友沢に付いて歩いていった先にあったのは日の坂町の大きな公園。
天然芝の広いグラウンドがあり、休日は少年野球チームなどが貸し切って練習しているが、今日は平日のそれも日が落ち始める時間だったので先客はいなかった。
友沢はグラウンドに埋め込まれたホームベースの前に立つと、自分のバットを取り出す。
「肩を温める時間は必要か?」
翠に向かって問うが、緊張しているのか翠は答えることができない。
それを見かねた優吾が代わりに答える。
「サインの確認とかもしたいから、そうだな……十分くれ」
「……まあ、いいだろう」
待たされることに不満を感じたのか、友沢は少し顔を顰めるもそれに了承して素振りを始める。
強靭な手首が生み出すキレのあるスイングはバットが空を切る音だけで翠を震え上がらせた。
「む、無理だよ橘くん……私なんかじゃ絶対勝てないよぉ」
「そんな弱気になるなよ。大丈夫、友沢とは対戦したことがあるからあいつの弱点はよく知ってる。勝てるさ」
実際は中学時代に対戦した時は猪狩の高めのストレートを流し打ちで右中間に弾き返され個人的な勝負には敗北しているのだが、翠の不安を解消する為に弱点を知ってると嘘をついた。
「川奈のアンダースローから放たれる浮き上がるようなストレートはいくら友沢でも簡単には打てない。やり方次第では一打席なら十分に通用するはずだ」
「でも…………」
「頼む川奈。俺達のチームが甲子園に出場する為に友沢の力は絶対に必要なんだ。俺に力を貸してくれ」
「…………わかった。私、がんばってみる」
「ありがとう! それじゃまずは球種を把握しておきたいんだけど、川奈は何か変化球は投げれるのか?」
「一応、カーブとシンカーを……」
「へぇ、すごいな。独学で覚えたのか?」
「ううん、お父さんに教えてもらったの」
「お父さんは野球経験者なのか?」
「うん、ピッチャーだったから私もそれに憧れて始めたの」
「そうだったのか。ちなみにカーブとシンカー、自信があるのはどっちだ?」
「シンカー……です」
「それならそのシンカーを決め球に使おう。投球練習ではストレートを七球とカーブを三球の計十球。シンカーは隠しておきたいんだけどぶっつけ本番でも投げれるか?」
「投げれる……けど」
「じゃあそれで決まりだ」
その後、ストレート、カーブ、シンカーのサインを決めてからキャッチボールを始める二人。
十回ほど往復した後、優吾はホームベースの後ろに腰を下ろした。
「まずはストレートを七球だ!」
マウンドに登る翠に声をかける。
それに頷いた翠はワインドアップからのモーションで体を深く沈ませ、全身のバネを使って一投を放った。
地面スレスレを抉るような軌道から放たれたストレートはど真ん中に構えた優吾のミットに正確に吸い込まれ、バシッといい音を響かせる。
「……驚いたな」
バッターボックスから2歩外れた位置に立って投球練習を見ていた友沢から声が漏れる。
「高校一年でこれ程まで完成されたフォームのアンダースローが見られるとは」
「俺も昨日初めて見た時は驚いたよ。今の時代性別によるハンデなんてほとんどないんだってことも改めて実感した」
「フッ、これは俺も気を引き締めてかからないといけないな」
二球、三球と投げられるストレートにタイミングを合わせて素振りを始める友沢。
やがて予定のストレート七球が終わり、次はカーブ。
ストレートとまったく変わらないフォームから放たれた一球は途中で失速し、弧を描きながら優吾のミットに収まる。
(縦の変化が大きいカーブだな。裏をかけば十分空振りを取れる球だ。それに……)
ここまでの八球で優吾が感じた一番の手応え。それは翠の圧倒的な制球力。
ストレートもカーブも優吾が構えたミットに誤差一センチ程度の制度で収まっている。
(コントロールが良い投手ってのは捕手冥利につきるぜ)
その後の二球もしっかりと構えたところに投げ込んだ翠を見て、優吾は改めて翠と二人バッテリーとして戦っていこうと誓った。