ソードアート・オンライン・リターン   作:剣の舞姫

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ついに、この世界のユイに相当する存在の登場です。


第十八話 「MHCP試作1号」

ソードアート・オンライン・リターン

 

第十八話

「MHCP試作1号」

 

 その日は天気も良く、絶好のピクニック日和だった。

 先日、第70層に到達して一息入れるのに何日かは攻略は休みにしようという事になり、今はその休暇中なのだが、そんな暇な時にこの天気なら是非ともピクニックをしようという話になったのだ。

 アスナは既にキッチンで弁当を作っており、ユイは待ちきれないのかリビングでキリトの周りをそわそわと忙しなく動き回っている。

 

「ママー、まだですか?」

「もうちょっと待ってユイちゃん、もう直ぐお弁当出来上がるからー」

「うぅ~、早く行きたいですー」

「ほらユイ、気持ちはわかるけど、少し落ち着けって」

 

 丁度ユイがキリトの前に来たところで両肩を掴んで足を止めさせると、そのまま腋の下に手を入れて持ち上げると、抱っこしてあげた。

 

「パパ! 楽しみですねーピクニック!」

「ああ、今日はアインクラッドでも絶好の気象条件だから、昼寝とかしたら気持ち良さそうだ」

「わたしもパパと一緒にお昼寝したいです!」

 

 キリトが昼寝をしていると、必ず一緒になって昼寝をする様になったユイらしい台詞だ。

 因みに、アスナはキリトに似て昼寝好きになってしまった娘に苦笑しながら弁当の仕上げをしている。

 

「よし、完成! キリト君、ユイちゃん! 準備出来たから行こう?」

「お、んじゃあ行くか」

「行きましょうー!」

 

 キリトの腕から飛び降りたユイはそのままキリトの手を取って引っ張ると、玄関まで走り出した。

 はしゃぐ娘にキリトも困った笑みを浮かべつつ、後ろから付いてくるアスナに目を向けて笑い合う。本当に今日はユイがご機嫌だと。

 普段は攻略やギルドの仕事で忙しく、中々遊んであげる時間が無いキリトとアスナは、常々ユイと家族三人で遊ぶ時間を増やしてあげられたらと思っていた。

 勿論、今までも家族三人で遊びに出かけた事も何度かあるが、やはり多いとは言えない。だから遊びに行けると知ればいつもユイは今の様にテンションが高くなり、ご機嫌になるのだ。

 

「おお、良い天気だなぁ」

「ホント、気持ちいい風も吹いてる」

「パパ、ママ! 早くですよ!!」

 

 キリトと手を繋いでいたユイが、反対側の手でアスナの手も握り、二人を引っ張って再び走り出した。

 キリトもアスナも苦笑しながら引っ張ってくるユイの腕を引き、二人の間で持ち上げ足を宙に浮かせると、そのまま同時に走り出す。

 

「ひゃああ~ははははははは!!!」

 

 突然の事に驚くユイも直ぐに楽しそうに笑い出す。それはキリトもアスナも同じで、ユイの笑い声に釣られる様に笑いながら風を切って走り、湖から吹き付ける涼しい風を全身に浴びて明るく暖かい太陽の下を駆け抜けていった。

 

 

 漸く三人が辿り着いたのは見晴らしの良い高台で、そこからは大きな湖と、そこで釣りをしているプレイヤー達の姿を一望できる絶景ポイントだ。

 直ぐにシートを敷いて座り込むと、アスナがオブジェクト化した弁当を開いて飲み物を出すと少し早い昼食を摂る事にした。

 

「いやぁ、見晴らしの良い所で食べるアスナの手料理も絶品だな」

「美味しいです~」

「もうキリト君もユイちゃんも食べ物ばっかり、少しは景色も楽しもうよー」

 

 呆れ顔のアスナだが、口元には笑みが浮かんでいる。アスナも2人の食べっぷりを見て楽しんでいる証拠だ。

 

「パパ、パパ!」

「ん? どうした、ユイ」

「はい、あ~ん、です!」

「あ、ああ…あ~ん」

「ああ~! ユイちゃんずるい! キリト君! わたしも、あ~ん」

「ちょ、待ってくれ……ふぅ、あ~ん」

 

 まだユイに食べさせてもらった分が口の中に残っている状態でアスナに次を差し出された為、急いで飲み込むと、直ぐにアスナが差し出した分を食べる。

 相変わらず美味しいアスナの料理を咀嚼しながら、愛妻と愛娘に食べさせてもらうという贅沢と幸せを噛み締め、キリトの胸の内は感動で一杯だ。

 

「えへへ、パパ~」

「えへへ、キリトく~ん」

 

 昼食を食べ終えて現在、昼寝をしようと横になったキリトを挟む様に右にはアスナが、左にはユイが同じく横になって抱きついていた。

 2人の温もりを感じながら吹き付ける風の心地よさに、キリトは直ぐに睡魔がやってきて、ゆっくりと目を閉じ、そのまま寝入ってしまう。

 アスナとユイもそれは同様で、キリトの温もりと風の心地よさに直ぐ眠くなり出し、そのままキリト同様に眠ってしまった。

 

 

 三人が眠っていたのはほんの2時間程度だった。

 起きた三人はまだ時間に十分余裕があるという事で散歩するという事になり、湖の外周を歩きながら滝を見に行ったり、森林浴を楽しみながら歩いている。

 

「そういえば、この辺だったな」

「この辺? ああ、そっか…初めてユイちゃんと会った所だね」

 

 丁度、三人が歩いている場所はキリトとアスナがユイと初めて出会った場所だ。今居る道の右横の雑木林の向こう、そこを歩いていたユイをアスナが発見し、倒れた直後にキリトが駆けつけた。

 

「あの頃のユイは記憶も無かったから、まるで赤ん坊みたいだったっけ」

「パパ失礼です、わたし赤ん坊じゃありません!」

「そうねー、でもユイちゃんがまるで赤ん坊みたいって思ったのはママも一緒」

「ママまで!?」

 

 酷いです。と言って頬を膨らませる愛娘が可愛らしい。

 キリトとアスナは揃って苦笑しながら何となく嘗てのユイが彷徨い歩いていた方を懐かしそうに眺めていると、妙なものを目にした。

 

「アスナ、あれ…何だろう?」

「キリト君にも、見えてるの?」

 

 黒い人影、だけどカーソルらしいものは見えないのでモンスターではない。

 キリトとアスナは索敵スキルを使って遠くに見える人影をズームで見ると、まるでユイの時と同じ様に、でもユイとはまるで対照的な少女が歩いていた。

 黒髪のロングストレートヘアーに白のワンピース姿だったユイとは違い、白銀のロングストレートヘアーに黒のワンピース姿の少女。

 

「まさか…っ!」

「キリト君!」

「ああ!」

 

 ユイと繋いでいた手を離してキリトは駆け出した。

 アスナもユイを抱っこしてその後を追うと、丁度少女が倒れた直後にキリトが少女の下に辿り着く。

 

「…似てる、ユイに」

「うん、でも髪の色や服の色はまるでユイちゃんと正反対…」

 

 調べたがカーソルは出ない。つまりこの少女は……。

 

「メンタルヘルスカウンセリングプログラム……」

「この子、この世界のわたしなのでしょうか?」

「判らない、試作1号ならこの世界のユイに相当する存在になるんだけど」

 

 一先ずこのままにはしておけない。キリトは少女を抱き上げると、ハラスメント警告が出ないのを確認してアスナ、ユイと共にログハウスへと急ぐ。

 ログハウスに着くと、寝室へ少女を運び、ベッドの上に少女を寝かせると布団を掛けて未だに起きない少女の正体を確かめる事にした。

 少女の左手を取り、少し躊躇いながらもシステムウインドウを開き、可視化状態に手探りですると、プレイヤーネームの所を確認する。

 

「MHCP01‐RUI……ルイ、か」

「ルイちゃん…この世界の、ユイちゃんなんだね」

 

 やはり、間違いなくこの少女はこの世界のユイに相当する存在だった。

 メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作1号ルイ、それがこの少女の名前だ。

 

「ユイ、この子はやっぱり?」

「はい、恐らくカーディナルよりプレイヤーとの接触を禁じられ、プレイヤーの負の感情を蓄積した結果、エラーが発生したと見て間違い無いと思います」

 

 そう、この世界でキリトとアスナが努力した結果、死亡者こそ減ったものの、それでも負の感情を全く0にする事は不可能だ。

 キリトとアスナが努力しようと、絶望して自殺するプレイヤーは居るし、オレンジやレッドプレイヤーに仲間を殺された、モンスターに襲われて殺されたプレイヤーは大勢居る。

 そういったプレイヤー達の負の感情が蓄積した結果、エラーが発生して、このルイという少女は…壊れてしまったのだろう。

 

「でも、それでも前回よりはマシにしてきた筈なのに、なんでこの子は前の時のユイちゃんより早く……」

「可能性の話ですが、この子はまだ記憶を失っていない可能性があります。間違いなく、この子が蓄積しているエラーはわたしの時より少ない筈ですから…ただ、わたしと同じ事を考えたのなら、ゲーム最初期の頃から幸福、愛情と言った正の感情を持つパパとママの下に行きたかったと考えたのなら、わたしの時とは条件が違います、なのでわたしの時より早く、フィールドに降り立ったのでしょう」

 

 プライベートチャイルドとなって管理者権限を失ったユイでは正確なことは判らないが、今の可能性の話は十分に納得出来る。

 

「とりあえず、起きるのを待とう。起きて、この子が記憶を失っているのかいないのか、それを確認すれば良い」

「そうだね……とりあえず夕飯の支度してくるよ」

「はい、この子はわたしとパパで見ておきますね」

「お願いねユイちゃん、キリト君」

「ああ」

 

 アスナが寝室を出てから、キリトは眠る少女…ルイの顔を覗き込み、ますますユイに似ているという感想を抱く。

 もし、この子が望むのであれば、娘として…ユイと同じ様に接してあげたい。ますますそう思えてしまうのだ。

 

「早く起きてくれよ…君が望むのなら、俺は君のパパになってあげられる、ママも、お姉ちゃんも居る……だから、早く目を覚ましてくれ」

「パパ…」

 

 ルイの頭を撫でながら、いつもユイに向けているものと同じ、娘への愛情が篭った瞳を、キリトはルイに向けていた。

 ユイも、キリトのお姉ちゃんという言葉に、どこか温かいものを感じて、ルイの手をそっと握った。

 

「早く、起きてください……起きたら、お姉ちゃんと一緒に、一杯遊びましょう?」

 

 ルイが目を覚ましたのは、翌日の朝だった。

 希しくもユイの時と同じパターンで目を覚ましたルイは、やはりどこか…ユイに似ていると思わざるを得なかった。




次回、この世界のユイ…ルイが目を覚まし、ルイが現在どの様な状態になっているのか判明します。

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