「……なぜ裸?」
PCを起動すると、ビデオメッセージが届いているのに気づく。差出人は……ククイ。えっと、誰だったろうか……。
いくら頭を回してみても、思い当たる人物はいない。
とりあえず、クリック。画面には上半身裸で、その上に白衣を着た男が現れる。まっさきに浮かんだのは、なぜ裸なのかという疑問。
『あれ? これ、もう始まってる? ……アローラ! 初めまして、ボクはククイ! アローラ地方で博士をやってるんだ。君はポケモンを——』
クリック。メッセージを閉じる。ここまででもう内容がわかった。どうせよくある、『この世界にはまだ知らないポケモンが……』とか、『君の冒険が……』とかいった話だろう。そんな話、スクールで耳にたこができるくらい聞かされている。今更、聞くまでもない。
それはそうと、ククイ博士。そう、そうだ。これから引っ越す、引っ越し先の地方でポケモン博士をやっている人。この間彼がカントー地方に来た際、彼のバトルを見た母がアローラ地方のポケモンに触発された。おかげで引っ越しである。
いきなりの引っ越し。まあ、別に構わない。引っ越し先でも今までどおりに過ごすだけだから。スクールに通い、勉強に励み、いつかポケモンリーグを制覇する。
PCを閉じ、椅子にもたれかかる。
「どーしよ。暇だ」
やることがない。もうすぐ引っ越しのために飛行機に乗るのだから、特にやれることはない。本でも読もうか。いや、今持っている
「これでも読もうかな……」
机の上に置かれた、パンフレット。引っ越し先のアローラ地方のパンフだ。向こうの名所がいくつか紹介されている。
パンフレットを開いてみての感想は、田舎。けれどその分、自然は豊かそうではある。
そのパンフレットを流し読みしていると、ある事実に気づく。
「……え? この地方、ポケモンリーグがないの?」
いや、それどころではない。ジムすらないらしい。どこでどうやって腕試しをすればいいのだ。
急に体がカビゴンになったような気がした。何一つ、物のない部屋。もう、ここに残ることはできない。しかし……。
「ミヅキ。そろそろ時間よ」
「今いく!」
ミヅキ。そう呼ばれた少女は、パンフレットをバッグのポケットに折りたたんでしまうと、家の外へ。外では、アロハシャツを着て、もうすでに南国気分の母親が待っていた。
「楽しみね、アローラ地方」
「……うん」
「ニャースもそう思うわよね?」
「ぬにゃあ!」
母のポケモン、ニャースが返事をする。しかし、アローラ地方のどこがいいのだろうか。ジムも、リーグもない。自然ばっかりの、ど田舎。あんな田舎の、どこが……。
「うぇっ、気持ち悪い……」
船から降り、透き通った海面に映る青ざめた自分の顔を見る。飛行機での移動による時差ボケが治らないうちに、船での移動で船酔い。最近、俺の勤めている研究所は実はブラックなのでは、と思い始めた今日この頃。
ハウオリシティ、ポートエリア。アローラ地方の4つある島——いや、今はあの人口島を合わせて5つだったか——の1つ、メレメレ島の中心都市、その港である。
海底に見えるサニーゴたちに手を振り、立ち上がる。いつまでもここでうずくまっているわけにはいかない。ここには仕事で来ているのだから。
「あっついなぁ……」
着ていた白衣を脱いでトランクの中にしまい、中に着ているワイシャツの袖をまくる。ネクタイはとっくのとうに外している。クールビズである。
ついでにモンスターボールからお初——最初のパートナー、グレイシア——を出す。
「お初、暑いから冷風を頼むよ」
グレイシアには周りの空気を冷やす力がある。それを利用すれば、ポケ力冷房だって可能なのだ——が。
「……」
キッとお初に睨みつけられる。長い付き合いなので、彼女の言いたいことはわかる——暑いのに、わざわざそんな理由で出すな。そう言っている。
「頼むよぉ〜、おは——いたっ⁉︎ いた、痛い⁉︎ ちょっと、お初⁉︎ 誰もつぶては頼んでないから!」
明らかに不機嫌なお初をボールに戻す。やはり彼女は気まぐれだ。激レアなマラサダ、マボサダがあれば確実に手加減をしたこごえるかぜあたりを吹いてくれるのに。
今回このメレメレ島に来た理由。それは、ククイ博士という人にとあるポケモンの捕獲及びある物品の受け取りを頼まれたから。つい先日まで、オシャレな地方でそのポケモンの捕獲に精を出していたわけである。おかげで時差ボケかつ船酔いであり、気分は最悪。仕事だから仕方ないと言ってしまえばそれまでなのだが。
ククイ博士。彼はこのアローラ地方におけるポケモン研究の権威である。彼の専門領域は"技"。英語にすると"move"。聞いた話によると、自らポケモンの技を受けてその威力・効果について検証するのだとか。初めてそれを聞いた時に思ったのは、なんだ、俺にもできそうじゃんってこと。まあ、そんなに甘いもんじゃないのはわかっているけれども。
そんなククイ博士の頼みをなぜ俺が引き受けたか。実は、上司のバーネット博士からの圧力である。何を隠そう、2人は夫婦なのだ。ちなみに子供はいない。思春期男子代表としては、営んでないのだろうかなんて思ってしまう。
話は逸れるが、3ヶ月前。彼らの元に、1人の少女がやってきた。2人はまるで、その女の子を自分たちの子供であるかのように大切にしていた。
しかしまあ、あれから3ヶ月だ。思っていたより、時が経つのは早い。
あの日。3ヶ月前、雪国から帰国した直後。空間研究所前の砂浜に、1人の女の子が降ってきた。比喩ではない。本当に、物理的に、空に開いた穴から降ってきたのだ。
白い帽子に白いワンピース。これまた白いハイソックスに、やはり白いドラムバッグ。そしてそれらと同じように白い肌の女の子。まるで人形のように可愛く、か弱く、どこか不思議な彼女の名前は——
「ユキさん? ユキさんですよね?」
ハウオリシティから歩くことしばらく。町の外れで声をかけてきた女の子。その細い右腕で風に飛ばされないよう帽子を押さえ、もう片方の腕で大事そうに肩にかけたドラムバッグを抱える女の子。
彼女が、リーリエ。そう、3ヶ月前に空から降ってきた女の子。
「ユキさん、ああ、ユキさん!」
リーリエがこちらへと駆け寄ってくる。淡い彼女の金髪が太陽の光を受けて煌めき、少し眩しく感じる。普段はお嬢様然とし、どこか大人っぽい少女だが、嬉しそうにはにかむその姿は年相応といった感じがする。
「久しぶりだな、リーリエ」
「はい。あの、向こうはどうでしたか?」
「はは、まあまあかな……」
向こう。なんだか酷い目にあったとしか言えない。金髪のポニーテールの女の子に追いかけ回されたりしたのだ。初めて会ったのにも関わらず。しかも、不良たちがたくさんいる場所での活動だった。あそこにはもう二度といきたくはない。アローラ地方のならず者集団なんてめじゃないくらい、怖い集団だった。
「ところでリーリエ、ポケモンを持ってないんだろ? いいのか、出歩いて」
「ユキさん、この辺の地理には詳しくないのですね。ここからリリィタウンまでは草むらを通らずに行けるんです」
そうだったか。リリィタウンなんて、はっきり言えば覚えていない。島巡りで1度行ったことがあるだけ。あそこには島キングがいるから、大試練を受けるために行く必要があったのだ。
「あっ、ユキさん。私、遺跡に行ってみたいんです」
「遺跡? どうして?」
遺跡とは、このアローラ地方の守り神"カプ"を崇め祀る場所のことだ。アローラ地方の人工島を除く4つの島にはそれぞれの守り神がいる。例えば、このメレメレ島にいるのはカプ・コケコというポケモン。図鑑によると、怒りっぽい性格らしい。人に手を貸すこともあれば、そうしないこともあるんだと。もしかして、うちのお初は守り神だったのか?
とまあ、そんな
その遺跡に行きたいとは、どうしたのだろう。読書家のリーリエのことだから、本でアローラの伝承か何かを読んで興味が湧いたのかもしれない。
リーリエ。見ての通り、その肌はここアローラ出身とは思えないほど白い。日に焼けていない。つまり、どこか別の地方出身なのではと思われるということだ。そうだとしたら、遺跡が見たいと言うのも不思議なことではない。
「実は、"ほしぐもちゃん"が遺跡を見たいそうで……」
「そっか、ほしぐもちゃんが」
ほしぐもちゃんが、か。あれは不思議なポケモンだ。昔島巡りをした時には、あんなポケモンには出会わなかった。
いや、もしかするとポケモンではないのかもしれない。何か、得体の知れない、謎の——
「いや、そんなわけないか」
「ユキさん? どうかしましたか?」
「ん、なんでもない」
ウルトラビースト。3ヶ月前のあの日、バーネット博士に教えてもらった謎の生命体。話によると、アローラ地方で古くから伝承として伝わる、ここではないどこか別の世界から来た生き物らしい。俺は初めて聞いたのだが。
それはともかく、問題なのはリーリエが空の裂け目から現れたということである。それはウルトラビーストと同じなのだ。
もちろん、リーリエがウルトラビーストだと言うつもりはない。疑いがかかっているのは——ほしぐもちゃんだ。
「それより、早いところ遺跡に行こう。この後、儀式があるんだろう?」
「どうしてそれを……?」
「情報通なんだよ」
「あれー? おかしいなぁ、ここで待ち合わせたはずなんだけど……」
目の前で、白衣を着た男が頭を抱える。今はこちらに背中を向けているから見えないが、実は白衣の下はステテコ一つ。非常に目のやり場に困る。
昨日。そう、昨日だ。母と母のニャースとともにここ、アローラ地方に引っ越してきた。新居はハウオリシティという大きい街の郊外にあるらしく、あたりには他の家はない。良く言えば静かな環境、悪く言えば過疎地。
そんな我が家から少し丘を登ったところに、リリィタウンという小さな村があるらしい。この半裸博士曰く、そこでポケモンをもらえるのだとか。
これはさすがに感謝している。博士も、その格好を除けば気さくで大変親しみやすい性格の人だということがわかったし、なかなかこの辺の人たちは温かい人が多いようだ。引っ越してきたばかりの人にもポケモンを手渡すなんて、普通はしないだろう。
御三家ポケモン。ある決まった年齢になった子供が、一般にそう仇名されている3匹のポケモンのうち、1匹を選ぶ。それがどの地方にも共通して見られる特徴だ。そしてその御三家ポケモンというのが、なかなかに貴重種なのだ。それゆえ、全員が全員ポケモンが欲しいからといってもらえるわけではない。
が、このアローラ地方では引っ越してきたばかりの人にあげられるほど、余裕があるそうで。
「うーん、遺跡の方にでも行ったかな……。ミヅキちゃん、悪いんだけれど、見に行ってくれないか?」
「わたしがですか?」
「頼むよ。入れ違いにならないために、ボクはここで待ってるから」
「……わかりました」
博士は指を4本伸ばし、ビシッと私に見せつける。
「4人だ! 4人の人物と、待ち合わせているんだ」
普通逆じゃないのか、と思った。第一、誰と待ち合わせをしているのかもわからないというのに、どうやって探せと。
しかしぐちぐち言うのもどうかと思う。こちらはポケモンをもらう身だ。わがままは言えないだろう。
村の中央には何かの儀式に使うのか、ちょっとしたステージになっている木の台がある。相撲の土俵のようにも見える。
そこからさらに奥の方に進むと、2つの石像に挟まれた道があった。
「遺跡に向かえってことは、ここを奥に進めば……?」
なんとなく不気味な感じのする道だ。曲がりくねっていて奥の方は見えないうえ、道の入り口にあるこの石像はどこか怖い。
けれど、遺跡に行かなければ。
ゆっくりと、先の見えない道を歩き出す。