和菓子   作:見波コウ

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第十話(完)

 

 弘世さんに麻雀部に招待された日の夜。自室で一人考える。

 昨日、宮永さんと水族館でデートしたことが麻雀部の一部の生徒に知られてしまった。一部の生徒と言ってもおそらく部員全員に知れ渡っているだろう。

 携帯が震える。手にとって見てみると、友達からのメールで先日のデートの事についての真偽を確かめるような内容だった。麻雀部でもない男子に知られているのだから部員には知られていると考えた方がいいだろう。

 このメール以前にも似たようなメールが来ていたりもしている。さりげなく触れているものや、逆に深く聞いてくるようなものもある。

 大きく息を吐いて、どうしようか、と思案する。もともと、宮永さんと昼休み過ごしていることは多くの人が知っているので、「どういう関係なのか」「付き合っているのか」という質問は何度かされてきた。その度になるべく変に波風を立てないような答えを選んできたつもりだ。

 単純にそのときはまだ自分の気持ちに確信を持てていなかったのも理由だが、何よりも宮永さんに迷惑をかけたくなかったからだ。彼女は僕と同じ三年生。つまり、最後の夏の大会ということになる。もちろんそれで終わりというわけではなく、「国民麻雀大会」や「世界ジュニア」などがあるということは彼女から聞いていた。ただ、それでも彼女が今回の夏の大会に何かしらの思い入れがあることは察していたので、そちらに集中して欲しかったのだ。

 今になって思えばそんなことを理由にしながら、自分の気持ちと向き合うのから逃げていたのかもしれないのだけれど。

 結局、母さんにそそのかされて宮永さんをデートに誘い、その日の夜に色々考えて思い切っちゃおうと決めたために、当日に色々と張り切ってしまった。

 もう一度大きく息を吐いてから天井を見上げる。今日、大星さんがいくつか質問をしてきた。途中で弘世さんが止めに入ってくれたが、それでも今後宮永さんに質問する人もいるだろう。

 目を閉じて、また息を吐く。

 

「もう……言っちゃうか」

 

 僕だって人並みの感性は持っている。宮永さんが僕に対してどちらかと言えば好意的な感情を持っていてくれているとは思っている。それが僕の勘違いだとしたら目も当てられないが。

 

「放課後、いや昼休みかな」

 

 部活の前に呼び出すのは悪い、団体戦を想定した練習もしていると言っていたのだし、そうなると昼休みだろう。

 よし、と自分に活を入れて椅子から立ち上がる。決めることは決めた、もう寝よう。

 布団の中に潜り込んでゆっくりと目を閉じる。明日のことを考えると眠れないかもしれないと思っていたが、そんなことはなく、眠気がすっと自分を襲ってきた。それに逆らうことをせずに受け入れ、眠りの海へ沈んでいった。

 

 

 

 

 時計を見る。授業が終わるまであと少し。つまり、昼休みまでもあと少しだ。

 朝、宮永さんに昼食を誘われたときはとても驚いた。今日の昼休みに自分の気持ちを伝える気だったのだ。自分の中ではいつものように彼女と和菓子を食べる時間に、行動する気でいた。でも、昼食に誘われて断る理由なんてものはない。ほんの少しだけ考えたが、すぐに彼女の誘いを受けた。

 終業のチャイムが鳴り、先生が授業の終了を告げる。それを皮切りにクラスメイトが各々行動を始める。学食を食べに行くもの、友人と食べに席を離れるもの、みんな様々だ。僕も教材を片付けてから弁当箱を取り出し、それと一緒に紙袋も用意しておく。席を立ってから宮永さんの席を見る。彼女も弁当箱を机の上に出してこちらを見ていた。弁当箱と紙袋を手に持って彼女に近づき、声をかける。

 

「宮永さん、良ければなんだけど中庭で食べない?」

 

 彼女は自分の弁当箱を手に持って「うん、分かった」と返してくる。

 

「それじゃあ、行こうか」

 

 宮永さんと二人で中庭までの道を歩く。途中で彼女が口を開く。

 

「わたしもお昼を食べるなら中庭がいいって思ってた」

 

 そう言った彼女は自分の持っている弁当箱をキュッと自分の胸に抱き寄せた。

 

「そうなんだ、それは良かったよ」

 

 彼女の言葉にそう答えながら歩き続ける。中庭に着いて、いつも二人で座っているベンチに向かう。

 二人でほぼ同じようなタイミングで弁当箱を開けて「いただきます」と声を合わせる。

 何の気なしに宮永さんの方を見てみると、彼女は視線に気がつきこちらを見る。どうしたの? と聞かれるが、「いや、なんでもないよ」と答えてから弁当箱を見る。

 

「じゃあ、食べようか」

「うん」

 

 僕の言葉に返事をした彼女は弁当を食べていく。一口一口彼女を横目に自分の弁当を食べていく。

 ふと、宮永さんがこちらに向かって質問をしてくる。

 

「そういえば、神宮君のお弁当はお母さんが?」

「うん、そうだよ。宮永さんの方は?」

「わたしが作ってるよ」

 

 へえ、と答えてから彼女の弁当を見る。彩りも鮮やかで栄養バランスにも気を遣っているのだろうことが見てとれた。聞いたこと無かったけど家事出来るのかな、と一人で考える。

 その後も二人で話しながらも食事を進める。そして、僕は弁当を食べ終わり、宮永さんの弁当が残り少しになった頃に僕が彼女に言葉を投げかける。

 

「昼食、誘ってくれて嬉しかったよ」

「ほんとう?」

「もちろん」

 

 僕の答えに「よかった」と言ってから食べ終えた弁当箱を片付ける。そして、 宮永さんが僕の方を見て「じゃあ……」と言葉を繋ぐ。

 

「その、もし良かったら明日からも一緒に食べない?」

 

 そんなことを言われた僕は「そうだね……」と迷うような声を出した。質問の答えに迷ったのではなく、本来の目的のタイミングを見失っているような気がした為だ。

 とはいえ、予定を先延ばしにする気はなかった。一度決めたことを中止してもう一回やるのはなかなかに気力がいる。

 よし、と言ってからベンチを立つ。そして宮永さんの前に立つ。

 そんな僕の様子を見て宮永さんがこちらに言葉をかけてくる。

 

「神宮君? どうしたの?」 

「うん、ちょっとね」

 

 そう答えて彼女の隣をチラリと見る。僕が持ってきた紙袋が置いてある。

 それを確認してから、いったん深呼吸を挟む。不思議と緊張はしていなかった。

 

「聞いて欲しいことがあるんだ」

 

 

 

 

「聞いて欲しいことがあるんだ」

 

 そう言ってきた神宮君の言葉をわたしは小さく復唱する。

 

「聞いて、欲しいこと」

「うん」

 

 その小さな声に返事をしてくれた彼としっかりと目を合わせ、そのまま話の続きを待つ。

 

「一昨日、宮永さんと一緒に水族館に行ったよね」

 

 そう言った彼はこちらを見て優しく笑った。

 

「実は、その前からもしかしたらって思いはあったんだけど」

 

 神宮君は目を閉じて軽く息を吐き出してから、目を開いてわたしをジッと見つめてくる。自分の心臓が音を立てているのが聞こえた。これから彼が何を言うのか、言葉までは分からないが、それでもどういうことを言おうとしているのかは予想がつく。

 少し沈黙を挟んで彼がとうとう口を開く。

 

「宮永さん、君と一緒にいると楽しい。もっとたくさんの時間を一緒に過ごしたい。」

 

 だから、といったん言葉を区切り、最後の言葉を言う。

 

「――僕と付き合って下さい」

 

 そう言われて心臓の音がさらに大きくなる。反射的に胸を押さえる。胸の内から暖かい気持ちが溢れてくるが分かる。胸に当てた手に熱が伝わってきているような気がした。水族館に行った時よりももっと幸せな気持ちになっている自分を自覚して、自分だけ幸せに浸っているわけにはいかない、と彼をしっかりと見つめる。

 しっかりと応えなければ、わたしの気持ちも彼に伝えなければ。そう思うが自分の気持ちをまとめた言葉が出てこない。

 

「わたしも、一緒に……いたい、です」

 

 言葉を詰まらせながら出た言葉は本当に簡素なものだった。それでもわたしの気持ちは伝わったようで、わたしの言葉を聞いた彼は「よかった」と言ってから息を漏らす。

 そして、いつもよりぎこちない足取りでわたしの隣に腰を下ろして小さな声で言う。

 

「最初は緊張してなかったんだけど、途中から一気に緊張が来てね。いや、本当に良かった」

 

 小さい声だけど、はっきりと聞こえた。「ハハハ……」と自嘲的な笑いが漏れていた。

 座っている彼とわたしの間を見てみると、 彼の右手が手のひらを上にしてベンチの上に投げ出されている。それを見て、わたしも頑張ろうと思い行動を起こす。

 ゆっくりと自分の左手を彼の手のひらに乗せる。

 

「宮永さん?」

 

 神宮君がわたしの名前を呼ぶが、それに答えずに指を一本一本絡めていく。

 初めて手をつないだときとは別のつなぎ方。小説やドラマで見たことがある恋人つなぎ。なぜだろう、同じ手をつなぐ行為なのに今の方が凄く幸せな気持ちになる。

 彼がしっかりと握り返してくれたことに気がつき、彼との距離を少し縮める。

 

「すごく、嬉しかった」

 

 今の本心をありのままに言葉にした。

 すると、神宮君がわたしを呼んだ為に、彼の方を見る。

 

「宮永さん、ありがとう。初めて話したあの日ここに来てくれて」

 

 その言葉を聞いて、そうだ、ここで彼と初めて話したんだ、と思い出す。ここで彼と話さなかったら今はこうなっていないんだ。そう考えると、あの日に神宮君が居てくれて良かったと思う。だからわたしもこう返そう。

 

「神宮君、ありがとう。初めて話したあの日ここに居てくれて」

 

 そうして彼の肩に自分の頭を預ける、あの日の電車内でのように。一つ違うのはわたしたちの手のつなぎ方だけ。

 そして、目を閉じる。今日はこのまま寝てしまってもいいかもしれない、そんなことを思った。

 

「いいのかい? 和菓子を食べなくても」

「うん、今日はこのまま」

 

 そう言って握っている手に少し力を込める。彼もそっか、と言ってこちらを握り返してくれる。

 暖かい日差しの中、わたしたちは手を握ったまま目を閉じる。心地よい暖かさ、そして何よりも幸福感と安心感に包まれながら、思う。

 目を覚ましても彼が隣にいるだろう。それがこんなに安心できることだとは知らなかった。

 まだ昼休みが終わるまでは時間がある。そんなことを考えながら、ゆっくり、ゆっくりと眠りに落ちる。

 

 

――ありがとう、あの日来てくれて。

――ありがとう、あの日居てくれて。

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