自宅までの道のりを器用にりんごを食べながら走る優吾。
翠はその後ろを懸命について行く。
翠とぶつかった辺りまで戻って来たところで優吾はあることに気づいて足を止めた。
翠はすぐ後ろをピッタリついて来ていたので急に止まった優吾に危うくまたぶつかりそうになるも、寸前で踏みとどまる。
「そういえば、このまま一緒に走ると俺の家に向かっちゃうけど、川奈はどうする? この後何か予定があるなら川奈の家まで送っていくけど」
「あ、えと……今日は特に用事はないけど、橘くんは?」
「俺も特に用事ないから日課終わったらいつも通り家に帰るつもりだったよ。汗流したいしな」
「そっか、そうだよね……」
せっかく会えたのだからもう少し一緒にいたい。
そんな気持ちがあっても、翠の性格ではとてもじゃないがそれを口に出すことはできない。
そんな気持ちを察したわけではないと思うが、考えなしの優吾から衝撃の一言が飛び出て来た。
「良かったら家寄ってくか?」
「ふぇっ!?」
驚きすぎて変な声を出してしまう翠。
優吾は反対にキョトンとしているが、この場合の反応としては間違いなく翠のものが正しい。
「あ、あの、家族の人にご迷惑なんじゃ……」
「ああ、俺一人暮らしだから大丈夫だよ」
「ふえぇぇぇぇぇっ!?」
余計に大丈夫ではない。
もちろん優吾にやましい気持ちなどないのだろうが、それにしたって女の子からすれば警戒はするだろう。
翠も例に漏れず警戒はしたものの、優吾への信用とまだ一緒にいたい気持ちが勝ったようで、優吾の申し出を受けることにした。
「じゃあ……お邪魔します」
「おう、そうと決まったら行こうぜ」
まだ顔の赤みはひかないものの、走っていく優吾に置いて行かれないように、翠は後を追って走り始めた。
(男の子の家かぁ……)
生まれてこのかた彼氏など出来たこともなく、仲のいい男の子もおらず野球漬けだった翠にとっては当然同年代の男子の家に行った経験などない。
歩みを進めるにつれ緊張は増していき、優吾の家に着く頃には翠の顔は湯気が出て来そうなほどに赤くなっていた。
「着いたー。って、顔真っ赤じゃないか! 大丈夫か?」
「だ、大丈夫……です」
「そう……か? ならいいんだけど。とりあえず上がりなよ」
「あ、はい。お邪魔します」
築10年ほどの小さなアパート、【竹の子荘】の一室、102号室に二人で入っていく。
六畳一間のバストイレ別で小さなキッチンがついている。一人暮らしならば十分な間取りの102号室。
部屋の中心には昔の漫画で出てくるようなちゃぶ台が置いてあり、優吾は傍らに置いてあった座布団をひいて翠をそこに案内した。
「お茶淹れてくるから、ちょっと待ってて」
「あ、どうぞお構いなく」
「はは、同級生相手にそんなかしこまらなくても」
「あ、そ、そうですよね! すみません」
どうにも緊張は解けていないようだ。
優吾がキッチンへと消えた後も、翠はソワソワと落ち着かない様子でいた。
「あ……」
ふと、部屋の片隅に置いてあった写真が目に止まる。
一つは優吾の昔の仲間、あかつき中学のチームメイトと写っている写真。その傍らにはぶっきらぼうな表情をしている猪狩守の姿もある。
もう一つは、幼い男の子と幸せそうな男女が三人で写っている写真。
その写真を手に取った時、丁度優吾が部屋に戻ってきた。
「お待たせ」
「あっ……」
写真を持ったまま固まる翠。
それに気づいた優吾は照れ臭そうにポリポリと頭をかいた。
「あー、恥ずかしいもん見られちまったな」
「あの、ごめんなさい」
「いや、謝るほどのことじゃないけど」
「真ん中に写ってる男の子は橘くん……ですか?」
「うん、そうだよ。確か五歳くらいの時の写真だったと思う」
「じゃあこの人達は橘くんの……」
「うん、父さんと母さん。まぁ、もう死んじゃってるんだけどね」
こんな小さい頃の写真が飾られていることから薄々そうなのではないかと考えていた翠だったが、本人からハッキリと言われてなんとも言えない気持ちになる。
「あ、気にしないでくれよな。もう五年も前のことだし、今は橘の家に引き取ってもらって一人暮らしまでさせてもらって不自由なく暮らせてるんだし」
「一人暮らしは高校に入ってから始めたんですか?」
「そうそう、色々とチャレンジしてみたくてさ、俺を引き取ってくれた人は母さんのお兄さんで俺にとってはおじさんに当たる人なんだけど、おじさんに頼んでみたらこのアパートを借りてくれて、オマケに毎月最低限の生活費まで仕送りしてくれてるんだ。流石に申し訳ないから落ち着いたらバイトでも始めて少しづつ返して行こうとは思ってるんだけどね」
「一人暮らし、大変じゃないですか?」
「まぁ大変じゃないって言ったら嘘になるかな。俺不器用で料理とかも出来ないから毎日の食事とかけっこう困るし」
「あ、あの、良かったら……」
「ん?」