「あの子が目を覚ましましたよ!」
登校してきたばかりのわたしに息を切らして伝えにきたのはリーリエだった。あの子をわたしが拾って? きてから一週間が過ぎた日のこと。その知らせを聞いて、私もアシマリと一緒に急いで先日の女の子がいる部屋に走った。
「あ、スイレンも来た! おーい、こっちこっちー!」
「そんなに手招きしなくても分かりますから!」
先に登校していたらしいマオが、その子の部屋の入り口から顔を出してわたしたちを手招きしている。部屋に入ると、ククイ博士もいた。カキとマーマネはまだ登校していないみたいだ。
「お、アローラ。スイレン」
「アローラ。ククイ先生、その子が目を覚ましたって」
「ああ。ほら、御覧の通りだ」
ククイ博士は彼女が寝ているベッドに向けて目配せした。そこにはあのときよりもいくらか顔色が良くなってきた彼女が目を閉じて寝ている。いつもどおり眠っているように見えるけど……。わたしとリーリエがおっかなびっくり歩いていくと、その子の瞳がぼんやりと開かれた。
「あっ……」「わぁ……っ!」
口々に漏れ出る歓声。かれこれ一週間も目を覚まさなかったのでみんなそれなりに心配していたのだと思う。みんな初めて見るだろうその瞳は、深い緑色をしていた。
わたしたちの声に気付いたのか、その子の瞳が私たちの方に向いた。首もほんの少しだけ動いた気がする。まだあまり力が出せないのかもしれない。そして、目を開いてはいるけどどこを見ているのか分からなかった目の焦点が、ゆっくりと結ばれていく。
「んー?」「マネッ」「わ、私?」「おぉ」「しゃま?」
その子は、マオ、アマカジ、リーリエ、ククイ博士、アシマリの順に目を合わせた後(声で分かった)最後にわたしを見た。なんとなくわたしも、じっとその子を見つめ返す。
「あれっ、スイレンとだけにらめっこしてるよ!?」と楽しそうに言うマオを端目にじっと目を合わせ続ける。この子はわたしを見て何か思うところがあるのかな。ひょっとして、背負ってきたときにちょっとだけ目を覚ましていたとか。案外そんなことのような気がする。
「……あ」「また眠ってしまいましたね」
しばらくにらめっこを続けていたら、また彼女は目を閉じてすうすうと寝息をたてはじめる。……一体なんだったのかよく分からないけど、ちゃんと目を覚ましてくれたのは嬉しい。校長先生やククイ博士はそのうち目を覚ますだろうって言ってくれてたけど、一週間も経つと心配になってきていたから。
「久しぶりに起きたから疲れたのかもしれないな。ここに残ってるとまたすぐに起こしてしまうかもしれないから、今はここまでにしてもらいたい。 俺はちょっと名簿を取ってくるから先に教室に行っててくれ」
「はーい」と口々に返事をしてわたしたちはその部屋から出た。ちなみに、マオやリーリエたちはこの子の主な検査と治療が終わった日からときどきあの子の部屋に顔を出しに行っている。
「それにしても、あの子の目の色、あたしに似てた気がしない? ちょっと嬉しかったなー!」
「正確には、スイレンとマオの瞳の色の間くらいでしょうか」
「うんうん、そんな感じだよね。あ、そう言えばスイレンはあの子とずっと見つめ合ってたけど、なにあったの?」
「ううん。でも、もしかしたらわたしが背負ってこっちまで来る途中でわたしを見たのかも?」
「なるほどー」
そんな感じに三人で話しながら教室に入ると、もう登校していたらしいマーマネとカキが難しそうな顔をして二人で話していた。
「カキ、マーマネ、アローラ!」「アローラ!」
「三人とももう学校に来てたんだな。なにかあったのか?」
「うん! あの子が目を覚ましたから様子を見に行ってたんだ」
「なるほどね。様子はどうなのさ」
「まだほとんど動けないけど、わたしたちのことはちゃんと見てくれたよ」
「その後すぐに眠ってしまったのですが、これからはときどき起きてくれると思うと先生も言っていました」
「ふーん。ま、良いニュースだね」
「そんなあなたたちはどうしたの? 浮かない顔してたじゃない」
マオがそう尋ねると、二人はまた難しい顔をした。よく思うんだけど、男の人ってこういうとき腕を組む癖があるのかな。二人ともやってることがそっくりだ。
「いやぁ、当のその子について話してたんだけどさ、あまりにも情報が無さすぎるんだよ。ニュースにもならないし、巡査さんに聞いてみたりしたけど全然把握してないし」
「それなりにいろいろな街を回ってみたが手がかりすら掴めていない。これは何かあるんじゃないか……そんな気がしてくるくらいだ」
「なにか……って、なに?」
「……まあ、それが分からないんだけどな」
カキが頭をかきながら零す。でも、流石に一週間もたって何も分からないのは不思議だ。何か特別な事情があって隠されているとか、少なくとも警察の人に頼るとかの方法で探す人はいないみたいだ。
「うーん、これはジケンの香りがしてきたぞ……このまま探し続けてると、僕たち殺されちゃうかも!?」
「え、えぇっそんな! なぜそのようなことに!?」
「きっとあの子は悪の組織のリーダーの娘とか、そんなヤバい組織の一員なんだよ! だからひっそり裏であの子のことを探し回ってて、僕たちが彼女をかくまってることが分かった途端に……いだっ!? つめたっ!?」
ヒートアップし始めていたマーマネにマオが厳しめに拳骨を一発。ちょっと怒ったわたしに応えるかのようにアシマリが水鉄砲を一発。
「こーら、物騒なことばっかりいわないの。リーリエが真に受けちゃってるじゃない。もう」
「あわっ、あわわわわ……!」
「アシマリえらい。マーマネは言い過ぎだよ」
「わ、悪かったってば! 確かに言い過ぎた……だからトゲデマルもジト目するの止めて!」
最後のが一番堪えたらしい。いつもよりいくらか冷たい目でマーマネを見ているトゲデマルにマーマネはたじたじの様子だった。すこしは懲りたかな?
「そ、そうですよね。流石に冗談ですよね。……ほっとしました……」
「もー、あたしはリーリエの未来が心配だよ」
心からほっとした様子のリーリエとその様子にちょっと呆れ気味のマオ。苦笑いでその様子を眺めているとカキが話しかけてきた。
「なあ、スイレン。あの子はあの入り江で倒れてたんだよな」
「うん。波打ち際だったからきっと泳いでて溺れちゃったんだろうなって思ったんだけど、なんだか不思議なことになってきたね」
「ああ。最初は俺もそうだろうと思っていた。ただ、この状況は確かに変だ。……それで、俺もマーマネも一旦探すのを控えようかと思ってな。ククイ博士にもそう言ってるんだ」
「それは……どうして?」
「マーマネのあれは流石に根も葉もない話だが、これだけ調べても何の情報も得られない以上、まだ探しつづけてもあまり意味がないし、これ以上の行動はあの子のためにならない気がするんだ……俺の勘だが」
「……ううん。わたしも同じ。あの子が話せるようになるのを待つのが一番だと思う」
言いにくそうなカキの説明に、わたしは頷いた。ひょっとしたら、あの子のことを探している人がいるかもしれない。その人には申し訳ないけど、話が大きくなると目覚めたばかりのあの子も大変だろうから。
その後すぐにククイ博士が名簿を手に教室にやって、来て今日の授業が始まる。あの子に早く元気になってほしい。そう思いながらわたしは先生の話に耳を傾けていた。