、彼の命令に従い神のおられる天上の世界へ旅立つことを
夢想してしまい、身動きが取れなくなっていた。死にたくない、けれど殺されたくない。
激情と慟哭が一つの体の中でひしめき合う最中に、場違いな少女の声が通り抜ける。
「なぁんだ。六色聖典の一角と言えど、この程度なのね」
「そ、その声は___________〝絶死絶命〟か!?」
絶望的な状況下において、ただ一人その声の主を一方的に知っていたニグンだけが、
まるで天からの助けが来たとばかりの希望に満ちた反応を示す。顔を上げ、確信した。
ニグンの視線の先に舞い降りたのは、彼が予想した通りの人物であり、人外であった。
左右の眼の色が黒と白に分かれたオッドアイに、それらと対照的な色合いになっている
白と黒の長髪を揺らす、血と臓物で溢れかえる戦場には不釣り合いな、法国の切り札。
彼女こそ、スレイン法国の最奧に眠る神器を守護せし最強の戦士〝絶死絶命〟である。
人知を超える神々の血を引いている「実在する現人神」たる彼女は、重要な国の防衛線を
圧倒的な力で破壊しつくした怪物達を横目で見やり、至極残念そうに溜息を吐く。
「私よりも強ければ誰でもいいとは思ってたけど、あんな魔獣の子を孕めるかしら?」
本当に心の底からそう思っている彼女の発言に、周囲は困惑し、ニグンは顔をしかめた。
あまりの強さと来歴から国の最高戦力の地位に就いているが、見ての通りの破綻者で、
自分より強い者との子を授かり、育て上げた子供と殺し合うことが生きる目的だという。
そのような、二重の意味での化け物の力を借りねばならないのは業腹ではあるのだが、
今や国の存亡が危ぶまれる事態故に、手段は選んでいられない。意を決して彼は語った。
「法国最強と名高き神の末裔よ。どうか、その御力で国を御守りください」
「…………弱い奴の言葉に従う気は無いけど、あの魔獣には興味あるなー」
「で、では!」
「いいよ。望み通り、何もかもメチャクチャにしてあげる!」
言葉を最後まで言い切るより早く、黒と白の髪をたなびかせる壊れた少女は晴れやかな
笑みを浮かべて、たった一人で魔獣たちが激突する死の饗宴へと飛び込んでいった。
彼女の視界に映るは、狩るか狩られるかの世界を生き抜いた、生存競争の体現者。
「____________遊びましょう! どうか、すぐに壊れないでね‼」
グォォォオオオオオオォォオオオォオオオ‼‼‼
そこから先を知る者は、誰一人として存在しない。
人類の永久なる繁栄を願い続けた宗教国家に、冒涜的なまでの獣性に満ちた怪物が現れ、
そこにある全てを破壊せん勢いで蹂躙を続け、その音は七日七晩止むことはなかったという。
かつて、とある世界で同じように猛威を振るった恐ろしき獣たちがいた。
二本の角を持つ荒ぶる魔王_______________【角竜・ディアブロス】
分厚い頭の殻を持つ征服者_______________【土砂竜・ボルボロス】
砂塵に紛れる極彩色の隠者_______________【潜口竜・ハプルボッカ】
そのように呼ばれ、畏れられていたソレらは、どこからともなく現れて法国に襲来。
理由も無く、原因も不明なまま、彼らは目につく総て悉くを力によって壊して砕いた。
人の、人による、人の為の世界を謳っていたかの国に訪れた、神の試練か魔皇の遊びか。
砂海に浮かぶ蜃気楼の如き魔獣とのその後は、まるで砂上の摩天楼のように謎に包まれている。
いかがだったでしょうか!
久々に書いたので、これまで上に質が暴落してしまっております。
ですが筆が止まる事がなかったことが、何よりの救いですかね。
これからも不定期ではありますが、この作品を楽しみにしてくださる
皆様の為にも、できる限りの執筆と更新に励みますので、どうぞよろしく。
あ、モンハンワールド買いました。楽しいです(血反吐
それではまた、不定期更新される次回をお楽しみに!
ご意見ご感想、並びに質問や批評など募集しております!