ソードアート・オンライン・リターン   作:剣の舞姫

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黄金林檎壊滅回避


第十三話 「悲しみの回避」

ソードアート・オンライン・リターン

 

第十三話

「悲しみの回避」

 

 前回よりも早く56層をクリアして、既に階層は60層に到達している現在、キリトとアスナはまだ圏内事件が起きていないという事に気がつくも、そもそも圏内事件はまだ先の話であった事を思い出し、安堵していた。

 

「それにしても圏内事件かぁ・・・ヨルコさんとはまたお知り合いになりたいねー」

「だな、カインズさんやシュミットとも・・・あれ? そういえば圏内事件ってまだ先の話で、聖竜連合にシュミットってまだ引き抜かれてないよな?」

 

 だが、圏内事件がまだ先の話なのであれば、あの事件のそもそもの原因であるギルド黄金林檎はまだ存在しているのではないか、と考えた。

 聖竜連合にシュミットはまだ所属していないという事はまだ黄金林檎に所属しているという事で、それはつまり・・・黄金林檎のリーダーであるグリセルダがまだ生きている可能性がある。

 

「もしかして、グリセルダさんを助けられるかもしれないって事?」

「ああ、それと上手く行けば笑う棺桶(ラフィン・コフィン)と接触出来るかもしれない・・・前回、グリセルダさんを殺したのはグリムロックの依頼を受けた奴らなんだから」

 

 グリセルダを助けて、グリムロックの企みを阻止し、そして笑う棺桶(ラフィン・コフィン)と接触する。

 全て万事上手く行けば前回より早く笑う棺桶(ラフィン・コフィン)討伐が可能になるかもしれない。早い段階での討伐になれば向こうもレベルは前回ほど高くは無いだろうから、黒閃騎士団が・・・キリトが前面に出て戦う事で余計な被害が出ずに、壊滅させる事も出来るだろう。

 

「それに、俺はグリムロックにも知って欲しいんだ」

「何を?」

「好きな人と結婚して、その後に見えてくるその人の新しい一面を知るって事は幸せな事なんだって」

「キリト君・・・・・・」

「俺は、アスナと結婚して、アスナの今まで知らなかった一面も見れるようになって更にアスナの事が好きになった・・・・・・グリムロックにも、グリセルダさんがSAOに来てからの一面もまた彼女の魅力なんだって、もっと彼女の事が好きになれるんだって、知って欲しい」

 

 隣に座るキリトの方に頭を乗せたアスナはキリトの言葉に少し赤面して、照れ隠しの様に頭を胸元まで移動させると、そのままグリグリと押し付け始めた。

 いつに無く甘えてくる妻に、キリトはアスナの耳が真っ赤に染まっている事に気付いて、そのまま抱きしめる。

 

「キリト君…わたしも、グリムロックさんに知って欲しい。わたしもキリト君と結婚して、キリト君の新しい一面を見てもっともっと大好きになったんだって」

「アスナ……」

 

 可愛い事を言ってくれる妻が堪らなく愛おしい。まだ外に人が居るかもしれないギルドホームの団長室だというのに、キリトはソファーにアスナを押し倒した。

 押し倒されたアスナは夜とは言えイヴがいつ入ってくるかも知れない場所でという事に羞恥心があるのか、やや抵抗するも、その抵抗が無駄だと悟っているのか力無い形だけの抵抗となってしまう。

 

「アスナ……本気で抵抗しないの?」

「うぅー…イジワル、キリト君のする事に、抵抗なんて出来ないよぅ」

「ホント、可愛い嫁さんだよアスナは」

「~~~~~っ!」

 

 耳元で囁かれ、アスナは恥ずかしいやら嬉しいやら、ちょっと気持ち良いやら、色々と何かが出てしまいそうで大変な状態になってしまうが、そんな妻の様子にキリトは微笑みながらゆっくりと、深い口付けをしながら覆いかぶさって行くのであった。

 

 

 翌朝、何故かつやつやとしたキリトと、同じく何故かゲッソリとしながら腰を擦るアスナの2人が第19層へと向かっていた。

 

「ねぇキリト君…ここってゲームなのに何でああいうことし過ぎると腰が痛くなるのかな?」

「茅場の拘りじゃね?」

 

 ジト目で見つめてくるアスナから目線を反らしながらキリトは責任を茅場晶彦に押し付けた。

 この時、血盟騎士団のギルドホームでヒースクリフがくしゃみをしたとかしないとか、血盟騎士団幹部の一人が発言していたのだが、それはどうでも良い。

 

「もう~、これじゃわたし戦えないよー」

「だ、大丈夫だって! 戦う事になったら基本的に俺一人でやるし、アスナは万が一の為にグリセルダさんを守ってくれれば……」

「む~」

「あ、あはは……はい、ごめんなさい、不注意が過ぎました」

 

 下手したら笑う棺桶(ラフィン・コフィン)と戦う事になる可能性すらあるのに、少し不注意すぎた。

 気を引き締めてキリトとアスナは転移門から19層に移動して、グリセルダが殺されたという場所へ向かうと、途中で見覚えのある人物を見かける。

 

「キリト君、あれって…」

「あのローブ、間違いない…PoHだ」

 

 頭まですっぽりと覆うボロボロのローブ、微かに見える口元の歪みは見間違うはずも無い。

 殺人ギルド笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のリーダー、PoHだった。

 

「あいつがこの層に居るって事は、丁度良く今日がグリセルダさん暗殺の日って事か」

「何日か泊まりを覚悟していたけど、運が良よかったね」

 

 本当に運が良いのかは疑問だが、泊まりにならずに済むのは良かったと言えるだろう。

 キリトとアスナはPoHに気付かれない様に素早く行動して、恐らく既にこの層に来ているであろうグリセルダを探す事にした。

 

 

 意外にも早くグリセルダは見つかった。

 全開、グリムロックを捕らえた時に見た幻の姿そのままだったので、それを覚えていたキリトとアスナが彼女を見た時、流石に驚いたものだ。

 

「良かった、まだ生きてた」

「うん、でももう直ぐ圏内から出るよ…多分、もう近くにラフコフも」

「ああ」

 

 キリトは索敵スキルを最大限まで使い、周囲を探るも、今の所はPoHの気配は感じられない。まだこの辺に居ないのか、それとも隠密スキルを使って隠れているのか。

 索敵スキルをコンプリートしているキリトでも、流石に隠密スキルをコンプリートされていた場合は索敵に引っ掛からない場合があるので、その可能性も捨てきれない。

 

「油断だけはしない様にしよう」

「うん」

 

 既にキリトはエリュシデータとシャドウロードを背中に装備していて、アスナもランベントライトをいつでも抜ける様にしている。

 そして、グリセルダが圏内から出た瞬間、遂に動きがあった。PoHが彼女の真横から現れて襲い掛かってきたのだ。

 

「最初から圏外で待ってた!?」

「キリト君、先に行くわ!!」

 

 キリトよりアスナの方が足が速い。なのでアスナは走りながらランベントライトを抜刀して超スピードでグリセルダとPoHの間に割って入ると、PoHの包丁の様な形をしたダガー…友斬り包丁(メイトチョッパー)の刃をランベントライトで受け止めた。

 

「な、何!?」

「チッ」

 

 邪魔が入った事に舌打したPoHだったが、直ぐにその場から飛び退くと丁度キリトのダブルサーキュラーがPoHの居た場所を空振ったところだった。

 

「大丈夫ですか?」

「え、ええ…それより、何が起きたの?」

「アイツに貴女が殺されかけたんですよ、今」

「っ!?」

 

 圏内から出た直後で油断していたのもあったのだろう。19層という事で安全マージンも確りしているという油断もあったのだろう。だからこそ、グリセルダは自分がPKされ掛けた事を認識して青褪めた。

 

「殺人ギルド笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のリーダー、PoHだな?」

「Wow…あんた等の事は知ってるぜ…攻略組最強2大ギルドの一角、黒閃騎士団の団長、黒の剣士キリトと、副団長の閃光のアスナ、Ho-Ho-Ho……依頼でその女を殺しに来たら随分な大物と出会うとは、運が良い」

「止めておけ、3対2(・・・)とは言え、攻略組最強と呼ばれている俺とアスナに、お前達が勝てると思っているのか?」

 

 キリトの3対2という言葉を聞いて、Pohのローブに隠された顔が喜税に歪む。すると、キリト、アスナ、グリセルダの後ろの茂みから2人の男が出てきた。

 PoHの部下にして笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバー、赤目のザザとジョニー・ブラックだ。

 

「よく俺達が三人だと解ったな?」

「俺の索敵スキルはコンプリートされている、隠密スキルが中途半端なら見つけられない訳が無いだろう」

「Wow、なるほど随分と地味なスキルをコンプリートしたものだ」

 

 確かに、索敵スキルの熟練度を上げるのは地味な作業の繰り返しだ。あまりに地味過ぎて習得してある程度上げるくらいはしてもコンプリートしようなどと考える馬鹿は居ない。

 だが、キリトがそのコンプリートした馬鹿だという事は、PoHたちにとっては計算外の出来事だったのだろう、心の底から面白そうな顔をしている。

 

「But、今日の所は引き上げだ。流石にお前さんらが相手では 分が悪い…依頼を受けて失敗したのは今日が初めてだ……アンタの旦那には、失敗したと伝えておけ」

 

 キリトとアスナに、その顔を覚えておくぜ、と言ってPoHはジョニー・ブラックとザザを引き連れて転移結晶で転移する。

 依頼は失敗、という事はもうグリセルダは狙われないだろう。PoHはそういう男だ、逆にキリトとアスナが目を付けられたと言えなくも無いが、一先ず安心だ。

 

「あの、ありがとう2人とも」

「いえ、それよりもう一人隠れてるの、出て来い」

 

 グリセルダの礼を受けてキリトは気にしないようにと首を振るが、次の瞬間には近くの木の陰に隠れている人物に声を掛けた。

 出て来たのはやはり予想通りというか、グリセルダのリアルでもアインクラッドでも夫であるグリムロックだった。

 

「グリムロック!? どうして此処に?」

「……」

「彼女、依頼で殺され掛けたらしいな…そして、此処に来てるってことはあんた、妻が殺される所を確認する為に来たって事で、良いんだな?」

「まさか!? 彼は私の夫よ? 何故、私を殺すなんて」

「いや、グリセルダ、彼の言う通りさ…」

「あなた!?」

 

 意外にもあっさりとグリムロックは白状した。否、PoHの発言が原因で言い逃れは出来ないと悟ったらしい。

 そして、グリムロックが語りだす今回のグリセルダ暗殺計画のそもそもの原因、発端は前回と全く同様、この世界で過ごす内にリアルでは従順で理想の妻だったグリセルダが、死への恐怖で怯えるグリムロックとは違い、生き生きとして積極的に戦いレベルを上げ、ギルドのリーダーまで勤め上げる程に変わってしまった事への嫉妬が、全ての始まりだった。

 

「数日前にレアアイテムの指輪を手に入れて、換金する事になったのは都合が良かった…一人で換金に行く妻を、以前に知り合った笑う棺桶(ラフィン・コフィン)に依頼して殺させる事で、私の中の、現実でのユウコは永遠に私の中で行き続ける、そう思ったのだからね」

「そ、そんな…あなた、私は、何も変わってなんか・・・」

「なぁグリムロックさん・・・あんた、ユウコさんを愛しているのは理解出来るよ…俺も、アスナっていう大切な人が居る、だから誰かを愛するって気持ちは、痛いほど良くわかる」

「キリト君…」

「でも、一つだけ理解出来ないのは愛する人を殺そうというその考え方だけだ! 何でユウコさんが変わったのを見て、それもまた愛する人の新しい一面を発見出来たって思えない!? 何でそれが新しい愛情じゃなくて嫉妬になる!? 俺には、それが理解出来ねぇよ…」

 

 まだまだ子供だから、とか、そういう問題の話ではない。結局の所、グリムロックがグリセルダに抱いていたのは愛情ではなく……いや、最初こそ愛情だったのだろうが、いつの間にか所有欲に変わってしまったのだ。

 

「君は、若いね…いや、そうだな…若い頃は、私も純粋にユウコを愛していたのに、どうしてこうなったのだろうね」

「あなた…」

「すまない、ユウコ…私は、君の夫失格だ」

「ううん、いいの、私もあなたがこの世界に来て、ずっと怯えていたのに気付いていたのに、寄り添う事を忘れて、ただ早く攻略して脱出して、あなたを安心させようとばかり考えていたから……だから、お互い様なのよ」

 

 結局の所、夫婦のすれ違いが生んだ悲劇の事件だったのかもしれない。

 だけど、これからは夫婦寄り添って、お互いの気持ちをぶつけ合えばきっと、この2人はやり直せる。

 お互いに愛し合ったからこそ、リアルでも結婚したのだから、きっとまだ、この夫婦は再出発が出来る筈だ。

 キリトは2人が抱き合って涙を流す様子を見ながら、アスナが寄り添ってきたのを感じて、そっと抱き寄せながら、夫婦の再スタートが良い方向に向かう事を祈るのであった。




次回は時系列的には圏内事件なんですが、黄金林檎壊滅しませんでしたので、圏内事件は起きません。
多分、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)討伐戦へ向けての話になるかも。

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