翌日の昼休み、優吾は野球部員獲得の為隣のクラスを訪れていた。
教室に入り、キョロキョロと辺りを見回す優吾。すると窓際の席で本を読んでいる目的の生徒を見つけた。
「よう、久しぶり! 俺のこと覚えてるか?」
窓際で本を読んでいた瓶底メガネの生徒に声をかける優吾。
瓶底メガネの生徒はその声に反応して顔を上げると、その瞬間驚愕の表情を見せた。
「た、橘くんでやんすか!? ななななんでこんなところにいるでやんすー!?」
「なんでって、ここの生徒だからに決まってんだろ。久しぶり、元パワフル中学の矢部くんだよな? 何回か試合したことあんだけど覚えてる?」
「もちろんでやんすよ。あのあかつき中学の正捕手を忘れるわけがないでやんす」
矢部明雄。パワフル中学の不動の一番バッターとして活躍した足を武器に戦うリードオフマン。
優吾の記憶では投手があの猪狩だったこともあり打撃が凄かった印象はないものの、センターとして広いグラウンドを走り回る走力と打球に食らいつく根性は印象に残っていた。
「覚えててくれたなら話は早い。なぁ矢部くん、この日の坂高校で一緒に野球をやらないか?」
「……野球部を作るんでやんすか?」
「ああ、俺の他に三人メンバーがいる。矢部くんが入ってくれれば五人、後は顧問の先生さえいれば正式に部の申請ができるんだ」
「なんでそこまでして日の坂高校に入ったでやんすか? 橘くんならあかつき大付属はもちろん、帝王や西京にだって行けたはずでやんす」
「みんなそう言うけどさ、それじゃつまんねぇだろ? 強いとこに行って野球やるよりもそいつらと敵として戦える方が絶対楽しいと俺は思う。だからここを選んだんだ」
「自分で作ったチームで強いやつらを倒す……でやんすか。ゲームみたいな話でやんすね」
「おう、楽しいよなゲーム」
「ぷっ、そうでやんすね。確かにゲームは楽しいでやんす」
笑いあう二人。
優吾は大抵の人間とすぐに打ち解ける。人柄ももちろんだがコミュニケーション能力が非常に高く、相手を観察し対応する能力もある。
所謂キャプテンシーと呼ばれる、扇の要、チームの軸となる捕手に最も求められるそれを優吾は持っているのだ。
「おいら、足だけしか取り柄がなくて、全然打てなくて、高校じゃ通用しないと思って野球部がないこの高校を選んだでやんす」
「でも取り柄としてあげるってことは自信があるんだろ? その足にさ。自信を持って取り柄だと言える足、俺はその矢部くんの足が欲しくて声かけたんだよ」
「おいらなんかを欲しいと思ってくれるでやんすか?」
「なんかとか言うなよ。中学の試合で見ただけだけど矢部くんは足だけじゃなくて守備も上手い。打撃だって外野に飛ばせるパワーはあるんだからミート力を鍛えれば一級品になると俺は思ってるぜ」
「……おいら、本当は野球を諦めたくないでやんす」
「野球楽しいよな! 一緒に甲子園目指そうぜ!」
「誘ってくれてありがとうでやんす。よろしくお願いするでやんすよ!」
こうして日の坂高校に五人目の部員が加わった。
高校生離れしたスイングスピードを持ち、野球センスの塊でもある友沢。
走攻守三拍子揃った巻風。
本格派アンダースローの翠。
俊足のリードオフマン矢部。
そして扇の要でチームの主軸である優吾。
日の坂高校野球は今日、本格的に始動する。