「博士! 空から女の子が!」   作:からっぽ

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「誰にも言うな。絶対にだ」

 

 暗闇の中。先程までしっかりと抱いていたはずのバッグは見当たらない。いや、それどころか何も見えない。

 ここは——どこなのか。

 ほしぐもちゃんは? 財団の職員の人たちは? あの時の光は、いったい——?

 ふと、何か温かいものに肩が触れる。この感覚は……?

 

 

 

 

「ほしぐもちゃん!」

 

 リーリエのドラムバッグ——全体的に白く、モンスターボールの絵が描かれている——から、1匹のポケモンが飛び出した。

 ガス状の身体。星雲のようにキラキラと輝く、ほしぐもちゃんと呼ばれたそのポケモンはコスモッグ。

 コスモッグ。アローラ地方ではめったに目にしない、珍しいポケモン。その存在を認知している者すらほとんどいない。そう、だからほしぐもちゃんがむやみやたらに外に出るのはあまり良いことではない。だからこそリーリエは慌ててほしぐもちゃんを追いかける。

 

「ほしぐもちゃん、戻ってください!」

 

 リリィタウンから、その奥にある"戦の遺跡"に行くために通るための道、マハロ山道。山道には途中、吊り橋がある。谷を越える必要があるからだ。

 その吊り橋の手前まで来た時、ほしぐもちゃんがリーリエのドラムバッグから飛び出した。ほしぐもちゃんははしゃぐように飛び回り、吊り橋を1人で渡っていく。

 

「ほしぐもちゃん……あっ!」

 

 その時、空から3羽のオニスズメが現れた。彼らはほしぐもちゃんを見るなり、エサと判断したらしい。まっすぐ吊り橋めがけて飛び、橋の真ん中付近でほしぐもちゃんを取り囲む。彼らはほしぐもちゃんに近づいてはつつき、また離れるという攻撃を繰り返す。

 

「ぴゅう……」

 

 怖いのか、ほしぐもちゃんはその場から動けなくなってしまう。まずいな。このままだと巣に連れ去られてしまうかもしれない。または、オニドリルを呼ばれても厄介だろう。

 

「お初……は無理か」

 

 お初——俺のパートナーのグレイシア——のこおり技でオニスズメを追い払ってもらおうと思ったが、ダメだ。彼らはほしぐもちゃんに接近しすぎている。お初の攻撃では、ほしぐもちゃんを巻き込んでしまうかもしれない。それに橋が壊れてしまう可能性もある。それはお初以外の俺のポケモンたちにも言えることだ。

 

「ど、どうしましょう……」

 

 橋に足を入れかけて、リーリエは止まってしまう。無理もない。古いこの橋はあちこち破れかぶれのオンボロで、ちょっとしたはずみでも壊れてしまうだろう。ましてや、橋の真ん中にはオニスズメの群れ。リーリエのような女の子の足がすくむのもしかたない。

 

「俺が行くよ」

 

「お願いします」

 

 90度腰を曲げて頼み込むリーリエ。彼女の声は震えている。

 

「大丈夫。任せなって」

 

 その頭に、帽子越しに軽くポンと手を置いてから、吊り橋へと進む。

 一歩足を入れる。それだけで橋はミシミシと音を立て、ぐらりと揺れる。その瞬間、ある感覚が蘇ってきた。ぐらぐらと揺れるそれは、まるで——

 

「……うっぷ!?」

 

「ユキさん!?」

 

 揺れる足元。まるで船の上にいるかのようだ。ここにきて酔いが再び回ってきたらしく、喉元まで胃の中のミアレガレットがこみ上げてくる。やばい、このままだと吐きそう。

 橋のロープの手すりに掴まってそのまま動けなくなる。口を開くと吐いてしまいそうなので、心の中でリーリエに謝る。すまない、役に立ちそうにない。

 

「あっ、ほしぐもちゃんが!」

 

 そうこうしている間にも、オニスズメたちはほしぐもちゃんをつつきまくる。まずい。このままでは……。

 しかしどうしようもない。リーリエは恐怖から。俺は吐き気から。それぞれが、それぞれの理由で動けない。情けない話ながら。

 

「誰か……。誰か、助けてください……!」

 

 天に縋るように、リーリエが呟く。その声は震えていて、今にも泣き出しそうで。

 悔しさに唇を噛みしめる。——まただ。肝心な時に、何もできずに。大切な時に、どうしようもなく。力になることができず。何もしてやれず——。

 

「な、何これ……」

 

 その時だった。初めて聞く女の子の声が、山道の入り口側から聞こえてきたのは。

 

 

 

 

「な、何これ……」

 

 思わずそう呟かずにはいられなかった。それだけ、状況が混沌としていた(カオス)

 全身白い服に身を包んだ、フランス人形のような女の子。その子は今にも泣き出しそうな顔をしていて。

 ワイシャツにスラックスという、どこかの制服のような格好をした少年は、今にも吐き出しそうな青ざめた顔で吊り橋の入り口にうずくまり。

 その吊り橋の中央では、見たことも聞いたこともないポケモンが、カントーでも人気アニメで主人公を襲う悪役として名高いオニスズメの群れが襲っている。

 ——なんだ。この状況は一体全体なんなんだ。

 ククイ博士に、待ち合わせの相手を探すように言われた。遺跡にいるかもしれないと言われた。そこに続くと思われる道を歩いてみたら、ここにたどりついた。それでこの状況。

 

「え、えっと……」

 

「あの!」

 

 戸惑っていると、可愛い女の子が話しかけてきた。整った顔、綺麗な金髪。羨ましいと思うほどに彼女は可愛かった。

 

「ほしぐもちゃんを……ほしぐもちゃんを、助けてください!」

 

 女の子が、橋の中央にいる見知らぬポケモンを指し示す。ほしぐもちゃんというらしい。もちろん正式な名前ではないだろうが、今は他の呼び名を知らないので、そう呼ぶことにする。

 ほしぐもちゃんは星雲のようだ。紫色や水色のグラデーションに、キラキラとした星のような輝く何かを動くたびにふりまいている。おそらくこの名前(ニックネーム)も、そこからきているのだろう。

 しかし。

 

「助けてって言われても……」

 

「俺からも頼、っむぐ⁉︎」

 

 少年は青ざめた顔で口元を押さえる。この人はこんな吊り橋すらも渡れないのか。随分と臆病な性格のようだ。

 ここでふと、ある考えが思いつく。ククイ博士が探して欲しいと言っていたのは、この人たちのことではないのだろうか。そして、自分に渡す予定のポケモンとは、あのほしぐもちゃんとやら。

 いや、しかし。普通は御三家ポケモンと呼ばれる、3匹の中から選ばせる形式のはず。しかもその3匹は、それぞれくさタイプ・ほのおタイプ・みずタイプの3種類と相場は決まっている。

 タイプ。ポケモンにはそれぞれ、タイプがある。属性といってもいい。このタイプは全部で18種類ある。その中でも、フェアリーと呼ばれる新タイプが発見されたのは記憶に新しいはず。

 タイプにはそれぞれ相性がある。みずはほのおに強い、ほのおはくさに強い、くさはみずに強いといった具合に。そう、三すくみ。くさ・ほのお・みずの3タイプはわかりやすい三すくみを作れる。それゆえ、初心者トレーナーにプレゼントされる御三家ポケモンはこの3タイプから選ばれるのだ。

 しかし、あのほしぐもちゃんはどうみてもその3タイプに当てはまらない。強いて言うならみずタイプだが、たぶん違うだろう。

 いや、今はこんなことはどうでもいいことだ。目の前でポケモンがオニスズメに襲われている。周囲の状況を見るに、助けに行けるのは自分だけ。なら、行くしかない。

 祈るような目でこちらを見る女の子のそばを通り抜け。

 具合の悪そうな目でこちらを見る少年のそばを通り抜け。

 吊り橋に足を踏み入れると、ぐらりと大きく揺れる。とっさにロープの手すりを掴む。たしかに、これは怖い。なるほど、少年が怖気付くのもわからなくはない。そういう系が苦手な人なら、これは無理だろう。見た感じ、年齢も自分より2歳くらい上なだけだし、まだ可愛げのある年齢だ。男として頼りないことには変わらないが。

 一歩一歩、慎重に進んでいく。ところどころ板が外れていたり、なくなっていたりと随分とボロボロな橋だ。さすが田舎。

 ほしぐもちゃんに近づくにつれ、オニスズメの攻撃対象がほしぐもちゃんからこちらへと移る。最初は鳴いて威嚇するだけだったのが、次第に頭上を飛び回り始めた。逆に言うと、ほしぐもちゃんの周りにオニスズメはいなくなる。

 これを好機と見て、一気にほしくもちゃんのもとまで駆け寄り、庇うように覆いかぶさる。おかげで橋がかなり揺れ、後ろからは女の子の悲鳴も聞こえた。しかしなんとか橋は持ちこたえたようで、無事、ほしぐもちゃんの確保に成功する。

 しかし、状況は良くない。獲物を取られたと判断したのか、オニスズメたちはついに攻撃を加えてきた。とっさの思いつきで背負っていたショルダーバッグを盾にするも、いつまで耐えられるのかわからない。

 バッグの後ろから、オニスズメたちを睨みつける。3匹。みんながみんな、よってたかってわたしに襲いかかる。嫌いだ。嫌いなんだ、そういうやつらは。

 

「ぴゅう……」

 

 ほしぐもちゃんは不安そうにわたしを見上げる。

 

「大丈夫。わたしが守るから」

 

 ほしぐもちゃんに優しく言う。何を言っているんだか、と自分でバカらしくも思う。守るって言ったって、今のままでは防戦一方。どうにもならないのに……。

 

「ぴゅううう!」

 

「えっ?」

 

 しかし。急にほしぐもちゃんが光り始める。これは技か、それとも進化なのか。ほしぐもちゃんが何をしようとしているのかはわからないが、でも何かをしようとしている。

 

「ダメです、ほしぐもちゃん!」

 

 岸の方からは女の子の悲痛な声が聞こえてくる。しかし、ほしぐもちゃんは女の子の制止を聞かずに光り続け——爆発した。

 

「えっ、じばく⁉︎」

 

 思考の隙を与えず、その攻撃は広範囲に影響を及ぼす。オニスズメの群れは吹っ飛び、橋は崩れ落ちる。

 ほしぐもちゃんを抱えたまま、谷底へと落ちていく。岩肌のところどころ見える、浅い川だ。まだ水深があるならば、入る時のショックさえ乗り越えればなんとかなったのかもしれないが、これは無理そうだ。

 しかし思いもしなかった。まさか、引っ越してその初日に、死ぬ運命になるなんて。

 走馬灯のように、今まで読んだ参考書の内容が頭を駆け抜ける。ああ、バトルしたかったなぁ。理論だけは一通り調べた。あとは実践するだけだったのに、その暇もなく、この世界からサヨナラ——。

 

「カプゥーコッコ!」

 

 突然、空の彼方から聞こえてきた鳴き声。これもまた、聞いたことのないポケモンの鳴き声だ。

 上空を見上げる。3羽のオニスズメたちを電撃で蹴散らし、こちらへと飛んでくる黄色い鳥。印象的なトサカに、民族衣装のような摩訶不思議な紋様が描かれた殻型の翼。

 そのポケモンは谷底に絶賛落下中だった私をお姫様抱っこで抱きかかえると、岸まで上昇する。

 助かった。ポケモンの翼の中で、安堵の息がもれる。……まあ、はっきり言うと少しがっかりもした。初めてのお姫様抱っこがポケモンだなんて……。

 女の子と少年がいるところへわたしを下ろすと、見知らぬ鳥ポケモンはアクロバティックな動きでわたしたちから離れる。

 誰もが動かなかった。まるで何かの物語のような出来事、それの余韻に浸ることしかできなかった。

 黄色い鳥ポケモンはしばらくこちらを見つめていたが、やがてお礼を言うタイミングもないまま、飛び去っていく。橋の落ちた向こう側、遺跡の方へ。

 しばらく誰もが静止していたが、いつまでもそうしているわけにもいかず。わたしは抱きかかえていたほしぐもちゃんを放す。

 

「ほしぐもちゃん!」

 

 ほしぐもちゃんを放してやると、女の子が抱きついた。嬉しそうに、そのポケモンに頬ずりをする。

 

「ああ、良かった……」

 

「ありがとう」

 

「いえ。お礼ならわたしでなく、あのポケモンに」

 

 まだ少し顔が青い少年にお礼を述べられる。よく見てみると、そこそこかっこいい。まあ、さっきの鳥ポケモンと比べたらの話だが。

 少年はわたしと同じか近い地方の出身らしい。髪の色、目の色、肌の色からそうだと思われる。同郷の人がいると、少し安心する。言語がまったく通じないわけではないが、この地方の挨拶『アローラ』のように知らない言葉もままある。

 

「さっきのポケモンはカプ・コケコだな」

 

「カプ……? なんですか、それ」

 

「守り神だよ、この島の」

 

「あの」

 

 女の子がわたしの袖を引いた。手に何やら光っているものを持っている。

 

「ほしぐもちゃんを助けてくださり、ありがとうございました」

 

「いえ、そんな」

 

 実際にはあの鳥ポケモンが助けたようなものである。自分は、何も。

 

「これ……たぶん、あなたのでしょうから」

 

「ありがとう……?」

 

 渡されたのは、かがやくいし。見覚えはない。

 

「あの、これ、わたしのじゃ」

 

「いいんだよ。それはたぶん、カプから君への贈り物だろうから」

 

 女の子に返そうとすると、少年に止められた。どうやら、さっきの鳥ポケモンからのプレゼントらしい。しかし、ものをもらうようなことをした覚えはないのだが。

 

「その代わりと言ったらなんだけど——」

 

 少年はそう前置きして、わたしの両肩に手を置く。正面に立ち、真剣な表情で見つめられる。

 

「このこと、このポケモンのことは、誰にも言うな。絶対にだ」

 

 顔に息がかかるくらいの近い距離。そんな至近距離で、男子と見つめ合っている。次第に頬が火照っていくのを感じる。

 

「わ、わかりました」

 

「いいか。絶対にだぞ」

 

 しつこく念を押す少年。その茶色い目はまっすぐ、こちらの目を捉えている。肩を掴まれて、すぐそばまで顔を近づけるその状況はまるで——

 

「は、早く離れてください!」

 

 反射的に、右手が動いてしまった。

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