優吾はマウンドの友沢にサインを出す前に少しでも雪歩の実力を探ろうと一瞥する。
(足が速いのは走力テストで確認済み、加えて左打ちか。単純に考えれば足を生かして出塁するタイプのバッターなんだろうけど……)
雪歩の身長は部の誰よりも低く、150㎝ちょっとといったところ。腕も細くパワーがあるようには見えない。
(シニアでやってたからには実力はあるんだろうし、その自分の実力に自信もあるんだろうけど……)
女性であるが故にあかつき中学の野球部に入れなかったとはいえ、硬式野球のシニアリーグに挑戦するのは多少なりとも自分に自信がなければ出来ないことだ。
軟式に比べ危険は増すし、何よりシニアリーグとはいち早く硬球を扱い高校野球への準備ができる場なのだから。
(そういう意味じゃあ新設で野球部がない日の坂を選んだのは腑に落ちないけど……何はともあれ、速水の細腕じゃあ友沢のストレートには力負けすんだろ)
高さは真ん中ベルトの辺り、やや内角に優吾はミットを構える。
強打者にとってはホームランコースだが、これはあくまでテストであり、友沢のストレートなら多少甘く入っても捉えるのは難しい。
友沢は特に首を振る事もなく、優吾のミット目掛けて腕を振るった。
(……マジかよ)
瞬間、打者である雪歩を観察していた優吾が驚きの表情を浮かべた。
友沢がボールを放つと同時に雪歩は右足を大きく後方に振るった。
『振り子打法』とあるメジャーリーガーが得意としていた独特の打撃フォームである。
右足の大きな振りによって勢いを付けた雪歩のスイングはコントロールの乱れによって内角ギリギリに厳しく入ってきた友沢のストレートを捉え、快音を残してファーストの頭を越えていった。
『ファール!』
ライナー性の当たりは惜しくもラインを割ってファール。
しかしこれにはマウンド上の友沢はもちろんマスクを取って打球の行方を目で追った優吾も驚きを隠せない。
「すっげぇな……振り子打法なんてどこで覚えたんだ?」
「んー、秘密だよー。ほら、私って見ての通りちっこいからさー、キミら男子と違って色々と工夫が必要なわけよ」
振り子打法のメリットといえば何よりも振り子の勢いを乗せての飛距離強化にある。
その分無理な体勢からのスイングになるのでボールを芯で捉えるには相当なレベルのバットコントロールが必要になるはずなのだが、雪歩は130㎞オーバーのストレート、それもスイングが窮屈になりがちな内角に厳しく入ってきたたボールを腰の回転でライトファールゾーンまで弾きかえして見せた。
(舐めてたわけじゃねぇけど、正直想像以上の打撃センスだ。よし、そんじゃ次は外角低めで)
基本的には最も打ちにくいとされているアウトローに構える優吾。
それに頷いた友沢はワインドアップから2球目を投じる。
再び雪歩はそれに合わせて右足を大きく振るも、その体幹はまったくブレていない。
外角低めに構えたミットに向かっていく2球目、それを雪歩は右足で堪えてタメを作り、振り子の勢いを殺さずにコースに逆らわず流し打った。
カキィン!
綺麗な打撃音を奏で、ボールは三遊間へと転がっていく。
決して速い打球ではないが飛んだ先はヒットコース。例えショートが俊足で打球に間に合ったとしても雪歩の足なら内野安打になる。文句なしのヒットだった。
「オッケーだ! 速水、ナイスバッティング」
「おー、元あかつきのクリーンナップに褒められたー。お世辞でも嬉しいよ」
けらけらと笑う雪歩。
優吾のそれはもちろんお世辞でもなんでもない。それは当の雪歩もわかっている。
雪歩は翠と同じくリトルリーグから今日まで野球を続けてきた。
女性選手の公式大会参加が認められたとはいえ、高校野球において男女の体格差は大きい。
現に認められただけで今日まで女性選手の甲子園出場はもちろん、プロ野球入りも果たされてはいない。
そんな中で男子と対等に戦うべく、翠や雪歩は体格差を埋める為の技術を磨いてきたのだ。
その努力が形となった満足のいく結果を受け、雪歩の表情は綻んでいた。