彼方の海の祈り唄   作:Senritsu

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※注意書き
この作品は以下のような特徴があります。苦手な方はお気を付けください。
・どちらかといえば人と人の物語であり、ポケモンと人との関係は少なめです。
・ポケモンバトルがありません。
・オリ主ではありませんがオリジナルキャラが出てきます。
・オリジナル設定が多々含まれています。かつその設定が重要な立ち位置を占めます。
・アニメの設定を用いています。

以上です。では本文へ進みます。


第1話 朝日と朝凪、漂着少女

 わたしが彼女を見つけることができたのは、本当に偶然のことだった。

 

 朝、未だにベッドから出ようとしない妹たちの代わりに朝ご飯を作るのはいつものことだったのだけど、その日はほんとうに早い時間に起きてしまって。――何か夢を見ていたような気がする。

 朝日がまだ顔を覗かせていないくらい早く起きるのは漁師のお父さんくらい。だけどその日のお父さんは遠くの沖まで漁に行っていて、前の日から戻ってきていなかった。

 朝ご飯を作るのはまだ早い。お父さんのお見送りも残念なことにできない。もう目は覚めてしまってもう一度寝ることもできそうにない。だからポケモンたちの朝ごはんをちょっとだけ豪華に作ってみようかな、なんて考えてもみたのだけど、そのときぱっと浮かんだ考えがとても魅力的だったから。

 朝から海で釣りしてみたら何か珍しいポケモンが釣れるかも? なんて。物音で起きだしてきたアシマリも一緒に、わたしは釣り竿を持って秘密の釣りスポットに走った。

 

 秘密の釣りスポットはわたしとククイ博士、あとマオたちだけが知っている小さな入り江のこと。アローラの海水浴場から少し離れたところにある。周りが入り組んだ岩場になっていて、ちょっと背の高い木が邪魔をして道路からは全然見えないから、行ってみないと全然気付かない。でも、誰も知らないぶん静かで魚やポケモンが良く釣れる。

 いつもなら海ライドポケモンのラプラスも一緒なのだけど、その入り江に海から行くのは少し大変なので今日はお留守番してもらった。まだ起きてなかったしね。

 

 もし大きな魚が釣れたら朝からお刺身にして妹たちを驚かせたい。なんて思いながらまだ薄暗い道を走る。途中で垣根を飛び越えて、脇道に逸れて岩の壁の隙間をするすると縫って、ヤシの林をその葉で切り傷を負わないように慎重に通り抜ければその入り江に到着だ。

 ここに来るのは少し久しぶりだったけど、Uの形に広がる砂浜と海に向かってせり出す岩礁、穏やかなリズムで打ち寄せる波も相変わらずだった。ここはずっとこうなのだろうな、とわたしはよく思っている。

 

 あの岩礁の先まで行けば海ライドポケモンに乗らなくても釣りはできる。そこまで走っていこうとしたわたしは、その相変わらずの景色を見慣れていたおかげで、それに気付くことができた。

 砂浜に何かが流れ着くのはいつものこと。だいたいはまた海が攫っていくから気にしないのだけど、そういうものとは違う、何か見慣れないものを見た気がした。一度すぐに視界から外してしまったそれを、慌てて引き戻し少し目を凝らして見直す。

 

 わたしはそこではっと口に手を当てて立ち尽くしてしまった。

 見慣れないもの。大きさとか形とか、そういうものじゃなくて、ここにそうやって在ってはいけいけない……そういうものだったから。

 

 ――人だ。波打ち際でうつ伏せに倒れている。

 

 小石や貝殻、植物の枝、あとちょっといやだけどゴミとか。そういう小さなものがちらほらところがっているなかに、まるでそういうものの一つだとでもいうようにその人は倒れていた。

 

 海にはもう毎日と言ってもいいくらい出かけているわたしだけど、こうやって人が倒れているところに出くわしたのは初めてだった。

 さざ波がその人の身体を洗っているのに全く動かない。これはひょっとしなくても、沖で溺れて気を失って波に運ばれて流れ着いたか、それとも――

 

「――っ」

 

 かたかたと足が竦む。けど、もし気を失っているだけだったら、助けてあげなくちゃ。腕の中で心配そうにわたしを見つめるアシマリをぎゅっと抱きしめて、わたしはその人のところへ急いだ。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 アシマリを連れてその人に駆け寄ったわたしは恐る恐る声をかける。でも

 

「……………」

「ぜ、全然動かない……」

 

 その人はうつ伏せに倒れたままぐったり。わたしの声に気付いた様子はなかった。

 本当にこの人は生きているのだろうか。そのことを考えると怖くてわたしの体まで動かなくなってしまいそうだった。ぶんぶんと頭を振ってその考えを頭から追い出す。

 まず、うつ伏せで倒れているから息をしているのかも全然分からない。幸いと言うべきなのか、その人の背はわたしと同じくらいだったので、身体を転がして仰向けにしてみようと腕に手をかけたところで気付いた。

 

「この人……裸だ」

 

 よくよく見ると、服らしいものは一切着ていないし靴も履いていない。ただ、手首の部分にだけ白い腕輪がしてあった。カキがつけているものに似ているけど、もっと簡単なつくりだ。そして、

 

「腕……あったかい」

 

 昼よりはいくらか冷たくなる夜の海。くるぶしに当たる少しだけひんやりとしたさざ波よりも、この人の手はずっと暖かかった。

 

「た、助けないと!」

 

 この人が裸ってことはこの際気にしていられない。わたしは多少恥ずかしい気持ちを振り払ってその人の腕を持ち上げた。私の腕から降りたアシマリも手伝ってくれて、その人を仰向けに転がすことに成功する。と、

 

「女の子だったんだ……」

 

 どちらかと言えば、男の子には見えない。

 私の髪よりもずっと深い青色の髪。私と同じでまだ大人になりきれていない輪郭、閉じられっぱなしの瞳と半開きの口。

 

「息は……あるみたい」

 

 口元に目と耳を近づけると、ほんのわずかにだけど胸が上下して呼吸をしているのが分かる。うつ伏せに倒れているときには気付かなかった。私はそれに気付いてすごくほっとした。でも、その顔には全然生気がない。身体にもたくさん傷跡があって血がにじみ出ているし、腫れているところもあった。気を抜いてはいられないみたいだ。

 

「どうしよう……」

 

 誰か人を呼んでこようか。島の大人の人たちは優しいから、きっとなんとかしてくれるはず。

 でも、誰かを読んでくるならわたしはここからしばらくの間は慣れないといけない。アシマリにお願いすればこの子を見ていてくれると思うけど、ここからわたしが離れることに不思議なくらいはっきりとした不安があった。

 その子の血の気がない頬を見て、わたしは決心した。不安な予感から逃げるのはきっとよくないことだから。わたしが背負って行けばいい。

 どこに連れて行けばいいかな……――ポケモンスクール、あそこがここからなら一番近い。まだ朝は早いけど、もしかしたらククイ博士がいるかもしれない。わたしの家には今妹たちしかいないから、わたしの家に連れていくよりもその方がいいはず。

 そうすると決めたら、急がないと。

 

 まず、アシマリと一緒にその子の腕を引っ張って砂浜の方に連れていく。そして私はズボンを脱いで、その子に着せる。私はズボンの下に水着を着ているから少し恥ずかしいくらいでいいけど、流石にこの子が裸のままで道路に出るのはダメだと思う。

 上の服はわたしも一枚だけだった。上に何か羽織っていけばよかったけど、仕方ないからこのままその子を背負うことにする。

 

「んん……しょ。よいしょっと……!」

 

 まずは彼女を座らせて、アシマリに支えてもらいながら腕をわたしの肩に回して背負う。アシマリが押し上げてくれたおかげでどうにかそのまま立ち上がることができた。

 

「お、重い」

 

 私と同じくらい背の子を背負ったことなんて、たまにマオがふざけて飛びかかってきたときぐらい。でも、ふらふらするけど歩けないほどじゃない。釣りで鍛えられているから、これくらいのことじゃへこたれないんだ。

 アシマリが心配そうにわたしを見つめている。わたしは「このくらいへっちゃらだよ」ってアシマリに笑いかけて歩き始めた。目指すはポケモンスクール。妹たちが不思議がる前に、早起きの人たちが登校してくる前にククイ博士のところに連れて行かないと。

 

 

 

 

 

「せ、先生。ククイ先生っ……!」

「ん、その声はスイレンか? アシマリが慌てて俺のところに来たから何事かと思ったが、いったい何が……!?」

 

 わたしがポケモンスクールまで辿りついたのは、朝日が顔を出して少し時間が経ったころ。流石のわたしも疲れて息が苦しくなってきたのを心配して、アシマリが走って先に知らせに行ってくれた。アシマリに引っ張られるようにしてポケモンスクールの玄関に出てきた先生は、わたしが背負っている子を見てはっと厳しい顔になる。

 すぐにわたしに駆け寄ったククイ博士は、「俺が抱きかかえる。そっと力を抜いてくれ」と言うと、バトンタッチ。その子をお姫様抱っこしてすっくと立ちあがった。

 

「とりあえず息はあるみたいだから医務室に連れていこう。悪いけどスイレンは校長先生を呼んできてもらっていいかな?」

「は、はいっ」

 

 たくさん走った後みたいに身体が熱くて苦しいけど、その子を背負っていた時より身軽になっている。ちょっと息を整えたあと、わたしはオーキド校長先生のいる部屋まで走った。

 

 

 

「ふむ……どうやら命に別状はないようじゃのう」

「ほ、本当ですかっ」

「うむ、息はちゃんとしておるし、深刻な怪我もない。少しばかりきつい栄養失調のようじゃが、なあに、命があっただけ儲けもんじゃナットレイ!」

「校長、こんなときにまでポケモンギャグはやめてください……」

 

 ククイ博士が呆れるようにため息をする。ワハハと笑う校長先生。その様子を見て、やっとわたしもこの子がちゃんと無事だということを受け入れられた。

 そのとき、急に目の前の景色が滲んだ。いつの間にか涙が溢れていた。はっとして慌てて腕で拭っても、涙はなかなか止まらない。アシマリがびっくりして私の肩に乗っかってほほをぺちぺちと叩いた。アシマリの手にわたしの涙が伝う。

 ククイ博士はそんなわたしの様子を見て「スイレン?」と声をかけてくれたけど、それっきり。校長先生もうむうむと頷くばかりで何も言ってこない。そうしてもらえて嬉しかった。なんで涙が出てきたのかわたしも分からなかったから。こんなこと初めてだった。

 

 ひどく安心すると泣いてしまうらしい。ぐす、と鼻をすすりながらようやく落ち着いてきた涙を腕で拭う。今まで何も言わずにいてくれたククイ博士がわたしに言った。

 

「さて、落ち着いてきたところで事情を聞きたい……ところではあるんだが、こんな時間にやってきたと言うことは学校に行く準備をなんにもしてないだろう? 一度家に戻った方がいいんじゃないかい」

 

 そうだった。はっとしてわたしは壁に立てかけられた時計を見る。もう妹たちも起きている時間だった。ククイ先生の言う通り、一度家に帰らないと。泣き顔のままなのはいやだから水場で顔を洗って……と考えていたらアシマリがいきなり水を吹きかけてきた。おかげで顔はびしょびしょに。でも怒るに怒れないし、先生たちは笑ってるしてわたしは恥ずかしさですぐにでも部屋から出ようとした。

 

「ちょ、ちょっと待った! その格好で家まで帰るのかい!?」

 

 ……すっかり忘れてた。

 

 

 

 

 

「へえー、じゃあその子はスイレンがここまで運んできたんだ」

 

 教室の椅子に腰かけて、興味津々と言った感じでクラスメイトのマオが言う。今は一時間目の授業の少し前、よく朝から出かけるカキ以外のみんなはもう学校に集まっていた。いつもよりずっと遅く、家から走ってやってきたわたしを珍しがったマオとリーリエがそうなった理由を尋ねてきたので、今日の朝の出来事を話したらけっこう盛り上がってしまった。

 

「気を失っていたとのことですが、その人は無事なのですか?」

「うん。校長先生が無事だって」

「それはよかった。その人はスイレンに感謝しなくてはいけませんね」

 

 マオと一緒に私の話を聞くリーリエはほっとしたように胸を撫で下ろすと、真面目な顔でそう言った。

 

「そ、そんなこと」

「そんなことあるよ! スイレンが見つけてくれてなかったらきっと大変なことになってたし、ここまで運んできたのもスイレンだし! つまりスイレンえらいっ!」

 

 マオがぎゅっと抱き付いてくる。マオのパートナーポケモンのアマカジもぽふぽふと私の肩をつつく。アマカジはいいけど、マオの抱き付きがちょっと苦しい……。

 

「っていうかさ、本当にスイレンってその子を一人で運んできたのか? ここまで?」

 

 訝しそうにそう尋ねてきたのは、マーマネ。いつものように机にキーボードを広げて何かしている。パートナーのトゲデマルは毛づくろいの真っ最中だ。

 

「そうだとスイレンが言っていたじゃないですか。何か気になることでも?」

「いやー。スイレンってやっぱりすごい力持ちだよな。おまえもそう思うよな、トゲデマル?」

「こ、こらっ! 女の子に向かってそんなこと言ってはダメです! そうは思っていても口には出さないのが常識です!」

「おーい、それはフォローになってないと思うなー」

 

 やっとわたしを開放してくれたマオがあきれ顔で言う。慌てふためくリーリエにみんなが笑っているところで、ククイ先生とカキが教室にやってきた。

 

「あ、おはようございます先生! カキも、アローラ!」

「ああ、アローラ」

「今日も配達のお仕事だったのですか?」

「いや、今日はちょっと別の用事でな。町の方に聞き込みに行っていたんだ」

「それってひょっとしてスイレンが連れてきた子の?」

 

 マオがそんなことを言うから、わたしももしかしたらと思ってカキの方を見る。カキは島の試練を突破したトレーナーの一人で、バトルに強いポケモンを何匹も仲間にしている。カキのパートナーの一匹であるリザードンはすごいスピードで空を飛ぶことができるので、島の人たちから配達の仕事を任されることがあった。でも、今日はあの子のことで飛び回っていたらしい。

 カキはちょっと気まずそうに目を逸らすと「言っていいことなのかね……」と口を濁す。でも、わたしがアシマリを腕に抱えたままじっとカキを見続けていたら、やがて観念したようにため息をついて話し始めた。

 

「あまり他の人には話すなよ。……マオの言う通り、スイレンが連れてきた子が何処かで探されていないか調べてきたんだ。町にはこの辺りのそういった情報が集まってくるからな」

「ふむふむ。それで?」

「結果はご察しの通りさ。それらしき情報は見つからなかった」

 

 やれやれと言った風にぼやくカキ。「町に行っても話題になっていなかったのは不思議ですね」とリーリエが首を傾げる。「ニュースにもなってないみたいだぞ」とパソコンで調べたらしいマーマネが言った。

 

「ひょっとしたら、まだ事情が掴みきれてないのかもな。まあ何日かしたら話題になるだろうさ。あの子も目を覚まさないし、落ち着いてるからまだいいだろう。……さてっ、今日の授業を始めるぞ! 皆席についてくれ!」

 

 ククイ博士がぱんぱんと拍手して話を切り上げた。今日はマオが号令係。「きりつっ、しせい、れい!」の掛け声に合わせて「よろしくお願いします!」とみんなで礼をする。ちょっと大変なことがあった朝だけど、こうやって普段の一日に戻れてよかった、とわたしは思った。

 




 読了ありがとうございました。次話にも足を運んでいただけると嬉しいです。
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