入学式翌日の放課後、ホームルームを終えた優吾はグラウンドの片隅で待ち人を待っていた。
硬式ボールを弄びながら待つこと数分、校舎から走ってくる茶色のおさげが視界に入る。
「ご、ごめんなさい! 遅れましたっ」
「いや、気にするな。俺も今来たところだから」
デートのようなやり取りだが、待ち合わせの目的はそんな色っぽいものではない。
「えっと、勧誘頑張りましょうねっ」
「そうだな。一人じゃちょっと心細かったし、川奈が手伝ってくれるのは助かるよ」
「そんな、私も野球部の一員ですから、手伝うのは当然です」
「まだ部ではないけどな」
「あははっ」
昨日のビビり方はどこへやら、二人はあの後すっかり打ち解けた様子だった。
「とりあえず、まだ校舎に残ってるやつに声をかけてみるか」
「そうですね。野球に興味持ってくれる人がいるといいんですけど」
「できれば経験者が欲しいけど、贅沢は言えないな」
雑談を交えながら並んで校舎に入っていく二人。
何も知らない人が見れば付き合っているように見えなくもないが、重ねて言うがそんな色っぽいものではない。
「そういえば、川奈はどこの中学校に通ってたんだ?」
「芦田中学校ってところです。特に野球が強いわけじゃなかったから知らないと思いますけど」
「あー、うん。知らないや。ごめん」
「あ、謝らないでくださいよっ。そういう橘くんは?」
「俺はあかつき中学校出身だよ」
「………………」
瞬間、硬直する翠。そして……
「えぇぇぇぇぇぇえええぇぇぇーーー!?!?」
「うわっ、ビックリした」
鼓膜を突き破らんかという叫びをあげる翠。
優吾に宥められた後、なにがあったのかと周りの視線を集めていることに気づき、翠は恥ずかしさから頬を赤く染める。
「あかつき中って、あのあかつき中ですよね?」
周りを意識してか、隣にいる優吾にだけ微かに聞こえる程度の声で話す翠。
「同じ名前の学校が他にあるのかは知らないが、川奈が想像しているあかつき中であってると思うぞ」
「凄い野球の名門校じゃないですか……ま、まさかレギュラーだったり……」
「ん、ああ。正捕手だ。打順は三番打ってた」
「ひえぇぇぇぇぇっ!! ごめんなさーい!!」
「だからなぜ謝る!? それと俺が変な目で見られるからデカイ声を出すんじゃない!!」
「だ、だって、そんな凄い人だって知らなくて、私みたいな下手くそがバッテリーだなんて……ひえぇぇぇぇん!!」
「だー! 泣くなっ! 昨日も言ったけどお前は下手くそなんかじゃない! まだ発展途上ではあるけど、ちゃんと練習すれば一流のピッチャーになれる! 俺を信じろ!」
「ふぇ……ぐすん」
優吾の熱弁の甲斐あってか、次第に落ち着きを取り戻していく翠。
ただ、その代償として再び周りの生徒たちから注目を集めることになってしまったのだが。
「本当に……私でいいんですか?」
「何度も言わせんな。俺はお前の球に惚れたんだ。俺が必ずどこ行っても通用するエースピッチャーに育て上げてやる」
「……橘くんがそう言ってくれると、なんだか頑張れる気がします。えへへ」
「うっ……」
泣き顔から一変して笑顔に変わる翠を見て、優吾は赤面する。
コロコロと変わる表情はどれも思春期の男子の欲情を駆り立てるには十分過ぎる威力を誇る。要するに可愛いのだ翠は。
小柄で童顔。その笑顔には一片の曇りもなく純粋。かと思えば些細なことで涙ぐんでしまうくらいにか弱い。守ってあげたくなるタイプというのだろうか。
(落ち着け……川奈はチームメイトだ。チームメイトに変な気持ちになるなんて……)
優吾は深呼吸をしながら自分の中に湧いた邪な気持ちを落ち着かせていく。
そんな時--
(……ん? あいつは確か……)
廊下の先、十字路になっている通路を横切る男子生徒の横顔に優吾は見覚えがあった。
「川奈、ちょっと着いてきてくれ」
「ふぇ? あ、ちょっと待ってくださいっ。どうしたんですかいきなり」
「ちょっと見覚えのある奴を見かけたんだ。俺の見間違いでなければ……」
(あいつなら、日の坂学園の掛け替えのない戦力になる)