十球の投球練習が終わり、友沢がバッターボックスに入る。
ゆっくりとバットを構える友沢から放たれる気迫に、マウンドにいる翠は体を震え上がらせた。
「川奈っ!」
そんな翠の様子を見てすぐに声をかける優吾。
肩の力を抜け。そう、視線で訴えかける。
緊張が完全に抜けたわけではないが、優吾のまっすぐ瞳を見て落ち着きを取り戻した翠は一つ息を吐いてからゆっくりをマウンドに足をかける。
そして、ついに日の坂バッテリー初の勝負が始まった。
優吾から翠へと一級目のサインが出る。
(準備時間を多めに取ってかなり友沢を待たせてやったからな。今の友沢は打ち気満々のはずだ。だからまずは緩いカーブでタイミングずらして空振りを取る。コースは外角低めギリギリに)
(外角低めギリギリにカーブ……うん、私は橘くんを信じて全力で投げるだけ)
翠は優吾のサインに深く頷いた後、大きく体を沈み込ませ、地面を抉るような軌道から全力で第一球を放った。
友沢はスイッチヒッターだ。
翠は右投げなので今は左打席に入っている。
そんな友沢から遠く離れた場所から外角低めギリギリのストライクゾーンへと入ってくる変化の大きなカーブ。それをーー
「フンッ!」
タイミングを崩されながらも右足で踏ん張り体のタメを残し、体の回転でレフト方向へと弾き返した。
「あっ!?」
マウンドにいる翠から思わず声が漏れる。
反面、綺麗な放物線を描く友沢の打球を目で追いながらも優吾は冷静だった。
(あのコースを初級からジャストミートか。やっぱり凄いやつだぜ友沢は……けど、タイミングは完全に外した。この打球は切れる)
優吾の、見たて通り、あわやホームランという友沢の打球は、レフト側ファールグラウンドのフェンスに直撃した。
「これで、ワンストライクだな」
「ああ……本番で、あのコースに投げ込める制球力。いい投手だな」
「当たり前だろ。俺が惚れたピッチャーだぜ?」
「……そういうこと、気軽に言わない方がいいぞ。勘違いさせてしまうかもしれないからな」
「??」
一つため息を吐き出してから、再びバッターボックスに入る友沢。
二球目……
(できれば一球目で空振りを取って川奈に自信を持たせてやりたかったけど、流石にそう思い通りにはやらせてもらえないか。なら、川奈の緊張をほぐすためにも二球目は捨て玉で)
(外角低め、ボールになるストレート……)
大きく振りかぶって、二球目を投じる翠。
ボールは優吾が構えたミットへと正確に吸い込まれていく。
「ボール!」
主審を務めている巻風が判定を告げる。
ボール一個分外に外れたコース。友沢はそれをしっかりと見極めた。
(選球眼もいい。ほんとセンスの塊だなこいつ。さて、本番になってもストレート、カーブ、どちらにも制球の乱れは出ない。制球力だけで言えば猪狩にも劣らないな。なら三球目はこれで)
優吾のサインは内角高め、ボールになるストレート。
高さは友沢の顔の高さ。制球を誤ればデッドボールにもなりかねないコースだ。
翠はそんな優吾の指示に一瞬たじろぐ。
(強打者に対してインコースでストライクを取りに行くのは危険だ。外角でストライクを取りやすくする為に仰け反らせる目的で放つ内角へのボール球。ここに投げ込めなけりゃ投手は務まらないぜ。川奈)
優吾の目は真剣だ。
そんな優吾を見て、翠も意を決してマウンドに立つ。
美しいアンダースローから放たれたボールは、先の二球と同じように、優吾のミットへと吸い込まれていく。
顔面スレスレを通る直球に対して、友沢も思わず身を仰け反らせた。
「…………ああ見えて度胸もある……か。フッ、面白い」
一つ笑みをこぼしてから構え直す友沢。
それをチラッと見てから、優吾は四球目のサインを出す。
(仰け反らせはしたが友沢の立つ位置は変わらない。ってことは友沢は俺がセオリー通り内角で仰け反らせた後の外角でストライクを取りに来ると思ってるはずだ。なら俺はその裏をかく。内角にストレート。それも……)
(内角に……遅いストレート?)
優吾が翠と決めたサインは四種類。ストレート、カーブ、シンカー、そして遅いストレート。
翠のボールには球威がない。よって必然的に緩急と制球に重点を置いたピッチングが必要になってくる。それ故の遅いストレート。球速差でタイミングをズラす投球術。
地面スレスレから放たれたストレートは外角へ踏み込んできた友沢の懐へ。友沢は裏をかかれながらも体を捻って対応するが、球速が遅い分タイミングが合わず打球は一塁側ファールグラウンドへと転がった。
これで2ストライク2ボール。