彼方の海の祈り唄   作:Senritsu

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第5話 音楽と料理とポケモンと

 歓迎会の準備の日々はあっという間に過ぎていって、いよいよ当日となった。リアスは先週から車椅子に乗れるようになって、つい一昨日に入学式も済ませている。時期が時期なのでちょっと変わった感じだったけど。

 くじ引きの結果、リアスを教室まで連れていくのはわたしの役目になった。わたしが彼女を迎えに行っている間に、皆が最後の準備を進めていく。

 リアスは普段、保健室にいる。校長先生がここのすぐ近くに住んでいるから、夜はそこに泊めてもらっているみたい。教室から保健室はそこまで遠くないので、歩けばすぐだ。

 保健室は教室の半分くらいの広さで、小ぢんまりとしている。あと、消毒などで使う薬品(アルコールだったかな)の匂いがする。わたしは割と平気だけど、ポケモンはこの匂いがちょっと苦手みたい。

 窓は空いていて、そこから風が吹き込んでカーテンを揺らしている。リアスはベッドに腰掛けて外の様子をぼんやりと眺めていた。

 

「アローラ。リアス、元気かな」

 

 入口から声をかけるとゆっくりとこちらを向いた。わたしの顔は覚えたのか、自然な感じでこちらを見てくれる。今日はちょっと厚手の薄桃色のワンピースを着ていた。歓迎会のことは先生に伝えてあったので、外行きの服を用意してくれたのかもしれない。

 

「先生も、おはようございます」

「おはよう。スイレンさん。あなたも元気そうね」

 

 続いて挨拶を交わしたのは、保健の先生。この学校で怪我をしたとき、気分が悪くなったときにはみんなこの先生にお世話になる。穏やかで優しい先生だ。

 車椅子に人を乗せるのは案外大変で、一人ではとてもできない。だから、そのときにはいつも保健の先生に手伝ってもらっていた。

 車椅子は折りたたみ式で、壁に立てかけてある。わたしはそれをちゃんと座れるように広げて車輪のロックを外し、リアスのところへと運んだ。

 リアスはそれを見て流れを読んだのか、ごそごそと動いて車椅子の方を向く。

 

「よしっ、じゃあリアス、行くよー」

「私に体重を預けてね。それじゃ、よいしょっと……!」

 

 リアスを抱え込むようにしてその身体を持ち上げた保健の先生は、見事な手際でリアスを車椅子にすっぽりと収めた。わたしはせっせと手や足の位置の細かい調整をする。足かけに足をちゃんと乗せて、服にシワがよらないようにして……うん、これで大丈夫。

 

「ありがとうございました」

「いえいえこちらこそ。これからはスイレンさんが頑張る番。応援しているわ。リアスさんも、きっと喜んでくれるはず。楽しみね!」

 

 保健の先生は笑顔でそう言ってリアスの手を取った。リアスはきょとんとして保健の先生を見ている。まあ、何が何だかわからないのは仕方ない。分からないからこそって感じのイベントだし。

 

「じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃーい!」

 

 保健の先生は保健室を離れられないのでここでお別れだ。先生自身もちょっと残念がっていたし、わたしたちも残念だったけど、その分後でたくさん話をしようと思う。

 保健室のある一階からぐるっとスロープを登って二階へ。上り坂はちょっと踏ん張らないといけないけどへっちゃらだ。リアスはゆったりと言うよりも、ぼんやりと座っている。でも視線はあっちに行ったりこっちに行ったりしているので、気になるものはあるみたいだけど。

 二階に着いたら教室はすぐそこ。みんなはもう準備できてるかな?

 と、教室の入り口でマオが手を振ってる。準備はばっちりみたい。じゃあ、このまままっすぐ行こう。

 

「せーのっ」「「ようこそー!」」「マシュー!」「ガウー!」

 

 教室に入るなり、クラスのみんなとポケモンたちがわっと歓声をあげた。流石にこれにはリアスも驚いたのか、目をぱちくりとさせている。続いて、何事?とでも言うようにわたしたちを見回した。

 その様子を見てマオがぱっと手を広げる。

 

「今日はリアスの歓迎会なんだ!でもリアスはよく分からないだろうし、さっそく一つめの出し物に入るよ!」

 

 そう言って、手を広げたまま身を翻したその先には──たくさんの楽器たち。そこにマーマネとリーリエ、トゲデマルが向かう。

 数々の楽器の中で、リーリエがリコーダー、マーマネが木琴のバチを持った。そしてトゲデマルがいつもの回し車に飛び乗る。……あれ?

 

「『リアスの好きなものを当てよう大会』最初はこちら! 『どんな楽器が好きですか?』よろしくね〜!」

「よし! 特訓の成果を見せてやろーぜリーリエ!」

「はい……! 私、一生懸命演奏します!」

「それじゃあいくぞ──トゲデマル! プログラム、ランッ!」

 

 

 

 

 

「──まさかトゲデマルの台車がカスタネットにつながっていたとはな」

「へへっすごかったでしょ? 台車の回る速さに応じてリズムを変える仕組み……ボクにとってはお茶の子さいさいさ!」

「リーリエもすごいよ。あんなにたくさんの楽器を弾けるようになってたなんてびっくり」

「一つの楽器を上手くなるより、たくさん弾けることの方がいいなと思って。他のメロディは全然です」

 

 リーリエとマーマネが協力して企画した一つ目の出し物は大いに盛り上がった。

 アローラの人は音楽好きとよく聴くけど、全然間違っていないと思う。わたしも途中からうきうきした気分になって楽しかった。

 

「で、最後はククイ先生の演奏会になっちゃったわけだけど」

「つい盛り上がっちゃってな〜」

 

 あははと笑うククイ先生は、出し物の途中からやって来たと思いきや「俺も一曲いいか!?」と言ってどこからかウクレレを取り出し、そのまま演奏会を始めてしまうという乱入をやってのけた。

 リーリエたちはそれぞれ決まったメロディしか練習していなかったらしい。先生の弾き始めた曲に大慌てしていたけど、なんとか先生に合わせて演奏ができていた。うーん、すごい。

 

 そうそう、リアスがどんな楽器を気に入ったかというと、笛だった。ただしただの笛じゃなくて巻貝で作った両手サイズのもの。リコーダーとかに比べれば出せる音は少ないけど、独特な音を出す。ここのお祭りをやるときなんかには欠かせない楽器だね。

 リーリエがそれを吹き出したときに、明らかにそっちの方を向いて興味深そうにしていたのですぐに分かった。リーリエがその笛で簡単なメロディを弾き始めるとリアスもリズムにのってちいさく、ゆらゆらと身体を動かしていた。相変わらずの無表情だったけど……。ひょっとしたらもともと音楽が好きなのかもな、というのはカキの言葉。

 

「ところで!歓迎会はまだまだ続いているわけで、このお昼ご飯こそあたしの担当、『好きな料理は何ですか?』だよ! リアスはどんな感じかな……!?」

 

 マオがわくわくしながらリアスの様子を眺めている。今日のマオの気合の入りようは食卓に並べられた数々の料理を見てみれば一目瞭然。アローラ地方の定番料理から他の地方の料理、丁寧に切り分けられた果物たち、さらにはちょっとしたケーキやクッキーまで作っている。ここにある食べ物だけでちょっとしたパーティができそうな雰囲気だ。……わたしたち、食べきれるかな……?

 そんなわたしの密かな心配は、カイとマーマネの食べっぷりを見ることで解消された。二人とも凄い食べっぷりだ。ぱくぱくもぐもぐ、ぱくぱくもぐもぐ。口が休まることがない。このときのために朝ご飯を抜いてきたと言われたらあっさり信じてしまいそうなほど。マオもリアスのために食べやすさ重視で作ってたみたいだから、なおさら勢いが増している。

 

 そして主役のリアスはというと、どうやらいろんな料理に目移りして手が出せずにいるみたいだった。でも、興味がないというわけではないらしい。わたしが食べながらクラスメイトの様子を見ている間にいくつか絞られてきたみたいだ。

 

「むむっ。これはあれが食べたいと見た。はいっ、どうぞ!」

 

 ある料理をじっと見ていたのをすかさずマオが捉えて、リアスの取り皿に移す。あれはゼンマイの天ぷらかな? 味付けはしてあるみたいで、マオはそのままフォークで天ぷらを刺してリアスの口まで運んだ。

 

「ほら、あーん!」

 

 目をぱちくりさせていたリアスは、でもマオの勢いに押しきられて口を開けた。すかさずマオが口の中に天ぷらを放り込む。すると……ふむっとリアスの鼻が膨らんだ。あれは結構気に入ったときの反応のような?

 

 「わあっ、気に入ってくれたみたいだね! リアスったら結構意外なところついてくるなあ……あたし、ヤドンテール焼きとか好きそうって思ってたんだけど!」

「それって皆カレーが好きとかそういう類いの話なんじゃないでしょうか……ってあれ? そ、そこにあったコロッケはどこに!?」

「あ、さっきなくなったぜ。スイレンが取った分で」

「えっ……うっ、ううう……全然気付きませんでした……!」

「ま、まあわたしまだ取り皿に取っただけだから、半分こしようよ。ね?」

 

 そう言って最後のコロッケを半分にしてリーリエに渡す。もとから予感はしていたからあらかじめ取り皿に取っておいて正解だったかな。端目ではマオが楽しくなってきたのかリアスの取り皿にどんどん料理をついでは「はい、あーん」を繰り返している。リアスはちょっと状況に付いて行けない様子。

 まあ、マオは食べる量には気を付けているはずだし、カキとマーマネがひとつの料理を食べつくしてしまわないように今も目を光らせてるみたいだからきっと任せてしまっていいはず。リアスも口に入れられたものはしっかり食べているようなのでこれも成功だね。わたし含めてみんながマオの実験料理の試食会に付き合っただけのことはあったよ……。

 

 

 

 

 

 そういうわけで、マオの出し物を兼ねた昼食もしっかり盛り上がって幕を閉じた。次はいよいよわたしとカキの出し物。わたしたちは準備のために校庭の方へと向かう。

 

「最後の出し物って考えると、ちょっと緊張するね……」

「そうか? 俺たちにやれることはやったし、本番で失敗とか、そういう内容じゃないからな。俺は気にしてないぞ」

「なんかちょっと捉え方が違うような……」

「? まあとにかく、協力してくれたみんなに感謝だな。──おっ、きたきた」

 

 カキが手で日差しを遮って見ている先には、リーリエたちの姿があった。リアスの車いすを押しているのはククイ博士だ。

 

「おーい、カキー! スイレーン! 準備はおっけー?」

「だいじょうぶだよー!」

 

 マオの掛け声にそう答えると、彼らは前もって打ち合わせしておいた場所……近くに川のある、校庭の隅の方へ向かって行く。わたしとカキは目配せして、カキが近くの建物の方へと走っていく。わたしはカキが配置についたのを確認して、木陰についたリアスに声をかけた。

 

「……リアスは、ポケットモンスターって知ってる?」

 

 わたしに声をかけられたことに気付いたのだろう。リアスはこっちに向いて、小首をかしげる。まるで聞きなれた言葉ではないといった感じ。何気にこの言葉、世界共通だから少しは反応を示すかもって思ってたんだけど……。

 

「ポケットモンスター、ポケモンはね。わたしたちの大切なパートナーなんだ。例えば、今マオの肩の上に乗ってるアマカジ」

「マッジ?」

「マーマネの後ろにいるトゲデマル」

「マチュー?」

「わたしのパートナー。アシマリ」

「しゃま!」

 

 わたしがここにいるポケモンたちを手で指し示しながら紹介していくと、リアスもそっちの方を向いた。そして少し不思議そうに彼らを見つめる。今まであんまり意識してなかったかのようだ。

 それはそれで、わたしたちにとっては好都合というか。

 

「ポケモンは世界中にいて、このアローラは別の地方のポケモンとかも結構いるんだ。つまり、リアスが見たことのあるポケモンがいるかもしれない。もしいなかったとしても、リアスにはポケモンに触れあってほしいなって思ったんだ」

 

 わたしは後ろを振り仰いで、建物の中からこっちを見ているカキに手を振った。そしてまたリアスに声をかける。

 

「だから、最後の出し物は……『好きなポケモンはいますか?』だよ。わたしたち、けっこうがんばって。学校のポケモンたちに集まってもらったんだ。ほら……!」

 

 わたしは両手を広げる。

 それを合図に、一斉に。

 

「す、すっげー!? こんなにたくさんのポケモン、いっぺんに観たの初めてだよ!」

「あたしも……! スイレンたちすっごい!?」

「こーれは俺もびっくりだ。というか学校中のポケモンが集まるとこうなるのか……ちょっと甘く見てたぜ」

 

 地上を走ってやってくる。

 地中から穴を掘って飛び出してくる。

 空から飛んでやってくる。

 水面から波紋を作りながら顔を出す。

 

 総勢……五十匹。

 わたしたちの目の前に満を持して現れたポケモンたちだ。

 みんな、車いすに乗ったリアスを興味深そうに見つめている。事情は彼らのトレーナーの人たちに話しているから、やっぱり気になってるみたい。準備をしたわたしもちょっと圧倒される光景だった。

 ちなみにこれでも学校にいる全員じゃない。この学校すごいなあ……。

 

「あ、あわわわ……!」

 

 ……あっ。リーリエのこと忘れてた。うん、まあ触るわけじゃないから……。ごめんねリーリエ。と内心で謝っておく。

 

「ええと、このなかでリアスの気になる子がいたらって感じなんだけど……いっぺんにやりすぎたかも……」

「いや、スイレン。リアスはもうそのポケモンを見つけたみたいだぞ?」

「え?」

 

 ククイ博士にそう言われて、慌ててリアスを見ると……確かに、これは。

 

「おーいスイレン。この配置あんまり長くは持たせられないからな。って、その心配はないみたいだな」

 

 向こうからやってきたカキが苦笑いを浮かべる。

 リアスは一点しか見つめていなかった。あるポケモンに目を奪われている。ここまで分かりやすい反応を示したのは初めてだった。

 わたしはリアスの車いすの取っ手を握って、すぐにリアスが注目している方へと向かった。

 

 向かう先にいたのは……

 

「……?」

 

 わたしたちよりも大分小さくて、ピンク色の体色に、ごつごつした棘。アローラではあるポケモンによって数が少なくなっている……さんごポケモン、サニーゴだった。

 

「「…………」」

 

 見つめ合うリアスとサニーゴ。それを見つめるわたしたち、なんだかわたしまでどきどきしてきたような……。

 

 しばらくして、おずおずと。サニーゴがリアスの方へと近づいていく。リアスも、サニーゴに向けて両手を伸ばす。

 そして、リアスはサニーゴを抱き上げようとして……ちょっとぐらついた。サニーゴは見た目よりちょっと重いからバランスが崩れたのかも。わたしはリアスの膝の上にサニーゴを乗せてあげる。

 

 リアスはサニーゴを抱きしめた。

 大事そうに、そっと抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──その光景に、既視感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

「サニーゴってアローラだけのポケモンでしたっけ?」

「いや、結構いろいろな地域にいるはずだ。ここアローラも住むのには適してるんだが、ここには彼らがいるからなあ……一番たくさん生息しているのはジョウト地方だったはずだぞ」

「ジョウト地方かあ……世界地図で見たけどすっごく遠いよね。リアスはそこから来たのかな」

「そこまでは流石に分からないけど、いい手掛かりになったんじゃない? あの様子からして、海と結構関わってたじゃないかなってことくらいは推測できるよ」

「あのあとも見に行ったのは、基本的に水ポケモンでしたもんね。でも、海からやってきたのなら海とかかわりが深いというかむしろそこからというか……」

「こーら、それを言ったらふりだしに戻っちゃう! とにかく、リアスの好きなものがいくつか分かっただけで今日は大成功! ってことにしようよ!」

「そう……ですね。みんなで準備したかいがありました」

「また新入生が来たらやりたいね」

「それはいいな。そして俺の予感だと次の新入生がやってくるのはそう遠くもないような……。……おっと、もうこんな時間だ。皆後片付けは終わってるか? そろそろ解散しよう」

 

 歓迎会が終わり、リアスを保健室へと送って、後片付けをして。その後しばらく教室で続けていた歓談も、先生の一言でお開きになりつつあった。

 一応は授業日なので、帰りの挨拶もしっかりする。空はもう夕焼け色に染まっていた。

 

 各々に帰りはじめる私たち、その途中で偶然リーリエと二人きりになった。

 

「お疲れさま、リーリエ」

「お疲れさまです。今日はこの言葉がちょうどいいですね。流石にちょっと疲れました」

「確かに、リーリエの演奏は大変そうだったね」

「ええ、でも、この疲れもリアスさんが興味を持ってくれたってだけで吹き飛びます」

 

 顔を綻ばせるリーリエ。でも、わたしはその顔がちょっとだけ苦笑いをしているようにも見えた。

 

「リーリエ、なにかあった?」

「え? いえ、全然。大丈夫ですよ」

「うーん、本当に?」

「…………」

 

 食い下がってみたら、リーリエは俯き加減になって黙ってしまった。やっぱり、何かあったんだ。

 

「……本当に、ちょっとしたことなんですけど」

「うん」

「スイレンとカキの出し物で、ポケモンたちが集まったとき、思ったんです。とても近づけないって。足が竦んじゃって」

「……」

「少しだけ期待していたんです。あれだけたくさん集まれば、一匹ぐらい触れられそうなポケモンがいるかもって。でも、ダメでしたね」

 

 リーリエは寂しそうに言った。わたしはかける言葉が見つからなくて、口をつぐんでしまう。腕に抱いたアシマリをぎゅっと抱きしめた。

 

「でも、せっかくのイベントでこんな顔してちゃだめだなって。結局スイレンにはばれちゃいましたけど。前々気にしなくてもいいですよ。いつものことですから」

「リーリエ……」

「さて、帰りましょう! 暗くなっちゃいます」

 

 リーリエは俯いていた顔を上げて歩き出す。わたしはもう一度彼女を呼んだ。

 

「リーリエ」

「はい? なんでしょう?」

「きっとそれは治るよ。いつかなんて言えないけど、ポケモン大好きなリーリエだもん。大丈夫だよ」

「……ありがとうございます!」

 

 そのときのリーリエの笑顔は、演奏会を終えた後と同じくらい綺麗だったと思う。

 

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