実況パワフルプロ野球〜あの夏を目指して〜   作:北条恋

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第2話

--四月--

 

今日は待ちに待った高校生活始まりの日。

 

元あかつき中学校の正捕手、橘優吾は日の坂学園の入学式、クラス分け後のホームルームの後、下見の為にグラウンドに足を運んでいた。

 

今年からの新設校である日の坂学園の教育方針は『生徒の自主性を高める』

 

部活動についても学校側が定めた規定人数である五人を集めて担任教師に申請を出せばすぐに設立が可能だ。

 

体育などでも使う為だろう。見たところ練習器具が十分とは言えないが、幸い野球用のグラウンドは校庭の半分を使って作られている。

 

優吾はグラウンドの端から端までを見て回ったところ、その一角、授業で使うのであろうネットに向かってボールを投げ込む人影に目を止めた。

 

「なんだ、やっぱりいるじゃないか。野球やりに来てるやつ」

 

猪狩に大見得を切ってあかつきを出て来たものの、やはり不安がないわけではなかった優吾は同志の存在を認めて一つ安堵する。

 

しかし、とりあえず声をかけようと人影に近づいていく度に、優吾の表情は曇っていった。

 

その人は明るめの茶髪を背中の辺りで一つに結んでおり、身長は平均に比べてかなり低い。細い腕に細い足。顔はまだ幼さの残る所謂童顔で、スカートが風に靡いてヒラヒラと……

 

(……女の子じゃん)

 

つい最近、女子選手の正式な野球大会への参加、プロ野球への加入が認められてから野球をやる女の子が増えてきていることは優吾も理解している。優吾の身近にも野球をやっている女の子の知り合いは数人存在する為、見たことがないわけでもない。

 

けれど、増えてきているとは言ってもやはり珍しいものは珍しい。

 

目の前の少女に至っては、その体格は女子の平均を下回る。男子と比べればもってのほかだ。

 

野球部に勧誘できそうな生徒が早々に見つかったのはいいが、男子に混ざってちゃんとプレーができるだろうか。

 

そんな優吾の不安は、すぐに解消されることになる。

 

「…………よしっ!」

 

ネットに当たったボールを拾い上げた後、少女は先ほどよりも少し離れて立ち、構える。

 

(約18メートル。この距離はまさか……)

 

そう、それはまさにピッチャー、キャッチャー間の距離そのもの。それが意味するものは一つ。

 

少女はその小柄な身体など感じさせないくらいに、大きく振りかぶる。

 

そして、ステップと共に、今度はその身体を深く沈み込ませた。

 

(あ、アンダースロー!?)

 

身体を深く沈め、地面を抉るかの用な軌道で降り抜かれる腕から放たれるボールは、そのまま地面を滑る用に飛翔し、大きくネットを揺らした。

 

その瞬間、優吾に衝撃が走る。

 

気づいた時には、優吾は更に少女に歩み寄り、パチパチと賞賛の拍手を贈っていた。

 

「!? ひゃうっ!?」

 

優吾に気づいた少女はビックリして可愛らしい声をあげる。その姿はとても先ほど豪快なフォームでボールを投げていた少女のものには見えなかった。

 

「あー、驚かせちまってごめんな。向こうからあんたがボール投げてんのが見えたから、ちょっと気になってさ」

 

「あ、あの、えっと……ごめんなさい」

 

突然深く頭を下げ出した少女に、優吾は困惑する。

 

「いや、なんで謝るのさ」

 

「その、私、女の子なのに野球……してたから」

 

「はぁ? なんでそれで謝るんだよ。別に女が野球やってたっていいじゃねぇか」

 

「でも、中学校の時は、野球は女がやるスポーツなんかじゃないって、みんなに怒られて……」

 

次第に、涙ぐんでいく少女。

 

どうも、優吾と話したことによりあまり思い出したくないことを思い出してしまったらしい。

 

(女子選手が認められたとはいえ、やっぱりまだそういう男女差別はなくなってないんだな)

 

「それに、私、下手くそだから--」

 

「それは違う!!」

 

「ひえぇぇぇっ!?」

 

「あ、ごめん」

 

つい大きな声を出してしまった優吾に完全に怯えてしまった少女。もう泣き出す寸前だ。

 

瞳に涙を溜める少女を見て少し怯むも、優吾は怒鳴らないようにと自分を落ち着かせてから踏み込んだ。

 

「俺は橘優吾。あんたの名前は?」

 

「川奈翠……です」

 

「なあ川奈、俺と一緒に野球部を作らないか?」

 

「え……」

 

翠は絶句する。

 

目の前のこの人は何を言ってるんだろう。

 

川奈翠は小学三年生の時に入ったリトルリーグから中学校を卒業まで、六年間野球をやってきた。

 

しかしその六年間、翠はチームの誰かから必要とされたことがない。理由は単純。翠が女性だからだ。

 

女に野球ができるわけがない。そう決め付けたかつてのチームメイト達は揃って翠を邪魔者扱いしてきた。そんな環境でも野球を続けてこれたのは、単に野球が好きだったからに他ならない。

 

だというのに、目の前のこの男は--

 

「さっきのアンダースローからの投球は見事だった。あそこまで深く沈むアンダースローは同世代じゃあ見たことがない。あの姿勢からストライクになるボールを放ることができるのは、しっかりと走り込んで体幹を鍛えている証拠だ」

 

--この男、橘優吾は翠の投球を見た上で、それを認めてくれている。

 

「俺はキャッチャーやってたんだ。あー、つまり何が言いたいかって言うとだな……」

 

(私は……ずっと……)

 

「……お前の投げる球に惚れたんだ。俺と、バッテリーを組んで欲しい。お前には才能がある。俺が保証する! 約束する。俺が絶対にお前を甲子園優勝投手にしてやる! だから……」

 

(私はずっと……私のことを必要としてくれる人を探していたんだ)

 

大粒の涙を一つグラウンドに落とした後、翠は初めて笑顔を見せて言った。

 

「よろしくお願いしまひゅっ!!」

 

「…………」

 

盛大に噛んだ。

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