「名前、ですか」
「そう。いつまで経っても『あの子』とかのままじゃかわいそうじゃん? だから名前を本人から聞くまではこっちで呼び名を決めちゃおうぜ!」
「そ、そんなことをしても大丈夫なのでしょうか……」
「逆のどの辺が大丈夫じゃないんだよ?」
「それを言われると弱いんですけど……なんとなく言葉に言い表せないというか」
学校の休み時間、リーリエとマーマネがそんな話をし始めたので当然のようにわたしとマオ、カキも集まって話に加わった。
「それ、あたしも思ってたんだー。名前が分からないってこんなに困ったことなんだなって知ったもの」
「俺たちにとっては当たり前のことだった……そんなことを最近よく気付かされる」
「だろー? もうあの子も眠ってばかりじゃなくなってるみたいだしさ。本当の名前とは違ってもちゃんと名前で呼ぶべきだと思うんだよ」
「ふむ、話は聞かせてもらったゾロアーク!」
集まって話していたところに突然割り込んできた声に、わたしたちはばっと振り返った。そこには、指を狐の形に組んで謎のポーズをとる校長先生とため息をつくククイ博士の姿があった。ククイ先生はともかく、校長先生が教室にやってくるのはちょっと珍しい。
「こ、校長先生!?」
「うむ! アローラ! 早速だがマーマネ君。キミの提案、わしらからもお勧めしておこう」
「え、本当にいいんですか?」
先生に話を聞かれていたからかちょっと怖気ついていたマーマネは校長先生のその言葉に目を丸くした。わたしも先生は反対かもしれないと考えていたので少し驚きだった。
「もちろんだとも……と言いきりたいところだが、キミたちもその理由が気になるところだろう。実はちょっとした理由があるんじゃ。説明はとなりの先生に頼むとしよう。よろしく!」
「はぁ……ごほん! じゃあ、俺が代わりに事情を説明するよ」
咳払いをした後真面目な雰囲気で話し出すククイ博士。……本音が漏れてました。
「彼女の何回かの診察結果を見て分かったことなんだが、彼女には記憶障害があることが分かったんだ」
「き、記憶喪失ってことですか!?」
「記憶喪失とは違うみたいなんだが……ちょっと入り組んだ話になるからなあ。具体的な状況だけ先に言っておこう。彼女は今、自分の名前や故郷がよく分からなくて、言葉も上手く話せそうにないんだ」
ククイ博士の言葉に教室がしん、となった。
ある絵本の物語を思い出す。あるお城で王子様と恋をして、嫉妬した人々にに毒を盛られて記憶と感情、生きる意志さえも失って寝たきりになってしまった少女。その事実を知った王子様が「せめて彼女に人並みに幸せな人生を」と望んで三匹の伝説のポケモンを探す旅に出るお話。
そんなおとぎ話みたいなことが本当に起こってしまうなんて……。それってすごく大変なことだ。マーマネとカキが頑張ってもあの子を探している人が見つからなかったのに、その子自身も自分のことが分からないなら、もうあてがなくなってしまう。
「あ、あの……本当にその子って大丈夫なんですか?」
恐る恐るという感じでマオが質問する。わたしも心配になって腕の中のアシマリを少しだけ強く抱きしめた。
「ああ、不安にさせてしまったね。すまない、悪いニュースはそれだけだよ。身体は健康、これといった怪我もなし。もうしばらくすると起き上がれるようになるはずさ」
「えっ本当ですか!? じゃあ、車椅子とかにも乗れるようになったり……?」
「ああ。もちろん、もっと元気になったらこのクラスに入ってもらう予定だよ」
その言葉に教室がわっと沸き立つ。久しぶりの新入生! もう誰かは分かっているけどわくわくしないはずがなかった。
……でも、どこから来たのか分からない、探してる人も見つからないあの子がこのクラスに入るって、そんな調子でいいのかな? ううん、ククイ博士にはきっと何か考えがあるんだと思う。
「だからこそ、むしろお願いしたいくらいだったんだ。あの子の呼び名を考えることはね。本来の名前と違ったとしても、そのとき感じた違和感が引き金になっていろいろ思い出してくれるかもしれない」
「つまるところ、キミたちには彼女とたくさん触れ合ってほしいんじゃ。彼女にとってもきっといい刺激になる。そのためにも呼び名を決めることがまず第一じゃろ? では、頼んだぞ~」
「あれっ先生は一緒に考えないんですか?」
「俺たちがいるとかえって無粋な気がするからね。あとで教えてくれればいいさ。あまり変な名前はやめてあげてくれよ!」
そう言ってオーキド校長とククイ博士は教室から出ていった。残されたメンバーで名前を考えないといけないんだけど……突然の事すぎてちょっと思い浮かびそうにもない。
「名前と言うよりあだ名と言うか……本当の名前を決める訳じゃないからまだいいかもだけど、それでもちゃんと考えてあげないといけないよね」
「そうですね。本名が分からない以上、私たちの呼び名で他の人からも呼ばれることになります。責任重大な依頼です」
マオもリーリエも難しい顔で悩んでいる。それは男子も同じ……と思いきや、マーマネが不敵な笑みを浮かべていることに気付いてしまった。あれは……何かを思いついたときのマーマネの顔だ。アシマリにこっそり水鉄砲の準備をさせておこう。
「ふっふっふ。話題を持ち込んだからには考えてないはずがないっ。トゲデマルにちなんで『アオノマル』にしようよ!」
「アシマリよろしくっ」
「つめたい!?」
「なんでトゲデマルにちなむの? 意味が分からないよ?」
「スイレンがこわい!?」
マオとリーリエからも「それはちょっと……」と言われて落ち込むマーマネとトゲデマル。
わたしとマーマネがそんなやり取りをしているとき、ずっと遠い目をしていたカキがぼそりと呟いた。
「リアス……とかな」
「あ、なにかカキがいいこと言った気がする!」
それを目ざとくマオが聞きつけて、ぐいっとカキに迫る。カキは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
「むむ、恥ずかしいからって言わないのはずるいよ! なんて言ったんだ~!」
「わ、分かった! 分かったから!」
早々に折れたカキはごほんと咳払いをして
「リアス。別の国の言葉で『入り江』って意味だ。スイレンがその子を見つけた場所だから……って何の捻りもないけどな」
そう言って照れくさそうに頬をかくカキはちょっと珍しい。いつもは落ち着いていて、ポケモンバトルやポケライド競争とかになるとすごく元気になるカキは、正直こういう話は苦手かもしれないと思っていた。でも……
顔を見合わせるわたしたち。そして、お互いに頷き合う。
「それっ、いいんじゃないかな! あたしは賛成だよ!」
「わたくしもリアスでいいと思います。まだ案を出せてない身ではありますけど……」
「わたしも。アシマリも賛成だって」
「むぅ、まあみんながいいっていうなら僕もいいけどね……」
「というわけで、名前はリアスに決定!」
とんとん拍子に話が進んでいって、一番慌てたのは案を出した本人のカキだった。
「い、いいのか? そんなさっさと決めても」
「あたしはいいと思うけど。実を言うと思い浮かぶ気が全然しなかったんだよね……明日までに一人ひとつづつ考える! とかになったらどうしようって思ってたんだ~」
あはは、と苦笑いするマオ。ちょっと固まるわたしとリーリエ。考えてることは同じだったんだね……。
「うーん、どう考えてもミズノマルの方がいい気がする……なあトゲデマル?」
「マキュ?」
「ぐずぐず言わないの! じゃあまた後で、先生に報告した後あの子……じゃなくってリアス! のところに行こう!」
そう言ってパンッと手を打つマオの頭の上でアシマリが楽しそうに踊っている。
「俺の案が通るなんてな……何故だか緊張してきたぞ」と少し固い顔のカキを「大丈夫ですよ。きっと気に入ってくれるはずです!」と励ますリーリエ。わたしもちょっと反応が気になるかも。
とにかく、早く元気になって一緒に授業を受けられるようになればいいな。
記憶と感情、意志……いったいどこの準伝説ポケモンなんだ!←