プロローグ
ソードアート・オンライン・リターン
プロローグ
世界初のフルダイブ型VRMMORPG、タイトル名をソードアート・オンラインと呼ばれるオンラインゲームがある。
その舞台となるアインクラッドと呼ばれる浮遊城を舞台に製作者の茅場晶彦が一万人のユーザーを相手に
デスゲームが始まって2年の月日で多くのユーザーがその命を散らす中、攻略組はついに75層の攻略を行い、そこでボスのザ・スカル・リーパーとの戦いで14名の犠牲者を出しつつも勝利という形で戦いを終えた。
だが、戦いが終わった直ぐ後に、最強ギルドと呼ばれている血盟騎士団の団長ヒースクリフの正体が茅場晶彦である事が黒の剣士キリトによって暴かれた。
誰もが頼る最強の聖騎士、その筈だった男のまさかの裏切り、皆が絶望する中、キリトはヒースクリフの提案でゲームクリアを賭けた
「はああああっ!! ああああっ!!」
キリトのユニークスキルたる二刀流、その為の剣たる黒の片手剣エリュシデータと白の片手剣ダークリパルサーの連撃、その悉くがヒースクリフの盾に阻まれ、決定打を与えられない。
それに焦り、思わずソードスキルを何度も発動させそうになるが、ソードスキルを開発した相手にそんなものが通用する筈が無い、だからこそソードスキル発動を抑え、自身の2年間の実戦経験を頼りに自身の力だけで両手に握る剣を振るう。
だが、そんなキリトに対してヒースクリフは余りにも余裕の表情を浮かべていて、それがキリトの中にどんどん焦りを生む。
ついに、ヒースクリフの一閃がキリトの頬を斬りつけ、一筋の傷を作る。その瞬間、キリトの中で溜まった焦りが爆発、駄目だと判っていても身体が勝手にソードスキルを発動させてしまっていた。
二刀流最上位スキル“ジ・イクリプス”。キリトが二刀流で最も信頼する16連撃の上位スキル“スターバースト・ストリーム”の更に上に位置する最速の27連撃、それを発動した瞬間、ヒースクリフの表情に笑みが浮かんだ。
「っ! (しまった! でも、もう遅い…っ!)」
発動させてしまったスキルを途中でキャンセルする事は出来ない。ならば後は通る事を信じて最速の27連撃を叩き込む。
しかし、キリトの最速の二刀流はヒースクリフの神聖剣の防御力に勝てなかった。結果として白の片手剣ダークリパルサーは砕け、決定的な隙が生まれてしまった。
「……(ごめん、アスナ…君だけは生きて…っ)」
「去らばだ、キリト君」
ヒースクリフの剣がソードスキル発動によって紅く輝く。
キリトを死へと誘う最後の斬撃が、振り下ろされた瞬間、麻痺状態になっていた筈のキリトの妻、アスナがその身をキリトの前に投げ出し、ヒースクリフの死の斬撃を受けてHPが尽きてしまったのだ。
それからの事は、覚えていなかった。
必ず守ると約束した最愛の少女、アスナの死によってキリトの心は完全に折れてしまい、気がつけばヒースクリフの剣がキリトの身体を貫いていて、キリトのHPも0になってしまって、己の死を…受け入れようとしたのだ。
だけど、タダでは死なない。死ねない。死ねる訳が無い。今、目の前に居る男を、アスナを殺した、一万人の人間をデスゲームに引き込んだ全ての元凶を、この手で殺すまでは。
後ろに居る戦友達の為にも、今もゲームクリアされるその時を待つ大勢の人たちの為にも、この男を、殺さなければならない。
だから、キリトは自分の身体が完全に消える前に、左手に握っていたアスナのレイピア、ランベントライトを、ヒースクリフの身体に突き刺した。
誰かに呼ばれている。そんな気がした。キリト君と、心地よい、愛おしい声で、いつもの様に自分を呼ぶ声が、聞こえた。
薄っすらと目を開いてみれば、そこには消えた、死んだ筈の愛おしい存在が涙を浮かべながらキリトの顔を覗き込み、何度も何度もキリトの身体を揺すりながら名前を呼んでいる。
「キリト君!」
「アス、ナ…」
「キリト君! 良かった…目が覚めた」
「あ…」
ゆっくりと身体を起こすと、途端に抱きついてきた彼女の温もりが、これは夢でも何でもない、現実(SAOの仮想空間を現実と言って良いのかは疑問だが)だと認識させられた。
キリトはまるで壊れ物を扱うかの様にアスナの身体に腕を回し、その温もりをもっと感じる為に抱きしめると、涙が溢れてくる。
「アスナ、アスナ…! ごめん、ごめん! 俺は、君を守れなかった・・・っ! 絶対に守るって、約束したのに!!」
「ううん、いいの、いいのキリト君! わたしだって、キリト君との約束を破ったんだから」
ずっと一緒に居よう。これからも、現実世界に戻ってからもずっと…。そう約束していたのに、キリトはアスナを死なせてしまい、アスナは自身の行動によって約束を果たせなくしてしまった。
それが二人にとって何よりも悔しい。だけど、今この瞬間に感じている互いの温もりは本物で、二人は抱き合ったまま顔を合わせると、ゆっくりと唇を重ねる。
「ふむ、仲がよろしいのは結構なんだけどね、そろそろ私の存在にも気付いて欲しいものだな」
「「っ!?」」
二人っきりだと思っていたのに、第三者の声が聞こえて慌てて離れた二人は、声のした方を向くと、白衣姿の壮年の男性が無表情にキリトとアスナを見つめていた。
キリトもアスナも、この男を知っている。キリトにとってはつい先ほどまで戦っていた男の本当の姿であり、デスゲームと化したSAOの開発者、茅場晶彦本人だ。
「ゲームクリアおめでとうキリト君、それからアスナ君」
「茅場…」
「つい先ほど、生き残った6147人のログアウトが完了した…筈だった」
「筈だったって…どういうこと?」
ゲームクリアおめでとう、と茅場は言った。それはつまり彼の言う生き残った全プレーヤー6147人が開放される事を意味している筈なのに、なのに何故…筈だったと、“だった”と言うのか。
「現実世界の何者かがこの世界に横槍を入れたみたいだ、本来であれば君達がゲームクリアしたあの瞬間、生き残りの者達は全員ログアウトされ、現実世界に帰還する筈だったのだが……皆、死んだ」
今、何と言ったのか…。皆、生き残った6147人全員が、死んだ?
「おい…ちょっと待てよ…・・・死んだって、クラインも、エギルも、アルゴも、シリカやリズも、皆…死んだだと…!?」
「嘘…そんな」
「確かだ。君達がゲームクリアした瞬間、私自身も予期せぬ何者かの横槍が入り、私も含めてSAOにログインしている全ユーザーが脳に大電流が流れて死亡した」
その瞬間、キリトは茅場晶彦の胸倉を掴んで憤怒の表情で彼を睨み付けた。
「ふざけるな!! 何だよ横槍って…お前が予期しなかった横槍だと!? ふざけんな!! そもそもお前がこんなゲームを始めなければ、こんな事にはならなかったのに!!」
「君の言い分はもっともだ。だが、私も言うなれば被害者だ、言い訳に聞こえるかもしれないが、あの横槍は外部…つまり現実世界で何者かが横槍を入れた結果の出来事という事になる。ログインしていた私には、どうする事も出来なかった」
「っ!!」
怒りが沸点に達して、キリトが右拳を振り上げた瞬間、アスナがキリトの右腕に抱きついて振り下ろすのを無理やり止める。
「キリト君! 駄目!!」
「離してくれアスナ! こいつは、こいつだけは殴らないと気がすまない!!」
「でも! 現実世界で誰かが入れた横槍なんて、ログインしていたわたし達や団長にだって、どうする事も出来ないよ!!」
「・・・っ!」
奥歯を噛み締め、漸く力を抜いたキリトは、その場にへたり込んでしまう。アスナはそんなキリトを支えながら、その場にしゃがみ込み、キリトを抱きしめた。
茅場晶彦は二人の様子を見て、ふと白衣のポケットから何かを取り出して二人の前に掲げて見せた。
「これを見たまえ」
「…これは?」
「綺麗…」
茅場晶彦の手にあったのは、小さな種の様な形をした光るデータの結晶。それが何なのか、見ただけでは判らないので、茅場晶彦に説明を求めると、彼もそのつもりで口を開く。
「これは世界の種子、ザ・シードと呼ばれる、簡単に言えばVRMMOを動かすのに必須のシステムを開発している最中に生まれた物だ」
「世界の種子の…」
「開発の際に生まれた物…?」
と言うことは、これは茅場晶彦の言う世界の種子ではないという事なのだろう。ならば、何なのか、随分と勿体つけたような言い回しをする茅場晶彦にその先の説明を求めた。
「これが生まれたのは全くの偶然、科学では解明出来ない、奇跡とも呼ぶべき現象を引き起こす事が可能な種子。私はパラレルシードと呼んでいる」
パラレルシード、科学では解明出来ない奇跡を引き起こす種子。そんな物が存在していたとは思いもしなかった。
そもそも、科学で解明出来ない奇跡とは一体何なのか、頭は良いが天才と呼ばれる茅場晶彦ほどでは無い二人には理解出来ない。
「そうだな…これを使えば本当に科学では再現出来ない様な、それこそファンタジーで言う魔法の様な現象すら可能とするのだ……勿論、限界はあるがね」
魔法、正直SAOという世界で2年も過ごしている内に非現実的な物に慣れてしまったので、今更魔法と言われてもいまいち驚けない。
勿論、SAOには魔法は登場しないのだが、それに近い攻撃をする敵も居た為、驚く事は無かった。
「それで、そのパラレルシードがどうしたって言うんだ?」
「このパラレルシードで死んだ6147人を生き返らせるのは無理だが、キリト君とアスナ君、それに私の意識を過去へと飛ばす事は出来る」
「過去…?」
「そう、過去の君達が最初にSAOにログインした瞬間、今の君達の意識をインストールする事で君達は過去の君達と一体化する事が出来るのさ」
正に魔法、そう言っても差し支え無いだろう。正直、話が上手すぎる気がするので、何か裏があるのではないかと思ってしまう。
「君達の懸念は理解出来る。だけど、こればっかりは信じて欲しいとしか言えない」
「それで、過去に俺達を送って如何する気だ?」
「君達は普通にゲームクリアを目指してくれて構わない」
「え?」
「言っただろう? 私の意識も過去へ飛ばせると…だが、私は過去の私と一体化しない。意識だけの存在として過去へと渡り、今回の横槍の犯人を見つけ、今度は横槍が入らない様に全力で妨害する…私の
それが、自身の不注意で死なずに済んだ筈の、散ってしまった6147人のプレーヤー達に対するせめてもの償いだと、茅場晶彦は語った。
「アスナ…」
「キリト君は、どうしたい?」
「俺、は…」
正直、迷っている。確かにこのままでは現実で死んでいるので、天に召されるのを待つだけだが、過去へと行けばそれも免れる。
だけど、過去へ行くということは再びデスゲームを行わなければならないという事を意味しているだけあり、躊躇してしまうのだ。
「キリト君…助けられなかった人達…月夜の黒猫団の人たちを、助けたくない?」
「…あ」
「キリト君の心に大きな傷を残す事になった事件、今度こそ…助けよう? 今度は、二人で」
「…サチを、皆を」
「それから、横槍の所為で死んだクラインさんやエギルさん、リズや他の皆も…」
そう言われて、キリトは目を閉じる。すると脳裏には2年の間に出会った人、別れた人、死なせてしまった人達の姿が思い浮かび、誰もが躊躇するキリトの後ろから、その背中を押してくれた…気がした。
「うん、行こう…過去へ」
「大丈夫、キリト君はわたしが守るから…キリト君は、わたしを守って? そうすれば、出来ない事なんて何も無いんだから」
「ああ、そうだね」
「こほん」
「「っ!?」」
「あ~…本当に仲睦まじい所を申し訳ないが、まだ私の話は終わっていないんだ。そういうのは後にしてくれたまえ」
そう言って、無表情の中にも何処か呆れの様な感情を浮かべる茅場晶彦はいつの間にかキリトの背にあったエリュシデータと、折れた筈のダークリパルサーを持っていた。
何をするつもりなのかと様子を窺っていると、茅場晶彦が二本の剣を重ね合わせた瞬間、剣が光に包まれ、その光が消えた時には二本だった筈の剣が一本の剣に変わっていたのだ。
「それは…」
「これは、私からの選別だ。エリュシデータとダークリパルサーから生まれた魔剣エンシュミオン」
魔剣エンシュミオン、元々が黒かったエリュシデータよりも更に深い黒の片手剣、その刀身には白い星の様なものが無数に透けて見える。
魔剣という割りに随分と美しいとすら言える剣なのだが、茅場晶彦曰く、アインクラッドの魔王が創った剣なら魔剣になるのは当然だとの事。
「受け取りたまえキリト君、向こうでこの剣は必ず君の役に立つだろう。正直、ステータスやレベル、スキルなんかは全て初期に戻ってしまうのは申し訳ないからね、選別に君の意識と共に送る事にした。まぁ、流石にレベル1では使えないから、使える要求値まで上げてもらう必要があるけどね」
「随分、気前が良いんだな」
「何、私も人並みの心配はするさ…さて、アスナ君にも剣を贈るかい?」
キリトにだけ剣を創ったのは申し訳ないと、アスナの方を向いた茅場晶彦だが、アスナは首を振ってネックレスにしていたアイテムを見せた。
トップにあるクリスタルは、キリトとアスナの娘、ユイの心だ。
「この娘も、一緒に連れて行きたいんですけど…」
「ふむ、MHCP試作1号か…良かろう、ならばアスナ君への餞別はMHCP試作1号を初期アイテムとして送る事にしよう…そうだな、今の内に管理者権限を使っておくとするか」
すると、茅場晶彦はクリスタルに一瞬だけ触れると直ぐに離れて頷く。
「これで良い。向こうに行ったら人目の無い所でキリト君とアスナ君、二人そろってクリスタルに触れなさい、そうすればYuiは復活する」
「っ! ほ、本当か!?」
「勿論だ、それがアスナ君への餞別だ」
その代わり、過去のユイは恐らく消えてしまうだろう。世界は矛盾を許さない、MHCP試作1号という同じ存在が二つも存在するのは許されないだろうから、世界の修正力というものによって過去のMHCP試作1号はユイでは無く全く別の存在になる。
「さて、そろそろ時間だ。二人とも、準備と覚悟はよろしいかな?」
「ああ」
「はい」
「では、パラレルシード起動、管理者権限によりキリト、アスナ、茅場晶彦を過去へ」
すると、茅場晶彦の手にあったパラレルシードが砕け散り、中から溢れ出た光が三人を包み込んだ。
最後に、キリトとアスナは意識が途切れる前、ほんの数秒の事だが、確かに聞こえた気がしたのだ。茅場晶彦の…頑張れ、という言葉を。
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